05 普通の人が立つ場所
当たり前のように友人と笑い合える日常を、
何の不安もなく明日の予定を立てられる日常を、
遠くから見つめているだけではなく人の輪に入っていけるような日常を、彼女はずっと望んでいた。
その為の努力をきっと、私の知っている所も、知らない所でもたくさん積み重ねてきたはずだ。
それなのに、そうまでして立った場所は彼女を疲れさせるだけだった。
あるいはそこは、彼女が思いこんでいた普通の場所であって、世間一般が思う普通の場所とは違う所だったのかもしれない。
彼女が辿り着いたその場所は、世界の端の様な場所で、普通を語るにはまだまだ遠い場所だったのかもしれない。
だが、それでも苦労して手に入れた物の一欠けらが、思ったような輝きを放たなかった事に彼女が失望したのは言うまでもない事だろう。
ここで誤解の内容に述べておきたいが、それは私が感じている事柄であって彼女の素の感情ではないという事だ。
彼女は彼女なりに、ほんの少しの満足をその経験から得ていたのだから。
たとえ夢幻のように短い時間であったとしても、普通の人間の端くれとして過ごせた時間は彼女にとって、大切な記憶として保存されている。満足……とまではいかなくともこれまでに見る事が出来なかった、己の努力の結果が反映された景色だったのだから、私が思っているような気持ちはあまり抱いていなかったのだろう。
けれど、私は気づいている。
彼女の心の底で確かに湧き上がり、わだかまっていた失望の感情に。
彼女はずっと己の事を普通でないと思いながら、日々を過ごしていた。
異常な人間だとそう思いながら。
いつか普通になりたいと、普通の物達と同じ物を見て同じ物を聞きたいと、そう思うながら過ごしていた。
彼女は、人の悪意が怖かった。
わけもなく罵倒されるのではないかと思い込んで過ごしていた。
彼女は人の気持ちが分からなかった。
他人が怒っていても、それに気づけなかった。他人の立場に立って物が考えられなかった。
彼女は、区切られた部屋が苦手だった。空気が変わる別の場所へ移動する事が困難だった。
他人の注目を集める事も、視線を帯びる事も苦手だった。
彼女は人より要領が悪かった。
人が数秒で容易にできる事でも、彼女はその時間の何倍もかかってしまっていた。
彼女は、だから普通になりたいと思って願った。
ずっとその努力を続けていた。
一歩ずつ、少ししか歩けなくとも、その場所を目指し続けていた。
けれど、そんな彼女が目指した普通は、異常な彼女が期待したような良い場所ではなかったのだから、失望するのは当然の事なのだろう。




