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第十六話 亀と牛

 翌日、エディたちはコラルタートルの討伐をするため沖に出ていた。


 船を持っていないので、水面歩行の魔法で水面の上を歩いて来た。


「それじゃあ、いよいよだね……」


 エディは少し緊張しながら魔法を唱える。


「〈ダイブ〉!」


 すると三人の体の表面を見えないヴェールが包み込む。


 この魔法は水中を自由に動き回るための魔法だ。バートンを出発してからの道中に習得して、昨日のうちに僕もプラムも〈スキル〉を授かり済みだ。


 魔法が掛かったと分かると、プラムは水面歩行の魔法を解除する。そして海の中に入った。


『すごーい! 水の中なのに息ができる!』

『気持ちいいねー』


 わざわざ二人で役割を分担しているのは、複数の魔法を同時に使うことができないからだ。


 魔法の同時展開は、針の穴に両側から同時に糸を通すようなものだと言われていて、絶対に不可能というわけではないが、かなりの集中力と技量が問われる。


 熟練者の中にはいくつもの魔法を同時に使える者もいるが、エディたちはまだその段階に達していなかった。


 しばらく水中で飛び回り、水中遊泳を楽しんだあと、三人は海底へと向かって行った。


 〈スカウト〉のスキルをもつフィニにコラルタートルの捜索を頼み、エディとプラムはその後に着いて行く。


 海底に広がるサンゴの森の美しさに息を飲みつつ泳いでいると、十分ほどで目的の魔物を発見した。


 泳ぐことには適していないであろう、そのずんぐりした図体を運ぶコラルタートルはまだこちらに気づいていない。


『使えるのは土と水と風の魔法だったよね』

『ふたりとも頑張ってー』


 非戦闘員のフィニは少し離れた岩の陰に隠れながら念話でエールを送ってくれる。


『〈ウインドカッター〉!』


 プラムはコラルタートルへと攻撃を仕掛けた。


 水中だと水と風の魔法の機動が地上でのそれとまったくもって入れ変わってしまう。


 だがどちらの魔法の制御も手馴れているエディたちには関係がなかった。


 空気の刃がコラルタートルに迫る。


 しかし、甲羅に当たった魔法はあらぬ方向へと逸れていった。


『あの甲羅、魔法をそらすみたいだ……』

『顔を狙って行くしかないね』


 せっかくの奇襲を生かすことができないまま、コラルタートルに存在を知られてしまった。


 だが、


『よし、こっち向いた! 〈クレイニードル〉』

『ちょっとプラム⁉︎ あ……』


 以前よりも速さと鋭さが増したプラムのクレイニードルによって、コラルタートルは喉を一突きされて倒れてしまった。


 こんなにあっさり終わっていいのだろうか。


 エディは拍子抜けしていたが、そもそもコラルタートルの発見が難しい上に、水属性の〈ダイブ〉の魔法が掛かった状況下で、物理的な貫通力の強い土魔法で狙い撃ちしたからこその成果であることを忘れてはならない。


 ともあれ、こうしてエディたちは桃色珊瑚の入手に成功したのだった。




◇◇◇




 その後、海の幸を楽しんだり露店をひやかしたりしながらゆっくりと休養をとった。


「次はどこの街に行くの?」


 ベッドで魔道書を読んでいると、バスタオルを頭に被せているプラムが尋ねてきた。


 肌にこびりついた塩気を落とすために浴場に行ったはずだけど、いつの間にか帰ってきたみたいだ。


 しっとりと濡れた赤い髪が妙に艶めかしい。


 見ると一緒に行ってきたフィニもすっきりした顔をしていた。


 エディは少し考えてから予定を告げる。


「まだしばらくこの街にいようと思う。次に集めようと思っている素材が手に入れられるチャンスが少し先なんだ」

「時期が合わなかったの?」

「いや、むしろ時期はちょうどいいよ」


 首をかしげる二人に、エディは詳しいことを説明する。


 次に狙っている素材はセンティコアという魔物のツノだ。


 この魔物は自由に動かせる二本のツノを持っている牛の魔物で、性格は外敵に対して非常に獰猛。群れで行動しながら季節に合わせて大草原を移動しているため、遭遇するには時期を選ぶ必要がある。


「もう少しでセンティコアの群れがこの街の近くの草原を通るから、その時に冒険者が駆り出されることになってるんだ」

「なるほどー。それがもう少ししたらあるんだね」


 プラムはふんふんと頷いた。


 本当なら早く素材を集めてしまいたいんだけど、時期が限られるものばかりは仕方がない。


 召集がかかるその日まで、エディは周囲の魔物を借りながら他の素材のことを調べ回った。


 一週間後、とうとうセンティコアの群れが見えたという情報が入り、センティコアの討伐召集がかかった。


「二人とも行ってらっしゃーい!」


 フィニは手を振りながらエディとプラムを送り出す。


 今回は索敵の必要もないため、非戦闘員であるフィニはお留守番だ。


 告知された集合場所に向かうと十人くらいの冒険者が集まっていた。


「こんな大勢で狩りに行くのか」

「なんか卑怯じゃないかな?」


 プラムは魔物の立場になって感想を述べる。


 しかし僕たちの会話を聞いていた一人の冒険者が思い違いを正してくれた。


「卑怯なんかじゃないさ。センティコアの群れは二十頭以上いるんだぜ? 少ない人数で挑めば猛々しい暴れ牛どもに周りを囲まれてお陀仏だ。お前さんたちが優秀な魔法使いっていう噂は聞いているが、集団を相手にしたことはないんだろ? 相手が集団の時は当たり前だが一体に攻撃している間に別の奴が攻撃をしかけてくる。なかなか対処できるもんじゃねぇぞ?」


「なるほど。じゃあ相手が多い時はどうするんですか?」


「一体だけを集団から引き離して戦うのが理想だな。そうでなければできるだけヒットアンドアウェイに徹するってのもいい。そしてセンティコアの群れを相手にするときには、ある道具を使うのが通例だったりする」


「道具ですか?」


「ああ、魔酔木って知ってるか? この木を焚いたときに出る煙をセンティコアに吸わせると、どう猛な性格が一転して大人しくなるんだ。攻撃すればさすがに反撃されるが、何もしなけりゃ襲ってこなくなるんだ」


「そんなものがあるんですね。それって今回も?」

「ああ。ギルドが用意してくれているはずだ」


 他にも魔酔木を焚くのはセンティコアを逃がすためでもあると聞き驚いた。


 普通なら誰彼構わず襲ってくるため対峙した者が生きて帰るためには群れを全滅させる必要があるが、魔酔木によって大人しくなったセンティコアは逃げ出すという手段も取るようになるため、群れを全滅させずに済む。


 そんな話をきいて、エディたちは集団戦は何から何まで勝手が違うということを理解する。


 時間になり、エディたちは他の冒険者たちと共に草原へとやってきた。


 遠くの方にセンティコアの茶色い影が見えてきたところで、ギルドから派遣されてきた者が参加者全員に魔酔木から作った松明を配っていく。


「今渡した松明は魔酔木によって作られた、魔物を酩酊状態にする煙を出す物です。この香りを嗅ぐとマンティコアは凶暴性を失います。それでは、火を付けたら各自で風上に移動してください」


 指示に従い、火の魔法で松明に火をつけたエディとプラムは、センティコアに気づかれないよう速やかに風上へと移動を始める。


 身体を伏せながらセンティコアの様子を確認していると、絶えず聞こえていた怒ったような鳴き声が次第に聞こえなくなってきた。


 仕掛けるタイミングを判断しかねていると、草むらから一人の冒険者が飛び出した。


 先ほどエディたちに魔酔木のことを教えてくれた人だった。


 そして次々と人影が飛び出していく。


 エディも立ち上がろうとするが、それを拒む者がいた。プラムだ。


「エディ……」

「どうしたの? って、んん⁉︎」


 俄かに唇に柔らかいものが触れた。


「ちゅっ……。えへへ〜、ふぁ〜すときす、えでぃにあげちゃったぁ〜♪」

「〜〜⁉︎」


 袖を引っ張られて振り向いた瞬間プラム唇を奪われ、エディは思考停止に陥った。


 彼女は起き上がりかけていたエディを押し倒すと、彼の身体を抱き枕のように抱きしめ頬ずりをし始める。


「ちょ⁉︎ プラム⁉︎」

「えでぃだあ〜いしゅきぃ〜♪」


 振りほどこうとしても、異様に力が強くなっていて、プラムはまったくびくともしなかった。


「なんでプラムがこんなことに……。あ⁉︎」


 そういえば、ギルドから来た人は「魔物を酩酊状態にする」と言っていた。すでに他の冒険者から魔酔木の話は聞いていたので話半分に聞いていたが、センティコアだけに効果を及ぼすとは一言も言っていなかった。


 もしかすると——いやもしかしなくてもプラムは魔酔木の煙の所為でお酒に酔ったような状態になっている⁉︎


 プラムは甘え上戸なのかと、こんな時に知らなくてもいい事実を発見しながらも、エディはプラムの力の強さに驚いていた。


 魔酔木は魔物を酩酊状態にする毒を持っており、その毒は、根・茎・花・種、果ては燃やした時に出る煙にまで含まれている。


 この毒がセンティコア以外に使われないのは、他の魔物だと効果が個体によって変わることが理由としてあげられる。


 酒に酔った人間の振る舞いが皆それぞれ違うように、魔物の泥酔状態も様々なのだ。


 むしろ種族全体で効果が同じセンティコアの方が全体的に見れば異例なのだ。


 だがしかし、マタタビを与えられた猫は皆蕩けるようになるとはいえその程度に差はあるように、魔酔木の毒でセンティコアが沈静化する程度も個体によってばらつきがある。


 少々獰猛さを残したセンティコアがエディにじゃれつくプラムを発見し、近づいて来ていた。


 エディはいち早くそれに気づいたが、プラムは気づいていないのか、まったく近づく危険の方を見ない。


「プラム! センティコアが来たからそろそろ止めて!」

「あ〜んえでぃ、いじわるいわないでよぅ♪」


 プラムは依然として聞く耳を持たない。


 そしてとうとうセンティコアが二人のすぐそばまでやってくる。


 ブモオオオオオオ! と凄まじい雄叫びを上げツノを掲げたセンティコアに対してプラムは——


「うるひゃい! じゃましにゃいで!」


 ドゴォと一発、暴れ牛の顔面を殴り撃沈させた。


「うわぁ……」


 エディは自分の顔から血の気が引いていくのをまざまざと感じていた。


 今のプラムの機嫌を損ねるとマズイ。


 そう判断したエディは、プラムが満足するまで彼女の玩具に徹するしかなかった。


 その後、無事にセンティコアのツノを入手したエディとプラムは、他の冒険者に白い目で見られながら街へ戻った。


「……」


 正気に戻ったときには記憶が無かった、なんてこともなく、魔酔木の毒が完全に抜けたプラムは耳まで赤くして俯いていた。


 並んで歩いてはいるものの微妙に距離を開けている彼女を見て、エディはどう声をかけるべきかと頬を掻いた。


「プラム……ごめん」

「ううん、エディは悪くないよ。ただ、あんなことしたのが恥ずかしいの……」


 キスのことだろうか。その辺りは女の子にとってデリケートな部分なので、エディとしてはさらに言葉に困ってしまう。


 言葉を探していると、プラムが再び口を開いた。


「エディは嫌だったよね……」

「え? 何が?」

「その……プラムとちゅうするの……スライムだし」

「ううん。嫌なわけないよ、スライムとかも関係ないよ」

「ほんと?」

「ほんとほんと! プラムとキスして嬉びこそすれ、嫌だなんで感じないって!」

「……エディは嬉しかったの?」

「え⁉︎ それはその……ほら……はい、嬉しかったです」

「……えへへ」


 プラムは照れ臭そうに笑うけど、なんだか僕の方が無性に恥ずかしくなって来た。


「エディの初めては誰だったの?」


 プラムは開き直ったのか、話題を変えようともせず、さらに話を掘り下げていく。


「……ラ……だよ」

「え? なんて?」

「プ、ラ、ムとのキスが初めてです!」

「そうなんだぁ〜うれしいなぁ〜」


 プラムは恥ずかしげもなくそう言った。


 いつの間にか顔を赤くしているのはエディの方になっていて、二人の距離はプラムによって縮められていた。


「だああああああああああああ!! 砂糖吐くわああああ!!!!」

「「わぁ⁉︎」」


 叫び声と共にフィニが唐突に目の前に姿を見せ、不意を突かれた二人は思わず声を上げてしまう。


「ふぃ、フィニ? いつからいたの?」

「最初っからだよ! 宿で二人を見送った後から!」

「ええ⁉︎ 最初ってそこから⁉︎」

「留守番してたんじゃないの?」

「チッチッチ、好奇心旺盛な妖精に留守番を任せるのは不可能なんだよプラムん。すぐに姿を消して跡をつけさせていただきました!」


 自慢げに言うフィニ。


「あれ、でも魔酔木の煙は大丈夫だったの?」

「え? 特になんともなかったけど?」


 実は妖精は、厳密には魔物とは違う生き物であるため魔酔木の毒が効かないのだ。


 その後フィニによって酔っ払いプラムの言動を第三者視点から語られ、プラムは再び顔を赤くするのであった。


 そして、「魔酔木で酔った少女が戦闘中にもかかわらず連れの少年といちゃついていた」と言う話はクレイトンの冒険者の間でちょっとした語り草になるのだが、二人がそのことを知ったのはずっと後になってからだった。

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