第八話 ねぼすけプラムとおかしなネーヤ
しばらくして、でこぼこ平原に着く。
薬草を採取しながらうろうろしていると、一匹のスライムに出くわした。
まずは、人間になったプラムがスライムを倒せるかどうかを見る。
「顔に飛びかかって来ないように気をつけて!」
「うん!」
プラムは、素手のままスライムに対峙する。魔法を使うものだと思ったら、そのまま接近し、無警戒なスライムに触れた。
すると数秒でスライムは動かなくなった。
「あれ、〈魔力吸収〉? 手でも出来たんだ?」
「できるよー」
「じゃあ、今朝は別に指を咥えなくても良かったんじゃ……」
「エディの魔力は、ごはんと一緒だから口で食べるのー」
「そ、そう……」
邪気のないプラムの言葉を聞いていると、朝に感じたのと同じ、悪いことをしているような微妙な感覚が蘇ってきた。
口でしないで、と言えばプラムは素直に聞き入れてくれるだろうし、それがいいんだろうけど、言ってしまうのは惜しいような気がするのだ。
妙なことを期待している自分に気づき、慌てて思考を断ち切ると、エディは極力余計なことを考えないようにしてスライム狩りに専念した。
その後、ワンダーウッド相手にも以前とおなじようにやっていけることを確認すると、さっさと依頼の品を集め切る。
プラムが人間になったからといって魔法の練習は特に変わることなく、いつも通り行われた。
取り立てて変わったところをあげるなら、魔法のイメージを教えるプラムの「ばっ、としてずごっ」とかいう擬態語ばかりの説明に、身振り手振りが加わって微笑ましさが増したことだろうか。
ちなみに今は〈クレイニードル〉のスキルを授ることができるように練習をしている。
もともとすぐに覚えられるものではないので、お昼には練習を切り上げて街に戻った。
さて、宿に戻るとひとつ問題が発生した。
プラムの寝る場所はどうするのか、ということだ。
宿に戻るや否や、ネーヤが焦った様子で聞いてきたのには驚かされたけど、なるほど確かに考えないといけない。
「もちろん、エディと一緒に寝るよ?」
プラムは、当然っ! とばかりにすまし顔でそう言った。
「おおお男の子と女の子が同じベッドなんて絶対にダメよ! 二部屋に別れるのが普通よ!」
ネーヤは顔を赤くして激しく反対する。
そこまで強く否定するものでもないと思うけど、孤児院でも「付き合ってもない男女が同じ部屋で寝泊まりしてはいけません」と教えられていたし、僕も依存はない。
するとプラムが、
「ええ〜⁉︎ エディと一緒に寝られないの〜⁉︎⁉︎」
と、今にも泣き出しそうな顔になった。
「しょうがないでしょ。そういうものなんだから」
「……それならプラム、寝るときだけスライムに戻る!」
「え⁉︎」
「プラム、そんなことができるの?」
「できるよー、魔力をものすごく使うけど」
なら安心ね、とネーヤは胸を撫で下ろしていた。
スライムに戻っても女の子であることは変わらないんだけど、それでいいんだろうか?
まあ、ネーヤがいいって言っているしいいんだろう。
それからプラムとエディは一緒に宿の手伝いをして、夜になると二人で眠る。
もちろんプラムは、スライムに戻った状態だ。彼女はエディに抱っこされて始終ご機嫌だった。
翌朝、エディは身体に重みを感じて目を覚ます。
まさかと思って目を開けるとそのまさかだった。
「プラム⁉︎ なんでまた人間になってるの⁉︎」
「んぅ……エディ、おはよー」
「おはよう……じゃなくてさ! 早く服を着てよ!」
「あとごふん……」
「寝ててもいいから、と、とりあえず僕を放してっ!」
相棒のプラムとはわかっているものの、一糸まとわぬ美少女に抱きつかれて、エディは動転する。
プラムは、すごく目覚めがいいときがあるけど、それは僕に何かを見せて褒めてもらいたいときで、起きるやいなや「狩りに行こう!」と急かしてくるくらいだ。
それ以外のときは基本的に寝坊助さんで、いつもプラムが目覚めるまでスライムの身体をぷにぷにしていた。
しかし、人間形態のプラムの裸を下手に触るわけにもいくまい。エディはプラムとの間に挟まっている掛け布団を彼女に巻きつけると腕の拘束を解き、ベッドから離れた。
密着を解くとエディの動揺は嘘のように静まり、頭より上とふくらはぎより下だけをのぞかせた芋虫状態のプラムを見て、微笑ましさだけが残る。
「プラムー起きろー」
「あうあうあうあうあう〜」
肩のあたりを揺するとプラムは揺れに合わせて声を波うたせる。やがて従魔のつながりを通して満足したことが伝わってきたので揺するのをやめる。
「着替えてから降りて着てね」
「エディ⁉︎ ちょっと待ってよぅ」
ガバッと毛布を取り去ったプラムから間一髪で目を逸らし、エディは部屋を出た。
朝食を待っているうちにプラムが食堂に顔を出した。
「もう、エディ、置いていかないでよ〜」
プラムは頰を膨らませながら、隣に腰を下ろす。
その後、プラムの食べる練習を見守りながらゆっくりと朝ごはんを食べた。
ごはんの後、プラムに指を吸われるとやっぱり変な気分になった。
◇◇◇
プラムが人の姿をとれるようになってから一ヶ月が経過した。
夜明け前に目を覚ましたエディは、隣のベッドで眠る少女を見て安堵の息を漏らす。
その少女とは、もちろんプラムのことだが、薄手の毛布を抱いて幸せそうに笑みを浮かべていた。
「んぅ……えでぃ……」
「プラム? 起きてたの?」
「だめだょ……それはプラムが食べるの……」
「ははは、寝言かぁ」
エディはベッドに腰を下ろすと、プラムの手触りの良い赤い髪を梳かすようにして頭を撫でる。
この一ヶ月でプラムはだんだんと羞恥心を覚え、僕の前では裸を隠すようになった。
しかし、眠っている間にどういうわけか人の姿に戻ってしまい、朝起きるとすっぽんぽんということが続いたため、一緒に寝るのを諦めて二人部屋に移ったのだ。
部屋を移ったといえば、ついこの間、僕がこの宿に泊まり始めたときにいた人の最後の一人が宿を出て行った。今では僕が宿泊客の中では最古参になったわけだ。
この宿は宿泊代が格安である代わりに、薪割りや掃除など、宿の手伝いをしなければならず、ある程度収入が安定してくると面倒くさがって宿を出ていってしまうのだ。
ちなみに僕はDランクになったころから収入が安定しはじめ、今ではかなりの貯金があるが、依然としてこの宿を使っている。
家事の手伝いなんて孤児院にいた頃から毎日やっていたことだから面倒だなんて思わないし、やはり孤児院で家族同然に過ごしたネーヤが働いているのが大きい。
だから僕はずっとこの宿にいるものだと思っていた。
「もう少し難易度の高い依頼ですか?」
「ええ、エディくんもプラムちゃんも魔法が上手でしょ? それなのにいつも近場の依頼ばかり受けているから勿体無いなと思って。一日がかりになっちゃうけど、ゴブリンの依頼の方がたくさん稼げるわよ」
冒険者ギルドで窓口のお姉さんと話しているとそんな話になった。
現在、エディはプラムの覚えている四つの魔法はすべて習得し、神殿で対応するスキルももらっている。その後プラムと一緒に〈フレイムアロー〉を練習し、昨日、プラムに先立って覚えることもできた。
確かに最近は町の周囲の魔物を弱く感じるようになっている。
「もっと強い魔物を倒してくれないとランクアップできないわよ?」
そういえば、僕達はまだDランクのままだったっけ。
「そうですね。宿に伝えないといけないし、また明日にでも受けてみようかな。プラムはそれでいい?」
「いいよー!」
そんなわけで、いつも通りに採取依頼や討伐依頼を済ませた後は魔法の練習を早めに切り上げ、街に戻る。
一日中の依頼で街からかなり離れるとなると、携帯食料や応急薬など持ち物が増えるため、それらの買い出しとプラム用のリュックサックを買う。二人とも水の魔法が使えるため、飲み水を用意しなくていい分、他の物資を充実させた。
「ただいま帰りましたー!」
「はいはーい! あ、二人ともお疲れ!」
宿に帰るとネーヤが出迎えてくれる。
明日にでも一日がかりの依頼を受けようと思っていることを伝えると、ネーヤは心配そうな顔になった。
「宿の手伝いの方は問題ないと思うけど……。街をかなり離れるんでしょ? 大丈夫なの?」
「まあ、ギルドの人から勧められたぐらいだしそこまで心配いらないと思うよ」
「プラムがいるから平気だよ!」
プラムの言うとおり、別に一人で行くわけではないのだ。魔物も一気に強くなるわけではないのでそこまで気にすることでもないと思う。もちろん、だからと言って油断はしないけど。
荷物を置きに、一度部屋に戻り、各々宿の手伝いにかかる。
今日の手伝いは、僕は薪割りで、プラムは染み抜きに出していたシーツの受け取りだった。
「それじゃあ行ってくるー!」
「シーツを落とさないよう気をつけてね」
「わかった〜!」
プラムを見送ると、僕は宿の裏に出て薪割りを始める。
カッ、カッ、カパーン、カッ、カッ、カパーンと小気味良いリズムで薪を割っていると、ネーヤが歩いてくるのが見えて、手斧を振るのを止めた。
「ねぇエディ……」
「どうしたの?」
「えっと……明日、遠くの依頼を受けるんだよね?」
「うん、そうだけど?」
「その……気をつけて、ね?」
「え? うん、気をつけるよ」
どうしたんだろう、さっき同じ話をしたばかりなのに。
それに、いつもははっきりと喋るネーヤが言葉に詰まっているようだった。
「どうかした?」
「あのね、その……」
「うん」
「えっと、うーん……」
ネーヤが、何かを言うのを躊躇うなんて珍しい。もしかして何か言いにくいことでもあるのかな?
「ネーヤ、一旦深呼吸しようか。はい吸ってー」
「すぅー」
「吐いてー」
「はぁー」
「もっと吐いてー」
「はぁー」
「まだまだ吐いてー」
「う、くりゅしい……って、息吐きすぎよ!」
ネーヤは顔を真っ赤にしながらぷりぷりと怒って見せた。
うん、いつも通りのネーヤだ。
「それで、どうしたの?」
「あのね、エディ」
「?」
「私ね、エディの事が——」
「エディー! シーツ持って帰ってきたよー!」
ネーヤが何か言いかけた時、プラムがシーツを抱えて裏庭に顔を出した。
途端にネーヤは体をびくっと震わせ、背筋を伸ばした。
「おかえり、プラム! ごめんネーヤ、何だった?」
「なななな何でもないわよ!」
「そう? 僕のことがどうとか言ってなかった?」
「言ってないわよ! エディの事が心配だって言ったの!」
言ってないのか言ったのかどっちなんだ……
心配だって、もう何回も言われているけど、まあ魔物と戦ったことのないネーヤにとって、街から離れるのはとても危険なことに思えるのだろう。
慌てた様子で裏口に消えて行くネーヤを見て、どうしてわざわざ言いにきたんだろうと疑問に思っていると、唐突にプラムが抱きついてきた。
「エディ〜、あと薪割りどれくらい?」
「もう九割終わってるから、もうすぐ終わるよ」
「プラム応援するー!」
それから薪割りを再開すると、ノルマの量を終える頃には、ネーヤの言動の違和感も特に気にならなくなっていた。
◇◇◇
「はぁ、今日も言えなかったなぁ」
ネーヤは、各部屋のシーツを変えながらため息を漏らしていた。
「でも、今日は言えかけてた! うん、次は言える!」
そう言って自分を奮い立たせてみるも、次の瞬間には脳裏に今更という言葉が過ぎる。
お察しのとおり、私はエディの事が好きだ。
いつから好きになったかと言えば、エディが初めてこの宿に訪れた時からだ。孤児院で一緒に暮らしていた時はむしろ嫌いだった。
私は、気付いたときには孤児院にいて、血の繋がらないきょうだいの「お姉ちゃん」として一緒に暮らしていた。つまり、変な言い方になるが、生粋の孤児というものだった。
一方のエディはというと、彼は生粋の孤児ではなく、七歳の時に、火事で両親と妹を亡くし孤児になったのだった。
孤児院に引き取られたばかりのエディは、今とは大分様子が違った。
ずっとどこを見ているのか分からない虚ろな目をしていて、院長先生が話しかけても何も答えなかった。
ごはんの時間になっても部屋の隅に座ったまま動こうとしないのを、院長先生が叱りつけていたのを今でもよく覚えている。
でもその頃はまだ、可哀想な子、くらいにしか思っていなかった。
私がエディを嫌いになったのは、エディが今のエディになった時だった。
きょうだいの中で一番人懐っこい女の子が、側から見てても少ししつこいと思うほどエディに話しかけていた。
それでも何も聞こえていないかのように虚空を見つめるエディに痺れを切らしたその子は、エディに背中から抱きついた。
そして、ギョッとする事が起きる。
エディが唐突に泣き出したのだ。
激しく泣くエディは、びっくりして離れたその子を抱きしめると、知らない子の名前を叫びはじめた。
次第に叫ぶ中にお父さんお母さんという言葉がまじるようになるが、すぐに嗚咽で何を言っているのか分からなくなった。
後に聞いてみると、はじめに叫んでいたのは仲の良かった妹の名前らしいかった。
大泣きしてある程度心の整理がついたのか、その件を境にエディは今のように明るい男の子になった。
裕福な家庭で育った彼は、いろいろな事を知っていて頭も良く、妹思いで優しかった彼は、みんなからお兄ちゃんとして慕われるようになる。
だけど、それが私には気に食わなかった。
みんなの「お姉ちゃん」であった私には、人気が盗られたように思えたのだ。
無意識ながらエディの魅力を感じ取っていた私は、その良さを認めてしまわないように彼を嫌いであり続け、一年後、成人して孤児院を出た。
しかしそれから宿屋で働くようになり、大人たちの間で余計なプライドが削られた状態でエディに再開すると、すぐに彼を好きになった。
それからというもの、彼を嫌っていた自分が恥ずかしくて、彼の癖などの批評を偉そうに口にしては後になって反省する日々を繰り返している。
「プラムちゃんが邪魔しなかったらって思う私は、性格悪いのかなぁ……」
そうして今日何度目かのため息をつきながら、ネーヤは真っ白なシーツのしわを伸ばすのだった。
【魔力吸収】
読んで字のごとく、他者の魔力を吸い出す技能。スライムは生まれながらにしてこの技能を持っている。魔力は生命維持のエネルギーにもなるため、この技能があれば食事をせずに生きていくことも可能になる。
なお、魔力はいくら吸収しても太ることはない。