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第十四話 妖精と賢者

 夕食を終えて、夜を過ごすのに適した場所を探すこと三十分、大木の足元に隠れるのにちょうどいいうろ(﹅﹅)があるのを見つけ、その中で寝ることにした。


「ちょっと狭いかな?」

「くっついたら入れるよ〜。ほら、此処ここっ!」


 地面をてしてしと叩くプラムに急かされてエディは隣に腰を下ろした。


 案の定中は狭かったが、プラムは嫌がるどころかむしろ嬉しそうにしていて、エディも場所を変えようなんて言い出す気にはなれなかった。


 膝に抱えた魔法袋を漁り、臭い消しの魔法薬を飲む。その後二人で同じ毛布に包まった。旅人のマントを毛布の外側に掛けると眠る準備は万端だ。


 薄暗くなっていく森を眺めながら沈黙の時間が続く。


『ねぇ、エディ……』


 不意にプラムが頭をエディに預けてきた。


『プラムね、アナスタシアの宿よりバートンの宿より、エディのそばにいるときが一番落ち着くの……』

『わかるよ。僕もプラムといると落ち着く』

『えへへ。エディは他の魔物をテイムしてもプラムを捨てたりしないよね……?』


 念話で頭に響く声が酷く寂しげだった。


 僕はようやく、機会があれば妖精をテイムすると言ったのを不安に思っていることに気がついた。


 プラムは自分がスライムということにコンプレックスを抱えているのは分かっていた。だからこそスライムの姿で寝ていても人間でいたいという気持ちから知らぬ間に人の姿に変わっていたりするのだろう。


 弱い魔物として知られるスライムに対して、妖精はかなり強い——とまではいかなくても高等な部類に入る。


 プラムは、妖精が仲間になったら自分は用済みになるなんてことを考えているのかもしれない。


『捨てたりなんてするわけないよ。プラムは僕の大切な相棒で家族なんだから』

『かぞ……く? プラムはエディの家族なの?』

『もちろんだよ』

『でも、弱っちぃスライムだし、呪いにかかっためんどくさいやつだよ?』

『弱っちぃスライムは一流の冒険者にはなれないよ。プラムはマジックスライムでしょ? 弱っちぃスライムなんかじゃ絶対ない。それに呪いとかは関係ないよ。むしろ家族だからこそ(﹅﹅﹅﹅﹅)プラムの呪いを解かなくちゃならない』

『えへへ、なんか恥ずかしいなぁ……』


 プラムはもじもじしながらお尻を動かし、エディにぎゅっとくっついた。


『わ〜狭〜い』


 元気を取り戻したプラムに安心したエディは口角を緩める。


 その後、二人は互いのぬくもりを感じながらその日を終えた。



 翌朝、エディは鳥の鳴き声を聞いて目を覚ました。

 エディにもたれたまま眠っているプラムを、うろ(﹅﹅)の壁の方にもたれさせる。


 外に出ようと立ち上がったところで、出しっぱなしにしておいたお菓子の横に何かが転がっているのが目に止まった。


「……この子、妖精だよね」


 手のひらサイズの体に、その倍はあるかというほど大きな空色の翅。おとぎ話で語られるようなその姿は間違いなく妖精だった。


 妖精は見たところ女の子のようで、綺麗な金髪を地面に広げながら眠っていた。


 そして周辺には食べ散らかしたお菓子の痕跡があった。


「……泥棒はしっかり縛っておかないとね」


 エディは魔法袋から丈夫な糸を取り出すと、妖精の足とうろ(﹅﹅)の内側に生えていた枝とを結びつけた。


 しばらくして目を覚ましたプラムが外に出てきて状況を尋ねてくる。


 お菓子の泥棒だと教えると、プラムはあははとかわいらしく笑った。


「随分かわいらしいどろぼうさんだね」

「食べ終わって寝ちゃうなんてドジにもほどがあるけどね」


 二人で妖精を覗き込みながらそんな話をしていると、さすがに騒がしかったのか妖精が目を覚ました。


 僕たちの方を一瞥した妖精は、うんっと伸びをした後再び僕たちの方を向いて固まった。


「もしかして見えてる?」


 一瞬呆気にとられた二人は顔を見合わせた後、頷いた。


「ほんとに? ってああ、魔法が解けてる! それに足も縛られてる!」


 ひょえぇ〜とあたふたする妖精にエディもプラムも笑わずにはいられなかった。


 逃げないと約束させてから、糸を切ると妖精は二人の目線の高さまで浮かび上がった。


「それで、お菓子どろぼうさんはどうして僕たちに気づけたのかな?」


 エディが不安に思ったのはそこだった。


 臭いは消している上、旅人のマントのおかげで気配も消えているはずだ。万が一使い方に不備があったなら直せる時に直しておかなければならない。


 しかし返ってきた答えは意外なものだった。


「気づけたも何も、街にいた時からずっと後をついていってたんだよ?」

「「え?」」

「匂いと気配と魔力も姿も消していたから誰も気づかなかったと思うけど」

「ああ、だから森に入っても妖精を見つけられなかったのか」

「そゆこと」


 あまりにも見かけないので、本当に妖精が住んでいるのかと疑問に思わずにはいられなかったが、入念に隠れていたのか。


「それでエディは、妖精をテイムしたいんだよね? さあさあテイムしてちょうだい!」

「え?」

「ほっそーい目の人との話も聞いてたからね。知ってるんだー」


 それはいいとしても、なんか腑に落ちないな。


 あまりの急展開に困ってしまったエディは、ついついプラムを見てしまう。


 するとプラムは頰を膨らませてご立腹だった。


「いきなり『エディ』とか馴れ馴れしくなーい⁉︎」

「そこ⁉︎」


 まあこの機会を逃したら妖精とは会えなさそうだし、嫌がってないならテイムしてしまおう。


「〈テイム〉」

「わーい! これで堂々とお菓子を食べらりるー!」

「らりるーって……」


 嬉しそうに円を描いて飛び回る妖精を見てエディは困惑していた。


 まさか、こんなにあっさり妖精をテイムできるなんて……


「そうだ、テイムしたからには名前をつけないとね。金髪が綺麗だからフィニアンなんてどう?」

「フィニアンねー。うん、気に入った!」


 後々聞いたところによると、一昨日の夜、飴を食べて蓋を閉め忘れたのもフィニアンだそうで、プラムが「フィニが食べなければバレなかったのにー」とぷりぷり怒っていた。


「そういえばエディたちはこの森に人を探しに来たんだよね?」

「そうですー。断崖の賢者っていう人に会いにきたんですー」


 僕の頭の上に座るフィニに対抗しているのか、プラムは腕にぎゅっと抱きついている。


 やきもちを妬いてくれるのは嬉しいんだけど、さすがに歩きにくいというかなんというか。


 まあ、僕もプラムも魔法使いだから、こんな状況でも魔物は普通に倒せるんだけどね。


「頭の上はプラムの位置なのに」

「そうなんだ……変身できるようになってから久しく乗ってない気がするけど」


 そもそもここ数ヶ月スライムのプラムを見てないんだよね。


「そういえばプラムちゃんってスライムなんだよね? 見たことないから見てみたーい!」

「特等席を譲ってくれるならいいよー」

「譲る譲るー」


 フィニはふわりと飛んで今度は僕の肩に座った。


 それを確認したプラムは、満足そうに口角を上げる。


 見ていると次第に肌が透き通ってゆき、それに伴って身体のサイズがどんどん小さくなる。最後はピンクのスライムが服の襟からてっぺんだけをのぞかせているような状況になった。


『エディ〜服とって〜』

「はいはい」

『あ、やっぱりやめ——』


 エディはプラムに引っかかったアパレルを取り去った。


 するとスライムの半透明身体の向こうにあるプラムのパンツが見えてしまう。


『もう! エディ!』

「ごべぼぼぼ……⁉︎」


 エディの謝罪は、顔に飛びかかってきたプラムによって遮られる。


「あはは。魔物使いが従魔に襲われてる〜」


 いつの間にか離れていたフィニは、戯れる二人を見下ろしながら大笑いしていた。


 プラムがスライムの身体で器用に服を片付けるのを待ち、それから彼女を頭に乗せた。


 するとフィニはさらにその上に乗っかった。


「プラムは座布団じゃないよ!」

「いえーい! プラムちゃんすべすべしてて気持ちいい〜」

「むぅ〜こうしてやる!」

「あはは、揺れる揺れるー。お馬さんみたーい」

「何この状況……」


 二人の破天荒さについていけないエディは空を仰ごうにも、頭に乗った二人の所為で仰げなかった。


「あ、話が逸れちゃったけど断崖の賢者っていう人の場所なら多分わかるよー!」

「え?」

「この森に住んでる人間なんて一人しかいないからね〜最短ルートで案内するよ〜」

「すごく助かるよ」


 フィニが仲間になったおかげで手当たり次第で山の麓を探し回る必要がなくなった。


 その後、フィニの案内のもと森の中を進んでいく。


「そこ右に曲がって〜」

「あ、つぎは左に曲がって〜」

「そこは左〜」

「ここでまた左〜」


 ふざけているのかと思うほどくねくね曲がり、時には十回連続同じ方向に曲がる時もあったけど、驚くほどぐんぐん山に近づいていく。


「あ、見えたよー。多分あの家!」


 崖の足元にある小さな小屋にたどり着くまでに十分もかからなかった。


「妖精って……」

『すごいんだね……』

「えっへん!」




◇◇◇




 十メートルはあるだろうか、崖は上に行くにつれ迫り出していて巨大な壁が倒れてきているような迫力があった。


 そんな厳めしい崖の足元にめり込むようにしてレンガ造りの小屋が建てられており、小屋の煙突からはもくもくと灰色の煙が上がっている。


 ここに断崖の賢者が住んでいるのだろうか。


 分厚い木の扉についているノッカーを叩くこと数回。


「……もう来たのか」


 ドアの隙間から顔を覗かせたのは六歳くらいの女の子だった。


「『……え』」


 エディの声とプラムの念話が揃う。


 女の子は気まずそうに頬を掻いた。


「この姿なら驚くのも当然じゃの。信じられぬと思うが、わしが断崖の賢者じゃ。お主らのことは使い魔を通して見ておった。とりあえず上がりなさい」

「あ、はい。おじゃまします……」


 招きに従って玄関を跨いだものの、部屋に戻って行く幼女の背中を見て、エディたちは動揺を隠せなかった。


『断崖の賢者って女の人だったんだね……』

『プラム、驚くところはそこじゃないと思う』


 どこかズレたプラムにツッコミをしつつ、エディは賢者を名乗る女の子の後に着いて行く。


 賢者の歩幅は小さいためすぐに追いつくことができた。


 やがて彼女は一つの部屋の前で立ち止まると中で待っているようにと行ってから何処かへ行ってしまう。


 部屋を見回してみると、どうやら応接室らしい。


 膝の高さくらいの横長の机を挟んで、ソファーが向かい合って置かれている。


 また、壁には所狭しと本棚が並んでおり、床には入り切らなかった本が積まれている。


 ソファーの一つに座って待っていると、ドアの向こうから「おーい開けてくれー」という声がした。


 ドアを開けると、お茶を持った女の子が立っていた。


 彼女は四人分のお茶を用意するとソファーにぼふっと腰を下ろした。


「さて……円滑に話を進めるためにも、まずはわしの自己紹介からした方が良さそうじゃの。わしが断崖の賢者と呼ばれているシャノンじゃ。この姿は若返り薬で若返り過ぎた結果じゃ。あまり気にせんように」

「えっと、僕は魔物使いのエディといいます。こっちは従魔のプラムと——」

「同じく従魔のフィニアンです!」


「妖精の方はついさっきテイムしたやつじゃな。あんな奇妙なテイムの仕方は初めて見たのじゃ」

「それって、さっき言ってた使い魔ってやつですか?」

「ああそうじゃ。わしはこれでも偉い立場の人間での、人の都合も考えずに勧誘にやってくるような者たちが来たら分かるよう森に来る者を見張っておるのじゃ」

「なるほど、僕たちが来たのは迷惑でしたか?」

「いや、ここ数十年人と話しておらんくて退屈していたのじゃ。なかなか面白そうな者たちが来てくれたのには感謝しておるぞ。妖精にしてもそうじゃが、特にそこのプラムとやらは面白い」


 そう言うシャノンちゃ——シャノンさんの目には純粋な好奇心だけが映っていた。


「できれば人の姿になってくれんかの? 直に話してみたい」

「わかりました。プラム、お願いできる?」

『はーい。エディは、いいって言うまで向こう向いててね』

「分かってるよ」


 魔法袋から彼女の服を出すと、言われたとおりエディは身体ごとプラムから視線をそらす。


「なるほど……お主たちの要件がわかったのじゃ」


 胸の刻印を見たのだろう、シャノンちゃん——さんが納得して唸るのが聞こえた。


「エディよ、すまぬがしばらくそのままでいるのじゃ。先に呪いの構造を視ておきたい」

「は、はい。」


 壁のシミを数えること数分、プラムから「もういいよ」との声がかかり、エディは話の輪に戻った。


 シャノンちゃ——さんはソファーに深く腰を下ろし考え込んでいた。


「つまり……ここには呪いを解くための儀式を聞きに来たのじゃな?」

「はい。呪いは解けそうですか?」


 恐る恐る尋ねると、シャノンちゃんは可愛らしい笑みを浮かべる。


「安心せい。ちゃんと解く方法はあるのじゃ」


 それからシャノンちゃんは儀式というものの概略から説明し始めた。


 それによると、儀式は一般にイメージされる祈祷や演舞といったものだけではないそうだ。


 例えば、コカトリスという魔物と目が合うと「石化」の呪いにかかってしまう。石化の呪いにかかると数分から十数分の間に全身が石になってしまうのだが、完全に石になる前に専用に調合された魔法薬を飲むことで、石化の呪いを解くことができる。


 この場合「魔法薬を飲む」という行為自体が儀式である。


 むしろ祈祷にせよ演舞にせよ、儀式には必ず魔法薬が必要となるため、儀式の中心は魔法薬にあるといっても過言ではない。


「お主たちには、魔法薬の調合に足りない素材を集めて来てもらいたい」

「わかりました。お礼はどうすればいいでしょうか?」

「なあに、魔法薬を調合した時に素材を使い切るわけでもないのじゃ、余った素材をもらえるならそれでよい」

「そんなのでいいんですか?」

「勘違いするでないぞ? お主に持って来てもらう素材の中には、切れ端だけでかなりの値が付くものもあるのじゃからな」


 そう言って笑う彼女の瞳には、大長老らしい慈愛に満ちた光が宿っていた。

【妖精】

 背中に翅の生えた小さな人の姿をした生き物。人の本質を見抜くことができると言われている。姿を隠すのがうまく、滅多に人の前には姿を現さない。

 妖精の涙や鱗粉は利用価値の高い素材として知られ、一部の魔法使いには妖精を捕まえるために手段を問わない者もいる。

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