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定年ロケット

作者: 保地葉

 カウントダウンは早かった。

「5・4・3・2・1・ゼロ」

 ゼロ、って日本語だったろうか。そんなことを考えた。

 問いかけても誰も答えてくれないだろう。発射してしまったからには戻れない。

 帰る場所もない。帰りたい場所もない。

 ないないづくしのカウントダウン。

 五秒後に人生の発射、乗員一人の定年ロケット、花束ひとつ贈られずに旅立ちます。


 仕事仕事のこのン十年、出世街道から逸れ、あたたかい家庭なんていうのにも遭遇せず、自分一人生きるのに必死で、気が付いてみれば定年間近であるわけで。

 家庭なし、貯蓄なし、これといって誇れる技術も技量もなし、もちろん人脈もない。それに仕事なしまで加わるわけだ。溜息すら出ない人生、そんな中、渡されたのは一枚のチラシ。

「ロケット乗務員急募。ただし、定年に限る。」

 蛍光ピンクのふざけたうたい文句、なんじゃこりゃ、ふざけてんのか。振り向いた先に既にチラシ撒きの姿はなく、深夜を回った繁華街の外れ、だれの姿もありはしない。一体なんなんだ、くしゃと丸めて捨てようとしたとき、目に入ったのはこんな一行。

「人生最後のひと華、見事に散ってみませんか」

 なんだかその一行に誘われて、ちびちびねばって飲んだ安酒の力も手伝って、取り出したケータイでチラシの番号にかけてみる。「説明会随時、要予約、お気軽にお電話を」出なけりゃ捨てた。そいつは確実。

 だけども四コールで出やがった。

 そこから急転、定年ロケット、発射準備オーライ。


 詳細は企業機密だということで、口外しないと誓約させられた説明会、驚くことに自分の他にも四、五人集まった中で面接があり、合格。採用です。

 ロケット乗務員、一名採用内定。本採用は定年翌日。

 定時上がりの月木金と第二・第四の土日に基礎訓練、体力づくりに操作研修、などなどなど。スケジュールはみっちり、仕事中にも居眠りする始末だが、幸いなことに定年前、自分より年上は少なく、怒る者もいない。五時半の時報とともにタイムカードを押してもだれも何も言わない。もちろん、ロケットの乗務員になったなんていうのも、だれも知らないのさ。

 あれよあれよと言う間に定年の日が近づき、会社最後の日も何もなく平穏に過ぎ、花束も貰わず帰社しまして、ちょっと一杯飲んで帰って、すっきり目覚めた定年翌日、めでたく本採用通知を頂いたわけだ。そこからは怒涛、考える暇もなく気が付いたらロケット発射台の前、本当にロケットなのか、と呆けていたらもっと驚きの事実が告げられる。

 発射したら帰って来ない。

 定年ロケットは片道チケット、乗務員は自分一人、全てがセルフサービス。

 そうだそういやうたい文句は「人生最後のひと華、見事に咲かせてみませんか」ではなく「人生最後のひと華、見事に散ってみませんか」だった。

 注意力散漫、誘われた自分が悪いのか。スペース・スーツを着こんだ自分はもう後戻りは出来ず、えいやと決めたなけなしの覚悟の上、思いのほかちっぽけなロケットに乗り込んだわけだ。

 どうして乗務員が定年に限るかって? どうしてロケットを飛ばすかって?

 それは教えられないな。なんせ企業機密、口外しない契約なのさ。


 カウントダウンは早かった。

 シートに座り目を瞑り、今までの人生を走馬灯のように思い返す。うん、たいした人生じゃないね。平々凡々、ならばいっそのこと、散ってみせるもひと華か。

 定年ロケット、発射五秒前。流れ星一番野郎になりに行きます。

「5・4・3・2・1・ゼロ」

 ゼロって日本語だったっけ、そんなこと考えながら押したスイッチひとつで、定年ロケット宇宙へ旅立ちます。六十年目の人生の発射、はてさてどうなることやら。


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