第十八話 フィニとプラム
プラムがほとんど盲目という状況になったが、平坦な道が多かったのと、フィニが斥候となって楽に進めそうな道を選んでくれたおかげで旅はそこそこ順調に進んだ。
そしてトウォの月に入った頃、エディたちはダリルという街に着く。
ダリルはアナスタシアの隣の隣の隣にある街で、歩いて三日ほどの距離にある街だ。いろいろな地域を巡っているうちに故郷に戻りつつあった。
『はぁー、ようやく座れるー』
『プラムよく頑張ったね』
エディはベッドに背中から倒れ込むプラムを見て労いの言葉を掛けた。
目が見えない状態で長距離を歩くのは精神・肉体ともに疲労感がかなり大きくなるようだ。
それなのに、プラムは弱気な言葉を漏らしたり、投げ出すような態度になることはなかった。
本当にプラムはいい子だと思う。
『もぐもぐ……この街にはどれくらい居るのー?』
フィニは部屋に着いて早々お菓子を食べていた。だらしないようでいて、その実とても周りをよく見ている働き者なんだけど……
でも、取り出して食べるのが面倒だからってクッキーの入った紙袋に身体ごと入るような子は、いい子とは言いがたいかな。
『うーん、二ヶ月くらいかな』
『いつもより長いんだね』
『ここで素材を全部集め切ろうと思ってるんだ。お店で買えない素材はほとんど集まってるし、残す素材はこの街の周りの狩場で手に入るものばかりだからね』
『もぐもぐ……なるほどー!』
『今日はもう遅いから、明日からまた狩り場巡りだね!』
プラムはいかにも楽しみだという笑顔を浮かべる。
『えーっとそのことなんだけど……』
エディは、プラムたちには留守番してほしい旨を伝えた。
僕がプラムを留守番させることを考えはじめた頃から、彼女はそれを悟ったかのように魔物を狩りに街を出るのが楽しみだと言うようになっていた。
だからなかなか切り出せなかったけど、プラムの安全を考えた結果やっぱり言うべきだと思ったのだ。
しかしエディの言葉を聞いたプラムは寂しそうな顔になった。
『ねぇエディ、プラムも一緒に行っちゃだめなの?』
『ごめん、さすがにもう心配すぎて……』
『そっか……分かった。』
『ねぇねぇエディ、なんでフィニもお留守番なの?』
『プラムの護衛をしてほしいんだ』
目の見えない女の子を独りで留守番させるのは、いろいろと不安がある。しかしフィニがいてくれるなら話は別だ。
『なるほど! りょうかいだよ!』
そして翌朝エディはフィニとプラムに見送られながら街の外に向かった。
◇◇◇
エディを見送ったフィニは、プラムに部屋に戻ろうと声を掛けようとして、様子がおかしいことに気づいた。
『プラムん、大丈夫?』
『だ、大丈夫だよ』
プラムは笑ってみせるが、ぎこちない笑みには寂しさがありありと見てとれた。
エディに頼まれたからには、プラムを寂しがらせちゃだめだ。
フィニは意気込みながらプラムを部屋まで案内する。とは言っても妖精の体格が小さすぎて支えたりはできないため、目の見えないプラムは、念話でフィニの指示を聞きながら壁を伝って部屋に戻った。
念話はどれだけ離れていても使えるというわけではなく、距離が離れるにつれて徐々に意思が届きにくくなっていく。フィニは従魔と主人の繋がりを通してエディが念話の圏外へと出てしまったことを感じ取り急激な寂しさに襲われた。
しかしベッドで両膝を抱えているプラムを見て気合いを入れ直す。
彼女は呪いの影響で目がほとんど見えず、暗闇で一人でいるようなものなのだ。彼女の感じている寂しさは自分のそれの比ではないだろう。
暗闇で一人にされる怖さはよく知っている。フィニの場合、隠れんぼで遊び場から離れすぎて見つけてもらえず夜までいただけだけど……
少し故郷が恋しくなったような気がして、その気持ちを振り払うためにプラムに話しかける。
『プラムんプラムん! エディが帰ってくるまで暇だからさ、フィニの身の上話を聞いてくれない?』
『フィニの? うん、聞いてみたいな』
目を閉じながらも自然に口角を上げたプラムを確認するとフィニは早速話し始めた。
『フィニはね、実は今家出中なの!』
『家出? どういうこと?』
『妖精にも人間みたいに家族ってものがあってね? まあ一族って言ったほうがいいかな? フィニは戻りの森に棲む妖精の一族の一員だったの』
『どうして家出したの?』
『みんな、あれをしなさいこれをしちゃダメって口うるさいんだよ~。それにお花のお世話にも飽きちゃったし』
『妖精ってお花育ててるの?』
『うん! ひまわりに似た花で、フィニがごろんとなれるぐらい大きいんだよ』
『そんな大きなお花があるんだ~。見てみたいなぁ』
『う~ん、残念だけど一族がずっと守っているものらしくて、一族以外の者を近寄らせちゃダメなの』
『そっか、それなら仕方ないね』
そうこうしているとお昼時になり、プラムのお腹がクゥと鳴った。
以前なら照れくさそうにはにかむプラムなのだが、耳が聞こえない今はそういう素振りを見せなくなった。
『あー……そろそろお腹空いたね。お昼ご飯頼んでくるね』
『うん。行ってらっしゃい』
『フィニが出た後は鍵閉めてね』
『わかってるよーぅ』
泊まっている部屋を出ると、かんぬきが閉められる音がした。念のため扉が開かないことを確認してから食堂へと向かう。
食堂とは言っても、椅子やテーブルが並べられているわけではなく、申し訳程度のカウンターがあるだけだ。だけど、実は大抵の宿屋はこんな感じだったりする。
料理を売りにしている、大衆食堂も兼ねた宿屋なら椅子やテーブルもあるけど、普通は部屋まで持ってきてもらって部屋で食べる。
まぁ働き手が少ない宿屋には、ご飯どきに料理を部屋まで運ぶ余裕がないから、テーブルを用意してるってところもあるけどね。
「すみませーん! 注文いいですかー?」
フィニは厨房に向かって声を掛けた。
出てきた人はフィニを見て驚く。
妖精が人前に姿を見せることはほとんど無いから珍しいんだろうねー。
好奇の目っていうのはあんまりいい気がしない。
さっさと頼んで部屋に戻ろう、そう考えて念話でプラムに何が欲しいか尋ねる。
『何か食べたいものあるー?』
『うーんと、フィニが好きなものでいいよ』
『そっかー、じゃあコーンスープのセットにするねー』
コーンスープはフィニが好きな料理だ。どこの宿屋でもメニューにあるからすごく嬉しい。
でもフィニがコーンスープを頼んだのは、ただ好きだからという理由だけではなく、プラムが食べやすいものを選んだ、ということもある。
プラムはもう味も匂いも感じることができないらしく、料理で楽しむものと言えば食感だけだ。
だからお肉のように柔らかく、噛んでいてぐにぐにするものはあまり好まない。
コーンスープは流動食で食べやすいし、それにふわふわの揚げせんべいが付いているため食感も楽しめる。
まぁ、フィニもこのせんべいが好きだったりするんだけどね。
料理を頼むと部屋まで戻り、念話で帰ってきたことを伝える。
『ちょっと待ってね、今開けるから』
手探りでかんぬきの場所を探しているのだろう、扉が開くまで少し時間が掛かった。
それからしばらく他愛もない話をしていると、扉が軽く叩かれた。プラムに声を掛けてから扉を開け、料理を置いてもらう。
宿の人に体調でも悪いんですか?と聞かれ、フィニは慌てる。
「そ、そうなんですよ〜。旅の疲れが出たみたいで」
声を掛けても反応がないプラムが不審がられないように、フィニはそういうことにして誤魔化す。まさか目が見えないなんて弱みを晒すわけにはいかない。
店の人が出て行った後、フィニは緊張から解かれて長く息を吐いた。
◇◇◇
エディが宿に戻ると、扉を開けて早々プラムが飛びついてきた。
『うわ⁉︎ どうしたのプラム⁉︎』
『寂しかったよー!』
『寂しかったって……フィニがいただろ?』
『わかってませんなぁ、エディの旦那は』
『フィニ、それどういうキャラなの?』
かわいいプラムに抱きつかれて照れくさいような恥ずかしいような思いだったが、フィニへのツッコミは忘れない。
『一日留守番してみてどうだった?』
『『すっごく寂しかった!』』
『二人ともそんなに寂しがり屋だったっけ?』
思わず苦笑してしまったけど、少し嬉しいと思ってしまうのは不誠実だろうか。
その後夕食を頼み、ご飯を食べながら今日あったことを話し合う。
『そう言えばエディ、お昼ご飯頼んだ時なんだけどね……』
僕はそこでフィニからプラムが宿にいる言い訳として旅の疲れと言ってしまったことを聞いた。
『“怪我の療養”とか“ショックなことがあって落ち込んでる”くらいの理由にしといた方が、よかったかなって……』
確かにそっちの理由の方が旅の疲れを理由にするより数日泊まっていても誤魔化しやすい。
『まあ、言ってしまったからには仕方ないよ。でも詮索する気を起こさせないためにもさっさと宿を出た方がいいかもね』
もし呪いにかかっていることがバレると村八分な扱いを受けたり、目が見えないことを知られると不届き者に目をつけられる恐れがある。
『別の宿を取るの?』
『いや、どうせだから家を買おう』
『『家⁉︎』』
『と言っても借家にするつもりだけどね。ずっと宿に泊まるよりは安いし、何よりそっちの方が他人の目も気にしなくてよくなる』
『なるほどー! あ、でもご飯はどうしたらいいの? フィニもプラムんもご飯は作れないと思うけど』
プラムは料理ができないわけではないが、目が見えないために厨房に立たせるのは怖い。
でもフィニは単純に料理をしたことがないだけのはずだ。
『まあしばらくは僕が作りながらフィニに料理を教えるよ』
『えー! むりむり! 包丁も持てないんだよ?』
フィニは突き出した手を横に振ってそう言うけど、それは魔法でなんとかなる。
『〈ウインドカッター〉を使えば切ることはできるはずだよ』
『あ、そっか!』
『フィニなら、包丁を使うよりも風の刃で切る方が綺麗に切れるんじゃない?』
『プラムの言う通りだね。風のスペシャリストの繊細さを見せてよ』
『乗せられてるって分かるけど、挑戦してみたくなってきた!』
そんなこんなで、明日は不動産屋に行くことになった。
『エディ、食べ終わったよー。魔力ちょうだい♪』
『はいはい——って、ほっぺに食べかす付いてるよ』
『え、うそ⁉︎』
『あーはいはい、そこで“取ってあげるね、パクリ!(イケボ)”“きゃ、口で直接なんて♡(裏声)”ってなるんですよねーわかりますー』
『『ならないよ!!』』
翌日、プラムの手を引いて不動産屋に行く。もちろんフィニも隣を飛んで付いてきている。
「今日から借りられる一軒家ってありますか?」
「いくつかありますよ。家の設備に要望とかありますか?」
「えっと、台所と寝具がすぐに使えるところがいいです」
「でしたらこちらの三件がオススメですね」
そう言って差し出された紙には家の間取りや詳細が描かれていた。
一つ目の物件は繁華街の近くに位置していて、庭はなく、水は近場にある共同井戸から汲んでくる必要があるもの。
二つ目の物件は住宅街にあり、庭があった。井戸も台所近くの扉から庭に出たところにあるようだ。
最後は郊外にある物件で、井戸がついた広い庭があるが背後に森があって、低級の魔物が姿を見せることがあるという問題点があった。
「説明文だけだと分からないことも多いでしょうから、一度見に行ってみますか? 案内しますよ」
「でしたらお願いします」
それから不動産屋の人の後をついて物件を見てまわった。
目の見えないプラムを連れ回してしまうことに忌避感はあったけど、意外にも彼女は楽しそうにしていた。
『エディと手を繋いでたら全然怖くないからねー。それにお留守番で寂しい思いをするのはイヤ』
ということらしい。
ずっと無言でいても変に思われるため、念話で話しながらも全く同じ内容を口でも話す、ということをして不信感を持たれないように努めた。
「お二方はカップルなんですか?」
「僕たちはカップルかって——ええ⁉︎ なんでそうなるんですか⁉︎」
「カップル……プラムとエディがカップル……」
「フドーさんの人鋭い! ズバリ正解だよ!」
『フィニ⁉︎』
『だってそう言っておかないと手を繋いでるの怪しまれるでしょ?』
『それもそうか……』
『エディとカップル……』
プラムが頰を染めながら呟いた。
僕はしばらく呆然としてしまう。今までプラムは相棒で家族だと思っていたが、それだけでは説明のつかない愛着がプラムに対してあった。
それが、僕はプラムのことが好きなのだ、と考えると腑に落ちた。
一応プラムは魔物だが、プラムはどんどんと人間の女の子らしくなっている。僕はもう彼女を従魔として見ることなんてできなくなっていた。魔物であることなんて全く気にならない。
そして彼女への恋愛感情を自覚した途端に、彼女は自分のことをどのように思っているのだろうかと疑問を抱いた。
好かれてはいるが、それは果たして恋愛感情なのだろうか? それとも先ほどまでエディがそう思っていたような家族愛なのだろうか。
『エディ! 腕組もっ!』
『う、うん……』
率先して恋人のふりを楽しむプラム。
エディは、それがおままごとでお嫁さん役になりたがるような子供じみた憧れからくる振る舞いなのか、それとも彼自身を意識した行為なのか判別できずに、ただただされるがままになっていた。
◇◇◇
エディとプラムが恋人のふりをしている間、腕を組む二人を後ろから見ている者がいた。
紫がかった長い黒髪をもつ、美しい少女だった。
「あの人は……そう、この街に来ていたんですのね」
そう呟き、少女は笑みを浮かべる。そして近づこうとしたが、先行している者が父の部下であることを確認すると、より一層笑みを深くして踵を返した。