姿の見えない追跡者たち
森の中を歩き出して、少し経って気づいたことがある。
何者かにつけられている。それも複数いる。
前方以外を囲まれている。周囲を見回すが姿が見えない。
しかし、茂みがガサガサと揺れる音は聞こえる。
たぶん、わざと音をたてているのだろう。獲物を精神的に疲れさせて狩るつもりか。
その状態がしばらく続いた。
いつ襲ってくるかわからず、ずっと気を張っていないといけない。これは、結構つらい。
近くの茂みから音がするだけで、ビクッとして、武器を抜きそうになる。
脇差をマントの中で構え、いつでも抜けるように備えている。
このまま進み道まで出られたとしても状況は良くはならないだろう。それどころか遮蔽物も何もない道で戦うことになれば、全周囲を囲まれる。今より悪い状況になる。
それなら、たとえ奴らの狩場で地の利があちらにあっても、まだ森の中で戦った方がましかもしれない。木を背に戦うなどやり方はある。
だが、奴らがどんな魔物かもわからないのに、森で戦うのが正解なのか?
猿みたいな魔物であれば、森で戦うのは悪手だ。樹上から攻撃されたら、たまらない。
遮蔽物があるのは、俺にとって有利なのか? ここは奴らの狩場だ。遮蔽物などあってないものではないか?
それに森では足元に注意しなければいけない。落ちている枝を踏んでもバランスを崩すほどではないが、戦闘中ならそんな些細なことでも命の危険に繋がるかもしれない。木の根で躓く可能性もある。
改めて考えてみると、やはり森で戦うのはない。奴らの庭で戦ってやる必要はない。
しかし、問題は道まで辿り着くことができるかだ。今にでも、襲って来たとしてもおかしくはない。
一先ず、道に辿り着くことを目標にしよう。
これは、希望と言えるほどのものではない。
たとえ、道に着いたところで勝てるわけではない。ほんの少し有利になるかもしれないだけだ。
一時も休まることなく、歩き続けると。
やっと、遠くに森が途切れているのが見える。もうすぐで道だ。
奴らに気取られないように、今までと変わらず歩き続ける。
後、三十 m、奴らに変わった様子は見られない。
後、二十 m、まだ大丈夫だ。
後、十 m、奴らの気配が変わったように感じる。やばい。
奴らが行動する前に動く。
森の出口へ向かって、全力で駆ける。
すぐに、奴らが動く。
すぐ後ろに奴らの気配がする。もう出口だ。
構わず、そのまま森から飛び出す。
道に足が着くと同時に足、腰、全身を捻り、振り返り様に奴を居合で斬り伏せた。
運良く奴の喉に命中して倒すことだ出来た。
奴は、体高一 mはある灰褐色の狼の魔物だ。
茂みを掻き分けて、狼の魔物が次々と出てくる。さっきのと同じ狼が十八匹いる。
それと、一匹俺より大きい体高二 mはある大狼がいる。おそらく、あいつがこの群れの長だろう。
この状況はやばい、やばいどころかほぼ詰んでいる。狼二、三匹が相手なら斬り伏せられるが、この数は無理だ。
逃げたい。だが、狼相手に走って逃げてもすぐに追いつかれ、喰われる。逃げるのは無理だ。
くそっ! 詰んでいる。
ここで、奴らに喰われて死ぬのか。
嫌だ! 死にたくない! 助けてくれ!
奴らに、完全に囲まれてしまった。逃げ道は断たれた。元より逃げることはできないのでいい。
この状況を何とかする方法を閃いたが、それはあまりにも小さく、消えてしまいそうな希望だ。
この群れの長である大狼を倒すことだ。
それには、まず奴らの囲いを突破しなければならない。
大狼は囲いには加わらず、囲いの外で悠々としている。
たとえ、大狼を倒せても、狼たちが引くとは限らない。
でも、このまま何もしないで殺されるよりは、一縷の望みに掛けた方がましだ。
覚悟を決める。
前へ駆ける時に持っている全部のナイフを前方に投げる。
ほとんど外れるが、多少でも怯ませられたら、それでいい。
前から狼が飛びかかってくる。それを半身になりながら左斜め前に踏み込んで避け、次の狼は鼻先を斬りつけて怯ませ、進む。
横から飛びかかってくるのを前に飛んで躱す。
背中を、足を引掻かれて鋭い痛みが襲うが構わず、走る。
止まれば、死ぬ。何があっても足を止めるな。
次々と引っ切り無しに襲って来る狼を脇差と小刀を振り回し、寄せ付けないようにするが、その身に刻まれる傷は一歩ごとにどんどん増えていく。傷を治すために、ヒールを使う隙も余裕もない。
やっと、大狼の目の前に辿り着いた。けれど、後ろからの衝撃と重さに倒されてしまう。
背筋が凍る、やばいやばいやばい。
背中の狼を退けようと、必死に暴れて、転がり退かす。起き上がろうとすると、右足に焼けるような痛みが襲う。
痛みに耐え、右足を振り回して拘束を解こうとするが深く喰いこんだ牙は抜けない。
さらに、左腕も噛みつかれる。
「うっわああああああっ!」
叫び声を上げながら脇差で左腕に噛みついた狼を刺す。
「くそっ! 寄るなっ! あぁああああああ!」
力の限り、刀を滅茶苦茶に振り回す。
俺の気迫に怯んだのか狼たちが離れる。
千載一遇のチャンスを見逃さず、立ち上がりながら大狼へ駆ける。
これが最後のチャンス。一撃で倒すしかない。脇差を目に突き刺し、脳まで届かせる。
これしかない。もし失敗すれば死だ。全身傷だらけで満身創痍でも、可能性が限りなく低くても、やるしかない!
失敗はできない。余計なものは捨てろ。必要なものだけ拾え。
これまでの人生では、有り得ないほどに集中し、意識を研ぎ澄ませる。
大狼が飛びかかるために、体を沈めて、力を溜める。
その動作がゆっくりと感じる。入っている。
決着をつけるために、脇差を構え、駆ける。
大狼は溜めていた力を開放し飛びかかってくる。
結果はどうあれ、この一瞬で決着はつく。
だが、勝負は意外な決着を迎えた。
大狼の胴体を貫き、黒いものが突き出している。
危機的状況のヒロインが主人公に命を救われて、惚れるなんて、ちょろすぎるだろうと、今まで思っていました。
だけど、こんな危機的状況で助けられたら、惚れるのも無理はない。




