生還
窓から差し込む暖かな日差しがベッドに眠る男の顔を照らしている。男の瞼が微かに動き、ゆっくりと目を開ける。
「………………」
男はぼんやりと天井は見るともなく見ている。まだ意識が覚醒してないようだ。しばらくたって目の焦点が合う。
上体を起こし、周囲を見る。部屋は広いが、ベッドの傍に椅子と机が置いてあるだけだ。しみ一つない白い部屋は清潔感を与える。まるで病院みたいだなあ。
窓から外を見ると、中庭がある。色とりどりの花が咲いている花壇があり、花弁についている水滴が日の光を反射して輝いている。雑草は生えてなく、ちゃんと手入れをされているようだ。
さて、俺は何でこんな所にいるのだろうか? ここに来る前の記憶がはっきりとしない。思い出させそうで思い出せない。忘れた、という訳ではなく、一時的に思い出せないだけだろう。
――不意に扉が開き、トレイを手にもったツバキが入ってくる。その視線がベッドの上で上体を起こしたカナタを捉えて止まる。カナタが声をかけようとしたら、ツバキの手からトレイが落ち、載っていたものが床に転がる。
「……おいおい、何してんだよ? 大丈夫か?」
あきれながら、ベッドから出て立ち上がる。茫然とするツバキに近づいて、足元に落ちているものを拾おうする前に、止まっていたツバキが動き、勢いよくタックルをかましてくる。
「――ぐっ、な、なんだ? どうしたんだよ」
倒れそうになるが、何とか踏み止まる。突然抱きついているツバキに驚きを隠せないでいる。そこで、触れているとこからツバキの震えが伝わってくる。なぜ、震えているかはわからないが、どうにかしないといけないと思っても何をすればいいかわからず、慌てふためいていると、
「……心配したのですから、本当に心配したのですから……もう目が覚めないのではないかと……」
ツバキは涙を流しながら、夢ではないのを確かめるようにカナタの体を強く抱きしめる。
「……あー、その、すまない……」
何があったのかを思い出し、申し訳ない気持ちになる。二度とあんなことはしないと言いいたいが、もし、また同じような状況になったら、同じことをするだろうから言えない。
ツバキが落ち着くまでそのままでいた。その後、カナタが寝ていた間にあったことを一通り聞いた。
アリサがカナタを背負ってサンフィアスまで戻ってきて、門のところでちょうど戻ってきていたマリアと偶然会ったそうだ。そこでタナトスであったことを話したら、教会の本部まで連れていかれた。カナタは治療を受けて、十日間寝たきりだったみたいだ。
ツバキたちはカナタが対峙した男について詳しく聞いたようだが、驚くべきことにあの男と再戦しなければならないみたいだ。それを聞いた時は、
……はぁ? 何言ってんの? 頭大丈夫か? と思った。
カナタが起きたら詳細はマリアが説明することになっているらしく、ツバキがマリアを呼びに行った。
しばらく待って扉が開き修道服を着たマリアが部屋に入って来た。
「……カナタ様、無事に目覚められて良かったですわ。再会したときは、死人みたいな顔をしていましたから」
なに? 俺、そんなに酷かったのか?
「んで、何を話してくれるんだ?」
「そうですね。まずは、カナタ様たちと再会して事情を聞いて、教会へと向かいました。各地の教会へ一瞬で移動できる遺産がありまして、それで、教会本部まで移動しました。その後は、匿ったカナタ様の治療と強化、生け捕りにしたアッシュとカナタ様の記憶から情報をスキルの力で得ました」
「……ん? 人の記憶を勝手に見たのか、それに強化って何?」
カナタは不満そうに言う。
「安心してください。人には知られたくない記憶は見てませんよ。タナトスの地下で会った敵に関しての記憶しか見てません。必要になるので、カナタ様の身体能力を強化させてもらいましたが、害のあるものではありません」
「必要……なあ? ただ善意でやってくれたわけじゃないんだろ?」
「それについては、カナタ様がタナトスで会った男について話さなくていけません」
その男は、百年前に召喚され、魔人族との戦争を勝利に導いた勇者です。今は元勇者と呼ぶようにしています。その元勇者の力を恐れた召喚国の策により殺されたはずでしたが、今生きているという事は殺し損なったようです。元勇者が持っていたスキルは、スキルを奪い自分のものにする。際限なく強くなれる恐ろしいスキルでした。
アッシュから読み取った情報から元勇者の拠点を見つけ、執行官が偵察に行きましたが、元勇者の情報を伝えて、その後帰ってきませんでした。元勇者は大量のスキルを所持しており、その中でも一番厄介なのは時間停止のスキルです。何秒止めれるのかはわかりませんが、使われたら何もできないでしょう。
教会の総力を持ってしても勝てるかどうかわかりません。
こういう状況を想定して作られた剣型の遺産が一つありますが、これが欠陥品で私達には使うことができません。勇者殺しという名の遺産で、勇者にしか使えないのです。勇者殺しを中心とした一定範囲内での勇者のスキル、魔法、遺産の発動を封殺するものです。
勇者殺しの存在を警戒した元勇者によって、今回召喚された勇者は殺されました。カナタ様が生きていたのは幸運でした。カナタ様も元勇者も全てを封殺されるので、身体能力と技が勝負を決めます。なので、少しでも勝率を上げるために身体能力を強化したのです。
発動条件は一定範囲内に勇者以外誰もいないこと。スキル、魔法、遺産の発動がない事。元勇者を封殺してから効果範囲の外から狙撃することはできません。範囲内にスキル、魔法、遺産の発動を確認したら、解けてしまいますから。なので、カナタ様には、元勇者と一対一で闘ってもらいます。




