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第二十話 ネーヤと宿

 エディはとある裕福な家庭に長男として生まれた。


 父親が自らの力で成り上がった大商人であったため、財を活かして幼い頃から文字の読み書き、計算、地図の読み方、馬の乗り方など、様々な英才教育を受けていた。


 また、エディには二歳離れた妹がいた。


 彼は母親に似て柔和で人好きのする性格であったため、妹もよく懐き、非常に仲の良い家族として近所では評判だった。


「お兄ちゃん、明日は何の日でしょうかー?」


 エディが七歳の時ときだ。ある日妹が座って本を読んでいた彼の背中に抱きついて、そんなことを問うた。


 エディは逡巡し、すぐに彼女の誕生日であることに思い至る。彼が答えると彼女は照れくさそうにしながらも嬉しそうに笑った。


「ええっと……明日、一緒に公園に行ってお昼ご飯を食べませんか?」


 明日のお昼は算術の勉強があったはずだけど……と思いながらも、妹の期待するような目を見てしまっては無下にできず、一緒にお母さんにおねだりしに行った。


 お母さんは「誕生日ですものね」とすんなりと二人で遊びに行くのを許してくれて、妹は大好きな兄とピクニックに行けることを楽しみにしていた。


 その晩、商談で家を空けることの多いお父さんが、翌日の妹の誕生日に合わせて、久々に帰って来た。


 家族みんなで夕食を食べた後、妹は両親と一緒に寝室に入って行った。


 五歳の妹はまだ親の添い寝なしには眠れなかった。


「お兄ちゃん、おやすみなさい。また明日っ」


 エディも上機嫌な妹に応えると、自分の部屋へと入った。


 そしてそのままベッドに入り、眠りの海へと沈んでいった。



 真夜中。ひどく寝苦しさを感じ、エディは目を覚ました。


 まず目に飛び込んできたのは、燃え盛る壁だった。


 周囲からはパチパチと炎が燃え盛る音が聞こえ、何処からか女の子が泣き叫ぶ声が聞こえる。


 驚いて飛び起きたエディは軽くパニックになりながらも、聞こえる泣き声が妹のものであることに気づき、両親と妹の寝ている部屋に行こうと廊下に飛び出した。


 廊下の絨毯がじわじわと燃えながら迫ってくるのを見て怖気付くが、黒煙を吸い込まないようにシャツの襟を鼻先まで上げながら、炎の合間を縫って何とか両親の寝室の前までやってきた。


 妹の泣き声はすでに聞こえなくなっている。


 手に火傷をしながら、燃えている寝室のドアを開けると、熱風がエディに襲いかかり思わず目を瞑って、顔を背けてしまう。


 そして視線を戻して寝室の中を見て、エディは呆然と立ち尽くした。


 彼が見たのは轟々と燃え盛る大きな二つの骸と、その間に横たわる炭化した小さな人型だった。


 その後、気がついたときには街の兵士によって救出され神殿で治療を受けていた。おかげに肌には傷一つ残っていない。ドアの取っ手を掴んだときの火傷もまるで嘘だったかのように残っていない。


 火事の原因は、呪いだった。


 現象を引き起こすための呪い袋が、ベッドの焼け跡から見つかった。部屋に二人が揃ったときに人体が自然発火する呪いが仕組まれていたらしい。妹は完全なる巻き添えだった。


 呪い袋から犯人が突き止められ、円満な家庭に嫉妬した父親の幼馴染が企てたことだと分かったが、そんなことはどうでもよかった。


 エディは家族を全て一度に失った。


 悪い夢だと思った。思いたかった。


 孤児院に送られた彼は、親のいない子供達が無邪気に遊びまわる姿を、ひたすら風景として眺めていた。


 ご飯ができたと言われた、でも作ったのはお母さんじゃない。


 元気出せと言われた、でも頭をぐしぐしと撫でているのはお父さんじゃない。


 遊ぼうと言われた、でも目の前にいるのは妹じゃない。


 ここは何処なんだろうか。夢なら早く覚めないかなぁ……


 そしてある日、話を聞いてくれないことにしびれを切らした一人の女の子がエディの背中にのし掛かった。


 それは奇しくも妹が甘えるときによく彼にしていた仕草だった。


 失った家族の思い出に浸りながら、努めて夢だと思おうとしていたエディだが、背中から伝わる人の温もりによって「妹もこんな風に“していた”」と思ってしまった。


 妹の存在が過去のものだとはっきり認識した途端に、ひどい寂しさと悲しさが堰を切ったように押し寄せ、涙を溢れさせてしまう。女の子はびっくりして離れようとするが、温もりを失うことを恐れた彼は思わず振り返ってそこにいたあたたかいものを抱きしめた。


 ひとしきり感情を発散させると、元から柔和な性格だったこともあり彼は現実を一先ず受け入れた。


 その後、動物に触れさせて心を癒そうとした街の人たちの働きかけによってエディは門番のおじさんと従魔のヴァイスに出会う。


「おじさん、その子は何ですか?」

「こいつか? こいつは俺の相棒で、大事な“家族”だ!」


 そしてエディは魔物使いを目指すようになった。



◆◆◇◇



 テラローシャから譲ってもらった馬はとても扱いやすい馬だった。温厚な性格をしていて、相性を見るために厩に行ったエディはもちろんのこと、フィニやプラムにもすぐ馴染んだ。


 今はアナスタシアに向かって、馬を歩かせているところだ。馬を操作できるのはエディだけなので、必然的に彼が手綱を握っている。プラムはその後ろに座りエディの腰に両腕を回してしがみついていた。


『二人とも疲れてない?』

「大丈夫だよー」

『うん、平気だよ』


 横を飛んでいるフィニは、くるんと一回転して疲れていないことをアピールした。


 プラムも楽しそうに声を弾ませながら返事をし、思い出したようにエディを抱きしめる腕の力を強める。


 トウォの月も下旬に差し掛かっていて、もうすぐスレエの月だというのに、顔に吹き付ける北風が非常に寒い。だからこそ背中からプラムの体温が伝わってきて心地よかった。


 最初こそプラムは馬に乗るのを怖がっていたけど、旅の間ずっとくっついていられることに気づいてからは随分と楽しそうにしている。それをフィニは「味を占めた」と言っていたが、僕もプラムが楽しそうにしているのが見れて、それだけでも馬を譲ってもらってよかったと思える。


 ちなみにプラムは、僕の存在を感じるために魔力を吸ってはその分自分の魔力を返し、という風に上手く魔力を操っているので僕が気絶することはない。


 以前のようにプラムを気遣って足元に注意しながら歩く必要がなくなり、馬の足が速いのもあって、移動にかかる時間は見積もっていた日数の半分以下になりそうだった。


 そしてその予想は正しく、ダリルを発ってから四日ほどで僕たちの故郷、アナスタシアへと帰ってきた。


 急ぎの旅ではあるが、使った消耗品の補充や旅の疲れを取るため、数日はアナスタシアに滞在しようと思う。


 プラムは馬に乗せたままにして、手綱を引いて街に入り、門で紹介してもらった馬の預かり所へ向かった。歩いていると、たかだか八ヶ月ぶりだと言うのにアナスタシアの街並みがひどく懐かしく感じた。それだけこの半年ちょっとの旅で色々なことがあったということだろう。フィニは僕の頭に座って、他の街でそうしていたように、キョロキョロと建物を観察していた。


 馬を預けてからはプラムと腕を組んで歩く。


「いらっしゃいませ——って、エディ⁉︎」


 馴染みの宿に行くと、ネーヤが目を丸くしながら出迎えてくれた。


「どこ行ってたのよ……プラムも久しぶり。あれ? その妖精は……?」

「僕の従魔だよ、フィニアンっていうんだ」

「フィニアンでーす! フィニって呼んでね!」

「あ、これ証明書。ところで部屋空いてる?」


 エディは従魔であることを証明する書類を見せながら尋ねた。


「はい、確認しました、っと。タイミングがいいわね、最近立て続けに止まっていた人が出て行ったから部屋なら結構空いてるわ。一人部屋が二つよね?」

「いや、二人部屋でお願い」

「え? でも男女だし……」

「僕たち付き合うことになったんだ。だから問題ないよ」

「…………………………え?」


 ネーヤは時が止まったかのごとく、口を半開きにして固まった。


「おーい、どうしたの?」

「え? いや……なんでもないわ。二人部屋ね、分かったわ」


 それから二人部屋の鍵を持って来て僕に手渡すと、速足で奥の方に消えて行った。心なしかいつもより腕の振り方が固かった気がする。


「どうしたんだろう?」

『エディ、どうかしたの?』

「ネーヤの様子がちょっと変なんだ」

「何かあったのかなー?」

「さぁ……?」


 僕たちは首を傾げながら泊まる部屋へと向かった。


◇◇◇


 エディが宿を出て行ってからどれだけだっただろう。私は今日もいつものように店のカウンターにある丸椅子に座って、足をぶらぶらしながらお客さんが来るのを待っていた。


 暇になると考えてしまうのはやはり、片想いしているエディのことだ。


 何度か気持ちを打ち明けようとしたけれど、喉まで出掛かったのが一度あっただけで、結局伝えられないまま彼は旅立ってしまった。


 彼がいなくなったあと、告白できなかったことをすごく後悔した。私は冒険者じゃないから、どんなものなのかはわからないけど魔物との戦いはとても危険らしい。だったら魔物の棲む森を何日も旅するのはそれ以上に危険なはずだ。旅で命を落とした人の話は決して少なくない。


 エディの従魔のプラムもいるけど、元はスライムだからあまり彼の守りとして期待できない。むしろ彼のことだ、何かあったらプラムを庇うのではないだろうか。


 スライムのくせに……そんな考えが頭に浮かび、慌てて搔き消した。


 エディから聞いたけど、プラムは人になりたがっているのだ。健気な気持ちを嘲笑うような人に、私はなりたくない。


 プラム自身は素直でいい子だから好意的に思っているのだけれど、どこかで彼女を妬ましく思ってしまうのは、もう仕方がないことだった。


 ふと気がつくと、敢えて揺らしていた足の動きが止まっていた。少し考え事に気を取られ過ぎていたようだ。


 何かほかに退屈しのぎはないかと思って顔を上げたとき、宿の入り口に人影が見えた。慌てて立ち上がり迎えにいく。


「いらっしゃいませ——って、エディ⁉︎」


 宿にやって来たのは、まさかのエディだった。

 ずっと街に帰って来るのを待っていたとはいえ、数ヶ月の間に待ち癖がついたネーヤにとって思ってもみない再会だった。


 すぐに彼の右腕にしがみついているさくらんぼ色の髪を持つ少女が目に留まり、羨ましさを覚えながらも挨拶した。返事は返って来なかったけれど、エディの頭に乗っている妖精に目が行き、気にはならなかった。


「あれ? その妖精は……?」

「僕の従魔だよ、フィニアンっていうんだ」

「フィニアンでーす! フィニって呼んでね!」


 フィニアンは手を挙げてネーヤに挨拶をして、体の倍くらいはある蝶に似た空色の翅を少し羽ばたかせた。極細のきれいな金髪が揺れる。


 初めて見る妖精に目を奪われていると、腰のポーチを漁っていたエディが、紙を差し出してきた。


「あ、これ証明書。ところで部屋空いてる?」

「はい、確認しました、っと。タイミングがいいわね、最近立て続けに止まっていた人が出て行ったから部屋なら結構空いてるわ。一人部屋が二つよね?」


 以前止まっていたときは二人部屋だったけれど、あれはまだプラムも人間になったばかりで勝手がわからないだろうから仕方なく許していただけだ。


 まあ、許すも許さないも私が決められることじゃないけど……


 とにかく、半年以上旅をして来たんだからプラムとエディは別部屋になってもらわないと。しかしエディはその提案を却下した。


「いや、二人部屋でお願い」

「え? でも男女だし……」

「僕たち付き合うことになったんだ。だから問題ないよ」

「…………………………え?」


 確かに孤児院では「付き合ってもない男女が同じ部屋に寝泊まりしてはいけません」と教わった。私はエディとプラムを必要以上に近づくのが面白くなかったので、その教えにかこつけてエディとプラムを別部屋にしようという思惑があった。


 だからこそ、付き合っていると言われてしまうと私としては何も言えなくなる。


 しかし、不純な計画が破れたことなど今はどうでもよかった。


 付き合う? エディとプラムが?

 それって好き同士ってことよね? 友情ではなく恋愛的な意味で。


 え? プラムって、仕える主人としてエディを慕っているだけじゃなかったの? エディも大切な従魔としてプラムを可愛がっているだけじゃなかったの?


「おーい、どうしたの?」


 エディの心配そうな声が聞こえ、私は我に返った。

 そうだ、今は仕事中だ。考え事をしている場合じゃない。


「え? いや……なんでもないわ。二人部屋ね、分かったわ」


 私は仕事の手順を必死に思い出してカウンターの裏の金庫から鍵を取り出して彼に渡した。


 金庫の回転鍵を弄っている途中から、不意に目頭が熱くなってきて、接客は笑顔で相手の顔を見なくちゃいけないのに、涙と嗚咽を堪えた変な顔を見られたくなくて俯いてしまった。


 彼の手に鍵を落とした後、耐えきれなくなった私は、厨房を抜けて裏庭に出て薪置き場の陰にしゃがみ込んだ。

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