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第十二話 ダンジョンとアパレル

 戦闘に参加させてもらえることになったとは言え、結局その日僕たちが呼ばれたのはたった三回だった。


 出発から初めの休憩までの間は一度も魔物と遭遇しなかったことからも感じていたが、よく使われる道の周りは頻繁に魔物が狩られているため数が少ないのだ。


 少し拍子抜けしたが、夜行性の魔物にはまったく無関係のため、大きな道の近くだろうと夜の危険度は変わらないから勘違いしてはいけないと注意された。


 練習のためにと、夜の見張りにも参加させてもらったけれど、先の忠告の正しさを証明するかのように魔物が何回も襲ってきた。


 一時間に一回あるかないか程度だが、昼の時に比べればかなり忙しない。


 時間になって次の見張り役を起こした僕たちは、初めての遠出に加え、闇の中での警戒による精神的疲労も相まって、床に着いたそばから吸い込まれるように眠りについた。




◇◇◇




 初めての旅は慣れないことの連続で、一泊二日の移動を終えて街に着いた時は、長い長い安堵の息を漏らした。


 しかしこの街はただの通過点に過ぎず、その後さらに一週間かけて、ようやく目的地であるバートンに到着した。


 短い間だったが、集団での戦闘の立ち回り方や、夜営の基本を教えて貰ったりと、とても有意義な旅だったと思う。


 道中倒した魔物の素材は、ほとんど僕たちが貰うことになった。僕の魔法袋が無かったら捨てていたはずの物だから、ということらしい。


 おかげで売却して得た金額がすごいことになった。


 また、売る時に倒した魔物の詳細を聞いてマルチボア以上の危険度の魔物を倒していたことに驚いた。


「僕たちって思ってたより強いんだね……」


 そんなことを言っていると、ギルドの人に苦笑された。


「魔法使いにはよくあることですよ。魔物との相性がいいと意外と簡単に倒せたりするんです。ですがそこで実力を見誤ると痛い目を見るので気をつけてくださいね」


 受付嬢の忠告は心にしっかりと心に留めておこう。


 さっそく魔物に有効な魔法などを教えてもらおうと思ったが、情報屋から買ったほうが早いと言われて首を傾げる。


「情報屋ってなんですか?」


「情報屋は文字通り情報を売っている人たちのことよ。特にダンジョンの情報については、たくさんある情報屋がお互いに競い合っているから信憑性も高いわ。彼らは情報を独占しようとしているから、ギルドが把握している情報は一部に過ぎないし、それも彼らは分かりやすく纏めてくれているから、ダンジョンのことを知りたいなら彼らを当たったほうがいいの」


「なるほど、ありがとうございます」




 その後街を回ってみると街角や広場など目立つ場所で紙束を並べながら呼び込みをしている人がよく見受けられた。彼らが情報屋なのだろう。


 通りには数多くの露店が並び、ダンジョンに行く人用のお弁当屋さんなんてのもあった。


「人多いねー」

「そうだね、これでお祭りでもなんでもないっていうんだから驚きだよね」


 近郊田舎なアナスタシアでは滅多に見られない人の量だ。


 それだけダンジョンを求めてやってくる人が多いのだろう。


 だが、ここまで色々な店があると目移りしてしまうな。


 今日はダンジョンに行かないにしても、早く情報を買って基本事項と魔物に有効な属性なんかを確認したいけど、どこで買えばいいものか……。


 キョロキョロしていると、男とも女ともつかない糸目の人が声をかけてきた。


「おやおや、そこのお兄サンとお嬢サン。ダンジョンの情報が欲しいようッチュね。それならウチの冊子を買うといいッチュ。基礎的な情報と魔物の弱点属性が詳しく載ってるッチュよ。コレあれば序盤はまったく困らないッチュ!」

「だ、だれ?」


 プラムが怯え気味に僕の裾を掴む。


「すまないッチュ。マウスは情報屋のマウスッチュ。それより一冊どうッチュか?」


 チュウチュウうるさい少々——というよりかなり怪しげな人だが、ちょうど求めていた内容だったので買うことにした。


 後で聞いた話によると彼(彼女?)は「情報ネズミ」とか「初心者狩り」と呼ばれる一流の情報屋らしい。


 驚いたことに魔物使いでもあった。小型のネズミの魔物を使って情報を仕入れており、客の需要を把握した上で情報を売ってくるプロなのだとか。


 「初心者狩り」と聞くと物騒に聞こえるが、喋り方のインパクトと欲しい情報を的確に教えてくれること、また、困っているときにどこからともなく姿を現わすその便利性から、ダンジョン初心者はすぐに彼の固定客になってしまうため情報屋たちがそんな風に呼び出したそうだ。


 ともかくそんな彼(彼女?)のおかげでエディとプラムは準備が万全の状態でダンジョンに挑むことができた。




◇◇◇




 そうしてダンジョンに挑むこと六日。


 情報屋マウスから買った情報はかなり役に立ち、エディたちのダンジョン探索はかなりのハイペースで進んだ。おかげで一日分の稼ぎが、一ヶ月間何もしなくても十分に暮らせるくらいの額になった。


 だがエディたちはいつも通りの生活を続けていた。


 買いたいものがあったからだ。


「今日はダンジョンに行くのをお休みにして、『アパレル』を買いに行こうと思う」


 いつもより遅い時間に宿を出て、エディは歩きながらプラムに今日の予定を説明する。


「はーい。って、アパレルってなあに?」

「体を守ってくれる魔法の掛かった服だよ。服だから軽いし、鉄の鎧とかよりもよっぽど身体を守ってくれるんだ」


 アパレルは、防具として作られた服のことを指し、着用者を守る魔法がかけられている。だがその実この装備のすごいところは服故に軽いことでも、鉄の装備と遜色ない防御力をもつことでもなく、“体全体を護る”ということだ。


 服が覆っていない部分——例えば手や顔——などにも魔法の効果がおよび、怪我から守ってくれるのだ。


 唯一の欠点は非常に値が張ること。魔法の練習に使う魔導具に比べたらまだ安い方だがそれでも富豪でもないと手が出ないのだ。


 著名な冒険者は大抵アパレル装備を身につけているので、自力でアパレルを買えるくらい稼げるようになることが一流の条件であったりする。


 そして、服ということは……


「戦うときでもかわいい服が着られるね!」


ということだ。


 プラムは目を輝かせながら早く行こう早く行こうと急かしてくる。


 エディは苦笑を浮かべながらプラムに置いていかれないように歩速を早めた。


 春の日差しが心地よくとても穏やかな気持ちだったけど、それよりもプラムが嬉しそうにしているのが微笑ましかった。


 だがしかし、


「ねぇエディ〜、これはどう?」

「いいんじゃないかな」

「むぅ……ねぇねぇこっちは?」

「似合ってると思うよ」

「むぅむぅ……エディ〜さっきから反応薄いよ!」


 いろんな衣装を取っ替え引っ替えしては感想を求めてくるプラムを前に、エディは少々疲れていた。


 まさかこんな風になるなんて思っていなかった。


 エディは小一時間ほど試着室の前で立たされていて、少なくともかれこれ二十回はカーテンが往復するのを見ている。


「どれも似合ってるんだから仕方ないじゃないか。それに僕に聞くよりプラムが気に入ったのを選びなよ」

「全部気に入ったやつだもーん! だからエディに選んでもらいたかったのに……」

「もうちょっと絞ってくれないと評価もしにくいよ。それで、あと何着あるの?」

「んー、あと一着!」


 ようやく終わりか……とエディはプラムがカーテンの向こうに消えてからこっそりため息をついた。


 プラムが試着した服はどれもかわいかったし、とてもじゃないけど甲乙なんてつけられなかった。


「プラムちゃん、かわいいですもんね」

「ほんとですよ。かわいすぎて何着ても似合っちゃうから僕としても何と言っていいか……って、うわぁ!」


 いつの間にいたのだろうか、気がついたらすぐ隣に店員さんが立っていた。


 全く気づかなかった……あれ、なんかデジャブ。


「って! ハンナさん⁉︎」

「ご無沙汰しております、エディくん」


 なぜこんなところにハンナさんが⁉︎


 彼女はアナスタシアにある女性用下着専門店エンジェルズクロスの店員だ。なぜバートンのアパレル装備の店にいるのだろうか。


「なんでこんなところに? もしかして転職したんですか?」

「いいえ、下着に人生を捧げた私が転職するはずないでしょう?」


 いや、知らないけど! そもそも下着に人生捧げてるんだ、この人⁉︎


「まあ同僚にはまだまだ信仰心が足りないとよく言われますけど」


 信仰心って何⁉︎


「信じ崇め敬う心のことですよ、エディくん」


「いやそれは知ってますけど! というかナチュラルに心を読まないでください!」

「それでさっきの質問に答えますと潜入です」

「スルーされた!」


 だめだ、気配にしてもそうだけど、ハンナさんという人物を捉えられる気がしない。


「潜入ってどういうことですか?」

「下着は服の下に着る物でしょう? なら服との相性というものがあります。服も可愛ければ下着もかわいいという統一性も、服はかっこいいけど下着はかわいいというギャップも、服と下着の相性が悪ければ演出することは不可能です。ですから私たちには定期的に服屋に潜入し、実際に売られている服を見ながら下着のデザインを決める使命が与えられているのです」

「な、なるほど」


 ほとんど理解できなかったけど、志が高いことだけは伝わってきた。信仰心、十分にあると思うんだけど、彼女をして信仰心が足りないと言ってのけた同僚さんは一体どれほど……


「……それではそろそろ仕事に戻ります。それとプラムちゃんの服ですが、かわいいならかわいいとしっかりと伝えてあげてください」

「いや、さすがに恥ずかしいですよ」

「恥ずかしいという言葉には『恥』という文字が入ります。彼女を褒めることは貴方にとって『恥』なんですか? あ、プラムちゃんが出てきますよ」

「え? あ……」


 言われてカーテンの方を向くとちょうどその瞬間カーテンが開いた。


 その姿を見てエディは息を飲む。


 白を基調として要所要所に桃色の意匠をあしらった服は、清楚なイメージを崩さないまま可愛らしさをもっていて、彼女の、眩しいほど鮮やかなのに目に馴染む、瑞々しいさくらんぼのような色合いの髪と驚くほどにマッチしていた。


 さらに……


「エディ、これはどうかな? 一番気に入ったのなんだけど……」


 先ほどまでとは違う少々不安げな表情はとても儚げで、エディの心はえもしれない罪悪感のようなものに襲われ、それはすぐに愛しさに転じた。


「やっぱり似合ってない?」

「いやいやいや、すごくよく似合ってるよ! 今のは、思わず見惚れちゃっただけで、えっと……とってもかわいい、です」

「えへへ、じゃあこれにする!」


 不安そうな表情は一転、花が咲いたような笑顔になった。


 その後プラムはすぐにカーテンの向こうに隠れてしまったが、エディの心臓は早鐘を打ち続けていた。


 ハンナさんはいつの間にか姿を消していた。




◇◇◇




 エディのアパレル装備も揃えたところで、軽食を取り扱っている店に入り、テラスで昼食を取りながら今後の予定を話し合う。


「そろそろ野営の練習に取り掛かろうと思うんだ」

「でも、二人しかいないけどどうやってやるの?」

「そうなんだよねぇ……。やっぱり二人で野宿っていうのは厳しいのかな」

「そんなことないッチュ!」

「「うわぁ⁉︎」」


 二人で話し合っていると、側の植え込みの中から情報屋が唐突に顔を出した。


「マウス……さん、どうしてそんなところに……」

「聞きたいッチュか? マウスの秘密は高いッチュよ?」

「じゃあいいです」


 必要ないからきっぱりと断った。


「お二人さんは少ない人数のときの野宿のやり方について知らないようッチュね。お二人さんはとんでもない勘違いをしてるッチュ!」

「にゅ? 勘違い?」

「どんな勘違いなんですか?」


 騎士団の人から直々に手ほどきまで受けたのに、何が間違っているのだろうか。


「お二人さんがやろうとしているのは集団での夜営ッチュ! 夜営にはいろんなやり方があって、一人二人のときと大人数のときでは勝手が全然違うッチュ!」


 話によると人数が一人や二人の時は見つかりにくい場所で隠れながら夜を過ごすものらしい。僕たちが門番のおじさんや騎士団の人たちから教わったのは人数が多くて目立ってしまうときの夜の過ごし方だったらしい。


「情報屋がそんなこと教えてよかったの?」


「いいんだッチュ。ここからが本番ッチュから。今お二人にオススメなのはこの『少人数での夜営の基本』ッチュ。集団の時との違いや必要なものについてまとめてあるッチュ」

「買わせてもらうよ」

「どうもッチュ!」


 用は済んだと茂みの中に戻っていく彼(もしくは彼女)には深く言及しないようにして、早速冊子に目を通す。


「よる……に……なみち……について?」

「『夜営に必要な道具について』だよ」


 少し字を勉強し始めたプラムと読む練習をしながら読み進めていく。


 冊子によると、夜営には鼻が聞く魔物を誤魔化すための臭い消しが必ず必要となってくるようだ。


「簡単なものだとそのまま臭いを抑える『臭い消しの実』系統と、魔物を怯えさせる臭いを放つ『魔物除けの実』系統があるみたいだね」

「どっちがいいの?」

「さあ……どっちも一長一短みたいだから結局は使いやすさで選ぶしかないみたいだよ」

「じゃあ挑戦あるのみだね!」


 この時、僕たちはとんでもない大前提を忘れてしまっていた。


 まさかあんなことなるなんて……

【アパレル】

 攻撃から身体を守る魔法の施された衣装。一般的な鉄の鎧よりも高い防御力を持ち、また鎧では覆えないような関節部や顔などへの攻撃も防御することができる。

 軽くて防御性能に優れるので戦闘を要する職の人間がよく購入する。ほつれにくく汚れも落ちやすい上に着飾ることができることから、特に女性の冒険者に人気が高い。ただしとても高価なため、アパレル装備を持っているのはお金のある者に限られる。

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