休暇は十字架により粉砕される
日が沈み始めているので、宿屋で部屋をとった。もちろん一人部屋と二人部屋の二部屋だ。明日からの予定を話し合うためにツバキとアリサの部屋に集まる。
「明日からやっぱりタナトスに行くの?」
「あー、それなんだが、しばらく休まないか」
「え? カナタの事だから明日から行くと思っていたのだけど」
「よく考えたら、休みもなしに毎日働くとか、どんだけブラックだよ」
「ブラックというのはよくわからないけど、毎日働くのは普通の事じゃないの?」
「いやいや、それはない。休みは必要だ。とりあえず、明日は休みにする」
「休みですか、休みと言われても何をしましょうか」
「休みなんだから、自由にすればいいじゃないか。だらだらと寝ていてもいいし、町を適当にぶらつくのもいいし。じゃあ、そういうことで」
話し合いは終わったので部屋に戻って眠りにつく。
目が完全覚めたのは、昼頃だろう。朝にツバキが来て、一緒に町を散策しましょうと誘われたけど、眠かったので、断ったと思う。半分以上寝ていたので、うろ覚えだけど。一緒に行けばよかったかなあと後悔するが、あの時は眠かったのでしょうがなかったんだ。
ぐっすりと寝て、もう眠くないので、二度寝、いや三度寝か? はしなくていいや。俺も町に出るか。
腹が減ったので、露天商で適当に食い物を買い、食べながら町をぶらぶらと当てもなく歩く。武具屋や鍛冶屋が本当に多いなあ。ちょっとの間に十件以上見つけた。これじゃあ、どこがいい所かわからん。用ができた時は誰かにおすすめの所を教えてもらうしかないなあ。ツバキやアリサが先に聞いていたらいいなあ。
色々と歩き回って思ったが、サンフィアスは随分と活気に満ちていて騒がしい。冒険者同士の諍いなんかも多い。道のど真ん中で、冒険者が殴り合いの争いをしていて、それを見る野次馬がたくさんいた。さすがに武器は抜いていなかったが、サンフィアスの人は冒険者同士の諍いに慣れているのか、騒ぐこともなく、逆に、もっとやれと囃したてている始末だ。
「……あら? もしかして、勇者様ですか?」
また、冒険者が喧嘩を始めた。本当に血の気の多い町だな。何にも起きないよりは何か騒ぎがある方が楽しいからいいけどな。
「……聞こえていなかったのでしょうか。周りが騒がしいので、それもしょうがありませんね。では、勇者様、勇者様!」
サンフィアスの様子も見たことだし、宿に帰ろうかな……ダッシュで! 人混みを掻き分けながら、全力疾走する。いやー、昼までだらだらと寝ていたから、体を動かさないとな。まだ疲れが完全に取れていないのか、幻聴が聞こえるような気がする。たぶん、気のせいだ。風となって走り、幻聴を後ろへと置き去りにする勢いで走る。
息が切れてきたので、走る速度を落としていき、駆け足になり、歩き、止まる。
「……ふぅー、さすがにもう追ってきていないだろう。いったい何だったんだかわからないがまあいい」
後ろを振り返っても、追ってきている人の姿はない。安堵したところで、歩き出そうとして、影が差した。……影? 頭上に日の光を遮るものはないはずだ。鳥が飛んでいるわけない。もし鳥なら、町中に馬鹿でかい鳥がいることになるが、それはないな。
頭上を見上げれば、大きな影がある。その十字……架? の形をしている影は落ちてきている。どこに? カナタに向かってだ。慌てて飛び下がると、十字架がカナタがいた所より二歩ぐらい先に落ちてきた。衝撃に身構えていたが、音もなく落ちてきた十字架……ではない。よく見ると、よく見なくてもわかるが、十字架を背負った人だ。藍色の修道服を着た、頭に動物の耳がついている女性だ。
「何でいきなり逃げるのですか、勇者様!」
不満そうに言ってくる修道服の女はカナタの知り合いではない。知り合いと呼べる人は片手で数えられる数しかいない、それに、頭に獣耳が生えている知り合いなどいない。当たり前だ、今初めて見たのだから。声を聞いた時から、人違いではないかと思っていたが、どういうことだろう? なぜ、ばれた? 考えてみるが、っわからない。
「……あのー、勇者様、聞こえていますか? さっきから、ぼーっとして、聞いているんですか? 勇者様?」
思考に耽っている暇ではなかった。修道服の女の話を聞くためではない。いや、後で聞くけど。今はそれよりも、さっきから連呼している、聞き逃せない単語が問題だ。さっきから勇者様、勇者様何度も呼びやがって、こんな人がたくさんいる道のど真ん中で、なにしてくれてんの。周りがざわついているじゃないか。変に注目を集めるの嫌なんだけど。この場を迅速に離れよう。
「とりあえず、人気のないとこに行くぞ」
修道服の女の手を取り、脇道へと、人のいないとこへと進んでいく。
「まあ! 大胆ですね、勇者様。こんな日も高いうちから、そんなイケないことをしようだなんて恥ずかしいです」
「誰がするか! 黙ってついてこい」
「照れ隠ししなくてもいいんですよ。そう言いながらも強引に手を引っ張て行くとこもいいですね」
「……」
こいつ俺をからかって楽しんでいるんじゃないか? カナタは修道服の女を無視して進む。




