第十七話 食人花とにわか雨
センティコアの討伐を終え宿に帰ったエディたちだったが、ふとプラムが右手に怪我を負っていることに気づいた。
手の甲の部分が内出血を起こして赤く腫れていたのだ。
「プラム、その手大丈夫?」
「え? あ、多分牛さん殴った時のやつだ。全然痛くないから大丈夫だよ?」
「そう? でも一応回復薬を掛けておこうか」
エディは魔法薬の一種である、外傷を癒す作用のある薬をプラムの拳に振りかけた。
さらさらと流れ出た液体はプラムの肌に触れた途端に消滅し、みるみるうちに手の腫れが治った。
「エディありがと」
「どういたしまして」
「ねぇねぇ、二人は治癒の魔法は使えないの?」
「怪我をする状況がないから練習ができないんだよね。あってもプラムを練習台にするのが嫌だから今みたいに回復薬使っちゃうだろうし」
魔法書によれば失敗しても不発に終わるだけで害はないらしいけど。
「エディ、プラムは別に気にしないよ?」
「でもなぁ……」
「それならエディが怪我した時はプラムが、プラムが怪我した時はエディが治癒魔法の練習をするように約束しようよ」
「それなら自分でやる方が良くない?」
「プラムはエディに治したもらった方が嬉しいから!」
堂々と言い切ったプラム。
そう言われれば、エディとしてもプラムに治してもらった方が嬉しい。
とりあえず今後お互いの傷を治しあうということで話は着いた。
「なんかいいなぁ〜。フィニも魔法使えるようになりたい! 二人が戦っている時見てるだけなのつまんない!」
いつまでも非戦闘員でいるのが寂しかったのだろう、フィニも一緒に戦いたいと言い出した。
「なら、まずは〈魔力操作〉のスキルを授かれるように頑張らないとね」
「どうすればいいの?」
「普通は魔導具っていうもので練習するんだけど……プラム、頼める?」
「いいよー」
「な、何をするの?」
妖精の小さな手をプラムに指先で摘まれたフィニは、何をされるのかわからない不安から少し怯えていた。
「プラムにフィニの魔力を吸い出してもらうんだ。その時に魔力が動くのが分かると思う」
「じゃあ吸うよー」
「おおお、お手柔らかにお願いしま——ひゅうん⁉︎」
今まで一度も動かしたことのない魔力が急に動いた衝撃で、フィニはかわいらしい悲鳴をあげた。
「びっくりしたぁ……なんかずいっ、ってなったけどこれが魔力?」
「うん。魔力を捉えることができたら、あとはそれを動かせるようになるだけだよ」
「フィニ頑張る!」
息巻くフィニの小さな頭を指先で撫でてあげると彼女は歯を見せて笑った。
翌日からクレイトンを発ったエディたちだったが、二日ほど移動した先で通りかかった小さな村にある神殿で見てもらうと、フィニは早くも〈魔力操作〉を授かった。
すぐに二人みたいに四属性の魔法を覚えてやるーと鼻息を荒くしていたフィニだったが、風の魔法はすぐに使えるようになったものの、何週間経ってもそれ以外の属性を使えるようにはならなかった。
どうやら種族柄風属性との親和性が高い反面、そのほかとの相性が悪いらしい。
しかし、風の魔法のスペシャリストとなっていたためフィニが落ち込むことはなかった。
◇◇◇
季節は秋。素材集めの旅に出てから三ヶ月が経った、エレベンの月のある日の朝のこと。
その日はカーニバルフラワーという魔物を狩りにいく日だった。
カニバルフラワーは食人花とも呼ばれ、読んで字のごとく人間を襲って食料にしている花の化け物である。
秋になると実を結ぶのだが、この中に含まれる種が魔法薬の素材なのだ。
いつものようにプラムとフィニが起きる前に着替えを済ませ、彼女たちが起きるのを魔道書を読みながら待つ。
二人が目を覚ましたところで、エディは二人に配慮して部屋を出て着替えが終わるのを待った。
「エディ、おまたせ」
「お待たせ〜!」
「それじゃあご飯にしようか」
「ごっはん〜ごっはん〜♪」
陽気に食堂のある一階へと降りていくフィニに苦笑を浮かべながらエディたちはフィニの後を追った。
階段を下りている途中、プラムが突然悲鳴をあげた。
どうしたことかと振り向くと——
「え⁉︎」
階段を踏み外したプラムがすぐそこに迫ってきていた。
なんとか受け止めようと彼女を抱くが、階段では到底踏ん張ることはできず、二人で階段を転げ落ちていく。
「うわぁびっくりしたー」
「エディ、ごめん……」
「大丈夫? 怪我はない?」
「うん、エディが守ってくれたから。それにアパレルも着ているし」
「なら良かった」
「エディこそ頭とか打ってない? 後ろ向けに落ちてたけど……」
「大丈夫だよ。アパレル装備様様だね」
そうして笑いあっていると、食堂の方からフィニが戻って来た。
「すごい音したけど大丈夫〜? って朝っぱらから階段の踊り場で何くっついてるの?」
「「あ……」」
エディに覆いかぶさる形になっていたプラムは、謝りながら慌てて身体を退かした。
「早く行かないとコーンスープが冷めるよ!」
そう言ってフィニはいそいそと食堂へ戻って行った。
「朝ごはんはコーンスープなんだね」
「うん、壮絶なネタバレを食らってしまった」
埃を払って立ち上がったエディとプラムは、他愛ない話をしながら今度こそ食堂に向かった。
朝ごはんを食べたエディたちはカニバルフラワーが生息するそでひきの森へと足を運んだ。
この森は植物系の魔物が多く棲み、懐かしいワンダーウッドの姿も見ることができた。
「トリプル〈エアカッター〉!」
フィニが魔法を放つと、ワンダーウッドが縦に三つに切り裂かれた。
「ふっふっふー。三枚に下ろしてやったのだよ。フィニの風魔法は百発百中、風の申し子とはフィニのことだ!」
「ねぇエディ、トリプルってことは三つ放ったってことだよね」
「そうだね。三つに裂けたってことは二つしか当たってないってことだね」
「「あれ、百発百中?」」
「うるさーい! 言葉の綾っていうやつなの!」
そんな他愛のない話をしながらも、警戒は緩めず森の中を進んでいく。
「あ、あれじゃないかな?」
「エディ、どれ?」
「多分あれが人食い花さんだ! うひゃー、おっきい口!」
遠目に見えたカニバルフラワーはチューリップのような構造をしていて、花の中央に鋭い歯が並んだ口が付いている。
根元の大きな葉が密集した部分には毒々しいまでに赤い実が二、三個実っていて、一回目にして実を付けた個体に出会うことができたことにエディはうっすらと笑みを浮かべていた。
「あんな細っこい茎、フィニがへし折ってやるー!〈ウインドブラスト〉!」
フィニの魔法がまっすぐ食人花に向かっていく。
すぐに倒れると思った食人花はしかし、自在に動くツルで大きな風の弾丸を防いでみせた。
「それならこれはどうだ! 〈フレイムアロー〉!」
植物には炎を。距離を詰めていたエディは炎の矢を放った。
敵はツルによって直撃を防ぐが、その代わりにツルが燃え上がった。
だが——
「「な⁉︎」」
燃え上がったツルがエディの方へと伸びて来た。
「エディ危ない! 〈ウインドカッター〉!」
エディが後退するより速く伸びるツルは、フィニが中程で切り落としたことでその伸長を止めた。
水の魔法は論外であるので、これで遠距離から放てる魔法は全滅してしまったことになる。
「後は土の魔法を……あーもう! ツルが邪魔で近づこうにも近づけないって——きゃあ⁉︎」
土の魔法が届く範囲に近づこうとしたプラムは、足元から近づいて来ていたツルによって足をすくわれてしまった。
抵抗する暇も無くそのまま持ち上げられてしまい、プラムは逆さづりになってしまう。
ここで、まさかの事態が発生した。
スカートが重力に従ってめくれ上がってしまったのだ。
アパレル装備は服にかかった魔法によって肌を晒している部分も守ることができる。そのためおめかしをしたまま戦闘ができるというのがアパレル装備が好まれる一因であるのだが、この状況ではそれが裏目に出てしまった。
つまり——プラムのパンツが丸見えになってしまったのである。
「エディは見にゃいでええええええええ!」
食人花は人質を自分と敵との間に持っていくという戦法を取っているだけだが、プラムからすれば下着を晒した状況で常にエディの前に連れていかれるということに他ならず、たまったものではなかった。
「なんでエディの方なのおおおおお⁉︎」
プラムはフィニの姿を探すが見つからない。
それは当然だった。
『フィニは姿を消してるもんね〜』
そして気配も魔力も全てを遮断して、カーニバルフラワーに接近したフィニは、ゼロ距離から茎に向かって風の刃を放つ。
カーニバルフラワーは中程から真っ二つになり絶命した。
「え……⁉︎」
プラムを捕まえていたツルは突然力を失い、彼女は宙へと放り出された。
そのまま頭をぶつける事を覚悟したプラムだったが、フィニの行動を読んでいたエディは無理なくプラムを受け止める。
「あ、ありがと……」
プラムはホッとした表情を浮かべながら、下着を見られた恥ずかしさから顔を赤くしていた。
そうしてフィニの活躍によりなんとか食人花の種を手に入れることができたエディたちだったが、帰り道のプラムは羞恥に頬を染めて始終無言だった。
街に戻った後、ハーフパンツタイプのアパレルに買い換えることを提案したが、プラムは首を横に振った。
「だって、エディがかわいいって言ってくれた格好だから……」
そう言って、彼女は一層頬を赤くした。
風のスペシャリストは空気になっていた。
「風だけにね!(泣)」
◇◇◇
エレベンの月のある日のこと。
エディとプラムとフィニの三人は、次の街に向けてゆっくりと森を歩いていた。
木と木の間隔がとても広く、見晴らしがいい分、魔物の警戒も楽であった。
実力もかなり付いてきて、警戒しながらの行進に慣れたエディたちからすればピクニック気分で森を歩ける……はずだったのだが、空には灰色の雲が波打ちながら広がっていて、とてもじゃないがそんな気分にはなれない。
「嫌な天気だね〜」
プラムが眉をひそめて見上げた。
ともすればくもり空を不機嫌そうに見上げてるように見える表情だけど、そうではないことをエディは知っていた。
「プラム、また眉間にシワが寄ってるよ」
「え、うそ⁉︎」
「まあ、曇りの日は仕方ないね」
呪いの所為か、最近になってプラムの視力は著しく低下した。と言っても、盲目というほどではなく、輪郭がぼやけて見えるようになったくらいで一応はおさまっている。
そして曇りのときはかなり調子が悪くなるらしく、ふとした拍子に目を凝らして険しい顔になってしまうようだ。
魔法使いで中距離から攻撃できることと、経験による勘のおかげでなんとか戦闘には参加できているものの、そろそろ狩の時には留守番させることを考えないといけないのかもしれない。
プラムが躓いても大丈夫なように手を引きながら歩いていると、フィニが唐突に「あっ!」と声をあげた。
「どうしたの? 魔物?」
「ううん。天気が変わりそう。もう少しすれば雨が降ってくると思う」
自称風のスペシャリストであるフィニが天気の崩れを知らせてくれる。
妖精である彼女は、もともと風との親和性が高く、風の魔法を極めるうちに天気がなんとなく読めるようになっていた。
急な天気の崩れはギリギリまで予測できないそうだけど。
「まあ仕方ないね。雨宿りできる場所を探そう」
「それならフィニが探してくるよ!」
そう言うとフィニは空高く飛び上がって行った。
しばらくして帰ってきたフィニの案内で洞穴に向かっていると、途中から冷たい雨が降り始めた。
ポツリポツリと降り出した雨はすぐにバケツをひっくり返したような雨へと変わり、洞穴についた時には、三人はビチョビチョになっていた。
洞穴の死角に何も潜んでいないことを確認したあと、火を起こして装備を脱ぐ。
クレイトン以来だったアパレルの水着に着替えてから、エディたちは焚き火を取り囲んで暖まる。
「はぁ、雨かー」
洞穴の外は激しい雨のせいでくすんだ白色の世界が広がっていた。
その光景を見ているとなんとなく淋しさのような感情が込み上げてきて自然とため息を吐いてしまう。
「雨が降ると憂鬱だよなぁ」
「そう? プラムは雨好きだよ?」
「どうして?」
プラムの方を振り向くと、彼女はニコニコしながらエディに肩を寄せてきた。
お互い水着のために肩が直接触れ、エディは少しドキドキしたが努めて平静を装いながら理由を尋ねた。
「だって、雨が降るとエディとたくさん遊べるんだもん」
そういえばプラムが変身できるようになる前は雨が降ると暇に任せて一日中、プラムを弄り回していたっけ。
「またなでなでして欲しいなー」
プラムが頭をもたれさせると、しっとりとしたさくらんぼ色の髪がさらりとエディの肩にかかった。
「えーっと……。はい」
「えへへ」
プラムの頭を撫でるのは初めてではないが、なぜか少しだけ体に触るのが躊躇われた。エディはそのことに少し疑問を抱きながらプラムの頭に手を置いた。
プラムは嬉しいそうに笑った。
「ハイハイ、菓子うま菓子うまー」
空気の妖精は焚き火の挟んだ二人の反対側で、口を尖らせながらお菓子を貪っていた。