温かい食事②
「なぜ、この森を抜けようと?」
ベグダは粗末な服を着てはいるが、彼の癖のない丁寧な言葉使いはトファに教養の深さを感じさせた。
「アンダス国を目指しています」
トファがそう言うと、ベグダの細い目が大きく見開かれた。
「アンダス国?!」
驚くのも無理もない、とトファは思った。
大国であるアンダス国までの道のりは遠く険しい。
高貴な身の上の者だけが所有する飛獣を持っていれば話は別だが、一般庶民が辿り着くには、身を守る為の武器や食料、そして、命を落とす者も少なくない魔女のいる砂漠や魔性の湖など各地の情報がどうしても不可欠になる。
「理由を聞いても宜しいか?」
ベグダの口調はあくまで穏やかだが、どこか真剣さが伴っている。
トファは極めて明るく答える。これから話そうとする内容はあまり明るい話ではないからだ。
「はい、えっと、生き別れた母がアンダス国にいると、父が死ぬ以前に話をしていたので、まあ、生きているうちに一度は会っておきたいと思って旅を始めたんです。何でも俺が生まれて直ぐに、母の家の事情で追われるようにして父は俺を連れて国を去ったらしいんです。父は母の名前だけは教えてくれたけど、何か理由があるみたいでそれ以外は何も教えてくれなかった。でも、俺がアンダス国に興味を持っていたことに全く反対はしていなかった。だから、俺は俺の生まれ故郷を見てみたいと思ったんです。そして、母は俺のこと覚えていないかもしれないけど、俺は人生でたった一度だけでいい、母に会ってみたいと思ったんです」
トファは話していて思った。
たった一度母に会うためにだけ、危険な旅をしている自分はおかしいのかもしれない、と。
「そうですか…」
咀嚼するような男の沈黙に、ベグダは見かけ以上に優しい人物なのではないかとトファは思った。
「あ、でもレミアと貴方のおかげで、母を見る前に死なずに済みました」
そうやって笑って頭を掻くトファに、男は問いかけた。
「貴方のお父様は、アンダス国から貴方の育った国まで、どうやって行ったのでしょう。危険な旅だったでしょうに」
「それは、もちろん、地上を通ってです。旅慣れた一行が途中までついてきてくれたと話していました。俺も旅の話は幼い時から旅の話は聞かされていて、かなり危険な土地があるけど必ずしも通れないわけではないらしいです」
その時、ベグダの瞳が輝いたのを、トファは不思議に思った。
「では、貴方はアンダス国までの各地の情報を持っているのですか? 危険を避けられる身を守るだけの情報を貴方は持っていると?」
「どれだけ危険を避けられるかは分かりません。ただ、父の残した大まかな地図と、危険地帯で出現する妖魔や必要な物の情報くらいです」