第十五話 旅立ちと海
断崖の賢者シャノンちゃんから、魔法薬の素材の詳細を記したメモをもらった後、色々話を聞きたいと言う彼女の提案で、家に泊まっていくことになった。
ふと疑問に思って獣神の加護〈共栄〉について聞いて見たところ、ちゃんとした説明が返って来た。
「その加護があると、信頼している仲間と共に切磋琢磨することでお互いが素早く成長できるようになるのじゃ。他にもその仲間が得意とすることが上手になったりするのじゃ」
薄々思っていたとおりだった。
「プラムがスライムから人になったのも加護のおかげじゃろう。スライムは知能が発達しておらんから、テイムしても話せんはずじゃ」
「確かに最初は空腹感か幸福感が伝わってくるだけでした。それもかなりうっすらと。でも一ヶ月くらい一緒に過ごしていたら赤ちゃん言葉を話すようになりました」
「それから半年でここまで賢くなったのか。すごいもんじゃのう」
「あうぅ、恥ずかしいよぉ」
プラムは顔を赤くして、エディの口を塞ごうと手を伸ばしてくる。
それをあしらいつつ脳内にあるプラムの成長記録を暴露していく。
「しかし、子供の成長記録のようにも聞こえるが、こうして聞いているとただの惚気話にしか思えんじゃ」
「の、惚気話ってそんな……」
「じゃが、だった半年前なのじゃろ? それにさっきから『かわいかった』ばっかりなのじゃ」
恥ずかしがるプラムが面白くて調子に乗っていたけど、思い返せば確かにそうだったかもしれない。
冷静になったとたん、急に恥ずかしさがこみ上げてきた。
「あはは、エディもプラムも顔真っ赤だよ」
「はっはっは、瑞々しいのう」
その後しばらく、二人はまともに顔を合わせることができなかった。
翌日、朝食をご馳走になったあと、シャノンの家を後にした。
一先ずバートン戻ることにしたエディたちは、フィニの案内のもと三十分で森を抜けた。
振り返ると山の頂が遥か後方に見える。
「相変わらずすごいよねー」
「えっへん! まぁこの森だからできることだけどね。他の森だとできないよ」
門で従魔の証明書を作ってもらい、街を適当にぶらついていると、すれ違う人がチラチラと僕たちの方を見てくる。
きっと妖精が珍しいのだろう。
「おやおや、そこのお兄サンとお嬢サンと綺麗な羽の妖精サン、ダンジョンの情報はいかがッチュか?」
見回しながら歩いていると、往来の合間を器用に縫って見慣れた糸目が姿を見せた。お察しの通り情報屋のマウスだ。
「あはは、今は遠慮しとくよ。相変わらず探しているときに現れるね」
「まだまだッチュよ。様子を見る限り無事にテイムできたみたいッチュね。それにしても帰ってくるのが早かったッチュね」
「この子が森を案内してくれたからね。紹介するよ新しく仲間になった妖精のフィニアン。フィニ、この人はマウスさんだよ」
「よろしくッチュ!」
「どもどもー!」
そんな感じで挨拶を済ませると、マウスは礼を述べたあと「それじゃあ仕事に戻るッチュ」と行って再び往来の中に消えて行った。
「面白い人だねー、実は前にも会ってるのに。まぁその時フィニは姿消してたけど」
「そりゃ分かるわけないよ」
マウスの頼みも果たしたところで、エディはもどりの森で狩った魔物の素材を売りに行った。
売却金額はやはりというかすごい額になった。
「エディ、このあとどうするの?」
ギルドを出るとプラムが尋ねてくる。
「今日のところはこの街で休憩かな。宿でしっかりと疲れを取ってから、素材を集めに行こうと思う。でもその前に……」
「その前に?」
「フィニアンのスキルを授かりに行こう」
「すきる?」
フィニアンは可愛らしく首を傾げた。
「習得している技能を神様に認めてもらうんだ。スキルっていうのは言わば認印みたいなものかな」
「認めてもらったらどうなるの?」
「その技能がさらに上手に出来るようになるんだ」
「ヘェ〜。それなら行く行く!」
そして僕達はバートンの神殿に向かった。
神様に祈りを捧げたあと、神官から紙を受け取ると今までに授かったスキルの名前が炙り出しのように浮かび上がってくる。
僕とプラムのスキルはもどりの森に行く前からスキルの数は変わっていなかった。
「フィニアン、スキルがどうだったか見せてくれる?」
「はーい」
フィニアンから紙を受け取ると、エディは書かれている文字に目を落とす。
◆————————————◆
スキル:〈スカウト〉
〈ハイド〉
◆————————————◆
フィニアンは意外なことに魔力操作を覚えていなかった。妖精は魔法を使うイメージがあったんだけどな……戦闘にも向いていないようだ。
しかしながら、感覚に優れ、姿が見えない敵にも気づくことができる〈スカウト〉や、気配や姿を隠す〈ハイド〉のスキルがあり、危険を避けて行動することが得意そうだと一目で分かった。
「フィニアンと一緒だと魔物に不意を突かれることはなさそうだね」
「オーボエに乗った気持ちでいたらいいよ!」
「それを言うなら大船でしょ? オーボエに乗れるのはフィニだけだよ」
「プラムん、細かいことは気にしちゃだめだよ!」
「プラムん?」
「そ! そっちの方が可愛いでしょ?」
エディは、フィニと仲良く他愛ないやりとりをするプラムを見て安堵の笑みを浮かべながら、バートンの神殿を後にした。
翌日、バートンを出た三人は西に向かって道を歩いていた。
「ねぇエディ、これから向かう街って何て街なの?」
「クレイトンという街だよ。海に面していて観光業が盛んらしいんだ」
「「海かぁ……」」
プラムもフィニもわくわくを隠しきれていない顔をしていた。
エディも話で聞いたことはあったが実際に海を見たことはまだなかった。
フィニが魔物のいない道を教えてくれるため旅は順調に進み、五日ほどでクレイトンに着くことができた。
「なんか風がべたっとしてる?」
「エディ、海見に行こうよ!」
「とりあえず倒した魔物を売って、宿を取ってからね」
いつになくはしゃぐプラムを宥めつつ、エディは一つ一つ用事を済ませていく。
途中でフィニの姿が見えなくなったけど、念話で聞くまでもなくプラムが行き先を知っていた。どうやら一足先に海を見に行ったようだった。
「プラムも一緒に行ってきたらよかったのに」
「ううん。プラムはエディと一緒がいいの」
「そっか。じゃあ後で一緒に見に行こっか」
「うん!」
プラムは本当に素直で健気でかわいい。
フィニもかわいいけど、あの子の場合は好奇心に忠実で子供っぽいかわいさだ。
町に着いたら済ませておくべきことを片付けた後は、プラムに腕を引かれながら浜辺へと向かった。
「へぇ……」
「すっごい! ひっろ〜〜い!!!」
砂浜に着いた僕達は、あまりの見晴らしの良さに驚いていた。
見渡す限りの青い海は終わりが見えず、想像もつかないほど遠い場所で空の端っことくっついていた。
「空と海がくっついてる場所に行ったらどうなるのかなぁ」
「さぁ……そもそも、見えてはいるのにどれぐらい離れてるか見当もつかないよ」
そうして海の雄大さに心を奪われていると、空からフィニが戻ってきた。
「エディエディ! フィニたちも泳ごうよ!」
「そうは言っても……」
エディは改めて浜辺で遊んでいる人々に目を向ける。
彼らは皆、露出度の高いカラフルな服を身につけていた。
「僕達、水着持ってないからまずは買いに行かなきゃ」
「水着?」
「周りの人が着てるでしょ? 水遊びするときに着る、濡れてもいい服のことだよ」
「じゃあ早く買いに行こう!」
そう言ってフィニは浜辺の近くにある水着を売っている店を指差した。
しかし、エディはそこで水着を買うつもりはなかった。
「あそこでは買わないよ。もっといいのを買おう」
「いいのって?」
「アパレル装備だよ」
クレイトンはサンゴ海という海に面していて、その海の美しさから観光都市として名を馳せている。
また、サンゴの名産地でもありクレイトン産のサンゴは非常に高値で取引される。
そのため一攫千金を夢見てやってくる冒険者が後を絶たない。
もちろん、乱獲を防ぐため領主の許可がない限りサンゴをとってはいけない決まりになっている。
ではなぜ冒険者がやって来るのかというと、その秘密はある魔物にあった。
コラルタートルと呼ばれるその魔物は、このあたりの海域に住むウミガメの魔物で、その背中に生えているサンゴ——桃色珊瑚——はそれこそ家が建つほどの価値を持っている。
この桃色珊瑚は魔物の体の一部であるために獲ることが禁止されておらず、冒険者はこぞってコラルタートルを捕獲しようと海に潜るのだ。
今回エディがこの街に来たのはこの桃色珊瑚を手に入れるためだ。
そのためどうせ買うのなら水中用に作られたアパレル装備を、という訳であった。
「それじゃあアパレルショップへレッツゴー♪」
「可愛いのがあるといいねー」
フィニとプラムはわいわいと服を買いに行く話で盛り上がっている。先ほどまで海で遊ぶことばかり言っていたのに、変わり身の早いことだ。
しかしアパレル装備を取り扱う店に着いた途端二人の表情は暗くなった。
「フィニに合う水着が無いよぅ」
さすがに妖精サイズのアパレルは売っていなかったのだ。水着を選ぶことを楽しみにしていた彼女は泣きそうになりながらエディの頭にへたり込んだ。
一方のプラムはというと……
「どれも可愛いなぁ……」
ビキニタイプの水着を手に取り、寂しげな表情を浮かべていた。
彼女が落ち込んでいるのは、胸元の刻印のせいだ。
賢者の家に泊まった際、エディたちはこんな忠告をされた。
「できるだけ刻印は人目に晒さぬようにな。呪われた人間がいると知れば、よくない顔をする者もおる。それこそ腫れ物を扱うように邪険に扱う者もおるのじゃ。用心するように」
最近になって、呪いが進行しているのか胸の刻印が拡がり始めた。植物の蔦が這うようなその模様は、見識のある者ならすぐに呪いのそれと分かる。
そのためプラムは胸元が見える水着を着ることができないのだ。
「フィニ、頼んでみたらオーダーメイドで作ってもらえることになったよ!」
「プラム、このワンピースタイプの水着もかわいいよ!」
エディが必死になってフォローに徹した結果、二人はなんとか笑顔を取り戻した。
結局その日はプラムとエディの水着だけを購入し、海に行くことはしなかった。
翌日、水着を手に入れたフィニとともに三人で浜辺に遊びに行く。
プラムは落ち着いたピンクをベースにしつこくならない程度に白いフリルをあしらったワンピースタイプの水着を着ている。
胸元のフリルがなんとも可愛らしかった。
フィニは、こちらもワンピースタイプの白い水着だった。プラムに合わせた訳ではなく、服の表面積が小さすぎると身体を護る魔法の効果が付与できないため、ビキニタイプを諦めざるを得なかったのだ。
ワンピースタイプにしてもまだ表面積が足りなかった分はヒラヒラした長いスカートをつけたり、お尻の部分に大きなリボンをつけたりと様々な工夫をされている。
それらがデザインとしてしっかり成り立っているあたり製作者のセンスの良さがよくわかる。
楽しそうにはしゃぐ二人の顔には一切影がなく、エディたちはとても楽しい時間を過ごすことができた。
しかし、そんな時間は一人の男によって妨げられた。
「あっれええええ? エディ君じゃないかぁ!」
「なんでここにいるの?」
耳障りな声の主は、かつてアナスタシアにてエディの頭に火をつけたウーザのものだった。
エディは嫌悪感も隠さず彼を見やった。
「どこにいようと俺の自由じゃないかなぁ? ここには俺の彼女にふさわしい人を探しにきた訳だけどね!」
何かと思えばナンパなのか……。
「黒髪のあの子——テラローシャはどうしたの?」
「はっ、あいつは所詮俺の素晴らしさに気づけなかった間抜けなやつだよ」
ああ、振られたんだな。
まともな人なら街中で殺傷力の高い魔法をぶっ放す人とは一緒に居たくないだろう。
「それで、何の用? 暇なの?」
嫌悪感を隠すどころか、むしろ丸出しにして尋ねるがウーザはどこ吹く風だった。
「君に用はないよ。用があるのはそこのお嬢さんと妖精だ」
ウーザはくるりと二人の方を向いた。
「プラムはお前なんかに用はないから」
プラムからは早くも親の仇を見るような険しい目線がウーザへと送られている。
「プラムちゃんっていうのか、こんな愚図より、俺の方がよっぽどしっかりエスコートできるぜ? そんな難しい顔してると可愛いの顔が台無しだぜ、プラムちゃん」
「……エディ、吐きそう」
「そこの妖精さんも俺に着いてきた方がずっと楽しい思いができるぜ? ああ、ずっと妖精さんって呼ぶのも悪いな、名前を教えてくれないか?」
「いやです。気持ち悪い人に名前を教えちゃダメって、鏡の前にいる自分に教わりました」
鏡の向こうならともかく、鏡の前にいる自分って完全に自分のことだ。
完全に拒否されたウーザはどんどんと眉尻を釣り上げて行く。
「つべこべ言わずに俺と来るんだヨオオオオオ!」
「きゃあ⁉︎」
ウーザはプラムの肩に腕を回すと強引に身体を引き寄せた。
プラムは逃れようともがくが、男女の力の差のせいで抜け出すには至らない。
「触らないで!」
「プラムに触るな! 〈サンドアーム〉!」
「なっ——ぐべ⁉︎」「きゃ⁉︎」
二人の足元の砂を操り、プラムとウーザの間に潜り込ませ、二人を引き剥がす。
その際盛り上がった砂が勢い余ってウーザの顎を思いっきり殴ってしまったが、アー制御ガ甘カッタカー。
「うわ〜ん、エディ〜!」
「よしよし」
抱きついて来るプラムの頭を撫でていると、殴られて吹き飛んでいたウーザが起き上がる。
「てめぇ、よくも——」
「〈アースバインド〉」
「うずばぁ⁉︎」
ウーザの足元を陥没させ、首のあたりまで砂の中に埋めた。
「兵士さん、こっちです!」
その後騒ぎを見ていた人が呼んだ兵士がすぐにその場に駆けつけた。
色々と状況を聞かれたが周囲の人の証言もあり、正当防衛として公共の場で魔法を放ったことは不問にされた。
全身を砂だらけにしたウーザは痴漢や暴行未遂の罪で兵士に連れられて行った。
「あーもう、せっかく楽しんでいたのに〜」
プラムは不満を言いながら僕に身体を擦り付けてくる。
「何してるの?」
「嫌な臭いがついたからエディの匂いで上書きしてるの」
「一瞬触れたくらいで、臭いなんてつかないでしょ……」
「すりすり〜♪」
どうやら甘えたいだけのようだけど、プラムの機嫌が直ったならそれでいいか。
「そういえばフィニの姿が見えないけど?」
「あ、フィニならあいつに嫌がらせしに行くって言って飛んで行ったよ」
「え……まあ、フィニなら姿も消せるし大丈夫か」
そのあと帰ってきたフィニは達成感と満足感でいっぱいの表情を浮かべていた。
「目に玉ねぎ絞った汁ぶっかけてきた!」
どうなるか想像はできないけど、やばそうだなと思いました、まる