第二話 プラムと魔力
なんとか昼までに依頼の薬草を集め直し、お昼ご飯を食べるために街に戻る。
道中プラムは、何が気に入ったのかずっと僕の頭の上でプヨプヨ揺れていた。
門で見張りをしているお兄さんにプラムを見せ、テイムされた魔物であることを証明する書類を作ってもらい街に入る。
本来テイムした魔物には首輪をつける必要があるのだけど、プラムは首輪をつけることができないためそのままだ。お兄さんは「まあスライムなら危険もないだろう」と言っていた。
ちなみにいつもの魔物使いのおじさんは今はいない。なんでも仕事で街を離れているそうで、一週間前から部下である若いお兄さんが門番をしている。
一番に報告したかったからちょっと残念だ。
次いで冒険者ギルドに薬草を納品して、依頼を終える。
「あら、その子がエディの従魔なの?」
「はい! プラムっていいます。ところで聞きたいことがあるんですが……スライムって何食べるか分かりますか?」
ギルドにはモンスターの生態に関する資料があるらしいので訊いてみると、お姉さんは「ちょっと待ってね」と言って席を立つと、分厚い本を取り出してきた。
「えっとね、スライムは有機物なら毒だろうとなんでも食べるみたい。だから餓死することはないけど、体内の魔力が空になると死んじゃうから、魔力を補えるものを定期的にあげないといけないらしいわよ」
なるほど、プラムが弱っていたのは魔力が足りなくなっていたからなのか。ちょうど手持ちに魔力草があってよかった。
「ご飯には苦労しなさそうでよかったです」
「そうね。でも魔力欠乏で死ぬって言うのは極端よね」
「そうなんですか?」
「ええ、人は誰でも魔力を持っているけど魔力が無くなっても気を失うだけで死なないの」
「へぇ~!」
「まあ、私たち貧民には関係ないわよね」
「あはは、そうですよね」
魔法というのはスキルの一分類で、体内の魔力を使って火を起こしたり水を作ったりするすごい力だ。
「魔法は何なのか」という疑問は昔からあり、今も分かっていないが何をもって魔法とするかははっきりしていている。
それは〈魔力操作〉のスキルを必要とするかどうかだ。このスキルが無いと使えないものを、すべてまとめて魔法と呼ぶことになっている。
〈魔力操作〉を習得するための訓練は、魔道具と呼ばれる専門の道具が必要らしく、これが目が飛び出るほど高価で貴族やお金持ちにしか手が出ない。お姉さんが貧民には関係ないと言ったのはこのためだ。
「それじゃあ今日はもう帰りますね、お先に失礼します」
「お疲れ様!」
そうしてギルドを後にした。
「ただいま帰りましたー」
泊まっている宿に到着し、大きな声で帰宅したことを知らせる。すると奥から「はーい」という声とドタドタと忙しない足音が聞こえてきた。やがて姿を見せたのは茶色い髪を肩にすこし掛かるくらいまで伸ばした少女。
彼女の名前はネーヤ。年は十二歳、嫌いな食べ物はニンジンだ。
なんでこんなことを知ってるかというと、それは単に彼女は僕と同じ孤児院の出身で、二年前に孤児院を出た彼女を覚えていたからだ。
一ヶ月前、この宿を紹介されて着いてみたら見知った顔があったのには驚いた。
「おかえりエディ!。あれ、そのスライムは……?」
「うん、僕の従魔だよ。プラムっていうんだ。あ、これ証明書です」
「はい、確かに確認しました、っと。プラムちゃんか……かわいい名前ね! そうだエディ、お昼ご飯はもう食べた?」
「まだだよ。持って行った乾パンはプラムにあげちゃったんだ」
「なら今から昼食だから一緒に食べよう!」
「いいの?」
「あ、もちろんお金は貰うよ?」
「……だよね」
一瞬期待してしまったが、まあ当たり前かぁ。
お金がない時には、よく奢ってもらったけど、今は払えるお金があるんだから払うのは当然。それに勝手なことをして怒られるのはネーヤだ。同じ孤児院の仲間としていらぬ迷惑はかけたくない。
そして彼女と一緒にご飯を食べた。もちろんプラムにもお昼ご飯を分けてあげた。嬉しそうにプルプル揺れるプラムをネーヤが物欲しそうに見つめていたのでプラムを触らせてあげると、ものすごい勢いでプラムを撫で始めた。
しかしプラムはすぐに彼女の手から逃げ出すと僕の膝の上に収まる。ネーヤからは恨みがましい目線をもらった。
そんな目線、僕に送られても困るんだけど……。
◇◇◇
プラムが仲間になってから一週間が経った。いつものように朝と午後の少しの間に依頼をこなし、午後は体を休めるという生活をしていた。
井戸の水で身体を拭き、藁のベッドに寝転ぶと、プラムがお腹の上にちょこんと乗ってきた。この五日間くらいでここが寝る時のプラムの定位置となっていた。
少しうとうとし始めたとき、プラムから不意に空腹感が伝わってきた。
「お腹がすいたの?」
肯定するように身体をぶるっと振るわせるプラム。
そう言えば今日はあまり魔力草が見つからなくて、プラムにあげる分が少なかったな。
「うーん、今は手元に魔力草も無いしな」
どうしようか……そう言えば、人は誰でも魔力を持ってるんだったよな。
「ねぇプラム、僕の魔力を吸うことってできる?」
そういって人差し指をプラムに当ててみる。
すると指先に妙な寒気が走った。
(あ、今魔力を吸われてる!)
僕はすぐに理解することができた。
だけど次の瞬間、僕の視界は真っ暗になり、同時に記憶もそこで途絶えた。
次の日起きたのは昼前だった。心配するネーヤに「今日は依頼を少なめにするよ」と告げ、冒険者ギルドに向かう。
昼時の冒険者ギルドには、冒険者が十数人いた。掲示板を見ている者もいれば、談笑している者もいる。
「あらエディくん今日は遅かったわね」
依頼を受付に行くと、顔馴染みのお姉さんに驚かれた。
「ちょっと寝過ごしちゃいまして」
プラムが悪い子と思われるのは嫌なので、魔力を吸われて気絶したことは言わないでおく。
「エディくん、毎日依頼受けてるでしょ? たまには休んだら?」
「うーん、お金も余裕があるわけじゃないからほどほどに頑張ります」
お姉さんは僕が疲れていると思っているみたいだ。でも僕はこの生活をずっと続けてきたから、今更負担になることなんて無いんだよな。
「そうだエディくん。魔活草って知ってる?」
「採取依頼は受けたことありますけど……どういうものなんですか?」
「魔力が回復する速度を上げてくれる薬草よ。この辺にも生えているしプラムちゃんのご飯に丁度いいんじゃないかしら」
「へぇ、そんな草だったんですね」
見かけたら採っておこう。
あ、魔力の回復が早くなるなら、僕も食べておいた方がいいかな? 体が重い原因、魔力を吸われたこと以外思いつかないし。
「魔活草って、人間でも食べられますか?」
「まあ毒はないけど……エディくん、そんなにお金に困っているの?」
「え? いや、プラムに変なもの食べさせたくないなぁって」
正直に言うわけにはいかないので咄嗟に思いついた別な理由を話した。
「エディくんらしいわね。ポーションの材料にすることもあるけど、煎じて飲むこともあるみたいだから、効果は薄いけどそのまま食べても問題ないわ」
「なるほどなるほど」
いつまでも体が重いのも嫌だから、見つけたらそのまま食べてみよう。
お姉さんにお礼を言うと、すぐに街の外に向かった。
依頼の品を集めている途中に魔活草は見つかった。
食べてからしばらくすると少しずつ体が軽くなっていき、魔力が戻っているんだなぁとなんとなく感じることができた。
その後何本か魔活草を見つけ、数本は念のために取っておいて僕とプラムで分け合った。
「あれぇ? そこにいるのはエディくんじゃないかぁ!」
街に戻っている途中で嫌な奴に声をかけられた。
最近会わないなと思っていたが、まさかこんなとこで会うなんて……。
いやいや振り向くと、前髪が邪魔そうな少年が立っていた。
「やあ、ウーザくん、こんなところで会うなんて珍しいね」
僕は顔に出ないように気をつけながら挨拶をする。
すると彼はその伸びた前髪を払って、
「それは今年やっと冒険者になれた俺に対する皮肉かな、エディくぅん?」
彼は今年十歳になった、この街の富豪の子供だ。
冒険者になるのが夢だったらしいが、成人前から冒険者ギルドに所属していた僕に対してやたらと絡んでくる。
「そ、そんなつもりじゃないよ。ここで会うのは初めて――」
「あれぇ? 頭の上にピンクスライムがいるぞ? 俺が倒してあげよう!」
自分の思うがままに喋る上に、とんでもないことを言い出すウーザ。
「待って待って、この子は僕の従魔だよ! 魔物使いになったんだ」
「へぇ、このスライムが。でもスライムごときをテイムにしてテイマーなんてよく言うよね!」
スライムごときとか言わないでほしい。スライムは確かに弱いけど、プラムはとっても可愛い僕の相棒なんだから。
「この子は――」
「ああ! 君の実力だとそんな雑魚モンスターしかテイムできないのか、納得だよ! そういえばね、僕は神様から〈魔力操作〉のスキルをもらったんだ。それとすでに〈ファイア〉の魔法を使えるんだよ」
あーすごいすごい。
「へーすごいね(裏声)」
「そうだろうすごいのさ! それに引き換え君はそんな雑魚モンスターしか相手にできないんだもんね、冒険者やめたほうがいいんじゃない?」
相変わらず、人の気に触ることばかり言ってくる奴だ。イライラしっぱなしだったが全く表面には出していない。孤児には我慢しなければいけないことがたくさんあるから顔に出さないのは得意だった。この程度のことで頭に血が上る僕ではないんだ。
散々言いたいことを言った後、僕がずっとニコニコしているのを見て「まあ、平和な頭の奴に何を言っても無駄か」と吐き捨てて街に帰って行った。
「プラムは雑魚なんかじゃないからね」
優しくプラムの表面を撫でると、プラムはちょっと縦に細長くなってくすぐったそうに体を震わせた。
その後ウーザに会わないように回り道をしながら街に戻る。
ただ回り道をするのも癪なので、途中魔活草を何本か採取しておいた。依頼がないので換金できないが、僕が使う用だから問題ない。それに干しておけば保存も効くようになる。
回り道をしたのが功を奏したのか街でウーザに会うことはなく、宿に帰ると思わず安堵の息を吐いた。
【冒険者ギルド】
冒険者と呼ばれる、採集・狩猟を生業とする者に仕事を斡旋する事務所。冒険者登録をすることで仕事の依頼を受けることができるが、ランク制のため自分より高ランクの依頼は受けることができない。
冒険者登録は十歳の誕生日から認められている。ギルドからの信頼度に応じて上からA,B,C,D,Eのランクが振り分けられ、最初はEランクからのスタートとなる。
やむを得ない事情がある者に限り十歳以下でも冒険者登録ができるが、その場合十歳になるまでランクはFが割り当てられる。