第九話 魔物の肉と魔法の袋
普通、魔物は街から離れるほど強くなる。
その表現は少し間違っていて、実際には強い魔物がいない地域に街ができているのだ。
ギルドのお姉さんのお墨付きを得たとはいえ、少しばかり遠くまで来たことがだんだんと不安になって来た。
今回討伐するのはマルチボアと呼ばれる魔物で、不揃いの長い牙が十本くらい前に向かって突き出した猪だ。
なんでもその肉はとても美味しいらしい。
「ギルドの人は突進に気をつけてって言ってたっけ」
「ただ走ってくるなら避けちゃえばオッケーだね」
そんな話をしながら一時間ほど歩いてようやく狩場に着いた。
さまよいの森の深くまで入っていくと、木々の間隔が唐突に広くなる場所がある。そこから先が今回の狩場であるおぼろげの森だ。
二人で警戒しながら進んでいると、プラムが何か見つけたらしい。彼女の声が頭に響いた。
『エディ、あそこにいるのマルチボアじゃない?』
わざわざ念話で話しているのは、こちらの存在を気取られる要因を減らすためだ。
草陰に隠れ、プラムが示す方向を見ると、ギルドで聞いた見た目どおりの魔物がいた。
しばらく観察しようと思っていると、鼻をひくつかせたマルチボアがこちらを向いた。
『『⁉︎』』
地面を掻き、突進の予備動作を始めるマルチボア。
僕たちは反射的に二手に分かれて草陰から飛び出し、迂回するようにしてマルチボアに近づく。
どうして気づかれたのかと逡巡し、敵が風下にいたことに気がつく。
「そうか、鼻が効くんだ、あいつ」
しかし二手に分かれたおかげで狙いが定まらなかったのか、先手を取られることはなかった。
「えい!」
その隙にプラムが〈クレイニードル〉を放つと、マルチボアは土の槍に貫かれ動かなくなった。
「意外とあっさり倒せたね」
「ねぇ、プラムやっつけたよー、褒めてー」
「よしよし、すごいぞプラム」
「えへへ」
プラムの頭をなでなでした後は、上機嫌のプラムに周りの警戒をしてもらいつつ、素材を剥ぎ取っていく。
きちんと稼ぐことを考えるとまだ何匹か倒さないといけないから、討伐したことを証明する部位以外の素材は最後に倒した魔物から回収すべきだ。でも今回ばかりははじめてマルチボアを倒した記念に最初の一匹から回収することにする。
その後、休憩やお昼ごはんを挟みつつ、倒したマルチボアの数が三十匹になったところで、少し早いけど街に戻ることにする。
マルチボアは思ったよりも弱かった。突進されてしまった時はさすがにひやっとしたが、正面に〈クレイニードル〉を放つと軌道修正が間に合わずに土塊に激突し、何本か牙を折りながら気絶していた。
また、先のように二手に分かれてマルチボアが止まったところを狙い、剣でとどめを刺すこともできた。
稼ぎは今までで一番多かったけど、かかった時間との兼ね合いを考えると、薬の材料として名高いスライムの黄身を集めている方がお得かもしれない。
まあ、たまにはこういう依頼を受けてもいいかなと思えた。
それから一番美味しいとされる部位だけは売らずにとっておき、エディは孤児院に向かう。
「「ただいまー」」
「あっ、エディとプラムが来たー!」
「肉が来たー!」
「待ってー、私もお迎えいく!」
元気一杯の弟妹たちに迎えられ、自然と笑顔になる二人。
って、誰だ僕のことを肉扱いしてる奴は!
くっついてくる弟妹たちの相手をしていると院長先生が顔をのぞかせて、僕らに入るよう勧めてくれる。
「今日はすごくいいお土産を持ってきましたよ」
「なになに〜お肉?」
「食べ物〜?」
「もうエディくん……毎回お土産を持ってこなくてもいいのに」
「せめてもの恩返しですよ。それで、今日持ってきたのはコレです!」
「なんだ⁉︎」
「なんなんだ⁉︎」
「それわぁ……」
「「「肉だぁ!」」」
「仲良いなお前たち」
ちびっこたちが謎の連携を見せ、エディは少しびっくりしてしまう。
その様子を見てプラムと院長先生がニコニコと笑っていた。
「みんなエディくんの持ってくるお肉を楽しみにしてるんです」
「まあ、楽しみにしてくれるのはいいんですけど……肉呼ばわりされるのはちょっと」
「ああ、あの子ですね。私も聞きました。ちょっとお仕置きが必要ですね」
割と大きな声で話しているので、院長先生の言葉は当事者の耳に届き、やんちゃそうな男の子が「そんなぁ」という声を漏らしていた。周りの子たちから笑いが起きた。
「それで、いつものお肉とはどう違うのですか?」
「今日のお肉はマルチボアの肉なんです」
「マルチボア⁉︎ そんな高いお肉貰ってしまっていいの?」
「僕らで倒した奴だから気にしないでください。それに、僕らが初めて倒したマルチボアをみんなにも食べてもらいたいので」
「そういうことなら食べないと失礼ね。みんな、今日の晩御飯は高級なお肉よ!」
「「「「「わーい」」」」」
すでに夕刻が迫って来ていたので、院長先生と年長の子供達が厨房へと消えていった。
と思ったら院長先生が慌てたように顔を出す。
「エディくんとプラムちゃんも、食べていってね。特にエディくんには渡さないといけない物があるから」
渡さないといけない物?
疑問に思ったが、聞き返す前に院長先生は厨房に戻ってしまう。
それから遊んでーとせがんでくる弟妹たちの相手をしているとすぐに厨房からいい匂いが漂って来て、みんなそわそわし始めた。
夕ごはんはあっという間に終わり、僕は院長先生に呼び出される。
「渡さないといけない物ってなんですか?」
さっきの話のことだろうと思い、単刀直入に聞いてみる。
すると、院長先生は申し訳なさそうにしながら話し始めた。
「実は成人した時に渡そうと——いいえ、返そうと思ってた物なんだけど、倉庫に眠っちゃってて……」
そう言い訳しながら院長先生は一つの袋を取り出した。
「なんですか、コレ?」
「これは『魔法の袋』よ」
「ええ⁉︎ なんでそんなものを持ってるんですか⁉︎」
エディは驚かずにはいられなかった。
「魔法の袋」は魔法道具の一つで、その大きさからは考えられないような容量を持つ、まさしく魔法の袋なのだ。知らない人はいないと言われるほど有名だが、その知名度に反して数が少なく、物凄く高いことでも有名だったりする。
どう間違っても一介の孤児院に置いてあるような代物ではないのだ。
「これは私のものじゃないわ。エディくん、あなたのものよ」
「それってどういう……?」
「これはあなたの家の焼け跡から見つかったものだそうよ」
「⁉︎」
僕の家の焼け跡……?
「それじゃあその魔法の袋は……」
「エディくんの家にあったものよ」
「! っ貸してください!」
「きゃっ!」
僕は反射的に院長先生から袋を奪い取っていた。
魔法袋に手を突っ込み、中を漁り、あるものを探り当てたところでそれを恐る恐る取り出す。
「よかった……残ってた……」
それは他人からすればただの紙切れだったに過ぎないが、エディからすればとても価値のあるものだった。
「エディくん、それは?」
「妹が初めて書いた……手紙です」
それから僕は袋を漁り続けた。
袋から出てくるものは、妹が大好きだったぬいぐるみであったり、僕が大好きだった絵本であったり、僕と妹で描いた両親の絵だったり、母の教えを受けながら妹とお互いのために作りあったマフラーであったり……どれもエディの記憶にあって失ったとばかり思っていたものだった。
「この『魔法の袋』は、家族の共通の宝物入れだったんです……自分の大好きなものを入れておこうって……」
「……そう」
「そっか、残ってたのかぁ……」
僕はしばらく泣き続けた。院長先生は僕を優しく抱きかかえ、泣き止むまで背中をさすってくれた。
魔法の袋は、僕たちの家族にしか使えないようになっていたため、中に何が入っているかは誰も知らなかったらしい。
返すのが遅くなったことを何度も院長先生は謝っていたけど、僕としては売らずにずっと取って置いてくれたことの方が嬉しかった。
◇◇◇
それから二ヶ月が過ぎ、一週間に一度は一日がかりの依頼を受けながらいつもと同じように過ごしていた。
ランクはDのままだが、上げなければいけないものでもないから特に焦ったりはしていない。
それに魔法の袋のおかげで、倒したマルチボアを丸々持って帰れるようになったので稼ぎは最初にマルチボアを狩ったときの比ではなくなった。
あ、魔法の袋の中にはたくさんの間仕切りがあって思い出の品と生肉が触れ合うようなことはないよ。
初めは家族の形見を使うのに抵抗があったけど、宝の持ち腐れになってはいけないと、利用することにしたのだ。
「ねぇエディ、昨日ウーザが釈放されたらしいわよ」
いつものように宿の手伝いを終え、宿で夕ご飯を食べていると、配膳を終えて暇になったネーヤが雑談を始めた。
「本当? ああ、もう三ヶ月経ったんだね」
この国では街中で誰かを攻撃した場合、最低でも三ヶ月、悪い場合だと死ぬまで騎士団に拘留される。
そう、“最低でも三ヶ月”だ。どうやらウーザは短い拘留で済んだようだ。
〈フレイムアロー〉なんて結構殺傷力のあるものを街中で放って置いて、最も軽い刑なんてどういうことだろうか。
「なんでも、お金の力で期間を縮めてもらったらしいよ」
「うわぁ、やっぱりお金持ちは違うなぁ」
「えぇ〜⁉︎ またアイツに会わないといけないのー? ずっと閉じ込めとけばいいのに!」
「会う心配はないみたいよ。なんでもすぐに釈放された彼女を追いかけて隣町に向かったとか」
「ああー、あのお嬢様かぁ」
話を聞く限りウーザを置いてさっさと帰ってしまったようにも思えるけど、果たして次に会った時は彼らは恋人なのだろうか。
「まあ、会わなければそれでいいよ」
「うんうん!」
彼のお金で怪我も直せたし、しばらくプラムに縮れた髪の毛を笑われたくらいで特に害はなかった。
だからウーザにはそれほど恨みがない。
プラムの様子を見るに、嫌ってはいるけどすでに熱りは冷めていて、前ほど過激な思想は抱いてないみたいだ。
僕はちょっと安心してプラムを撫でると、彼女はこちらを向いて可愛らしい笑みを浮かべた。
食卓の向かいに座る少女はじっとその様子を見る。
「……なでなでいいなぁ」
そんなネーヤのつぶやきが、エディたちの耳に届くことはなかった。
【魔法の袋】
太古に遺跡から発見される、外見以上にたくさんの物が入れられる袋。おとぎにもよく登場するため庶民でもその存在を知っているが、知名度に反して数が少なく、非常に高価。
ものによっては、所有者以外は使えないような設定ができる。魔法の技術に長けた者なら所有者の設定を解除することもできる。