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7 闇ギルド

「お兄ちゃん、ちょっと」


 急に真顔になったマインに手招きされ、俺達は尚も高笑いを続けるカタストロフに背を向けて内緒話を始めた。


「色々言いたい事はあるけど、とりあえずあの人は何なの?」

「見ての通りただの変人だ。このゲームにはああいう人種もいる。付き合い方のコツは言動を一々気にせず、そういう生き物だと思って接する事だそうだ」


 俺はこのギルドでの先輩にあたる奴からそう教わった。

 マインは頭が痛いのか、額を押さえていた。

 

「……じゃあ次。闇ギルドって何?」

「正規の手段を使わずに作られたギルドの事だ。運営がやっている中央ギルドの支援を受けられない代わりに制約もないから、あらゆる意味で自由度が高い。ならず者やお尋ね者が所属できるくらいにな」


 マインは頭を抱えてしまった。

 小さなうめき声まで聞こえて来た。


「……つまり、ここはそんな闇ギルドの一つで、お兄ちゃんはそこに所属してたって事?」

「そういう事だ。もっとも、β版のデータはほとんど初期化されているから、ここにギルドホームとしての機能は残っていないようだがな」


 ギルド設立クエストができるようになるのもまだ先だろうし、ここはまさしく跡地と言ったところか。

 

「まさか、そんなアングラな所に連れて来られるなんて……!」

「逆に聞くが。まともなギルドがこんな場所にあるとでも思ったのか?」

「思ってないよ!! それでもお兄ちゃんを信じてついて来たんだよ!! なのに案の定闇ギルドって!! 闇ギルドって!!」 


 二回言ったな。


「PKがまともなギルドに入れる訳ないだろ」

「PKも一つのプレイスタイルとして認められてるって言ったのお兄ちゃんだよね!?」

「だが、デメリットがないとも言っていない」


 マインは項垂れてしまった。

 その顔には諦めのような、嘆きのような複雑な感情が浮かんでいた。

 そんな顔をされても困るんだが……。


「真面目なお兄ちゃんはどこに行っちゃったの……?」

「リアルに置いて来た。それに、ゲームで息抜きをしろと言ったのはお前だ」

「……そうだった」


 その一言でマインは完全に沈黙した。

 心の中でいったい何を思っているのか。

 とりあえず、その死んだ目をして笑うのはやめろ。

 痛ましくて見てられん。

 何か悪い事をしたような気持ちになるだろうが。


「キョウよ。話は済んだのか?」

「見ての通りだ」

「ふむ。見てわからんから聞いたのだが、まあ、よかろう。

 それより貴様、初日から盛大にやらかしてくれたようではないか! 先程中央ギルドに行って来たが、早速手配書が出回っていたぞ! 初日から懸賞金200万ゴールドとは、さすがは『死神』と言ったところだな! 私も鼻が高いぞ! フハハハハハ!!」


 200万。

 一度のキルでそれだけの値がつくのは稀だな。

 つまり、さっき暴れた時にそれだけの人数を殺していたという事か。

 これも序盤ならではだろう。

 スキルや装備が出揃い、連携がしっかりとした中盤以降の敵相手ではこうはいかない。

 

「ちょっと待ってください。懸賞金って何の話ですか? あと、し、死神って……?」


 項垂れていたマインがバッと顔を上げて質問してきた。

 まるで聞いてはいけない事を聞こうとしているかのように、その顔は緊張で強張っている。

 そんなに大した話じゃないぞ。

 所詮ゲームの中の話だ。

 

「それは……」

「説明してやろう! 懸賞金とは! 何人ものプレイヤーをキルしたり、重要拠点の占拠、狩場の独占、そういった悪役プレイをしたプレイヤーの首に運営がかけるゴールドの事だ!

 懸賞金のかかったプレイヤーは『賞金首』と呼ばれ、正規ギルドへの所属不可を始めとした様々な縛りを受ける! さらにPKKこと賞金稼ぎや街の衛兵に狙われるようになるぞ!

 そして、こいつはβ版において夥しい数のプレイヤーを虐殺し、その首にゲーム内最高金額の懸賞金をかけられた最強のPK(プレイヤーキラー)なのだ! 人々は畏怖を籠めて、こいつの事を『死神』と呼んだ! どうだ妹! かっこよかろう! フハハハハハ!!」

「カタストロフ、なぜお前が誇らしそうに語る……」


 別にお前の手柄でも何でもないからな。

 そして、マインはワナワナと震え出した。

 衝撃の真実を知ってしまったという顔だ。

 なんだか、そこはかとなく嫌な予感がするな……。


「あの……。その懸賞金を取り消すにはどうしたらいいんですか?」

「簡単だ! 他のプレイヤーにキルされればいい! 一度でも他のプレイヤーに敗れれば懸賞金は支払われリセットされる。故に懸賞金額を上げ続ける事は難しく、PKにとって己の首にかかった懸賞金は誇りであり、一種のステータスなのだ!」

「お兄ちゃん覚悟!!」

「やめい!」


 案の定、カタストロフの話を聞いたマインが剣で斬りかかって来た。

 まだパーティーは解消されていないのでダメージは通らないが、一応白刃取りで受け止めておく。

 このスラム街は非戦闘エリアではないのだ。


「それよりカタストロフ。他の連中はどうした?」

 

 荒れ狂うマインの相手をしながら、気になっていた事をカタストロフに聞く。

 まあ、予想はついているがな。


「俺のメールに律儀に返信を寄越してくれたのはお前だけだ。

 サクラとマックスはお前の後に手配書が貼り出されていた。故にログインはしている。

 武器子は作業場に入って行くのを見たからな。当分は缶詰だろう。

 ハンターは完全に消息不明だ」

「何、その協調性のなさ!?」


 マインが剣を振り回しながら突っ込みを入れてくるが、俺としては予想通りだ。

 ウチのギルドはかなり緩い。

 ギルドマスターからの召集を、ほぼ全員が無視するくらいにな。

 かくいう俺もマインが興味を示さなければ無視していた。


 それでも今日は初日だ。

 気まぐれに一人か二人くらいは来るかとも思ったが、そうでもなかったらしい。

 俺達が来なければ、カタストロフはここで一人寂しく初日を終えていたかもしれないな。


 そんな事を思っていた時、酒場の扉が開けられた。


「なんだか騒がしいわね」


 そうして入って来たのは、腰に刀を差した一人の女。

 女にしては高い身長とモデルのようなスタイル、そして桜色の髪が特徴の女だ。

 どうやらこのギルドは、俺が思っていたよりは好かれていたらしい。


「おお! サクラか! 久しいな! 待っていたぞ!」

「あなたも相変わらずみたいね。元気そうで何よりだわ」


 刀を持った女、サクラは無表情にそう言った。

 この無表情は決してカタストロフに一切興味がない訳ではなく、こいつのデフォルトの表情だ。

 いわゆるクール系というやつだろう。

 よくわからんが。


「それより、そっちの子は初めて見る顔ね。随分キョウと仲が良いみたいだけど、あなたの彼女?」


 サクラの視線がこっちに向いた。

 今の俺はマインに襲われてる最中だぞ。

 何をどうしたらそう見える?

 ……面倒な事になった。

 

「いや、あの、違いま……」

「ねえ? あなた彼女が出来たの? ゲームの中でもイチャついてるの? リア充デビューしたの?」 

 

 マインが何か言おうとしたのを無視してサクラが捲し立てる。

 こうなったら、こいつは人の話を聞かない。

 無表情なのに冷たい殺気を纏って俺に詰め寄るサクラの姿に、マインはちょっと怯えていた。


「私がそういうの大っ嫌いって事知っててイチャつくなんて……。──────斬られたいの?」

「ひぅ!?」


 殺気を爆発させて腰の刀を抜いたサクラを見て、マインが悲鳴を上げた。

 サクラの目はイッてしまっている。

 その瞳には、凄まじく深い闇が宿っている。

 この目で見られると、まるで深淵を覗いているような気分になる。


「サクラ、落ち着け。こいつは俺の妹だ。彼女じゃない」

「……本当に? 神に誓って?」

「ああ」

「実は血の繋がらない妹で、これから彼女になるという可能性は?」

「ない。正真正銘血の繋がった実の妹だ」

「禁断の恋に落ちる可能性は……」

「ない。しつこいぞ」


 俺はシスコンではない。

 

「……なら、いいわ。疑っちゃってごめんなさいね」

「ハァ……」


 そこまで言ってようやくサクラは落ち着いたのか、刀を納めて近くのカウンターに座った。

 相変わらず面倒な女だ。

 マインがカタストロフに小声で質問しているのが聞こえた。


「あの……この人は……?」

「『サクリファイス』ギルドメンバーの一人、『妖刀』のサクラだ。見ての通り、リア充に対して並々ならぬ怨念を持っている。その怨みをゲームで発散する為にPKになった奴だ。もし貴様に彼氏が出来たのならば、奴にだけは知られない方がいいぞ。斬られるからな」

「なんでこのギルドは揃いも揃って……!!」


 マインは再び頭を抱えてしまった。

 まあ、このギルドは奇人変人の巣窟だからな。

 ギルドマスターがそういう奴を狙ってスカウトしたのだから仕方がない。

 その思考回路は理解できないが。


 と、そこで俺はふと思い至ってメニューを開いた。

 そして時間を確認する。

 ……もうこんな時間か。

 思ったより時間が流れるのが早い。

 

「ああ!! もういい!! お兄ちゃん! もう一回狩りに行くよ!! こうなったらとことんゲームをエンジョイしてやる!!」 

「待てマイン」


 気炎を上げるマインを静止する。

 お前にはこれからやらねばならない事があるだろ。


「何!? お兄ちゃん!?」

「今日のゲームはここまでだ。俺は落ちる。お前も早くしろよ。──────この後は宿題の時間だ」

「ええええ!!?」


 絶叫を上げるマイン。

 仕方ないだろう。

 今からじゃないと、寝るまでの間にお前が(・・・)宿題を片付けられない。


「という訳だ。またな」

「うむ! 人にはそれぞれ予定というものがあるからな! 仕方あるまい! 去らばだ!」

「おやすみなさい」


 カタストロフとサクラに別れを済ませ、ログアウトのボタンに手を伸ばす。


「マイン。お前も早くしろ。落ちないようなら外から強制終了させるからな。……ちなみに宿題を手伝ったりはしない。俺は見張るだけだ。自分で頑張れ」

「ちょ、ちょっとお兄ちゃん!? 今日一日で凄まじいショックを受けた妹に対してその仕打ちは酷いよ!!」

「知るか」

 

 このまま放置すれば、こいつは確実に夏休みの宿題を溜め込む。

 最終日に手伝わされるくらいなら、環視の下で早期に終わらせてやった方がこいつの為だ。

 安心しろ。

 ノルマさえ果たせば、残りの時間はちゃんとゲームをやらせてやる。


「ああ、それと。その気になれば部屋の鍵くらい外せるからな。間違っても籠城なんて考えるなよ」


 そう言い残して俺はログアウトした。

 マインの絶望に染まる表情を見ながら。



 そうして、【アドベンチャーズ・オンライン】初日は終わりを迎えた。


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