567話 アジトに助けに行く
盗賊のリーダーからレストくんのお母さんの情報を聞き出し、ベルは教えられた森へとやってきた
「この森のどこか、ね」
《なぜ先程はあのようなことを?》
《記憶を見ようと思えば見れたよ? でも、盗賊の記憶なんて見たくないじゃん。女性を襲ってるかもしれないし、それが子供だったら……消すよ?》
ベルの最後の言葉だけ、トーンが一気に冷えた
《……あれで正解でしたね。私が間違っていました》
《そういうこと。盗賊相手ならあれでいいの》
《はい。あれが正解でした。ところで、ハルはそのままでよろしいのですか?》
《あ、確かに。ギルドに置いてきたんだっけ。一応報告しておこ》
〔昨日戦った盗賊のアジト、あの森にあるんだって。行ってくるね〕
〔了解、なら私は遊んでるわ〕
〔何してんの?〕
〔なんかね、聞き込みしながらお金配ってたら盛り上がっちゃって、ちょっとした宴会みたいな?〕
冒険者ギルドに残ったハルは、金払いの良さから、すっかり宴会騒ぎに巻き込まれていた
〔まぁ好きなようにやりな、飽きたら戻っていいからね〕
〔飲んでいいの?〕
〔お酒は辞めておいて、一応肉体年齢は11歳だから〕
〔それもそっか、なら代わりに中のジュース貰うわね〕
〔ジュースくらいならいいよ、食べ物はさすがにそこだと変だからやめた方がいいかもね〕
〔了解、適当にやらせてもらうわね〕
〔うん、何かあれば呼ぶからそれまで楽しんどいて〕
念話を切った
「じゃあ報告もしたし、行きますか!」
《はい》
「まずは」
『探知』
目の前に広がる広大な森へ一気に魔力を伸ばし、アジトの場所を探った
「見つけた!」
『転移』
探知の結果、森の奥深くに、人工的に掘られたと思われる洞窟を発見した。そこには、10人分の人の反応が密集していた
ベルは反応を見つけ、すぐにその洞窟の前へと転移した
「分かってはいたけど、見張りはないね」
周囲を確認すると、ベルはすぐに洞窟の中へと足を踏み入れた
洞窟の中は、意外にもなんの工夫もない一本道になっており、進んだ先には大広間が広がっていた。
その空間には三つの扉があり、正面には宝物庫、右手には寝室、左手には牢屋があった
「助けに来たよ!」
元気よく声をかけながら、ベルは勢いよく牢屋へと繋がる扉を開けた
牢の奥から、かすれた声が聞こえた
「……あ、君は?」
「冒険者のベルドだよ、みんなを助けに来たの。すぐ出してあげるからね」
バキッ
そう言って、ベルは鍵など関係ないと言わんばかりに牢の扉を開けた
1つ目の牢を開けたベルは、そのまま次々と他の牢も開けていった
「助けが遅くなってすいません、回復が必要な方はいますか?」
「……この子、この子を助けてあげてください!」
1人の女性が、幼く傷だらけで既に意識のない女の子を抱えて連れてきた
(開けることに集中しすぎて気が付かなかった!)
「っ! ……すぐ回復します!」
『完全回復』
ベルは急いで手を伸ばし、その場で即座に魔法を発動した
魔法が発動してすぐ、抱えられていた女の子の表情がふっと和らぐ
「……表情も穏やかになりましたね。良かった」
女の子の変化を見て、ベルも、彼女を抱えていた女性も、ほっと安堵の息をついた
「……ありがとうございます」
「大丈夫ですよ。捕まっていたのは、これで全員ですか?」
「わかりません。ただ……少し前まで、犬のような鳴き声が聞こえていたのですが。でも、しばらく前から聞こえなくなって……」
「それ、確認してきますね」
それを聞いたベルは、牢の隅々まで目を配りながら歩き出した
「……この子かな?」
左右に並んだ牢の奥、そのいちばん端の牢の中に、体を小さく丸めて倒れている子犬の姿を見つけた
「……まだ暖かい。生きてるね」
ベルはそっとしゃがみこみ、子犬の小さな身体に手を添えると、迷いなく魔法を発動した
『完全回復』
「……とりあえず、これで一安心」
先ほどまで弱々しかった息遣いは、魔法の光に包まれると次第に穏やかになり、安心したような寝息へと変わっていった
「ここに放置するのも可哀想だし、連れていこ」
そう言って、ベルは眠っている子犬を優しく抱き上げ、捕まっていた人たちのもとへと戻っていった
「見つけましたよ。たぶん、あなたたちが聞いた犬の声はこの子ですね」
「子犬……そんなものまで捕まっていたなんて」
「みたいですね。遅くなりましたが、皆さんを回復させますね」
『範囲完全回復』
ベルを中心に薄い黄色の光が広がり、光に包まれた人々の体はすぐに癒やされていった
「あ、ありがとうございます」
「大丈夫ですよ。それより、この中に“ミセス”という方はいらっしゃいますか?」
そう尋ねると──
「あ、私です」
「あなたが……生きていてよかった」
身を寄せ合っていた人々の中から、レストくんとまったく同じ髪の色をした女性が前に出てきた
「生きていてよかったとは……? 私はあなたと接点がないはずですが」
「後で話しますね。すみません、配慮が足りませんでした」
外に背を向けるように身を寄せ合っていた人々の様子を見て、ベルはあることに気がついた
「……簡単なものになりますが、ここから適当に選んで着てください」
「わかりました」
ベルは空間収納から、すぐに着られるシンプルなワンピースを人数分取り出し、ミセスに手渡した
(完全にやらかした……そりゃ男に裸を見られるのは嫌だよね。背を向けて身を寄せ合ってたのも納得……はぁ、視野が狭くなってた)
《そんなに落ち込まなくても、マスターは誰が見ても女の子にしか見えませんから、言わなければバレませんよ》
《それでも、見てしまったという事実はあるから》
《それなら、お詫びとしてしっかり家へ帰ることを叶えてあげてください》
《わかった》
捕まっていた人たちが着替えるあいだ、ベルは静かに背を向け、ひとり小さな反省会をしていた
「全員、着替え終わりました」
「配慮が遅れてしまって、すみません」
「いえいえ、服を預けていただけただけでも感謝しているのに、ここまで気を配っていただけて……本当にありがとうございます」
「いえ。ほかに、何か気になることはありますか?」
そう尋ねると、女性は少し間を置いてから口を開いた
「私たちを襲った盗賊は、どうなったの?」
「昨日、全員拘束して、今はマーベルドに投獄されています」
「……そう。昨日助けに来てくれなかったこと、文句のひとつも言いたいけど……助けてくれたから、帳消しにしてあげる」
そう言い残して、彼女はひと足先に出口へと歩き出した
「お……」
(……隠しとくか)
「私たちも外に出ましょうか」
「そうしましょう」
そう言って外に出ようとした、そのとき
《マスター、宝物庫は確認しなくてよろしいのですか?》
《宝物庫?》
《はい。盗賊が溜め込んでいたもののうち、所有者のわかるもの以外は、その盗賊を倒した者、もしくは先にアジトを制圧した者の物になります》
《そうだっけ。まぁ、なんでもいいけどさ。お金なら簡単に稼げるからいらないんだけど……》
《それなら、捕まっていた方たちに分配してあげればいいのでは? 戦利品は手に入れた人の自由ですからね》
《なら、それで》
「先に外へ出ていてください。私は他に何もないか確認してきます」
「わかりました。お気をつけて」
そう言って、ベルは捕まっていた人たちと一旦別れた