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第十九話 新居と懐かしい顔

 いろいろ物件を見て回った結果、郊外にある家を借りることに決まった。


 この家は、隣の家との距離がある程度離れていたり、平屋で段差の少ない作りになっていて、目の見えないプラムを抱える僕たちにとって都合の良い作りだった。


 背後の森については、たとえ魔物が出て来ても僕らなら十分に対処できる。


 唯一の問題があるとすれば、借りる期間の単位が一年であったことだろうか。

 まぁ、期間が長い分にはお金がかかるだけで済むからあまり気にしていない。


 その日のうちに入居できるということなので、街を回って最低限の家具や食材などを揃え、新居へと足を運んだ。


 ベッドは二つとも同室に置いてあったが、宿の部屋もいつも同室にしていたから特に問題はない。


『今日の晩御飯はどうしようか? 屋台で適当なものでも買ってくる?』

『できれば早く料理してみたい!』

『いいよ。でもそれなら材料を買いに行かないとね』


 ようやく落ち着いたばかりだというのに何度も出掛けるのはプラムに申し訳ないよね……


 プラムには留守番をしていてもらおうかと悩んでいると、フィニが名案を思いついたというように指を弾いてみせた。


『それならフィニが一人で行ってくるよ』

『大丈夫?』

『まかせてまかせて! フィニにも買い物くらいできるよ!』


 そう言って薄い胸を叩いて見せるので、信用して必要な材料を買いたメモ書きと、十分なお金をフィニに渡した。


 ちなみに、フィニはこつこつ勉強して簡単な文字なら読めるようになっていた。〈共栄〉の加護のおかげで覚えるのが早くて、とにかく助かる。


『それじゃあ行ってきまーす!』

『いってらっしゃーい』

『念話が通じないくらい遠い店には行かなくていいからね!』

『はーい!』


 フィニは元気よく返事をすると、部屋から出て行く……


と思いきやふらりとエディの耳元に飛んできた。


そして、


「エディはプラムと本当の恋人にはならないの?」

「え⁉︎」


 いたずらっぽくにやにやと笑うフィニは、エディが何か言う前に買い物袋をぶら下げて窓から出て行ってしまう。


「プラムと恋人……」


 そしてプラムと二人きりになった。




◇◇◇




 フィニが一人でお使いに出て、私はエディと二人きりになった。


(エディと二人きり……かぁ)


 そう思うだけで嬉しくなり、自然とほおが緩んだ。


 エディは優しくて、従魔に過ぎない私の意志を配慮して命令をしないどころか、人間でありたいという私の気持ちを察して普通の人と同じように扱ってくれる。


 私はそんなエディが好きだ。


 彼のためならなんでもできる、それほど好きだ。


 だけどこの気持ちを告白する勇気はない。


 人として振舞っていても中身は結局スライムなのだ。子供でも注意すれば倒せるくらいに弱い魔物なのだ。


 自分の不注意で呪いにかかってしまい、今では目も見えなければ耳も聞こえない。だから満足に戦うことはおろか一人で出歩くことも出来ない。


 こんな価値もないのにめんどくさい女の子、告白された方がいい迷惑だろう。


 今でも私のために素材集めに忙しくしているエディに対して、できるだけ一緒にいてほしいなどと言って迷惑ばかりかけている。


 いつか見放されてしまうのではないか。そんな不安が沸き起こり、背筋が寒くなった。


 この数ヶ月、何度も同じ不安に襲われてきたが、いつになっても慣れそうにない。それどころか日を追うごとに、その「いつか」が近づいてきているような気がしてどんどん不安は大きくなっていく。


「うぅ……えでぃ……」


 不安に押し潰されそうになり、そばに本人がいることも忘れて彼の名前を呼んでしまうプラム。しかし呪いの所為で自分の声すらも聞き取れず、そのことが彼女をさらに不安にさせた。


 しかし、エディはその涙交じりの呟きを聞き逃さなかった。


『大丈夫だよ、ここにいるから』


 エディはベッドに腰掛けプラムの手を握り、自分が触れていることを気づかせるために少しだけ魔力を流した。


 五感を失う呪いではあるが、魔力の感覚は失われていない。そのためこうすることで触れていることを伝えることができるのだ。


 指先からじんわりとエディの魔力が流れ込んできて、プラムは自分の手が握られたことに気づいた。


 どくん、と心臓が跳ね上がる。


(やっぱりエディはあったかいなぁ)


 目も見えなければ触られている感覚もないが、プラムにはエディが今座っている場所がわかる気がした。


 おそるおそるもたれてみると、自分の身体はベッドに倒れてしまうことはなく、エディの肩に寄りかかった状態で止まった。


(エディがすぐそばにいる!)


 エディを近くに感じ、抑えきれない甘えたい気持ちが沸き起こってきた。




◇◇◇◇




 寂しそうにしていたプラムは、おもむろに僕にもたれかかると、潤んだ声でぽつりと弱音を漏らした。


『エディがいないと寂しいの。留守番なんてしたくないよぅ……』

『プラム……?』


 ずっと弱音を吐かなかったから、少しだけびっくりしてしまう。


『ねぇ、エディ……プラム、もう死んじゃおうかな』

『こんなところで折れちゃダメだよ、プラム。もう少しなんだから』


『でも、これ以上エディに迷惑掛けて嫌われたくないの』

『嫌いになんてならないよ』


『そんなわけないもん。呪いに掛かって、足を引っ張って、わがままを言うような女の子、絶対嫌われるもん!』

『プラム……』


 泣きそうになって下唇をわなわなと震わせながら話す彼女を見て、エディは覚悟を決めた。


『僕はプラムが好きだよ』

『……え?』


 きょとんとして顔を上げるプラム。

 見えてはいないはずだが、赤らんだ双眸はきちんとエディを捉えている。

 エディはそのまま気持ちの告白を続けた。


『家族としてだけじゃないよ? 迷惑かもしれないけど、僕はプラムのことが女の子として好きだ。僕がプラムの呪いを解こうとしているのは——って、うわぁ⁉︎』


 信じさせるためにあれこれ言葉を続けようとすると、突然プラムが抱きついてきた。


『エディ! エディ! エディ!!!』

『ど、どうしたの⁉︎』

『エディ! プラムもエディのことが好き! 迷惑な訳ない! エディが好き!』


 その言葉を聞いて、エディは安堵すると同時にとても嬉しかった。気恥ずかしさを感じながらも、抱きついてくるプラムを抱き返すと、背中に回した手で彼女の頭を撫でた。


 プラムは、はっきりとエディの存在を感じようと全身からエディの魔力を吸い取った。プラムの好意が大きすぎて制御はまったく考えられていない吸い方になっている。魔力は服越しにもかかわらずどんどんと吸われていき——


『プ、ラム……そんなに魔力吸わな——』

『大好きーー!!』

『うっ……』


 エディは魔力欠乏により気絶してしまった。




 目が覚めると、嬉しそうな顔で眠るプラムの顔が目の前にあった。


 あまりの近さに驚いて飛び起きようとするが、魔力欠乏のせいで身体がうまく動かず、もがいた挙句にベッドから転がり落ちてしまう。


 すると、もう一人の仲間の声が頭上から降って来た。


「昨晩はお楽しみでしたネ〜」

「フィニ……そういう冗談はやめてよ」


 お使いから帰っていたフィニは、エディのベッドの上から顔だけ覗かせてニヤニヤしていた。


 しばらくぶりの魔力欠乏の感覚に妙な懐かしさを覚えてながら、床に手をついて半身を起こす。


 そして胃が内側から引っ張られていると錯覚するほどの空腹感を感じた。


「あれ? 僕どれくらい気を失ってた?」

「一晩中かな? もう朝だよー」

「ええ⁉︎」


 慌てて立ち上がって窓を開けると、確かに西側の空が暗く、東側の空が明るみ始めていた。


「従魔にごはんを食べさせてくれないなんてひどいご主人様だなー」

「フィニ、ごめん」

「いいよー、そこらへんの屋台で食べてきたから」

「……お金払ったよね?」

「もちろん払ってないよ!」

「フィニ……」

「バレなきゃ問題ないんだよ〜」


 やってることは紛れもなく犯罪なので次からはしないように注意するが、僕にも非があるのであまり強く言うことは出来なかった。


 その後、冒険者向けに朝早くから開いているお弁当屋さんで適当なものを買い、朝ごはんを済ませた。




◇◇◇




 お互いの気持ちを確認し合ってから、プラムは自分から留守番を言い出すようになった。


『エディの邪魔はしたくないもん。今は迷惑かけるけど、早く呪いを解いてエディに恩返ししたい』


 プラムは健気にそう言って、笑ってみせた。

 寂しいけど今は我慢する、ということらしい。


 前向きになってくれたプラムを見て安心したエディは、付近の狩場を毎日走り回っていた。


 ある日、予定していた狩りを終えて家に戻ると、家の前で不意に女の人に声を掛けられた。


 顔を見ると何処かで見たことのある顔つきだった。紫掛かった黒髪も見覚えがある。


「えーっと、もしかしてウーザの……」

「ええ、今はもうきっぱりと絶縁していますが、ウーザの元恋人のテラローシャですわ」


 エディはめんどくさいなぁと思った。

 彼女の方から振ったのはウーザの様子から知っていたが、あいつの知人というだけであまり関わりたくなかった。


「こんなところで会うなんてすごい偶然ですね。それじゃあ僕は帰らないといけないので」

「ま、待ってくださいまし!」


 そそくさと別れようとしたところで、テラローシャに腕を掴まれ引き止められる。


「あの件はわたくしも悪かったと思っていますわ。元とはいえ恋人の非礼、どうかお詫びさせていただけませんか?」


 彼女がウーザとの過去をすっぱりと忘れるために、必要なことらしい。


 仕方がないので、先にプラムとフィニに伝えてから、彼女を家に招き入れた。


「こんな椅子でごめん。お茶ぐらいしか出せないけど」


 客間はあったが、街を離れるまでの仮拠点に過ぎないためにこれっぽっちも掃除していなかった。仕方なくダイニングに通し、家を買った時からあった背もたれのある木の椅子に座ってもらった。


 フィニが厨房からお茶を運んできて、テーブルに置いた。そして僕の頭の上にちょこんと座った。


 プラムは人前に出せないので、寝室で待っていてもらっている。もちろん会話はしっかり中継するつもりだ。


「あまり家具を買っていないのね」

「まあ、またすぐに旅に出るから」

「でもこの家って年契約よね?」

「どうして知ってるの?」

「どうしてもこうしてもわたくしのお父様は不動産屋さんですのよ」


 そういえばアナスタシアで会ったとき、お金持ちの家の次女って言ってたっけ。確かに不動産屋さんはお金持ちのイメージがある。


「そういえば、彼女さんはどこにいらっしゃるの?」

「え?」

「ほら、綺麗な赤い髪の女の子ですわ。この前、並んで歩いていたじゃありませんか」


 ……どこで見られたんだろうか。

 プラムはあまり外に連れ出していないから、見られたとすれば家を買うときに物件を歩いて見て回ったときだろう。


「ちょっと体調を崩していてね、部屋で寝ているんだ」

「そうですか……挨拶をしておきたかったのですけど、それなら仕方ないですわね」


 テラローシャはお茶に少しだけ口をつけると、静かに茶碗を置いた。


「それでお詫びの話なのですけれど……貴方は馬は使役できまして?」

「もう数年触ってませんが、一応は」


 孤児院に入る前、必要な教養と言われて父親に訓練はさせられていた。

 少し練習して感覚を思い出せばすぐに乗れるようになるだろう。


「なら、お詫びには馬を送りますわ。アパレルか魔道具かと色々悩みましたけど、どちらも必要なさそうですし、旅をしているのなら馬の方がいいでしょう?」


 馬か……確かにプラムに歩かせなくてよくなるし、進むのも速くなるから、今のエディたちにとっては打ってつけの選択だ。


 エディは二つ返事でテラローシャの提案を受け入れた。


「これで、けじめをつけることができましたわ」


 初めて会った時の印象は悪かったけど、テラローシャは意外にも真面目な性格をしていたみたいだ。


 それを口に出してみると、彼女は少し恥ずかしそうにしながら、ウーザも会ったときはなかなかの紳士だったと話を逸らした。


 アナスタシアでの出来事から逆上しやすい危ないヤツだと知って驚いたそうだ。


「人となりを知るにはその人と旅をしろと言われる理由がよくわかった一件でしたわ」


 そう言って、テラローシャは帰っていった。

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