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第六話 プラムと変身

 私はプラム。種族はマジックスライムで、エディという魔物使いのパートナーだ。


 朝、なんだか体がくすぐったくて目が覚めた。


 辺りの様子を見てみると、いつものようにエディがプラムの身体をグニグニしていた。


 プラムが起きたことに気づいたエディは、グニグニするのをやめてしまう。


 名残惜しさを感じつつ大好きなエディに挨拶をした。


『エディ、おはよー』

「うん、おはよう」

『今日から依頼受けに行くの?』

「もちろん! 体が鈍っちゃうからね!」


 エディは元気にそう言うと、プラムをお腹の上から降ろして立ち上がった。


 エディがウーザに怪我をさせられてから丸一日が経った。


その間、火傷を治してくれた人の言いつけでエディは安静にしていなくてはならず、冒険者の仕事ができずにいたのだ。


『早くワンダーウッドを倒しに行こう?』


 プラムは、体が疼いて仕方がなかった。


 しかしそれは、エディを傷つけたウーザを殺せなかったイライラから来るものではなかった。


 エディが入院するに当たって、色々な人がエディを訪ねてきた。ネーヤや孤児院の院長先生だけでなく、プラムが会ったことのないエディの知り合いもたくさんお見舞いに来てくれた。


 プラムは、エディの従魔であることに誇りを持っている。そして何としてでもエディを守りたいとも思っている。


 だけど最近は、何か物足りない感じがしていた。


 もっとエディと一緒にいたい。


 もっとエディに自分を見て欲しい。


 もっとエディに近づきたい。


 そう思うようになっていたのだ。


 そしてそんな時に、エディが様々な人と交流する姿を見て、プラムはひどく疎外感を感じてしまった。


 魔物である自分はエディに本当に近づくことはできない……そんな考えが心から離れなくなった。


 そしてプラムは決意した。


(人間になろう)


 スライムは進化によって他の生き物になることができる。


 厳密に言えば進化のエネルギーを使って他の種族の姿形に変化するのだ。


 狼に襲われ、本能に狼の恐怖を刻み付けられたスライムが偶然生き延びた。するとそのスライムは、狼の性質を生存に有利と捉え、狼に変身し、ウルフスライムになる。


 変身はスキルとしても存在し、他の種族——例えば吸血鬼など——も持ちうる。そして、基本は種族によって変身できるものが決まっているが、スライムはどんなものにでも変身することができるのだ。


 そしてスライムの上位種であるマジックスライムもまた、その性質を持っている。


 しかし変身するためにはたくさんの魔物を倒してエネルギーを集める必要があった。


 プラムは、人間になろうと決意してから丸一日、ずっとエディが出掛けられるようになるのを待っていたのだ。気分が先走って急かしてしまうのは仕方ないだろう。


『早く早くっ』

「はいはい」


 狩場でのプラムの暴れっぷりは、その日の稼ぎが三日分の稼ぎに及ぶほどだった、とだけ言っておこう。



 その晩、エディの上で眠っていたプラムがもぞもぞと動き出した。


 スライムの輪郭がぐにゃりと伸びていき、桃色の透き通ったプラムの体は少しずつ乳白色へと変化していく。


 それは人間の肌だった。


 また、頭の部分から伸びていたスライムの塊が、細かく裂け、桃色を帯びた赤い髪の毛へと変わっていく。


 眠りながら変身を終えたプラムは、自分の下敷きになっているエディに、できたばかりの腕で抱きつくと、先ほどまで一つだった寝息を二つに増やした。


◇◇◇


 プラムのストレス発散に付き合った翌朝、エディは体が押さえつけられるような感覚で目を覚ました。


 寝ぼけながらもいつものようにお腹の上にいるプラムに手を伸ばと、むにっ、っという柔らかい感触が伝わってきた。


(あれ、なんかいつもと違う?)


 エディは不思議に思って目を開く。


 すると、自分の顔のすぐ横に燃えるような赤い髪を持つ女の子の顔があった。


「……え?」


 エディは状況が理解できずに硬直してしまう。


 女の子は、エディにのしかかり抱きつくように眠っている。


「……っ!」


 そして、自分がどこに手を置いているのかというのを理解する。


 慌ててその手を退けると、身体をいきなり動かした振動で目覚めたのか、彼女はゆっくりと瞼を持ち上げた。


「あ、エディおはよー」


 女の子は目をこすりながら上体を起こす。すると、必然的にエディに馬乗りになるような格好になり、一糸まとわぬ少女の素肌がエディの目に映った。


「ごごごご、ごめんなさい!」


 エディは目を閉じて顔を逸らした。


 すると女の子はきょとんとしながら「どうしたのエディ?」と首を傾げた。


 その声には聞き覚えがあった。ここ数ヶ月毎日聞いてきた可愛らしい声。


 実際に耳で聞いたことはなかったが、頭の中に直接響いていたものと同じだった。


「プラム……なの?」

「うん! プラム、人間に変身したの!」


 そう言いながら、プラムはその場で軽く跳ねる。


「ゔっ⁉︎ ちょ、跳ねないで!」


 下腹部に衝撃を受け、思わず呻くエディ。プラムはエディに言われて素直に動きを止めた。


 かと思うと、プラムが前に倒れてきて肺に容赦のない一撃を食らう。


「エディと、同じ人間だよぉ〜♪」

「ぐえぇっ⁉︎ ちょっ、プラム……」


 抱きついて頬ずりしてくるプラムから逃れようと暴れていると、二人してベッドから転げ落ちてしまった。


「痛っーい!」

「ご、ごめんプラム……」


 落ちた際に上下がひっくり返り、プラムは床に背中を打ってしまった。


 急いで退こうとした瞬間——


「エディ? すごい音がしたけど何かあった、の……」


 最悪のタイミングでネーヤが来てしまった。


 プラムの上から退くために両手を着いたその格好は、見ようによっては彼女を押し倒したように見えるだろう。ましてや、床に仰向けになっているプラムはなにも着ていない状態だ。


 勘違いは必至だった。


「エ、エ、エディのバカァああああ」


 ネーヤはそう叫びながら階下へと走って行ってしまう。


「ちょ! 誤解だって!」


 エディも、誤解を解くために急いでネーヤの後を追いかけた。


◇◇◇


「プラムちゃんが人間に、ねぇ……何度見ても信じられないわ」

「そうだね。でも、プラムは間違いなくプラムだよ。僕にはわかる」


 なんとかネーヤの誤解を解き、部屋に戻ってプラムが人間になった事を説明する。


 突拍子もなくてにわかには信じられない話だろうけど、ネーヤは一応納得してくれた。


 今、プラムは僕のシャツを着て隣に腰を下ろしている。人間の体になったことが嬉しいようで、自分の手をじっと見つめて握ったり開いたりしていた。


 人間になったプラムは、僕と同い年か一つ年下の女の子ぐらいの見た目で、そのよく熟れたさくらんぼのように鮮やかな赤色の髪は、お尻のあたりまである。


 鼻筋もつんっと通っていて、ぱっちり二重のお目々には、黄色がかった赤い瞳が収まっている。


「ねぇ、プラムちゃん」

「なーに?」

「私のこと分かる?」

「ネーヤでしょー? 分かるよー!」


 それを聞いたネーヤはふわりと微笑んだ。


「エディ、これからどうするの?」

「ん? これから?」

「ええ。町のみんなも驚くでしょうし、全員にプラムが人間になった事を説明して回るわけにもいかないでしょ?」

「あぁ、そうだね……」


 ふむ、言われてみれば大変だ。


「ま、聞かれたら相手が信じる信じない関係なしに軽く説明するくらいでいっか!」

「一瞬、真剣そうに考え込む素振りを見せたのはなんだったの⁉︎」

「だってプラムはプラムだし、嘘をつく必要もないよ」

「そうでしょうけど……」


 今問題なのはそんな事じゃないんだ。○○したときにはこうする〜なんてちょっと先のこと事を考えるよりも、すぐに解決すべき事柄がある。


「そんなことより、今はプラムの服の方が問題だよ。いつまでもこんな格好でいるわけにもいかないし」

「プラム、裸でいいよ〜?」

「「よくない!」」

「……?」


 裸はダメだ。プラムの体つきは発達途上の女の子のそれで、非常に刺激が強い。本人は気にしなくても、こっちがドキドキして平常でいられなくなる。


「まあ、とりあえず私の服を貸すからそれで服を買いに行って着たら?」

「そ、そうだね」


 その後、ネーヤに服を持って着てもらい、プラムにちゃんとした服を着せた。もちろん着替えさせるとき、僕は部屋を出てプラムが服を着るの待った。


 呼ばれて部屋に戻ると、そこには僕のシャツに僕の半パンを履いたプラムがいた。


「あれ、僕の服だよね?」

「私の服じゃ大きかったの。エディの方がちょうどよかったから。貸したのは下着だけよ」


 言われてみればネーヤは十二歳で、僕は十歳だから、当然着ている服は僕のより大きくなるよね。


「エディの匂い〜、くんくん」


 プラムは襟首を持ち上げて服の匂いを嗅いでいた。


 あんまり匂がないで欲しいな……はずかしいから。


「仕事を終わらせたら一緒に行くから、少しの間待っていてくれる?」

「え⁉︎ そこまでしてくれなくてもいいよ!」

「女の子の下着を選べるの? プラムは服の事をまだ分かってないみたいだし、完全にエディの趣味で選ぶことになるけど?」


 ネーヤはイタズラな笑みを浮かべて訊いてきた。


「一緒に来てくださいお願いします」

「くすっ……できるだけ早く終わらせるから待ってて」

「服なんてどうでもいいのに〜」


 ネーヤが仕事に戻ると、僕たちは二人きりになった。


「やっと、エディにくっつける!」


 ネーヤに大事な話をするからと隣に座るに留まらせていたが、ネーヤがいなくなったことでプラムがピタッとくっついてきた。


「人間っていいよねー! こうして好きなものをぎゅっと引き寄せることができるし♪」


 プラムはいつものように甘えているだけと分かっているとは言え、可愛らしい女の子の姿で甘えて来られると少しどきどきする。


「そ、そうだ。朝ごはんを食べよう!」

「さんせーい!」


 体良くプラムから離れ、階下へと降る。


 プラムはネーヤが運んできてくれた大きなパンをそろりと持ち上げると、そのまま口に突っ込んだ。


「ごふぁんはふぇうおっへ、こうはにふぁいへんふぁうふぁえ!」


 耳に聞こえて来る言葉は全く持って聞き取れないのに、どういうわけかプラムが言っていることがはっきりと理解できる。プラムは「ご飯食べるのって、こんなに大変なんだね!」と言っていたのだ。


「そんなに突っ込むからだよ。こうやってちぎって少しずつ食べるの」

ふぁうほほ(なるほど)〜!」


 目を大きくして頷くと、プラムは唾液まみれのパンを口から引っ張り出した。ちょっときたないけど、今日は大目に見ておこう。


 パンを食べ終えると、プラムは牛乳の入ったコップに手を伸ばした。そして口に持っていくが……


「んんんっ!」


 コップの口をつけた部分の両端から牛乳が漏れ出て、服の上にこぼしてしまう。


 その上、それに驚いた拍子に牛乳が気管に入ってしまったようで、プラムはひどく咳き込んでしまった。


「こほっこほっ、ごめ、エディ。エディの服っ!……」

「大丈夫だよ、落ち着いて」


 コップを手放させ、背中を軽く叩いてやると、ようやく咳が治る。


「……人間の体って難しい」

「きっとそのうち慣れるよ。僕も手伝ってあげるから、ね?」

「うん、ありがと!」


 残った牛乳を恐る恐る飲み、ごはんを食べ終えると、プラムは魔力を求めてきた。


 エディが何の気なしに人差し指を差し出すと、プラムはその腕をとって指を口に咥える。


「ぷ、プラム⁉︎」

「まに〜?」

「……な、なんでもないよ」


 考えてみればプラムはいつも通りの事をしているだけなのだ。恥ずかしいからと言って止めさせるのは間違っているだろう。


「んぱ……ありがとエディ〜」

「う、うん」


 腕が解放され、プラムのだ液がついた指をまじまじと見てしまうエディ。


「二人とも食べ終わった?」

「⁉︎ う、うん! 食べ終わったよ!」


 ネーヤが厨房から顔を覗かせ、エディは慌ててその指を服で拭った。


「? お皿引き上げるね」

「あ、ありがとう……」


 今日は何だか調子が狂うなぁ……


 その後プラムと一緒に部屋に戻ったけど、何ヶ月も過ごしてきた部屋なのに何だか落ち着かなかった。

【変身】

 身体を異種族のものへと造り変える技能。任意で元の姿に戻ることができる。もとの種族によっては変身できる種族が決まってくる。

(例えばドラキュラの場合、黒猫かコウモリにしか変身できない)

 ただし、一度変身するとそれ以外の種族には変身できない。

(先のドラキュラの例で言うと、種族上、変身の選択肢は二つあるが、黒猫に変身できるドラキュラ個人はコウモリには変身できない)

 また、変身には魔力の消費と疲労感が伴う。

 スキルを授かることで、変身の速さ・魔力消費・疲労感が抑えられる。

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