うちのギルドは前(株)です。 ④
一体、こういう時はどんな話をすればいいんだ…。そう思い悩む俺は、すぐそこに迫る同期との会話に向けて、脳内でシミュレーションを繰り返す。
天気は晴れでも雨でもない曇りだ。趣味…はゲームか通じるはずもない。
好きな食べ物か?この世界の食べ物とは?
「ねえ。」
他には何かないか。自分の過去語りも違う気がする。そうだ…ヒゲだ。ヒゲについてだ!
これならいける。
「ねえちょっと。聞いてる!?」
ヒゲの印象について、とりあえずドルグに聞いてみよう。初対面の女性はハードルが高い。
ヒゲは…一見怖そうだが、人情派の側面もありそう…これだこれでいこう!
「聞いてますかー!!!」
「ヒゲッ!!!!」
突如、耳元で叫ばれた俺は頭の中の思考がそのまま口をついて出た。
「…は?…」
俺に声をかけたフィーネがポカンとした表情でこちらを見ていた。
逆を見る。
ドルグも同様の表情でこちらを見ている。
やってしまった…。
「あ…その…突然話しかけられたから…。」
「こっちは何回も話しかけてるんだけど。」
静寂…。
そして、突然フィーネが吹き出す。
「それにしても…ヒゲって、フフッ!」
「カンザキって…変わってるよね。」
もう一人の同期、ドルグは笑顔で感想を述べる。
これで良かったのか?少なくとも間違ってはいない…気がする。
「そうだな…俺、変わってるよな…アハハハ。」
最初に色々考えていたのが馬鹿馬鹿しくなってきて、思わず俺も笑っていた。
思えば、この世界に来てから初めて笑ったような気がする。
気付けば俺は、爆笑していた。
つられるようにして、笑い出す同期二人。
そう…人付き合いなんて、きっとキッカケはこんなもので良かったのだ。
ひとしきり笑った後に、フィーネはよく通る声で切り出した。
「さっき部長にはしたけど、改めてお互いに自己紹介しておきましょうか。」
「ああ。」
「そうだね。」
俺達は自己紹介のため、腰を上げる。先頭を切ったのは言い出しっぺのフィーネだった。
「では、私から…フィーネよ。剣術には自信があるわ。よろしくね。」
「次は僕だね、ドルグです。実戦では盾にしてくれて構わない。よろしく頼むよ。」
「俺はカンザキ。よろしく。」
改めて互いに自己紹介をした。多分、俺たちはこの時初めて同期になったのだと思う。
そして、自己紹介も終わったところでドルグがふと話を始めた。
「これから僕達、やっぱり3人1組で行動することになるのかな。」
「だろうなぁ…。」
ヒゲがあそこまで強調するからには規定路線と見るべきだろう。
「となると、お互いの戦力の把握が必要ね。」
フィーネがもっともなことを言い始める。俺にとっては大変苦しい流れではあるが…。
「とりあえず私は、地元の訓練校は成績9位で卒業したわ。ドルグはどう?」
「すごい…僕は騎士養成校を59位で卒業ってところかな。騎士にはなれなかった…だから戦士なんだ。」
「騎士養成校なんて入るだけでも難しいんだから大したものじゃない。」
「そういってもらえると、助かるよ。」
訓練校と騎士養成校と言うワードが出た。恐らく、この世界における戦闘分野の教育機関と見るべきだろう。
「カンザキ、あなたは?」
「俺?俺は星応大学卒だ。」
「だ、大学ですって!?」
「大学だって!?」
二人揃って驚愕の声を上げる。何だろう…今日日そんなに珍しいものでも…。
「大学といえば、国中のおかしな連中を集めて異様な研究に日夜勤しんでいる、あの!!」
「それなら、世間一般の常識に疎いのも納得出来るね…。」
「…いや。」
この世界の大学の扱いどうなってんだ…。
「それで…あなたの卒業順位は?」
フィーネが恐る恐るといった様子で確認してくる。
「知らん。」
そもそも順位などつけるかどうかも怪しい。
「順位での優劣は付けず…やはり、計り知れないわね…大学。」
「きっと僕達には想像もつかない評価基準があるんだろうね…。」
さいですか…。
「なぁ…この話…もうやめにしない…?」
正直、辛くなってきた。
「…そうね、大切なのはこれからどうするかよね。」
「僕もいいよ。それで。」
二人も俺の様子を鑑みてか、あっさりと了承してくれた。
そして、フィーネはこちらへと改めて話を振る。
「それで、カンザキ。あなたって大魔導なのよね。」
「えっと、それは…。」
恐らく、彼女の言っているそれは名前ではなく、『クラス』なのだろう。
何とか否定の言葉を用意しようとする。
「私、昔から魔法や呪文に憧れがあって、小さい頃は大魔導を目指していたの。」
だが、それよりも早くフィーネは自身の憧れを語り始めた。
「魔法って、この世界の神秘そのものだと思うの。だって、一見すると何もないところに火を灯したり、明かりをつけたり出来るじゃない。もちろん、魔力は消費するんだけど…でも目に見えない力で何かを起こすっていうのはやっぱり神秘的よね。」
さっきまでの彼女と同一人物なのだろうか…目の輝きが違う…。
「ただ、基本的に魔法っていうのは戦闘に活用するだけの威力は無いから、魔法使い達はサポートに回らざるを得ないのよね。」
ふう、と一呼吸を入れる。
「でもある時、敵を打ち倒すだけの威力を持つ強大な魔法があると知ったの。それが呪文。そしてそれを扱う存在。大魔導。それがまさか目の前に…いいえ、同期にいるなんて思わなかったわ!!」
なるほど…魔法の中でも上級のものが呪文で、それを扱う存在が大魔導なのか。俺のキラキラネームの読み方とニュアンスが偶然そこに合致したわけだ。
改めて思う。なんて迷惑な名前なんだ…。
「私には魔法の才能が一切無かった。だから、大魔導と共に戦うために剣の道を進んだ。…期待してるわよ、カンザキ!!」
目を輝かせながら俺の両肩を揺するフィーネ。
「あ…はは…まかせと…け。」
虚しく俺の乾いた声が響く。彼女の一方的な期待を押し付けられた俺は、遂にフィーネに真実を明かすことは…出来なかった。
「僕も呪文には期待してるよ、カンザキ。」
そして、ドルグまでもが笑顔で俺に追撃をかけてきた。くそったれ女神のせいで大変なことになってしまった…。
胃が…痛い…。
そして、俺が何度も無邪気なフィーネに肩を揺すられ続けているところに、突如ノックの音が響く。ドアが開き、部屋に先輩らしき企業戦士が現れた。
「あーども。俺、ダルバイン。お前らは?ってか何やってんの?」
先輩の前で醜態を晒した俺とフィーネは、顔を真赤にして姿勢を正す。
「まぁいいや、怠いし。とりあえずお前ら自己紹介。」
椅子に座りつつ、怠そうに語る先輩。恐らく、この人がヒゲの言っていた研修担当なのだろう。
ボサボサの髪と死んだような目、外観からやる気の無さが見て取れる。
俺達も向かい合うように着席する。
…大丈夫か、この人。とりあえず、名前と態度から俺の中でダルイ先輩と命名する。
そして俺達は自己紹介を済ませた。
それを受けたダルイ先輩は…。
「フィーネ、ドルグ、カンザクね。覚えた、多分。」
「あの…カンザキです。」
「あれ、俺間違えた?悪いね。」
「いえ…。」
初っ端から名前を間違えた。俺も駄目な人間だけど、この人も相当だな。
「お前、今なんか失礼なこと考えたろ。」
「滅相もない!!」
唐突に指摘された俺は時代劇ばりに否定をする。滅多なこと考えるもんじゃないな…。
「まぁいい、それじゃこれから研修について説明していく。」
ダルイ先輩は真剣な表情で本題に入る。
ゴクリ…俺達は緊張のためにつばを飲みこむ。
「んじゃ、まずはアレ…いっときますか。」
ダルイ先輩の口元が歪む。その風体と相まって不気味さは相当なものだった。
「アレ…とは?」
どこかぎこちなく、フィーネが質問する。
「一種の恒例行事みたいなもんだ。」
「は…はぁ…。」
一体アレって何だ…。意味がわからず、困惑する俺達三人。
「それじゃお前ら、耳の穴かっぽしってよく聞けよ。」
「「「はい!」」」
三人とも、意味がわからずに半ばヤケになって返事をしていた。
「ようこそ、ターナーズへ新入社員諸君!!」
ダルイ先輩は明るくそう言い放つ。その口調はどこか演説めいていた。
「うちのギルドは前(株)です。そこんとこ覚えとくように。」
ポカーンとする俺達。
「あの…それって大事なんですか…?」
おずおずとみんなの疑問をドルグが代弁する。
「とても大事だ。」
ダルイ先輩は深刻そうな表情で告げる。俺達は息を呑む。
「いいか…ここ間違えると…。」
「「「間違えると…?」」」
慎重に聞き返す俺達。
「出費が経費で落とせない!」
先輩は大声で吠えた。
あぁ…そりゃ大変だ。
回収ノルマ完了。