第十一話 騎士たちと馬車
断崖の賢者に会いに行くとは言っても、それは簡単にできることではない。
俗世を厭い、強い魔物が跋扈する森の奥深くに居を構えているため、たどり着くにはそれ相応の実力がいるのだ。
「手っ取り早く実力をつける方法ってありますか?」
「どうしたんだ、藪から棒に」
プラムの呪いを解くために強くなりたいエディは、魔物使いの師匠であり元Aランク冒険者でもある門番のおじさんに相談を持ちかけていた。
「実は——」
エディは自分たちの置かれている境遇を詳らかに説明した。王様の暗殺に関わる部分は広めないように言われているので、その部分はごまかしたが。
「……プラムの呪いを解くために賢者に会いに行かなきゃなんねぇのか……」
門番のおじさんは眉間にしわを寄せて唸った。
「それで、その賢者の住む森が『もどりの森』ってか……また変なところに住むもんだ」
「知ってるんですか?」
「ああ、もどりの森はな、見た目は普通の森なんだが、まっすぐ進めねぇんだよ」
「まっすぐ進めない?」
「まっすぐ歩いていたつもりがいつの間にか元の場所に戻っていたり、挙句は気付いたときには来た道を引き返していたなんてこともあるんだ」
なんとも不可解な現象だが、それがもどりの森という名前の所以らしい。
「だからもどりの森に行くのなら何日も夜営するのは覚悟しておいたほうがいい」
「夜営……」
「エディたちは、まだ一度も野宿をしたことがないんだよな? なら集団で動いたほうがいいぞ。腕が立っても素人二人で夜を越すのは危険すぎる。それに人手も多い方が戦力も上がるだろ?」
集団で行くべきと言われ、エディは無理だと思った。護衛を雇うようなお金はないし、見ず知らずのエディたちに善意で協力してくれるような知り合いもいないからだ。
「集団って、どこも当てなんてないですよ」
「俺に仕事がなきゃ手伝ってやってもいいんだが……」
おじさんは、腕を組んで考え始める。
「……いい方法があるにはある」
「! どんな方法ですか⁉︎」
「まあそう焦るな。エディはダンジョンって知ってるか?」
「ええ、話くらいは聞いたことありますけど」
「ダンジョンは奥に行くほど魔物が強くなっていくから戦闘の経験を積むにはもってこいな上に、魔物の種類が限定されていて意表を突かれることが少ないから、中での滞在も比較的楽だ」
「つまり、ダンジョンで野宿の練習をすればいいんですね」
「ああ、それに、もどりの森はダンジョンのある街の目と鼻の先だ」
「いいことばかりじゃないですか」
なかなかの妙案だと思ったが、おじさんはまだ難しい顔をしたままだった。
「だが、その街に行くまでに一週間くらいかかるんだ。つまり野営を何度かしなくちゃならん」
「それは……本末転倒というか……」
「ああ、だから難しいんだ」
エディは気を落とした。
ちらりとプラムの方を見ると、ヴァイスといがみ合っているところだった。ヴァイスというのはおじさんの従魔であるホワイトウルフのことだ。
ここ数ヶ月で、あったばかりの頃のようにヴァイスに対してプラムが怯えるようなことはなくなった。
しかし、ヴァイスがプラムに会うたびに逐一従魔の心構えを説法し、プラムの振る舞いを批判するため、「そんなの分かってるよ!」と言い合いに発展することが多くなった。
ちなみにプラムは魔物なのでヴァイスの言葉が分かるらしい。
プラムは呪いを真剣に受け止めていないようだけど……僕は呪いの恐ろしさを知っている。
彼女がかかっている呪い「孤独な檻」は徐々にその効果を表していくタイプの呪いだ。だからまだ何も変化が起きていないのかもしれない。
それでも僕は心配だった。
門番のおじさんと別れ、どうにかしてダンジョンのある街に行けないかと悩みながら依頼をこなす。
気付いたときには目標の数だけの魔物を倒し終えていた。
冒険者ギルドに戻ったエディだが、そこできっちりと鎧を着込んだ男がエディたちを待っていた。見たところこの国直属の騎士らしい。
彼はエディたちに思ってもみない朗報をもたらしてくれた。
「騎士団が僕たちにお礼?」
「はい、未遂に終わったとは言え、無視できない情報を提供してくださったお二方には何かお礼とお詫びをしたいと団長が仰られまして」
「お礼って……何か貰えるんですか?」
「いえ、まだ決まっておりません。ですので何か求める物があるならば聞いてこいと言いつけられました」
「求める物って言ってもなぁ……」
貰えるものは貰っておきたいが、どれほどのものを要求していいのかわからない。
それに、もしかしたらここは何も求めずに引き下がるべきところなのかもしれない。
どうするのが正解かを考えていると、プラムが「そうだ!」と声をあげた。
「ねぇ、エディ。ダンジョンまで連れて行ってもらおうよ!」
「確かにそれが今一番ありがたいかな」
使いの騎士の顔を伺うとどうやらそれで問題ないようだった。
「その要望ならきっと通ると思いますよ。でも、そんなことでいいんですか?」
「はい。他のだと求めすぎになってしまうので」
本当の望みを言うなら、プラムの呪いを解ける解呪師を連れてきてほしいけど、この国屈指の解呪師でも解けなかったんだ。おそらく不可能に近い。
神殿のお爺さんが解呪師ではなくわざわざ賢者の話をもちだしたのは、解呪師では無理と判断してのことだろうしね。
その日のうちに騎士団から速達が届き、エディたちは、ダンジョンのある街に向かう騎士団に同行することになった。
そして翌日、エディたちは経路の説明を聞くために騎士たちの集まりの中に混じって説明が始まるのを待っていた。
「うわぁ、地図なんて久しぶりに見るなぁ」
壁に貼り付けられた地図を見ながら昔を思い出していると、僕の呟きを聞いた騎士の一人が興味深そうに話しかけてきた。
「孤児院って地図の読み方とか教えてもらえるのか?」
「あ、いえ。孤児院に地図は無いですよ。僕が孤児院に入る前に勉強でしばしば使っていたんです」
正確な地図はとても高価なものであるので、騎士団以外では貴族や富豪しか持ち得ない。
だから、孤児院にあるようなものではない。
「どこの金持ちだよ——って! もしかして坊主、三年前の……」
「まあそう言うことです。あ、そろそろ説明が始まるみたいですよ」
どうやら、このお兄さんは三年前の事件を知っているらしい。まあ、結構大きな事件だったから知っているのも当然といえば当然だ。
ちょうどいいタイミングで指揮官らしき人が入ってきたので僕は話を中断して目線を前に向けた。
「これから経路の確認を行う。だがその前にいくつか注意点がある。昨日も通告した通り、今回の移動には『ラッパの件』で被害者となった冒険者の少女と、そのパーティーメンバーである少年が同行することになった。分かっていると思うが決して邪険に扱わぬこと」
『ラッパの件』というのは今回の王の暗殺未遂事件のことだろう。
「「「「「イエス! マム!」」」」」
団員たちの元気のいい返事にびっくりしたのか、プラムは肩をすくませていた。
どうやら今回は王様暗殺未遂の件で調査に行く騎士団に同伴させてもらう形らしい。そしてその騎士団の指揮を取ることになっているのが目の前の女性騎士のようだ。
この女性、実はまだ二十歳を超えておらず、騎士団の中では最年少で見習いを脱却したらしい。
見た目も凛としていて、才色兼備を絵に描いたような人だ。
彼女は、僕とプラム含む全員がしっかりと前を向いていることを一瞥して確認すると、すぐに地図を用いての経路確認に移った。
ここで地理について少し触れておこうと思う。
今僕達がいる街は、アナスタシアという名前の街だ。王都のすぐ近くに位置しているが、その割には大都会というわけではなく、また、騎士団の駐屯場が置かれているだけあって治安がかなりいい。
そして僕達がこれから向かうのは、アナスタシアの北東に位置するバートンという街で、ダンジョンから産出する鉱石や素材が特産品となっている。また、魔道具も産出するため、魔法を使いたい人や売って金儲けをしたい人が国中から集まってくる場所だ。
この二つの街の間にはいくつかの夜営ポイントが点在し、今回の経路確認はどの夜営地を使って行くのかをおさらいするものだった。
話の間ちらりと横を伺ってみると、プラムが頭上に疑問符を浮かべていた。
……彼女には後で地図の見方から教えてあげよう。
それから騎士団とともに街を出た。
騎士団の目的は王を暗殺しようとしている人の調査であって、僕達を送るのはそのついでのついでだ。ゆっくりと移動しているわけにはいかないので当然馬に乗って移動することになる。
そして馬に乗れない僕達は、馬車の荷台で荷物と一緒に揺られていた。
荷物用の馬車ではあるが、さすがは騎士団の馬車というだけあって揺れが少ない。
なんでも魔法によって馬車全体が軽くなっているのと、車輪の接地部分にクッション性のある素材が使われているんだって。人を乗せる用の馬車の場合は、さらに車軸と馬車の底部の間にも衝撃を吸収する素材が使われているそうだ。
最初こそ初めての馬車に僕もプラムも興奮していたけど、一時間ほどで流石に飽きてしまった。
「エディ〜、ヒマだよ〜」
「わざわざ馬車に乗せてもらってるんだから文句言わないの」
「でも、ヒマなものはヒマだよぅ」
「まあ、気持ちはよ〜く分かるけど……そうだ。本でも読む?」
エディは自分の荷物の中から一冊の本を取り出す。鑑定のためにギルドに預けていたものが今朝返却されたのだ。プラムが呪われるきっかけとなった本であり、すぐにでも売り払ってしまいたかったのだが、中身は普通の——いや、かなり有用な魔法が記載されているというので持っていくことにしたのだ。
「プラム、文字読めないよ?」
「え? あ……そういえば教えてなかったっけ」
かつての家でも孤児院でも文字を教わっていたので、読み書きできるのが当たり前だと思っていたけど、プラムは半年前までただのスライムだったんだ、教えてないことを知っているはずがなかった。
「後でどんなこと書いてあったのか教えて?」
「うん、わかった」
そうして魔法書を読みだした訳だけど……
「ううぅ、キモチワルイ……」
「ははは。まったく、馬車の中で本なんか読むから酔うんだ」
げっそりとしている僕を見て、水を持って来てくれた女騎士が快活な笑い声をあげた。
本を読み始めてからしばらくすると、体が内側から押されて胸が苦しくなってきて、それでも構わずに本を読み続けていると、一時間後にはふらふらになっていた。
馬車酔いのことは本で読んだりして知識だけは知ってはいたけど、体験したのは初めてだった。
現在、騎士団は馬を休憩させるために小休憩を取っていて、僕はそばの地面でプラムに膝枕されている。
ちょっと恥ずかしいけど、苦しさでそれどころではなかった。
「エディ大丈夫?」
プラムは心配そうに僕を見下ろしながら、女騎士から水を受け取り僕に飲ませてくれた。
あぁ、冷たい水が気持ちいい。
「すみません、また後で水を補充しておきますね……」
「いや、体調の悪い奴を水汲みには連れていけないよ」
「大丈夫です。魔法で水が出せますから……」
僕がそう言うと、女騎士は眉を高くして驚いたという表情を作った。
「君は魔法使いだったのか?」
「はい、一応……。プラムも僕も二人とも魔法が使えます」
「君は水の魔法が使えるんだな? プラムとやらは何の魔法が使えるんだ?」
「水も火も風も地も一応使えるよ〜?」
「四属性も使えるのか⁉︎」
大きな声で言うものだから、馬の世話をしていた他の騎士達も何だどうしたと集まってきた。
「あれ? プラムなんか変なこと言った?」
プラムが、どう言ったらよかったの?という目を僕に向けてきた。
でも僕にも何が驚くようなことなのか分からなかった。
「魔法はたとえ魔力操作ができても、全ての属性が使えるわけではないんだ。才能や相性というのが関わってくる。一つの属性の魔法をある程度まで習熟した者の中には才能がない他の属性も使える者もいるが、その歳で四属性使えるというのはかなりの才能だぞ」
へぇ、そうなのか。魔法に関する話なんて魔導具なんてあるはずのない孤児院ではもちろんされなかった。孤児院に入る前でも、魔法はまだ早いという父の判断からそこらへんの知識はまったく教わっていなかった。当時僕はまだ七歳にも達していなかったし、下手に興味を持たないように予備知識を与えずにいたのだろう。
「詳しいんですね」
「騎士団が経験する戦闘は八割が人を相手にするのだ。その中にはもちろん魔法使いもいるわけだから、基礎知識程度は知っている」
「「なるほど〜」」
僕たちが感動していると、周りの騎士達は呆れた表情になった。
「何で魔法を使えるやつがそんな基礎事項もしらねえんだよ」
「魔法は独学で身につけたもので……」
まあプラムはマジックスライムに進化した時点で初めから覚えていたけど。
そして僕が四属性使えるのはプラムの協力と才能——ではなく獣神の加護〈共栄〉が影響しているのだと思う。
共栄、共に栄える。つまりは一緒に成長していくということ。
思い返してみれば普通のスライムだったプラムの知能がみるみる発達していったのもこれのおかげだろうし、魔法の使えるプラムと一緒にいたおかげで魔法の習得が容易になったとしても不思議ではない。
「独学って……まあ、詳しいことは聞かん。それで聞いておきたいんだが遠距離でも闘えるか? 道中襲ってくる魔物を狩るのを手伝ってもらえれば別で報酬が出せるが」
「はい、二人とも戦えますよ」
「射程は?」
「プラムは一番遠くまで撃てる〈ウインドカッター〉で5m、僕の〈フレイムアロー〉だとその倍くらいになりますかね」
「……ちょっと待て、いま〈フレイムアロー〉と言ったか?」
「はい。どうかしましたか?」
「君もその歳で複数の属性が使えるのか?」
「ええ、プラムと同じく四属性使えますよ?」
僕がそういうと、しばしの間、音のない風が騎士達の間を通り抜けたと思うと、彼らは一斉にため息をついた。
「お前ら、揃いも揃って才能の塊か……」
「天才ってやつはいるところにはいるんだな」
驚きを通り越して呆れられたけど、プラムはマジックスライムだから使えるだけだし、たとえそれを天賦の才能と見なすことができても僕はプラムのおこぼれにあずかっているだけだ。決して天才ではない。
そんなことを話しているうちに休憩時間が終わり、また馬車での移動が始まった。
……今度は本は読まないようにしよう。
【ダンジョン】
入り組んだ通路と小部屋からなる地下迷宮。不規則に宝箱が設置されていて高価な武器や魔道具、魔法薬などが産出する。また、深層には罠も数多く設置されており、うまく解体すればその部品も高く売れる。
通路の形が変わったり、宝箱が更新されたりと、その実態は謎に包まれている。