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第七話 下着専門店と店員

 ネーヤの仕事が終わったので、エディたちは三人で宿を出た。


「エディの頭に乗りたーい」

「うーん、肩車かな? でも、肩車はちょっと……」


 体格がほとんど一緒とは言え、日頃から鍛錬をしているおかげでそこそこの力はあるから、肩車自体は平気でできると思う。だけど、周りに好奇の目を向けられるのは明らかだ。


「手を繋ぐのじゃだめ?」


 それくらいなら、孤児院の妹たちとよくしていたから恥ずかしくはない。


「いいよー!」

「エ、エディ、私とも……」

「え? どしたのネーヤ?」

「な、なんでもないわ」

「?」


 ネーヤが顔を赤くして何かを言いかけたが、聞き返すとごまかして歩速を速めた。


 プラムと言えば、僕の手をぎゅっと握り、手足を大きく振って楽しそうに歩いている。


 顔見知りのおばさんやおばさんに声をかけられつつ、プラムの事を聞かれたときには「実は人間だったみたいです」と真面目な顔で言ってごまかした。


 そのうちにネーヤがひとつの店の前で足を止めた。


「着いたわ、ここが女性用下着専門店、『エンジェルズクロス』よ」

「女性用下着専門店⁉︎ なにそれ?」

「そのまんまの意味よ」


 な、なんだか大層な店に来てしまったけど、身分的にも性別的にも場違いじゃないだろうか……

 入る前から僕は怖気付いてしまった。


「外で待ってた方がいいかな?」

「なんでそうなるのよ、さあ行くわよ」


 僕の躊躇いとは無関係に、ネーヤはさっさと店に入ってしまう。


 仕方なくネーヤを追って店に入る。ネーヤは店の勝手を知っているようで、僕たちは案内されるまま色々な下着を見て回った。


 たくさんの下着が陳列された棚に挟まれて肩身がせまい思いをしながら、僕はふと疑問に思う。


「なんでこんなにたくさんの下着があるんだろう?」

「お答えしましょう」

「うわっ⁉︎ びっくりした!」


 ぼそりと呟いただけなのに、タキシードを着こなした女の人が突然後ろから話しかけてきた。


 茶髪のショートヘアーで、そのまぶたは眠そうに少し閉じられていて表情が見えにくい。


「ま、まったく気づかなかった……」

「プラムも……」

「驚かせてしまってすみません。癖で気配を消してしまうので……」


 どんな癖だよ!


「あ、お久しぶりです。ハンナさん、相変わらずですね」

「ネーヤさん、お久しぶりですね」


 ネーヤは、女の人の突然の出現をとりわけ気にするでもなく、普通に挨拶を交わした。


「申し遅れました。エンジェルズクロスの店員のハンナです。以後お見知り置きを」


 そう言ってハンナさんは、まったく隙のない動作で頭を下げた。


「エ、エディです」

「プラムです!」

「ところで、この店にたくさんの下着がある理由ですが……それはもちろん、たくさんの女性にオシャレをして貰うためです」

「オシャレ、ですか」

「はい。女の子ならオシャレをしたくない子はいません。たとえ普段は見えないところでも、いや、見えないところだからこそオシャレをするものなのです」

「は、はあ」


 眠そうな見た目とは対照的にハンナさんの瞳は煌々と輝いていた。


「でも、凄く高そうだね」

「「それがそうでもない(のよ!)(んです!)」」


 ネーヤとハンナさんが声を揃える。そして後に続いてハンナさんが語り始めた。


「女の子の肌は繊細ですから、この店では肌を傷つけない柔らかい布を使っています。本来なら値段が上がってしまうのですが、この店が独自に持つ材料の売買ルートや、独自に開発した秘伝の技術によって、上は女王様から下は奴隷まで全ての女の子が手に入れることができ、十分に満足できる一品を作っているのです。おかげでエンジェルズクロスの下着の普及率は50%なんですよ!」

「え、50%ってすごいの?」


 確かに高い方だろうけど、そんなに驚くことでもない気がする。


「エディ? 二人に一人は女の子なのよ?」


 あ、つまり女の子だけで言えばほぼ普及率100%なのか。



「他のお店は無いんですか?」

「私たちの品に対抗することができず。すべて業界を離れて行ったみたいですよ」


 お、おう……


「技術が盗まれたりはしないんですか?」

「エンジェルズクロスは、機密性と隠密性を大切にしていますから♪」


 後者は要らない気がするなぁ。


「必要ですよ。材料の調達ルートがバレてはいけませんから」


 あれ? 僕いま口には出していなかったような……


「多少相手の思考が読めないと、この業界ではやっていけませんよ」


 そう言ってにこりと微笑むハンナさん。


 エンジェルズクロスの店員、おそるべし。


「ねぇ、エディ! どれがいいかな〜?」


 底の見えなさに戦慄していると、プラムが下着の小山を抱えて持ってきた。


 その量に思わずたじろいでしまう。


「プ、プラム、服なんてどうでもいいんじゃなかったの?」

「うーん、でも一目見たら可愛い服が着たいなって気持ちになったの」


 今朝の彼女からは考えられない発言だった。


「女の子の中の女の子を目覚めさせる力がないようでは、この業界ではやっていけませんよ」


 恐ろしいな、エンジェルズクロス。


 その後、プラムに急かされて、彼女の下着を選ぶことになった。


 恥ずかしかったが、プラムの圧力に負け、自分の趣味を極力出さないようにしてどうにか上下を一着ずつ選び出した。プラムはまだブラではなくキャミソールだった。


 ちなみにハンナさんは一瞬目を離した隙に姿を消していた。


 ……もう何も言うまい。


 ハンナさんの言っていた通り、値段は生地や縫製にしては高くなく、僕の手持ちでも普通に出すことができた。


 ネーヤには屋台の焼き鳥を奢らされだけど、今日のお礼と思えば安いものだ。


 下着の入った袋を抱えて今にもスキップしはじめそうなプラムに苦笑しつつ、僕たちは帰路につくのだった。


 ん? 何か忘れているような……


「ネーヤ、プラム、普通の服も買わないと!」

「「あ! 忘れてた!」」


 それから、色々な服屋を見てまわり、動きやすいハーフパンツと普通のシャツを買った。


 下着との落差にプラムは不満そうだったけど、あまりいいものを買おうとしてもお金が足りないんだよね。


「明日からどんどん稼ごうね!」

「そうだね」


 僕もプラムが着飾ることには反対しない。それどころか、店先のショーウィンドウにあった白いワンピースなんか、プラムが着たら似合うだろうなと密かに思っていた。


 明日からの仕事が、いつとなく楽しみになった。




 そして翌朝。起きて朝ごはんを食べ終わるや否や、冒険者ギルドに向かう。


 しかし、大事なことを思い出した。


「プラムって冒険者登録しないといけないのかな?」


 プラムと僕の間には従魔と主人としての繋がりが残っている。その証拠に、言葉を介さずとも頭の中だけで会話をすることもできた。


 だけど、今のプラムは人間だ。


「あら、どうしたのエディくん? その子はお友達?」


 僕は受付のお姉さんに正直に事情を話した。


「……にわかには信じがたいけど、エディくんが言うなら信じるしかないわね」

「信じてくれるんですか?」

「まあ、理屈を考えても仕方ないしね。魔物が一匹減って人間が一人増えた、それだけよ。それより冒険者登録の方だけど……、それはエディくんが彼女を魔物として扱うか、人間として扱うかによるわ」

「もちろん人間として扱いますよ」

「エディくんならそう言うと思ったわ。それじゃあプラムちゃんの冒険者登録をやっちゃいましょうか」

「「よろしくお願いします!」」


 冒険者登録は名前や生年月日など、いくつかの質問に答えるだけで終わる。生年月日は、明らかに十歳を超えているとわかれば、それほど大した意味を持たないらしいけど。


「プラムちゃんっていつ生まれかわかる?」

「んー、わかんない」

「まあそうよね、じゃあ十年前の今日でいいかしら」


 孤児などで生年月日がわからない場合は、このようにかなり大雑把に決められることになる。


 プラムは「いつでもいい〜」とあまり興味がなさそうだが、僕はいいことを思いついたので口を挟んでみる。


「それなら昨日かオネの月の七日ほうがいいんじゃないかな?」

「昨日はプラムちゃんが人間になった日よね? オネの月の七日は、どうしてかしら」

「僕とプラムが初めて会った日ですよ」


 僕はしっかりと覚えていた。


「へぇ〜、なら、プラムもその日がいい!」

「じゃあ、そうしておくわね」


 それからお姉さんからプラムに一枚のコインが渡される。それは冒険者ギルドに所属していることを証明するためのもので、表にはこの街の紋章、裏にはプラムの名前と生年月日とランクが刻まれている。


「これは、冒険者ギルドの一員であることを表す大切なものだから無くさないようにね」

「はーい」

「Eランクからのスタートになるけど、それは我慢してね」

「早くエディと一緒になりたいなぁ〜」


 プラムは何も容れる物を持っていないから、一先ず僕が預かり、自分のコインと一緒に仕舞っておく。


 心配していたよりもあっさりと話は片付き、エディとプラムは連れ立って街の外へと向かった。


「ねえ、エディ。オネの月って何?」


 道中、プラムは会話に出てきた言葉の意味について聞いてきた。


 プラムが今のように喋れるようになってからというもの、この手の問答は結構頻繁にしていたけど、そう言えばこよみについては全然教えてなかった。


「そうだね……一年ってわかる?」

「わかんなーい」

「じゃあそこから説明するね」


 エディはまず、夏至と冬至について話した。一旦冬至を迎えた後、360日後に再び冬至になるまでの期間を一年と呼び、それを12分割したものが「月」と呼ばれる。つまりひと月は30日。


 月は順に、オネ・トウォ・スレエ・フォル・フィベ・シクス・セベン・エイグフト・ニネ・テン・エレベン・トウェルベ、と名前がついていて、最後のトウェルベが終わると、またオネから月が巡り始める。


「エディの生まれた日はいつなの?」

「僕は、トウェルベの月の七日だよ」

「あ! プラムのとおんなじ日だ!」


 プラムはきゃっきゃと喜ぶ。


 プラムの誕生日はさっき決めただけなんだけど、彼女の中ではもうその日に生まれたことになっているらしい。


 提案した側としては嬉しい限りだ。



 門に着くと、魔物使いの門番さんがいた。もちろん従魔のヴァイスも一緒だ。彼に近づいて行くと、ヴァイスを見たプラムが僕の背後に隠れた。


 昨日まで後頭部でプルプル震えていたプラムだが、人間になった今は、僕の背中にぴったりとくっついている。


 正直かなり歩きにくい。


「プラム、歩きにくいよ」

「だ、だってぇ……」

「ヴァイスは怖くないよ?」

「うん……」


 仕方がないので、怯えるプラムの手を握った。


 その状態で門番のおじさんに声をかけると、怪訝な顔をされた。


「エディ、その子はどうしたんだ?」

「この子はプラムです」

「へぇ……………………は?」


 それからプラムが人間になったことを説明した。もちろんわかることは全部話した。


「なるほど、人間にねぇ。それでなんでエディに背負われているんだ?」

「スライムの時から変わらず、ヴァイスが怖いみたいです」

「ははは、ヴァイスはかなり“奥の方”の魔物だからな。本能的に恐れるのも当然と言えば当然だ」

「ええ⁉︎ そうなの⁉︎」


 奥の方、というのは世界樹付近を指す俗語だ。


 世界樹というのは世界全体に根を張り巡らせているとされる大木のことで、高さは天にも及ぶと言われている。花も咲くらしいけどどんな見た目かとかいう話は全く聞かない。


 大量の魔力を持っていて、漏れ出た魔力が周辺の空気中に漂っているため、強大な魔物が生まれやすく、Aランク冒険者でも不用意には近づかない。


 強そうとは思っていたけど、ヴァイスがそんなに強い魔物だったなんて……。


 それより、そんな場所にいる魔物をテイムしたということは、


「おじさんってAランクだったの?」

「ああ、そうだぞ」

「すごい!」


 まさかこんな身近にAランク冒険者がいるなんて!


 しかしおじさんは、僕が褒めると苦虫を噛み潰したような顔になった。


 どうしてそんな顔をするのか聞こうと思ったとき、先程から睨みつけるようにプラムを見ていたヴァイスが、一喝するように吠えた。


「ぴゃい⁉︎」


 プラムが変な声をあげて、僕を抱き寄せる。


「ははは、厳しいなヴァイスは」

「お、おじさん、ヴァイスはなんて言ったの?」

「『守るべき主人の背中に隠れて、従魔としてのプライドはないのか!』と言ったらしい」

「プライドって……プラムは僕のパートナーだから、守ってもらおうとは思ってないよ。それに今のプラムは人間だし」

「ぐるぁう、がう、ばうばう……」

「『しかしだな、例え人間でも従魔というものは主人の——』って何か語り出してんだこいつぁ……。まあいい、しばらく放っておこう。ところで二人は今から依頼か?」

「はい、スライムと、ワンダーウッドと、他の魔物を少々」

「プラムがスライムから人間になったことで何か勝手が変わることもあるだろうから、最初のうちは様子見するようにな」

「はい! ありがとうございます!」


 おじさんに別れを告げて、怯えるプラムの手を握ったままその場を離れた。

【世界樹】

 大量の魔力を有する巨木。根・茎・葉問わず非常に上等な素材になる。そのため狙う者が多いが、周囲が濃密な魔力に満たされている影響で強い魔物が多く、エルフが世界樹を護っていることもあって簡単には近づけない。

 根は世界中に張り巡らされており、花も咲くと言われているがどちらも確かな根拠はない。

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