異形の怪物
彼方:この邂逅は運命か
話し合いに時間が掛かりそうなので、何か金目のものがないか、盗賊の死体を漁る。ほとんどの盗賊が武器しか持ってない。その武器も良いものとはいえず、売ったとしてもたいした金にはならないし、運ぶ労力を考えれば、持っていく価値はない。
死体を漁っていると、槍を持った冒険者が声をかけてきた。
「君は、何をしているんだ」
「うん? 見てわからないか、金目のものがないか探している」
「たとえ盗賊でも死体を漁るなど、死者への冒涜だとは思わないのか? 今すぐやめるべきだ!」
「……思わないね。冒険者なら魔物の死体から金目のものを取るだろ。それと何が違うって言うんだよ」
「人間と魔物では全然違うだろう!」
「俺にとっては、殺しに来ている時点で、魔物も人間も等しくただの敵なんだよ。俺にお前の考えを押し付けるな。時間の無駄だからどっか行ってろ」
「おい! まだ話は終わってないぞ!」
放っておいて作業を進める。まだ何か言ってくるが無視していると、諦めたのか離れていった。
非常時のために少しくらいは何か持っているだろうと思い、盗賊の服や靴を調べていると、指に固いものが当たる。服に縫い付けてあるみたいなので、服を斬り取り出す。
おっ、金貨じゃん、ラッキー。靴の中も探し、全部の死体を漁って、金貨2枚見つけた。なかなかの収穫だったな。全部もらって、後から文句を言われるのも面倒だし、半分やることにする。
馬車のほうに戻る。さっきの槍の冒険者がこちらを睨んでいるが、どうでもいいので、気にしないで近寄る。
「ほら、君たちの分だ」
金貨一枚を差し出しながら言う。
「そんな死体から盗ったものなどいりません」
「そっか。じゃあ、これは俺が貰っとくわ」
どうせ受け取らないだろうと思っていたので、予想通りの答えで良かった。
盗賊との戦いを振り返ってみて、俺って、才能あるかもな。初めての実戦で敵を一撃で殺せたし。無傷だし。
いきなり戦うっていっても、どうすればいいか戸惑うので、相手がどう攻めてきたら、どう対処するかを何十通りも事前に考えていた。戦う前にすでに勝負は決まっていた、とまでは言わないけどな。
盗賊が俺の予想の範囲内の行動しかしなかったので良かった。未知のスキルや魔法を使ってきたら、ヤバかったからな。おかげで、だいたい想像通りに事が運んだ。
そういえば、人を初めて殺した。人を斬った感触は覚えている。命乞いしてきた相手も殺した。
人を殺したが、良心は痛まない。ある意味当然だ。何故、殺そうと襲ってきた敵を殺して負い目など感じないといけない。まったくもって馬鹿馬鹿しい。敵なんて価値がないどころか害悪だからな。
ちょうど馬車に誰が乗るかの話し合いも終わったみたいなので。思考をやめ、出発するのを待つ間、森の方を見る。
戦いが終わってからずっと危惧していることがある。それは、血の臭いに誘われて魔物が襲ってくるかもしれないことだ。
それなら、その事を伝えて早く出発するように言えばよかったが、多少の敵が襲ってきてもなんとかなるだろうと楽観視していたからだ。
盗賊程度を倒して調子に乗ったのがいけなかった。危険がある外で油断するからダメなんだ。だからこんなのが出てくるんだ。
森から灰色の異形が飛び出て来た。
鋼のような筋肉の鎧もつ人型の魔物? である。体長は二mはあるだろう。顔には目と口とおぼしき黒々とした穴が開いている。手には武骨な黒い大剣を持っている。
なんだ? こいつ。こんな魔物がいるのか? 他の奴の反応を見るが、戸惑い、慌てている。どうやら、こいつのことを知らないみたいだ。
あれは、やばい、やばすぎる。戦って勝てる気がしない。それどころか、戦いにすらならないかもしれない。とにかく、逃げることだけを考える。
護衛の冒険者たちが乗客を守るように奴の前にでる。その勇気ある行動を称賛したい。勝てない相手に立ち向かうのは蛮勇だが、自分たちの身を犠牲にして乗客を逃がそうとしているのならすごいな。他人のために命を懸けるなんて、俺には到底真似できない。今日初めて会った人たちを守るために死ぬなんて理解できない。
俺は奴が出てきた反対の森の中へと身を隠すべく、奴から目を離さず下がる。このまましばらく奴が動かないことを願う。
だが、そんな甘いことはない。奴が動いた。
冒険者との距離を一瞬で詰め、大剣を頭上より降り下ろし、盾を構えていた冒険者を盾ごと頭頂から股まで真っ二つにした。
冒険者たちの時間が凍りついたかのように動きが止まる。だが、奴は冒険者たちが動くのを待つことなく、大剣を横凪ぎに振るう。
二人の体が上半身と下半身に別れた。
「ひぃっっ……」
ようやく、時間が動きだした冒険者が悲鳴をあげようとするが、返す剣で、残りの二人も上半身と下半身に別れた。
奴の蹂躙は止まらない。剣を振るうたびに、血と肉片が撒き散らされる。
森に辿り着いた俺は振り返ることなく逃げた。
背後から、恐怖と絶望に染まった悲鳴が上がっている。
それもだんだん少なくなっている。
怖い もし追いつかれたら、なすすべもなく殺される。
嫌だ こんなとこれで死にたくない。
走れ 足を止めるな。
生きたい 何も考えるなとにかく走れ
走れ走れ走れ走れ走れ走れ




