うちのギルドは前(株)です。 ③
「では、次に我が社の信条についてだ。」
そう言ってヒゲは、一枚の紙を取り出す。
そこに書かれていたのは、漢字でも平仮名でもアルファベットでも無い。もっと言えば、キリル文字やアラビア文字とも違う…全く未知の言語であった。
だが、驚くべきことに俺には何故かそのメモに書かれた内容を理解することが出来る。曰く…。
「少数…精鋭…。」
「その通りだ。カンザキ。」
俺がつい口に出して読んだ言葉がヒゲにより肯定される。どうやら、内容に間違いはないようだ。
(一体どうなってるんだ…。)
考え込む俺を他所に、ヒゲは続ける。
「我が社の信条とは、少数精鋭。諸君らには同期として互いに高め合い、常に精鋭であることを期待する。」
「「はい!!」」
両隣の2人から威勢のいい返事が返ってくる。考えに沈んでいた俺は咄嗟に声が出なかった。
「ひゃ…ひゃい!!」
俺は、遅れて情け無い返事を返すので精一杯だった。瞬間、吹き出す俺の同期であるところの二名。
自分でも顔が紅潮していくのが分かる。恥ずかしさのあまり、憤死しそうだ。
「…まあ、ともかく諸君らには期待しているということだ。」
やや呆れつつ、ヒゲが場を収める。
「それで…諸君らのこれからについてだが、半年間研修を受けてもらう。その後に正式に配属となる。」
これがいわゆる、新人研修というやつか。環境はかなり破茶滅茶だが、自分も一応社会人となったのだという気がしてくる。
「では、最後に…何か質問がある者は居るか。」
ヒゲが確認を行う。
すると、俺の左隣…フィーネが手を挙げた。手振りでヒゲが発言を促す。
「では…研修場所はどちらになりますか。」
彼女は、俺たち3人が気になっているであろうことを確認する。
「ダンジョンだ。」
そして、ザックリとしすぎた回答を頂いた。フィーネがやや笑顔のまま硬直する。
「もう少し具体的な内容を…。」
「ダンジョンだ。以上。」
これ以上の回答はしないという意思表示なのか、ヒゲはフィーネの言葉を遮った。
「…ありがとうございました…。」
彼女はしぶしぶ、質問を取り下げる。
「他にあるかね。」
ヒゲが仕切り直す。
「はい。」
今度は俺の右隣、確か…ドルグが手を挙げる。再度、質問を促すヒゲ。
「では、今後の出社場所はこちらでよろしいでしょうか。」
「それでいい。このギルド本部の営業所に始業時刻の9時までには居るように。」
うまい聞き方だった。
目下、この建物に集合し、どこかしらのダンジョンへ向かうのだろうということが推測出来る。
「ありがとうございました。」
ドルグはヒゲに礼をする。
グッジョブだ!!俺は心の中でドルグにサムズアップする。
「さて、まだ質問はあるか。時間的には次が最後だな。」
ヒゲはこちらを見ながら告げる。
俺一人だけがこのタイミングで質問しないのも後々に響くのではないだろうか…。
そんな、つまらない考えが浮かんだ俺はヒゲに質問する。
「ギルド名の由来はなんですか。」
違和感があった。
この異世界のギルドにおいて、妙に現実的な要素が存在するのだ。最も分かりやすいそれが、ギルド名についている、『株式会社』の四文字。
そもそも、異世界へいきなり転送されたこと自体が奇妙ではあるが…。ともかく、その四文字に俺の感じる違和感のヒントがあるに違いない。
「では、順を追って説明をしよう。」
ヒゲは咳払いをすると、社名の由来を語り始めた。
「当社の社名は伝説の男として名高い、創業者の名前に由来している。」
となると、ターナー氏という人物が創業者…ということになるのだろうか。
「株式会社ターナーズ・ギルドとは、創業者タナベ氏の功績を讃える社名なのだ!」
ずっこけそうになる。恐らく、俺と同様に日本から送り込まれた転送者なのだろう。
漢字は田辺さん、或いは田部さんだろうか。
そんなことだったのか…あの女神のやることだ、俺より前に飛ばされていた日本人が居てもおかしくはない。
俺は身体から空気が抜けるような気分だった。
そしてヒゲは続ける。
「彼は戦闘こそ全く出来なかったが、小さな紙片を用いて周辺の小ギルド群をまとめ上げ、このギルドを作り上げたのだ!!まさに伝説と言えよう!!」
「それは凄いですね。」
ドルグが驚愕の声を上げる。
「なお、その紙片には何の魔法もかけられておらず、彼の名前のみが記されていたと言われている。」
「武器も魔法も用いず…それはとてつもないことですね…。」
フィーネも驚きを隠せない様子だ。
あぁ、名刺か…。
タナベさんすごいなぁ…元々敏腕営業マンだったんだろうなぁ。そして、きっとあのクソ女神に仕事中にでも拉致られたんだろうなぁ…。
感心と同時に妙な同情を覚えてしまう俺だった。
「ちなみに、株式会社という箇所については以下のように説明をするよう伝えられている。」
ついでに、とばかりにヒゲが解説を続ける。
「当社は株式非公開です。」
あぁ、そうですか。なんかもう…どうでもいいや…。
「私からは以上だ。細かいスケジュールについては、後から来る者からレクチャーを受けてくれ。」
そしてヒゲは立ちあがる。
「「「ありがとうございました!!」」」
三人で頭を下げる。
今度は二人とタイミングを合わせることが出来た。僅かながらも、一歩前進だ。
「健闘を期待している。」
ヒゲは最後にそう言い残し、退出した。
そして、部屋には俺達三人だけが部屋に取り残される。
初対面ながらも、これから嫌でも付き合っていかなければいけない連中。
同期。
この場では、きっと何かを話さなければならない。だが、俺から何を話しかければいいのか。
分からない…。
ふと、壁に掲げられた機械式時計に目を向ける。出社時間の話もしていたし…どうやら、この世界にも時間の概念があるようだ。
そんなことを思いながら、時計を見る。一分が永遠のように感じられた。
異世界にてぼっちスキルを遺憾なく発揮してしまう俺だった。