第五話 よい感情とよくない感情
わがはいはマジックスライムである。
名前はプラム。
エディという男の子の従魔で、一番のパートナーなのだ! 名前も、そのエディに付けてもらったものだ!
エディと一緒にいることでプラムはどんどん成長して、今ではエディと普通におしゃべりができるようになった。
他にも色々変化があって、例えば、ついこの間まではどっちでもなかったんだけど、最近「メス」になったりした。よくわからないけど、本能的に「あ、プラムメスだ!」って気づいたのだ。
これは、マジックスライムに進化したとき、なんとなく使える魔法が分かったのと同じ感覚だった。これといって変わった感覚はないけど、何か意味のある変化なんだと思う。
そうそう、エディもプラムと一緒に成長しているみたいで、なんと今日、エディは水の魔法が使えるようになった! 一緒の魔法が使えるのはすごく嬉しい。
「ただいま〜」
エディは、宿に着くと元気な声で挨拶をした。魔法が使えるようになった嬉しさが、その声音にはっきりと感じ取れる。
少しすると、奥からエディと仲がいい人間の女の子、ネーヤが慌ててプラムたちを迎えにきた。
「おかえりエディ! 嬉しそうだけど何かあったの?」
訂正。エディを迎えにきた。
そしてそのまま立ち話を始めてしまう。
そうだ! 変化といえば、エディがネーヤと楽しそうに喋っていると、なんだか心がモヤモヤして変な気分になるようになった。
「前から思ってたけど、エディは、ちょっと完璧主義よね」
「そうかな?」
ネーヤはエディのことをよく見ているから、エディの癖なんかについて楽しそうに話すことがある。
ネーヤが言うことは、プラムから見ても納得できるものばかりで、その度に「負けた」と思わされ、悔しくなる。
プラムは大好きなエディのことを一番よく知っている存在になりたい。でも、全然ネーヤには及びそうもないのが悔しいのだ。
「あ、お昼まだよね? 一緒に食べましょうよ!」
「いいよ!」
ご飯の話になり、エディが誘いを受け入れると、ネーヤはエディの手を取って食卓にまで引っ張っていく。
それを見ると、またもプラムの中のモヤモヤが大きくなった。
でも、エディが手を洗ってないことを指摘して、ネーヤは慌てて奥に引っ込んで行くと、なぜかちょっとスッキリした。なんでだろう。
……でもやっぱりモヤモヤする。なんでだろう。
こんな気持ちになるのはきっとエディの所為だ。エディがネーヤとばかり話すからいけないのだ。
『む〜〜』
腹いせにエディの髪の毛を引っ張った。
「痛! プラム、どうしたの?」
『なんでもなーい!』
その後、エディは井戸で水を汲んで手を洗い、元の席に座った。
プラムがエディの頭から膝の上にゆっくり移動していると、ネーヤが両手に料理を持って現れる。
「うわぁ、美味しそう!」
「ふふ、ありがと」
……モヤモヤ。
「もしかしてネーヤが作ったの?」
「うん! 早く食べてみて!」
……モヤモヤ。
「……すごい、ここのおばちゃんのよりも美味しい!」
楽しそうに話しているのを見て、プラムは我慢できずに、会話に割り込んだ。
『ね〜エディ〜、プラムも食べたーい!』
「ああ、分かったよプラム」
分かったならよろしい!
エディがスプーンを差し出してきたので、プラムは遠慮なくかぶりつく。
他の人が使った食器で、ご飯を食べるのを、間接キスって言うんだっけ。
エディと間接キス……なんだか心がぽかぽかしてきたよ?
エディに撫でられたりした時もぽかぽかするけど、それとは少し違うぽかぽか。
プラムは「嬉しい」とか「楽しい」とか「気持ちいい」とかいろんな言葉を知っているけど、うまく言葉では言い表せない。
自分の心をうまく表す言葉を探しているうちに、気がつけばエディはご飯を食べ終わっていた。
ネーヤが、エディの使っていた皿を取り、少し熱い視線をエディに注いだ後、また奥の方に引っ込んで行く。
プラムはムムムっと唸った。ネーヤの目線には、たくさんの好意が込められている気がする。
『エディとネーヤは仲がいいんだねー』
「まあ、僕たちは一緒に育ってきたからね。お互い家族みたいなものだし」
家族というのがプラムにはよくわからないけど、ネーヤの態度とエディの態度は全然違うと思う。
『……ネーヤの方はそれだけじゃない気がする……』
「ごめん、よく聞こえないよ」
『なんでもなーい! エディ、魔力ちょうだい』
プラムは誤魔化すために魔力を求めた。
そういえば、プラムはマジックスライムに進化してから魔力が足りなくなることはなくなった。多分、マジックスライムになったことで魔力の回復が速くなったんだと思う。
でも、エディの魔力が好きだから本当は必要ないことを隠して今でもずっともらっているのだ。
ふと、隠しているのは自分なのに「どうしてエディは気づいてくれないんだろう」と矛盾するようなことを思った。
(エディはもっとプラムのことを見るべき!)
プラムは八つ当たり気味にエディの魔力をほとんどからになるまで吸い上げた。
「ゔえっ⁉︎ プラム、いきなり吸わないでよ」
『……知らなーい』
エディの美味しい魔力のおかげで少し気分は良くなったけど、エディにもっと自分を見て欲しいという気持ちは残ったままだった。
◇◇◇
依頼を午前中に終えた僕がいつも午後に何をしているのかというと、大抵が止まっている宿の手伝いであったりする。
この宿は、色々な手伝いを強いる代わりに宿泊代を安くするというシステムで成り立っているのだ。賃金をもらうことはないけど、半ば宿で働いているようなものである。
その日与えられていた仕事は薪割りだった。
さっさと終わらせて神殿にスキルをもらいに行こうと思っていたけど、不機嫌なプラムに気絶寸前まで魔力を吸われて身体が重くなったことで、思うように薪割りが進まず、やっと薪割りが終わった時には、神殿の門が閉ざされる時刻になっていた。
仕方がないので翌日、依頼を終えたに神殿に行った。
そして〈アクアボール〉のスキルを授かることができた。
『次はどの魔法にするの?』
「そうだなぁ、〈クレイニードル〉にしようかな」
『クレイニードルは、ぐわっ、カチッ、どぱぁ! だよ!』
「今度も難しそうだね」
『エディならすぐできるよ!』
二人で明日の魔法の練習のことで話していると、
「あっれぇ⁉︎ エディくんじゃないかぁ!」
十メートルは離れているというのに、往来の向こうから僕に声をかけてきた奴がいる。ウーザだ。
その場を離れようとしたが「あっはっはっは、どこへ行こうというのかね⁉︎」と言いながら距離を詰められた。
仕方がないので相手をしてあげよう。
「ご、ごめん、遠かったから人違いかと」
「まあ、君に声をかけるようなものは雑魚のスライムくらいだからねぇ」
なんだこいつ、一言目にしてものすごくイラっときたんだけど。
『この人嫌ーい』
プラムも嫌悪感をあらわにしている。
しばらく見ない間にウザさが増してない?
というか本当に久しぶりだ。彼が成人して冒険者になったからには、以前より頻繁に会うことになると思っていたんだけど、何故だろうか。
「そういえば、しばらく見なかったけど何かあったの?」
「君ごときに心配される俺じゃないさ。ただ少しの間旅をしていたんだよ。僕はCランクだからね! Fランクの君とは違うんだなー!」
成人してる相手に対してFランクなんて嫌味が過ぎるな、それに今の僕はDランクだ。
それにしても、もうCランクなんてすごい。そこは素直に称賛できる。
「Cランクなんてすごいね」
「はっ! 君の称賛なんて別に要らないよ。君なんかに褒められたところで——」
「あ! ウーザ様、こんなところにいらしたんですのね!」
また嫌味なことを言おうとしていたウーザの話を遮って、突然女の人が割り込んできた。
紫がかった黒髪を背骨のあたりまで伸ばした、少し吊り目で十人いれば十人が綺麗と言いそうな少女だった。
誰だろうかと疑問に思っていたが、その答えはウーザの口から聞くことができた。
「ごめんよ、テラローシャ。知り合いに声をかけられてね、大したようもないみたいだから行こうか」
なんだこいつ。自分から声をかけてきたくせに。
「いえ、ウーザ様のお知り合いならワタクシも挨拶しておきたいですわ」
そう言ってその少女は僕の方に向き直った。
「初めまして、ウーザ様の恋人のテラローシャと申します。隣の隣の隣の街のとある富豪の次女でして、縁あってウーザ様とお付き合いさせていただいてますの」
「ご丁寧にありがとうございます。僕はエディといいます、この子は従魔のプラムです」
なんとなくそんな感じがしていたけどやっぱり富豪なんだな。でも丁寧な感じで好印象——
「いいですわね!」
「はい?」
「そのピンクスライム、清廉なワタクシのペットにぴったりですわ! 譲ってくださいまし!」
は? いきなり何を言い出すんだこいつは?
大切な相棒のプラムを他人に譲る? そんなの絶対にするわけがない。
「すみませんが、お譲りすることはできません」
きっぱり言い切ってやった。
するとテラローシャは大きく目を見開いたかと思うと、くるりとウーザの方を向き。
「ウーザ様ぁ、ワタクシこのピンクスライムが欲しいですわぁ」
「しょうがないなぁ、愛しのテラローシャよ。おいエディ、さっさとそのピンクスライムを寄越せ!」
「僕の相棒です。渡すわけないじゃないですか」
「相棒? たかが魔物だろう?」
さすがにこれには我慢の限界がきた。
「バカの相手よりするべきことがあるから、帰りますね」
そう言って僕は踵を返した。逃げるわけではない。剣を抜き、切りかかってもこの街の兵士に捕まるだけで僕には何の得もないのだ。魔法とて同じこと。
人を害すれば兵士に捕まる。人を害するなら街の外でこっそりと……そんなことは誰でも分かっている。
……と、思っていた時期が僕にもありました。
「エディのくせに、偉そうな口を聞きやがってテエエエエエ!!! 〈フレイムアロー〉!!」
あろうことか、ウーザは魔法を放ってきたのだ。炎の矢が飛んでくるのが見え、僕は咄嗟にプラムを守る。
幸いなことに矢は僕の頭を掠めて地面に当たった。
炎は着弾とともに消える。
「危ないなあ! ……ん?」
当たらなかったことに安堵していると、死体を焼くような嫌な臭いがする、というか、頭が熱い⁉︎
「うわあああああ、髪が燃えてる!」
『え、エディ⁉︎ 水、水!』
プラムがあわてて魔法で水を出し、頭にぶつけてくれたおかげで、なんとか一息つくことができた。
しかし——
『許さない!』
ウーザの方を向いた(目も鼻もないけど、なぜかそうとわかる)プラムの声は怒りに染まっていた。エディは嫌な予感がして、プラムに向かって叫ぶ。
「“プラムやめろ”!」
それは無意識であったがスキル〈テイム〉の本当の力を使った“命令”だった。普通の魔物使いはこの力で無理やり魔物を服従させるのだ。
僕の声を聞いたプラムは、ピタリと動かなくなり、同時にウーザに迫っていた〈クレイニードル〉の先端が、ウーザの鼻先で止まり、次の瞬間には砂となって崩れ落ちた。
「兵士さん、こっちです!」
その後すぐに、通りにいた人が街の兵士を連れてやってくる。
街の人たちが状況を説明し、プラムに殺されかけた恐怖で腰を抜かしていたウーザが、テラローシャと共に兵士に捕らえられて連れていかれた。
僕は治療院に連れていかれ、治療魔法を受けた。治療費が心配だったけど、ウーザとテラローシャから出るから心配はいらないと兵士さんに言われた。なら安心だ。
頭皮に火傷を負ったものの、プラムがすぐに鎮火してくれたおかげで症状は軽く、火傷の跡が残ることはなかった。まあ、髪の毛はチリチリになっちゃったけど。
それでも丸一日は治療院で安静にしておくよう言われた。本当ならこんなに時間を取る必要はないけど、当人達の頭を冷やす目的があるようだ。そして、その処置は正しいだろう。
『エディ! 何で止めたの!』
プラムはさっきからずっと怒っていた。
『もうちょっとで殺せたのに!』
やっぱり殺す気だったようで、殺すという言葉を頻繁に口に出している。
僕のために怒ってくれているのは嬉しいけど、かわいいプラムからそんな言葉を聞くのは辛かった。
とにかくプラムを落ち着かせよう。
「プラム? もしプラムがウーザを殺したらどうなってたと思う?」
『プラムとエディが仲良く暮らして、めでたしめでたし?』
発想がかわいい。
「違うよ。プラムは危険な魔物として殺され、僕は人殺しとして牢屋行き、最悪処刑だよ」
『え……⁉︎』
プラムはそんなまさか、という声をあげた。
法律上人を殺した従魔は殺すことが決まっていて、従魔の主人は従魔の行いに対して責任を負わなければならないので、犯した罪をそのまま負うことになる。
「殺さなかったから、僕とプラムはこうして生きて一緒に居られるんだよ」
『……でも、あいつのやったことは許せないもん』
「じゃあ、僕と一緒には居たくないの?」
『そんなことない! ずっと一緒にいたいよ!』
「じゃあ我慢しようよ」
『……うん』
プラムはどうにか説得されてくれた。
でもずっと我慢させておくのも可哀想だから、狩りに行った時には、魔物相手に発散させてあげよう。そう思ってプラムを抱き上げると少し表面が焦げている気がした。
「すみませーん、プラムにも回復魔法をかけてもらえますか〜? お代はウーザ持ちで!」
僕はここぞとばかりに、ウーザに嫌がらせをしておいた。
プラムが怒ってくれたおかげで、あまりウーザを憎むような感情は起こらなかったけど、腹持ちならないのは確かだからね。
【テイム】
魔物を使役することができる技能。テイムされた魔物は従魔と呼ばれ、使役主と意思を伝え合うことができる。
スキルを授かることで、意思の伝達の精度が上がる他、従魔になった魔物を無理やり従わせることもできるようになる。