第四話 進化と魔法
朝起きると、プラムがお腹の上にいた。しばらく柔らかくも弾力のあるスライムボディをプニプニしていると、プラムが起きたのが分かった。見た目は何も変わらないけど、なんとなくわかるのだ。
『えでぃ、おはよー』
「おはよう、プラム」
『えでぃ、ぷらむ、うまれかわった!』
ん? どういうこと?
突然そんなことを言い出したと思うと、体を揺らしながら早く依頼に行こうと急かしてくる。
「まあ、待ってよ。まずはご飯を食べないと」
『はやくはやく。えでぃまりょく、いらい、はやく!』
いつもよりかなり饒舌なプラム。何がプラムをそんなにも依頼に掻き立てるのだろうか。
ギルドに着き、採取依頼とスライムの依頼を受けようとするとプラムから待ったがかかった。
『わんだーうっど、やる』
「ワンダーウッド? 別にいいけど」
ワンダーウッドは、「彷徨い歩く木」の名のとおり、木が根っこを使って歩き回るようになった魔物だ。ものすごく大きいのもいるらしいけど、街の近くにいる個体は、それほど背が高くなく、枝葉の部分も入れてせいぜい二メートルちょっとくらい。それくらいのワンダーウッドなら、Dランクでも十分に戦える。
よくしなるその木は、籠や紙の材料として重宝されていて、そのために納品依頼はいつでも貼り出されている。
どうしてワンダーウッドなのかはわからないけどここは素直にプラムに従っておこうと思う。
そわそわしているプラムを見るに、何か僕に見て欲しいものがあるようだ。
そんなわけで僕たちはサマヨイの森にやってきた。名前の通り入り組んでいて迷いやすい森ではあるが、それは森の奥に入った場合だ。
森の浅い部分は木々の間隔が広く見渡しもよく、人がよく来るため下草も少ない。
僕は心も身体も弾ませているプラムのために素材を集めるよりも優先してワンダーウッドを探した。そいつはすぐに見つかった。
『えでぃ、みてて!』
プラムが地面に飛び降りたかと思うと、僕に一声かけてワンダーウッドに対峙した。
何かあったらすぐに助けに入れるように、剣を構えながらプラムのすることを見守った。
それは一瞬の出来事だった。
バシュッ、っという音がしたと思うと、ワンダーウッドの枝が切り落とされたのだ。
「え?」
僕には何が起こったのか分からなかった。
立ち尽くしている間にもバシュッ、バシュッっという音がして、その度にワンダーウッドの枝が切り落とされる。
やがて同じように根を切り落とされると、ワンダーウッドは倒れ、動かなくなった。
「ぷ、プラム⁉︎ 何をしたの⁉︎」
『まほう! だよ!』
「ええ⁉︎ 魔法⁉︎」
『うん! うまれかわったら、つかえるよう、なった!』
「す、すごいよプラム」
『えへへ〜』
プラムは嬉しそうに僕の胸に飛び込んできた。受け止めてその体を撫でてあげるととても満足そうにしていた。
「——ということがあったんです」
依頼を終えた僕は、ギルドの顔馴染みのお姉さんにプラムが突然魔法を使えるようになった話をした。
ギルドには魔物の生態が載っている本が置いてあるので、何かわかるかも、と思って聞いてみたのだ。
お姉さんは心当たりがあるようで、魔物の本を見ずに答えを教えてくれた。
「それはきっと“進化”ね」
「進化?」
「ええ、魔物はたくさんの魔物を倒すと、上位種に進化することがあるの。多分プラムちゃんはマジックスライムに進化したんじゃないかしら」
「マジックスライムというと……」
「魔法を使えるスライムのことよ。他にも普通のスライムより頑丈だったり素早かったりと色々違いがあるわ」
「へぇ、プラムは本当に生まれ変わったんだ」
『えへへ〜』
魔法が使えるようになったなら、神殿でスキルをもらわないと。スキルを持っていると、スキルがないときとは威力や効果が違ってくるのだ。
そんなわけで、神殿にスキルを授かりに行くと……
◆————————————◆
スキル:〈魔力吸収〉
〈魔力操作〉
〈ウインドカッター〉
〈クレイニードル〉
〈アクアボール〉
〈ファイア〉
◆————————————◆
「うわぁ……プラムすごいねぇ」
『えでぃ、なでなでして〜!』
思っていた以上にプラムはすごかった。
魔法には属性魔法というものがあり、属性魔法は一般的に風・土・水・火の四種類に分けられる。
プラムは四つの属性魔法をそれぞれ一つずつ覚えていたのだ。
マジックスライムはただのスライムとは比べ物にならないほど強いって聞いたけど、まさかこれほどとは……。
「ああ〜もう! プラムは可愛いし強いし、最高のパートナーだよ!」
『えでぃ、くすぐったい♪』
ムニムニと揉んでやると、プラムは嫌がるそぶりを見せながらも嬉しそうな声を上げ、されるがままになっていた。
次の日から、僕はプラムに魔法を教えてもらうことにした。
討伐依頼はプラムのおかげですぐに終わるので、時間に余裕ができる。その余った時間をこれからは魔法の練習に当てるのだ。
「プラム、できる魔法を順に見せてくれないかな?」
『わかった!』
まずは魔法がどんなものなのかを確認しないとね。
プラムが最初にやって見せたのは〈クレイニードル〉という魔法だった。
ズボッ、という音と共に地面が盛り上がり、高さ一メートルくらいの円錐形の突起を作った。
そして次は〈アクアボール〉。これは何もないところに水の球を作り出す魔法だった。
最後は〈ファイア〉。これも同じように火の玉を作り出す魔法だ。薪も無いのに火が燃えているのは、孤児院で毎日のように料理のための火を起こしていた僕からすれば不思議だった。
「そういえばプラムはなんでワンダーウッドを倒したかったの?」
魔法を使って倒してみせるならスライムでもよかったはずだ。
『わんだーうっど、今まで倒せなかった』
そういえば、ワンダーウッドの依頼のとき、プラムは無力で見てるだけだった。戦闘の邪魔にならないように隅によっている姿が可哀想だったから、ワンダーウッドの依頼はできるだけ受けないようになったんだっけ。
『これから、ぷらむもおてつだいできる!』
「ああ〜もう! プラムはかわいいなぁ」
『わ! えでぃ、びっくり』
健気な言葉に愛しさが込み上げ、思いっきりナデナデしてやった。
少し戯れたあと、気を取り直して魔法の練習に戻る。
何から始めるか悩んだあと、失敗しても大丈夫そうな〈アクアボール〉から練習することにする。そうと決まればプラムにやり方を教えて貰おう。
「プラム、〈アクアボール〉ってどうやるの?」
『えぇっと、ぐいぐい、ぎゅ〜、きゅる!ってするの』
「……どういうこと?」
『じゃあ、ずずず、ぐっ、どろんっ?』
「……ごめん、分かんないや」
プラムに教えて貰えばいいって思ったけどこれは思ったより難しそうだ。
◇◇◇
プラムに質問をしたり、自分なりに考えて試すということを続けていると、ある日、一瞬だけ水を作ることができた。
何も無いところに水が出現し、喜びかけたそのとき、まるで何事もなかったかのように水は消えていった。
「『ああ! 惜しい!』」
僕とプラムの言葉がハモる。
本当に今のは惜しかった。
それにしてもプラムはかなり流暢に言葉を話すようになってきた。いろんなお話もできるようになったし、どんどんプラムが成長してるのが分かるので僕としては嬉しい限りだ。
『そこできゅるん!ってするのっ』
プラムが興奮したように体を揺らしてアドバイスをくれる。
プラムは擬態語が多いが、今なら「ぐいぐい」や「ぎゅ〜」という感覚がなんとなくわかる。「きゅるん!」もこんな感じかな?というイメージはできた。
「もう一度やってみるよ!」
それから二、三回やってみるとようやく普通にできるようになった。
「やった! プラムのおかげで魔法が使えるようになったよ!」
『エディおめでとう!』
僕は嬉しさのあまりプラムを抱きしめる。プラムも自分のことのように喜んで僕の腕の中で跳ねた。
「今日はもう魔力も少ないから、あと数回やったら帰ろうか」
『はーい!』
それから何回か魔法を試したが、問題なく水球を作ることに成功した。僕たちは上機嫌で街に帰った。
「ただいまー!」
「おかえりエディ! 嬉しそうだけど何かあったの?」
宿に帰ると、ネーヤが小走りでやってきて僕たちの帰りを迎えてくれた。
「えへへ、ちょっとね」
「なによー、秘密なの〜?」
「まだ、秘密だよ」
水魔法が使えるようになったことはまだ言わないでおく。ずっと秘密にしておくつもりはなく、神殿に行ってちゃんとスキルとしてもらったら言うつもりだ。
「前から思ってたけど、エディは、ちょっと完璧主義よね」
「そうかな?」
「この間聞いたけど孤児院に行く時には必ず大きなお土産を持って行くそうじゃない。お母さんが恐縮してたわよ」
「ん〜、顔を出すからには何か報告できることがないと、イヤじゃない?」
「そう言うところが完璧主義なの! 私は何もなくてもちょくちょく顔を見せてるわよ……? あ、お昼まだよね? 一緒に食べましょうよ」
「いいよー」
そう言うとネーヤはかわいらしく笑い、僕の手を取ってテーブルまで引っ張っられた。
ネーヤはかわいいタイプの美少女で、胸もそこそこ大きい。普通ならこんな女の子に手を掴まれると緊張してしまうんだろうけど、孤児院で一緒にいた時間が長い所為か、あまりドキドキしない。
「ネーヤ、急ぎすぎ。まだ、手を洗ってないよ?」
「そ、そうだったわね!」
ネーヤは顔を赤くしながら僕の手を離した。そして厨房の奥に逃げるように入って行く。
『む〜〜』
「痛! プラム、どうしたの?」
『なんでもなーい』
突然髪の毛を引っ張るなんてどうしたんだろう。僕がネーヤと喋るから退屈だったのかな?
手を洗い、食卓に着いて待っていると、しばらくしてネーヤがご飯を運んできた。今日のお昼は安くて美味いことでおなじみの、野菜炒めだった。炒めた豚肉の香ばしい匂いがお腹の虫を刺激する。
「うわぁ、美味しそう!」
「ふふ、ありがと」
あれ? ネーヤが嬉しそうにしてるけどもしかして……
「もしかしてネーヤが作ったの?」
「うん! 早く食べてみて!」
少し食べてみると、宿のおばちゃんが作っているのに比べて薄味だけど、しつこい調味料の味がなくて食べやすい僕好みの味だった。
さすが、孤児院でいつも料理を担当していただけはある。ネーヤが院を出てから料理の質が落ちてしまってみんなすごく落ち込んでいたもんね。
「すごい、ここのおばちゃんのよりも美味しい! 〈料理〉スキルももうもらえるんじゃない?」
「……エディの為だから美味しくできるのよ……」
『ね〜エディ〜、プラムも食べたーい!』
「ああ、分かったよプラム。……ごめんネーヤ、今なんて?」
「な、なんでもないわ! 〈料理〉スキルはまだ全然無理よ!」
「厳しいんだねぇ、料理の神様は」
実際に認知されているわけではないけれど、〈料理〉のスキルは普通より貰うのが難しいので、別の神様がスキルを与えているのではないかと言われることがある。
そもそも僕に加護をくれた獣神や、騎士や冒険者に人気の剣神は、「○○神の加護」というようにステータスにその名前が刻まれることがあるから存在がはっきりしているのであり、人に加護を授けることがない神様がいたら、その神様の存在が人に知られることはないだろう。
だから「料理の神様はとても厳しいから、人に加護を与えることがない」なんて可能性も十分にある。
ネーヤと話をしながら食べているうちに、すっかりお皿は空になってしまった。
「じゃあ、お皿洗ってくるね!」
ネーヤは、僕のお皿をひょい、と取ると仕事に戻って行った。
『エディとネーヤは仲がいいんだねー』
「まあ、僕たちは一緒に育ってきたからね。お互い家族みたいなものだし」
『……ネーヤの方はそれだけじゃない気がする……』
「ごめん、よく聞こえないよ」
『なんでもなーい! エディ、魔力ちょうだい!』
プラムはぴょんとテーブルの上に飛び乗った。
魔力はご飯を食べたことで半分くらいまで回復していた。すりすりと甘えてくるプラムに指をつけると、ぐいっ!っと一気に魔力が吸い取られた。
「ゔえっ⁉︎ プラム、いきなり吸わないでよ」
『……知ーらないっ』
なぜかプラムが、不機嫌になっていた。
僕の魔力は気絶する一歩手前だけしか残っていなかった。
なでなでしてプラムの機嫌を取りつつ、魔力欠乏の所為で重い体を引きずって自分の部屋に戻った。
【魔法】
魔力を糧に様々な現象を引き起こすもの。かつては定義があやふやであったが、魔法のスキルを授かった者は必ず〈魔力操作〉のスキルを持っていることから、「魔力操作の習熟を前提条件とする技術」と定義されるようになった。
魔法には基本の四属性と呼ばれる区分があり、それぞれ水・火・風・土に関連させて分けられている。基本の四属性に属さない魔法も存在し、有名なものでは治癒の魔法などがある。