第三話 魔力吸収と神殿
プラムに会ってから一ヶ月が経とうとしていた。初めてプラムに僕の魔力をあげてからと言うもの、毎日寝る前に魔力をあげるようになった。
最初のうちは朝を寝過ごしてしまうことが多かったけど、魔活草のお茶を飲んでから寝ると、朝起きられないということもなくなった。
そしてこの一ヶ月でプラムに大きな変化があった。
僕はお腹の上に乗っているプラムに話しかける。
「おはよう、プラム」
『おはおー』
そう、何と少し喋れるようになったのだ!
っと、この言い方だと語弊があるな。魔物使いは、テイムした魔物と意思疎通ができるようになると前にもいったけど、魔物の知能が高い場合、頭の中に「声」が届くようになる。
少し前まで感情をダイレクトに伝えることしかできなかったプラムだけど、どうやら知能が高まってきたらしい。
まあ、まだはっきりと喋ることはできないが、なんとも愛嬌があっていい。
あまりの愛らしさに思わずうりうりと撫で回した。
プラムは細長くなって身体を揺らした。
『まおう!』
「魔力が欲しいの? しょうがないなぁ」
ちょっと食いしん坊になってしまったプラムだが、そんなところもまたかわいい。
僕は指先でプラムに触れると、そこから魔力を流し込む。
変化といえば、僕は少し魔力を操れるようになった。プラムに魔力を吸わせていては気絶するまで吸ってしまうので、自分で制御できるように頑張ったのだ。
「はい、朝の分はこれでおしまいね」
『あう〜♪』
プラムから指を話すと幸せそうな声とともに、ぐてーっと僕のお腹の上に広がった。
今のプラムは好き嫌いが出てきて、食べ物は何でも食べるのだけど、魔力草を食べずに僕の魔力を欲しがるようになった。僕からすれば些細なことで、むしろ魔力草を余計に採取しなくていいので助かっている。
魔活草の方は変わらず必要だが、採取のついでに手に入るものなので非常に楽なのだ。
「さあ、朝ごはんを食べたらギルドに行こうか!」
『まんま〜!』
ぴょいっと僕の頭に飛び乗ったプラムと一緒に、朝ごはんを食べに食堂に向かった。
その日はいつも通り依頼を終えて、各種薬草の束とスライムの素材をギルドに納品した。
この前とうとう冒険者ランクがDになった。孤児院にいた頃からある程度の訓練はさせられていて剣の扱いは一通り知っていたため、街の周辺にいるような魔物なら倒すことができる。
初めはプラムと同じ種族であるスライムを倒すのに気が引けたが、プラムが自分からスライムに襲いかかったのを見て以来、気にしないことにしている。
そして現在、僕はスライムの素材で驚くほど多くのお金を稼いでいた。
スライムの体は卵に見立てられることが多く、その体は外皮・白身・黄身に分けられる。海沿いの街に住んでいたことのあるおじさん曰く、鮭の卵にすごくよく似ているらしい。初めてスライムを見たときは巨大化した青いイクラと勘違いしたとか。
外皮は伸縮性が高く丈夫なため透明な袋として利用され、パン一個分くらいの稼ぎになる。残念ながら白身は捨てるしかないが、黄身に当たる部分は薬としての価値が高い。
スライムを倒す一般的な手法は、鋭利なものでその外皮を切り裂くことだ。だけどスライムの中身はぎっしり詰まっているため、慎重に切らないと白身と黄身が一気に飛び出してしまい、黄身を回収することができない。
だけど僕にはプラムがいる。
プラムはスライムの魔力を吸い尽くして殺すため外皮を傷つけることがない。そのため落ち着いて黄身を回収することができるのだ。
「プラム、ありがとうね」
『あいあとー?』
「うん、今日もいっぱい魔力をあげるね」
『ぃえ〜ぃ♪』
ほんとはもっといろんなことをしてあげたいんだけど、プラムは僕の魔力をあげたときが一番嬉しそうにするのでこれに落ち着いている。
その日の稼ぎで肉を買い、僕は孤児院に向かった。
「ただいまー! エディだよー」
「あ、エディお兄ちゃんだ!」
「お兄ちゃん久しぶり〜!」
家に入ると、奥から妹たちが走ってきて出迎えてくれた。妹たちの頭を撫でていると院長先生が顔を見せた。
「エディくんお帰りなさい。時々顔を見せるって言ったのに……あら、そのスライムは?」
「この子はプラムっていうんだ。僕の相棒だよ」
「かわいい〜!」
「エディお兄ちゃん、触っていい?」
「ああ、でも優しくな」
頭からプラムを下ろすと、妹たちは恐る恐るといった風に手を伸ばしてプラムを触る。
「プニプニしてる〜!」
「やわらか〜い!」
「あ、院長先生、これお土産」
「うわ、すごい大きなお肉!」
「「お肉⁉︎」」
先ほどまでプラムに夢中だった妹たちが目を輝かせながら振り向いた。彼女たちがとりわけ肉好きなのもあるが、孤児院ではお肉は貴重なのである。
その後お昼ご飯を、孤児院のみんなと一緒に食べた。
やはりと言うか孤児院の弟妹たちは、プラムに興味津々だった。
しばらく自由に遊ばせていると、プラムが逃げるように僕のところにやってきた。
「わ〜、まて〜!」
「スライムさん待って〜」
「まて〜」
プラムを追ってきた弟妹たちが、僕に飛びついてきたと思うと今度は僕がもみくちゃにされた。
次の日、朝起きると窓の外が暗かった。ザーッっと雨粒が大地や木の葉を叩く音と、屋根に降った雨がコンコンと雨樋を伝う音が聞こえてくる。
「あー……雨か……」
そういえば昨日孤児院から帰るとき、空模様が怪しかったっけ。
僕はまっ黒な雨雲を見てため息をつく。
雨は嫌いだ。服が濡れると重くなるし、街の外に出かけることが出来なくなる。
街の外に行けないということは、その日は全く稼げないということだ。内職などで稼ぐ事もできるけど、生憎今は何処からも仕事を受けていない。
仕事を探しに行ってもいいんだけど……
ちらり、とプラムを見ると、視線を向けたのがわかったのか身体をプルプルっと震わせた。
ちょっとした仕草がすごくかわいらしく思えるのは、プラムが僕の従魔だからというわけではないはずだ。
「よし、今日は遊ぼうか!」
そうと決めた途端、雨で沈んでいた気分が少し軽くなった気がした。
幸いなことに稼ぎが増えたことで一日二日休んだところで支障が出ないくらいに蓄えはある。
顔と同じくらいの大きさのプラムを持ち上げると、手のひらの上でポムポムと弾ませてみた。
『い〜、あい〜♪』
どうやら楽しいらしく、プラムの弾んだ声が伝わってくる。
腕が疲れたところで止めると、プラムは急かすように手の上で跳ねた。
「もう一回やって欲しいの?」
『もい、たい!』
もうちょっと休憩していたかったけどかわいい声でそう言われては、やらざるを得ない。ちょっとずつ休憩を挟んでは何度も『もい、たい!』と言われポムポムさせて遊んだ。
何度もやっているうちに僕の方が飽きてきたので、プラムを少し高く放り投げてみた。
『ぃえ⁉︎ お〜』
少しびっくりしたようで、僕の手に戻ってくると、しばらくじっとしていたが、
『もいったい!』
これも気に入ったようで、それからしばらくプラムを放り投げて遊んだ。
昼になり、ご飯を食べてプラムに魔力をあげたあと、プラムを連れて神殿に向った。
神殿は日頃の努力に応じてスキルをもらうことができる場所だ。プラムも少しずつ言葉を覚えてきたし、もしかしたらプラムも何かのスキルを貰えるかもしれないと思ったのだ。
神殿には冒険者や農家の人たちがまばらにいた。多分彼らも雨の所為ですることがないので、神殿に新しいスキルがないか確認しにきた口だろう。
プラムをプニプニしながら待っていると、すぐに僕たちの番が回ってきた。
「そのスライムは、従魔ですか?」
「はい! これ、証明書です。あの、従魔もスキルってもらえますか?」
「ええ、もちろん」
そして二人揃って神様に視てもらう儀式に挑んだ。
神様にもらったスキルや加護は、神様に祈りを捧げた後で専用の紙に触れることで確認することができる。
ちなみにこうしてステータスが現れた紙は、就職時に任意のスキルを身につけている証明書としても使われる。
神官から紙を受け取ってしばらくすると、何も書かれていなかった紙面にインクがにじみ出すようにしてステータスが現れる。
◆——————————◆
スキル:〈テイム〉
〈魔力操作〉
獣神の加護:〈共栄〉
◆——————————◆
「え⁉︎ 〈魔力操作〉……?」
僕は自分のステータスを見て驚いてしまった。
魔力操作を習得するようなこと、した覚えは……あ! もしかしてプラムにご飯をあげるときかな?
へえ、魔力操作って意外と簡単に覚えられるんだ。
少し拍子抜けだった。
しかし実は、プラムに魔力吸収を繰り返されたことで魔力の存在と魔力が動く感覚が掴めるようになったことが大きな原因だった。
普通に〈魔力操作〉を習得するには、日頃から瞑想を行なって自分の中にある魔力を感じられるようになり、ある程度魔力を引き出す特性を持っている魔道具を使って、地道に魔力が動く感覚を捉えていくしかない。
そのあとプラムのステータスも確認する。
僕はプラムに決して食べないよう注意してから、渡された白紙をプラムの上に乗せる。神官さんがスキルを使うと、その紙の上にプラムのステータスが浮かび上がった。
プラムのステータスには〈魔力吸収〉のスキルがあった。残念ながら言葉がすらすら話せるようなスキルはなかったけど、魔力を吸う速度が速くなったり、相手の魔力が空になる直前で吸うのを止められるようになったのを後日確認することができた。
◇◇◇
数週間後、いつものように早朝から依頼を受けて、街の門に向かうと、ホワイトウルフの姿が見えた。
すぐにおじさんが帰ってきたのだと気づき、門に駆け寄った。
「おじさん!」
「ん? おお、エディか! 元気だったか?」
「うん!」
「頭に乗ってるスライムはもしかして……?」
「うん、僕の相棒だよ! プラムって言うんだ!」
「やっぱりそうか! いい名前だな!」
知り合いは大抵がそう言ってくれるけど、このおじさんに言ってもらえるとすごく嬉しいかった。
ヴァイスも祝福してくれるように吠える。
しかしそれが怖かったのかプラムが俺の後頭部に移動してヴァイスから姿を隠した。
『えでぃ、こわい』
「大丈夫だよ怖くないって」
そう言って僕はヴァイスの首元を撫でてみせる。
ヴァイスは気持ちよさそうに目を閉じ頭を仰け反らせた。
「ね?」
『そのひと、だれ?』
「おじさん? おじさんは僕が魔物使いを目指すきっかけになった人だよ」
「お、エディもしかしてプラムの言葉が分かるのか?」
「うん! まだたどたどしいけど、最近はちゃんと言葉になってきたんだー」
するとおじさんは驚いていた。なんでも、スライムは知能が低く、普通はまともに会話ができないものらしい。徐々に話せるようになっていったという話をすると、おじさんは少し考えていた。
「エディが前に言っていた加護……〈共栄〉だっけか? それの影響じゃないか?」
「どういうこと?」
「共栄って、一緒に成長するって意味だろう? もしかしたらエディの従魔になったことでプラムが成長しているのかもしれない」
なるほど。加護のことはすっかり忘れていたけど、多分ずっとその恩恵に授かっていたんだろうな。
「僕の方も成長しているのかな?」
「何か変わったことはあったか?」
「そういえば、プラムには僕の魔力をあげてるんだけど……」
〈魔力操作〉のスキルを授かったことや、徐々にプラムにあげることができる魔力の量が増えていることを話した。
「きっと、それだな。ということはエディは魔法使いにもなるのか」
「魔物使いで魔法使い……なんかややこしいね。でも、魔法ってどうやって練習したらいいんだろ」
「すまん、俺は専門外だ」
二人であーでもないこーでもないと、魔法の練習法について喋っていたが、依頼があることを思い出しておじさんと別れた。
「いやぁ、何度見てもヴァイスはかっこいいなぁ」
『ほわいとうるふ、いい?』
何の気なしに言ってしまったが、プラムの声が少し寂しそうだった。
「ううん、僕はプラムが大好きだよ。賢いスライムであるプラムこそが僕の相棒だからね」
『すらいむ、いい?』
「もちろん!」
僕はプラムを悲しませないようにそう言ったけれど、実はプラムにとっては全然違う意味合いを持っていたんだ。
もしこの時に違うことを言っていたら、あの出会いはなかったのかもしれない。
【スライム】
半液状の魔物。外見は色の青いイクラに似ており、死体は皮膜・白身・黄身の三層構造に分かれている。ただし生きたスライムには皮膜が存在しない。
毒だろうとなんでも食べる雑食性があり、魔力吸収の能力を有しているが、他の生物に比べ魔力を生産する能力が低く、さらに魔力が無くなると死に至る。
余談だが、突然変異体として稀に青色以外のスライムが存在する。