30 急転
「ええ!? お兄ちゃん負けちゃったの!?」
「違う。負けたのはサクリファイスであって、俺ではない」
あの後、普通にログアウトし、その日の夕飯の時間。
俺は舞に今日の事を聞かれて、襲撃の事を話し、驚愕された。
舞は驚愕のあまり、口からご飯粒を飛ばして、母さんに怒られていた。
「それにしても『ダークマター』かー。
それってあれだよね? 前にお兄ちゃんが私のパーティーに参加した時に襲って来た人達」
「ああ」
「へぇ、あの人達、本気になればそんなに強かったんだ。
まさか、お兄ちゃんが負け惜しみを言うなんて」
「負け惜しみではない」
むしろ、負け惜しみの言葉を言いまくったのはカタストロフだ。
あの後ギルドに戻ったら、死に戻りしたカタストロフが半狂乱で暴れていたからな。
口から出るのは言い訳の言葉ばかり。
あまりにウザくて、一緒に死に戻ったマックスと、偶然居合わせたサクラの二人と力を合わせ、殴っておとなしくさせた。
ハンター?
あいつは、いつの間にか消えていたよ。
「それで、それで? お兄ちゃんはリベンジしたいとか考えてるの?」
「まあな」
舞の言葉に軽く答える。
だが、その軽い言葉とは裏腹に、俺は内心でかなりの闘争心を燃やしていた。
当然だろう?
いくら俺自身は負けていないとはいえ、チームとしては負けたんだ。
お荷物を抱えていたとかは言い訳にならない。
負けは負けだ。
悔しくない訳がない。
リベンジはする。
必ずだ。
「わー、お兄ちゃんが静かに燃えてるー。ダークマターの人達に合掌しておこう。ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでしたと混ぜるな。夕飯に合掌するか、ダークマターに合掌するか、どっちかにしろ」
もしかして、ボケたつもりか?
大しておもしろくないぞ。
そんな会話をしつつ、俺と舞は食べ終わった食器を台所へと持っていって洗った。
これで、食事も洗い物も終了だ。
「さて! じゃあ、ゲームの続きといきますか!」
「宿題」
「チッチッチ、甘いよ、お兄ちゃん! 私は同じ失敗を繰り返さない女!
宿題なんて、既に片付けてあるのだ!」
「なら、いい。夜更かしはするなよ」
「はーい!」
そうして、舞はドタドタと二階の自分の部屋に駆け込んで行った。
俺は、この時の事を、後に後悔する事となる。
そう。
宿題を終わらせたという舞の言葉。
その証拠を確認せず、舞の証言を鵜呑みにしまった事を。
それによって、後に悲劇が起こったのは言うまでもない。
しかし、この時の俺は、その絶望の未来を知るよしもなかった。
◆◆◆
明けて翌日。
自分の分の勉強を済ませ、午後からゲームにログインした俺は、ログイン地点であるギルドホームの中が騒がしい事に気づいた。
いや、カタストロフが一人で七転八倒しているだけなのだが。
「*@¥#%◆・$#@!」
と、このように意味不明の叫びを垂れ流している。
ついに壊れたか。
昨日、殴って止めた時に、打ち所が悪かったのかもしれん。
いや、ゲーム内でいくら殴られようと、現実の体に影響は出ない筈だが。
それでも、今のカタストロフは脳に異常をきたしているとしか思えなかった。
あるいは、システムの故障かもしれない。
俺は壊れたカタストロフの成れの果てから目を背け、我関せずでカウンターに座っていたサクラに近づいた。
「おはよう」
「ええ、おはよう」
「早速だが本題に入ろう。何があった?」
単刀直入にサクラに事情を問い正す。
いくらカタストロフが変人とはいえ、さすがに何もなしに、ああなるとは思っていない。
おそらく、何か事情がある筈だ。
サクラは憂鬱そうにため息を吐いた後、手の中でグラスを弄びながら、説明してくれた。
「昨日、あなた達がダークマターとかいう連中に負けたでしょう。それが原因よ」
「いや、さすがにそれは……」
ないだろう。
昨日の事が原因だと言うのであれば、昨日の時点で壊れていなければおかしい。
何か、他にも理由がある筈だ。
「まあ、お察しの通り、それだけが理由じゃないわね。でも、昨日の事が原因なのも本当よ。
……少し前に、ある掲示板にこんな事が書き込まれてね」
サクラはメニュー画面を操作すると、それを俺にも見えるように表示してくれた。
その掲示板に書かれたタイトルは、『犯行声明』。
投稿者のハンドルネームは、『ダークマター』だ。
この時点で、もう嫌な予感しかしない。
そして、俺は掲示板の内容に目を通す。
そこには……
『我らは闇ギルド『ダークマター』。
『死神』率いる元最強の闇ギルド『サクリファイス』を倒し、最強の称号を奪ったギルドである。
そして、我らは現在、新たに発見された第三の街への街道を封鎖している。
我らの目的は強者との戦い。
正規のプレイヤー達よ、第三の街を解放したくば、全力を持って我らを倒してみせるがいい。
諸君らの挑戦を楽しみに待っているぞ』
……なるほど。
これを見て、カタストロフはぶっ壊れたと。
「見てわかると思うけど、私達を倒したって堂々と宣言している事と言い、死神率いるとか書いてる事と言い、
これの内容は、思いっきりカタストロフの神経を逆撫でしちゃったのよ。
それで、ご覧の有り様って訳」
「よくわかった」
たしかに、カタストロフにクリティカルヒットしそうな内容だ。
ウチのギルドマスターはカタストロフであり、そして、こいつは自分のギルドに誇りを持っている。
自分一人への罵倒ならばともかく、サクリファイス自体を貶めるような事には我慢できない奴なのだ。
まあ、つまり良いリーダーなのだ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!」
まあ、今は咆哮を上げながら、ブレイクダンスじみた奇っ怪な踊りを披露する謎の生物に成り下がっているが、良いリーダーなのだ。
それに、ここは変人奇人の巣窟ギルド。
ちょっとくらい気が狂ったとしも、誰も気にしない。
大丈夫だ。
問題ない。
「…………ふぅ」
だが、カタストロフは踊り疲れたのか、ふとした拍子に冷静になった。
そのまま幽鬼のように立ち上がる。
賢者タイムというやつだろうか?
「キョウ、サクラ。メンバーを集めるぞ。リベンジマッチを開始する」
そうして、カタストロフは静かにそう告げた。
さっきまでの狂いっぷりが嘘のような変わりようだ。
そこに、いつものふざけた雰囲気はなく、ただ雪辱に燃える男の姿だけがあった。
だが、一つだけ言わせてほしい。
「キャラ、変わり過ぎだろう」
「誰よ、あなた?」
俺とサクラのツッコミが、虚しくギルドホームに響いた。
それを無視して、カタストロフは動き出したのだった。
 




