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3 初戦闘

 人混みを避け、噴水広場の端の方に陣取る。

 舞に位置情報とアバターの特徴を書いたメールを送り、やって来るのを待った。

 引き継ぎアイテムの確認やβ版で登録したフレンドリストの確認等をしながら待つ事三十分。

 舞は未だに現れない。


「遅い……」


 舞め。

 人を待たせておいて何をやっているんだ。

 しかも返信すら寄越してこないとは。


 それにしても三十分は長い。

 確か初期設定を行っている間は思考加速システムによって体感時間が五倍になっていた筈。

 つまり舞が三十分遅れるという事は、初期設定に二時間半もの時間をかけているという事になる。

 それはいくらなんでも長すぎる。

 そもそも設定中でもメールは届く筈だ。

 返信してこないのはおかしい。


 まさか何かトラブルにでも巻き込まれたのか?

 バグか何かでメッセージが届いていない、もしくはそもそも正常にログインできていない可能性もある。


 あるいは変な輩に絡まれているのか?

 あり得なくはない。

 ここのような街の中は非戦闘エリアであり、PK等の戦闘行為はできないが、逃げられないように手を掴んだり、大人数で囲んで恫喝したりといった迷惑行為はできてしまう。

 もちろんそんな事をすれば運営からアカウント削除等の処分を受ける。

 初日からそんな馬鹿なマネをする奴はそうそういないだろうが、どこにでも馬鹿は沸くものだ。

 ないとは言いきれない。


 もしそうならここでじっとしている訳にはいかない。

 妹の危機を放置するのは兄として失格だ。

 待っていろ舞。

 今、探しに行って……


「あ! いたいた! おーい、お兄ちゃーん! 遅れちゃってごめんね。ちょっとキャラメイクに熱が入っちゃってさ~。いや~、やっぱりこれからずっとお世話になる自分の分身を作るんだから色々悩むよね~。こだわるのが当たり前と言うか、むしろこだわらないのは逆に失礼……いひゃい!」


 人が心配していた所に呑気に現れて、聞いてもいない事をペラペラと喋り出したうざい妹の減らず口を塞ぐ為、とりあえず頬をつねっておいた。

 両側の頬を掴んでおもいっきり左右に引っ張る。


「いひゃい! いひゃいよお兄ちゃん!」


 痛い訳がないだろう。

 このゲームに痛覚は設定されていないのだから。


 そのまま俺が満足するまでつねってから開放してやった。

 さて、次は尋問の時間だ。


「舞。俺は連絡を入れた筈だよな。遅れるなら遅れると、なんで返信を寄越さなかった?」

「い、いや、その、さっきも言ったけど、キャラメイクに熱中しちゃって……気づいてませんでした」

「ああ、確かに随分とこだわったみたいだな。人を待たせていたというのに、時間をかけて」

「うぐっ!」


 舞の姿は俺と同じくリアルの姿を元にしていると思われるが、細部がかなり弄られていた。

 兄妹で思考が似たのか髪の色は俺と同じく白。

 リアルでは肩口までのボブカットだが、今は腰まで届くロングヘアをポニーテールにしていた。

 目の色は晴天の空のような青色。

 俺が赤だから目の色は真逆だ。


 顔もリアルとは雰囲気が大分違う。

 パーツのバランスを崩さない範囲でできるだけ変えたのだろう。

 まるで化粧でも始めたかのように、身内である俺から見てもちょっと可愛くなっていた。

 そして装備欄にすら『なし』と表示される、今俺達が着ている初期装備『布の服』のデザインすら弄っている。


 ここまで作り込みながらも一から作るのではなくリアルの姿を元にしているのは、こいつもまた俺と同じで絵心がなく、リアルとゲームで体格が変わると動かしづらく感じるタイプだからだろう。

 そこら辺は血の繋がりを感じる。


「ハァ。本当ならこのままお説教でもしたいところだが、せっかくのゲーム時間をそれで削るのも馬鹿らしいからな。今回だけは見逃してやる」

「おお! お兄ちゃん寛大! ありがたやー」

「ふざけてるようなら、ゲームが終わった後に正座させるからな」

「さあ、お兄ちゃん! 真面目にゲームスタートだよ! 早速、戦闘に行こう!」


 「レッツゴー!」と言って舞は先に進んで行く。

 露骨に話題を逸らされたが、まあ、いいだろう。

 こんな事でゲーム時間を削りたくないのは本音だ。

 舞にはゲームの後で、説教の代わりに夏休みの宿題をやらせればいい。



 そうして俺達はパーティーを組み、戦闘の為に街の外に行くべく、始まりの街の正門に向かって歩いて行く。

 このゲームは街の作りも意外とリアルに出来ていて、ちゃんとNPCの住人が暮らす住宅街や、お尋ね者の潜むスラム街等がある。

 そっちは一部のイベントでしか行く機会はないから、今は関係ないが。


 そうして歩いている内に、舞がNPCの露天の前で足を止めた。


「ん? どうした舞? 戦闘に行くんじゃなかったのか?」

「チッチッチ。お兄ちゃん、戦闘の前にアイテムを補充しておくのはゲームの定石だよ。回復アイテムもなしに死に戻りするのは愚か者のやる事だよ。あ! ちなみに、私のプレイヤーネームは『マイン』ね。ゲームではそっちの名前で呼んで」


 なるほど。

 アイテムが欲しかったのか。

 それにしてもマインか……。


「本名に一文字足しただけか。安直な名前だな。ちなみに、俺のプレイヤーネームは『キョウ』だ」

「……本名から一文字引いただけじゃん。安直とかお兄ちゃんにだけは言われたくないなぁ」


 ここでも兄妹で思考が似たみたいだな。

 それがどうしたという話でしかないが。


 そして舞、改めマインは薬草をいくつか買い込んだ。

 

「お兄ちゃんは買わないの?」

「俺は引き継ぎアイテムの中に回復ポーションがいくつかあったからな。必要ない」

「ちょ!? 先に言ってよ! ああああ!! 知ってたら1000ゴールドしかない初期資金を薬草なんかに使わなかったのにィ!!」

「お前……。兄にたかる気だったのか」


 まあ、俺の、というよりβテスターの資金には余裕があるから、そのくらい別に構わないが……。

 それでも、その躊躇なく兄を利用しようとする姿勢には呆れを通り越して感心する。

 リアルと全く変わらんという意味で。

 


 マインの恨みがましい視線を背後に感じながら正門を通過し、初戦闘にちょうどいいエリア『始まりの草原』にやって来た。

 ここにいるのは最弱クラスのモンスター。

 角の生えたウサギ『ホーンラビット』や、二足歩行の犬『コボルト』に、言わずと知れた最弱モンスターの代表格『スライム』に『ゴブリン』。

 そんな感じの雑魚モンスターしかいない場所だ。

 チュートリアルにはちょうどいいだろう。

 その証拠に、俺達以外にも雑魚狩りで経験値を溜めようとするプレイヤーの姿がちらほらと見える。


「よーし! 初めての戦闘! 張り切って行ってみよう!! お兄ちゃんはそこで見ててね。そして危なくなったら助けて!」


 モンスターを見て機嫌を直したらしいマインは、さらっと保険をかけながら、三体で固まっているゴブリン目掛けて突撃して行った。

 あいつは俺と違って結構なゲーマーだが、やはり初めてのゲームだと操作感覚が違うのだろう。

 だから、万一の時の為に、このゲームに慣れたβテスターである俺を保険に使ったと。

 したたかと言うか、何と言うか……。


「とりゃー! 《ライトボール》!!」


 そうして始まった戦闘。

 マインはまず《光魔法:LV1》で覚えられる魔法を一匹のゴブリン目掛けて発射し、それに当たってダメージが蓄積したところに首筋へ向けて剣を突き刺した。

 首筋はゴブリンの、というより人型モンスターの弱点。

 それを突かれ、大ダメージを受けたゴブリンは、HPが0になり、光の粒子となって消滅した。

 それを見ていた残り二体のゴブリンが、手に持った棍棒を振りかぶってマインに襲いかかる。


「よっ! ほっ!」


 それをマインは上手くステップでかわし、反撃に剣を振るう。

 一撃では倒しきれなかったが、二回、三回と当てていく内にゴブリンの体には赤く光る傷痕が増えていき、HPは確実に削れていく。

 そうして二体目も倒れた。

 残り一体。


「《スラッシュ》!!」


 最後の一体に対して、マインは《剣:LV1》で覚えるアーツ、《スラッシュ》を使った。

 アーツは魔法と似たようなもので、発動には魔法と同じくMPがいる。

 《スラッシュ》は攻撃力を若干強化するだけの微妙な技だが、レベル1のアーツなんてそんなものだ。

 それをマインは上手くゴブリンの首筋に直撃させ、最後の一体を一撃で倒した。


「どうだー!」


 マインがピースサインを決めながらこっちに戻って来たので、とりあえず拍手しておいた。


「良かったんじゃないか。初戦闘にしては見ごたえがあった。俺の助けもいらなかったみたいだしな」

「でしょー! 今のでだいぶ感覚掴めたし、レベルもいっこ上がったよ! 幸先良いなぁ!」


 見たところ、マインは魔法剣士タイプだな。

 ステータスを物理と魔法の両方に振るから中途半端になりやすいが、純粋にゲームを楽しむには一番良いと言われているスタイルだ。

 武器も魔法も両方使えて楽しいらしい。

 それに、どんなスタイルでもプレイヤースキル次第でトップを狙える。

 こいつの力量なら結構強くなりそうだ。


「さあ! じゃあ次はお兄ちゃんの番だよ! βテスターの力を私に見せてみろ!」

「いいだろう」


 マインの言葉に応えるように、俺は背中の大鎌を引き抜きながら駆け出した。

 標的は、さっきのゴブリンと同じく三匹で固まっているコボルト。

 まずは一匹目を大鎌で薙ぎ払った。


「ブギャ!?」


 俺の攻撃力と重量武器である大鎌の一撃は、防御に回した腕ごとコボルトの体を引き裂き、その一撃で消滅させた。

 足を止めずに残りの二匹も狩る。

 薙ぎ払いの勢いを殺さずに体を回転させ、回転の軌道上に二匹目のコボルトを巻き込んで薙ぐ。

 これで二匹。

 残り一匹。


「ワンッ!?」


 ナイフを片手に突撃してきた最後の一匹の攻撃が届く前に、大鎌を縦に振り下ろした。

 コボルトの体に、縦一文字の傷が入る。

 ゲーム特有の赤く光るだけの傷痕。

 現実なら確実にスプラッタになるような大ダメージを食らい、最後のコボルトは消滅した。


《レベルアップ! LV1からLV2になりました!》

《ステータスポイントを入手しました!》

《スキルポイントを入手しました!》


 頭にレベルアップの通知が響く。

 それを聞きながら、俺はマインの所に戻った。


「うわっ!? お兄ちゃん速っ!? 強っ!? え? どんなステ振りしたらこうなるの?」

「こんな感じだ」


 ステータス画面をマインにも見える設定に変えて表示する。 

 

「わー……。ロマンの塊だー……。大鎌見た時から思ってたけど、真面目なお兄ちゃんらしくないね。意外だ」

「俺としては合理性を突き詰めたつもりなんだがな。大鎌も慣れれば使いやすい」

「えー……」


 納得してなさそうだな。

 攻撃力に極振りしたステータスは、ミスさえしなければ格上であろうとも容易く屠れる。

 そこに大鎌という重量武器の攻撃力を組み合わせれば、一撃必殺なんてざらだ。

 大鎌や斧、ハンマー等の重量装備は、取り回しがしづらい代わりに攻撃力が高い。

 同じ初期装備でも、マインの持っている『駆け出し冒険者の片手剣』の攻撃力は〈STR+3〉。

 俺の『駆け出し冒険者の大鎌』は〈STR+6〉。

 二倍もの差がある。

 そういう話をこんこんと語ってやってもいいが、今はマインが(・・・・)戦闘を楽しむ時間だからやめておこう。

 


 そうしてしばらく狩りを続け、俺達のレベルは5にまで上昇した。 

 一回のレベルアップごとにステータスポイントもスキルポイントも5ポイントずつ手に入る。

 俺もマインもそのポイントでステータスを強化し、新しいスキルを取得。

 それなりに強くなった。


 ……そろそろいいか。


「マイン。お前もだいぶこのゲームに慣れたみたいだし、俺は自分の狩り(・・・・・)をしに行くが、お前はどうする? 一緒に来るか?」

「行く行く! 私もそろそろ狩場変えようと思ってたんだ! ここじゃレベルも上がらなくなってきたしね」

「そうか。じゃあ、とりあえずそこで見てろ(・・・・・・)

「へ?」


 俺はメニュー画面を操作し、装備を変更する。

 引き継ぎアイテムの中にあった雑魚装備、『傷だらけのローブ』を身に纏い、『死神の仮面』を被る。

 そして『染髪スプレー』で髪の色を白から黒に変更し、『駆け出し冒険者の大鎌』を握り締めて新たな……いや、俺にとっては本来の獲物(・・・・・)に向かって駆け出した。


 標的は、経験値稼ぎに夢中になっているプレイヤー達。




 ───さあ、本当のゲームの始まりだ。


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