俺こそがエンターテイメントだ。②
ガリ勉先輩のダンジョン襲撃から一晩が明けた。
リザードの大群と、何かに憑りつかれた様子のガリ勉先輩による挟み撃ち……思い返してもかなり危機的状況だった。
我ながら、よくあの状況から生きて帰ったものだと思う。
(もっとも……ほぼ、カイルさんとラフきゅんのお陰だが……)
しかし、何かが変わるかと言えばそんなことも無く、今日も確実に世界は進んでいく。
「ふぁ~~~」
あくびが口をついて出る。
早々に作成を要請された報告書のお陰で寝不足もいいところだった。
『明朝までに完成させること』
昨晩……自室へと戻った俺を待ち受けていたのは、そんなシンプルなメモ書き……そして、大量の報告用紙だった。
何とか徹夜でそれらを書き上げたのだが、正直、どんなことを書いたかも記憶が定かではない。
兎にも角にも最速で書き上げたソレを、事務部長の側近であるマジルメリーゼさんに手渡した後、俺は倒れるように眠りについた。
そして、目を覚ました俺を待っていたのは南の空まで登り切った太陽だった。
(休みが無かったら、やばかった……)
普段であれば、遅刻もいいところである。
だが、その心配は今日に限っては杞憂であった。
俺とドルグ……そしてカイルさんに対しては、ヒゲ部長から休養が言い渡されているのだ。
カイルさんは言うまでも無く治療のために数日間、俺とドルグは休息のために今日一日は特別休暇を頂戴することが出来ているらしい。
きっと今頃……意図せずとも、蚊帳の外にされたフィーネは不満タラタラで仕事をしていることだろう。
明日、顔を合わせた時にはありったけの文句を言われる気がする。場合によっては、鉄拳による制裁も……。
(ま、まぁ……今日くらいはいいだろ。死にかけた訳だし……)
恐ろしい想像を振り払い、ドアを開ける。
正直、このまま自室に籠っていても気が滅入るだけだろう。
それならば、外をブラブラしよう……と、そう思っての行動だった。
だが、そんな俺の前に彼らは現れた。
「よぉ、カンザキ!! もうすっかり元気そうじゃねえか!!」
「えっ……」
あまりの光景に言葉を失う。
どういう訳か……眼前には四つん這いに地面を這っているラフきゅん、そして、その背中には長身の美女が腰かけていた。
ターナーズ・ギルド事務部長メルガーネス……通称、メガネ部長。
恐らくはヒゲやラフきゅんと同年代と思われるが……年齢を感じさせないその容貌、そしてキツメの眼差しと、あまり似合い過ぎている眼鏡から『ターナーズ非公式、踏まれたいランキング』にて、トップを独走中のいわゆる美魔女である。
何となく……俺は会う度にデジャヴを感じるのだが、その理由は不明だ。
「あら? どうしてこの椅子は喋ってるんだろう……ね!!」
「グベハッ!!」
メガネ部長は、踵の一撃をラフきゅんにお見舞いする。
ラフきゅんは口をつぐんだ。
「こ、これは一体……」
「あぁ、驚かせてすまないね。今回の件で、主犯の二人には罰を受けてもらうことにしたんだ」
唖然とする俺に、メガネ部長は淡々と告げる。
「ほれ、もう一つの椅子はそこだよ」
廊下を覗き込むと、その言葉通り……彼女のすぐ先にはこれまた四つん這いになったガリ勉先輩、そしてその背に腰かけるメガネ部長の側近、マジルメリーゼさんの姿があった。
「罰って……もしかして」
「あぁ、彼らには減俸一ヶ月と奉仕活動の罰を与えた」
奉仕活動……目の前で行われている人間椅子がそれに該当するらしい。
確かに、ガリ勉先輩の起こした行動は厳罰に値するだろう。
(だが、これはさすがにアウトだろ。色んな意味で……)
そう思い、再びガリ勉先輩へと目を向ける。
すると、驚くべき光景が俺を待っていた。
「や、やぁ……カンザキ。こ、これはこれで新感覚なんだね」
「うるさい……」
「グハッ……だが、この痛みも……悪くないね」
嫌悪感を剥き出しに、マジルメリーゼさんは脇腹に蹴りを見舞う。
だが、恍惚の表情を浮かべるガリ勉先輩。
対して、彼女は感情を失った目で自らの人間椅子を見下していた。
「……気持ち悪い……」
「あ……あぁ、た、たまらないね」
果たして、これが罰として成立しているのか……正直、微妙だった。
「あぁ、困ったものだ。マジメちゃんの氷点下の眼差しに、彼の中の何かが目覚めてしまったらしい」
やれやれと首を振るメガネ部長。
そこで、俺は気になっていたことを尋ねた。
「ところで、さっき主犯の二人って言いましたけど、俺……そんなこと書きましたっけ?」
「あぁ、そのことか。いや、この人間椅子1号が白状したんだよ。“今回のことは、全部俺がコイツに命じたことだ! だから、こいつは悪くない”ってね」
「えっ……」
俺は虚を突かれた思いだった。
「まったく、迷惑な話だと思わないか。いくらエンターテイメントの追及だからと言っても、こんな事件を引き起こすなんて。信じられないよ」
どうやら、事務部で行われた事情聴取にてラフきゅんは事実とは異なる供述をしたらしい。
だが、一体なぜ……。
「おっと、私はスケジュールが立て込んでいるんだ。すまない、カンザキ。私はこれで失礼するよ。さぁ、行くぞマジメちゃん!!」
「あっ……はい。お疲れ様です」
メガネ部長の言葉に、意識を引き戻される。
すると、彼女は去り際にこちらへと告げた。
「あーそうそう。二つの人間椅子だが、邪魔くさいのでここに置いていくことにするよ。君が自由にするといい。
無論、座ろうが蹴り飛ばそうが、はたまた……処分しようが、それは君の自由だ!」
「しませんよ!! そんなこと!!」
「ハハハ、流石にツッコミが鋭いな。それじゃ、またね」
ツッコミを笑い飛ばし、去っていく事務部の二人。
その背中に俺はどこか既視感を覚えるのだった。
「それで、一体あれはどういうことだったんですか」
俺は自室へとラフきゅんとガリ勉先輩の二人を招き入れ、今回の件について質問を投げかけた。
だが、まるで心当たりが無いといった様子のラフきゅん。
「あれって、なんだよ」
「そりゃ……主犯二人って奴ですよ。なんで、ラフきゅんが悪いことになってるんですか。むしろ、あなたは被害者でしょ」
「あぁ、そんなことか」
「いや、そんなことって……」
俺の言葉を遮り、ラフきゅんは言い放った。
「俺は、ただ俺の信条に従ってそうしただけだ。そして、それを決定づけたのはカンザキ、お前だぞ」
「へっ?」
唐突に名前を出され、俺は茫然とする。
「なんだよ、あれだけ熱弁してたじゃねえか」
──誰かを守れる奴が、笑顔に出来る奴こそが強いんだ!!
ふと、昨日の一幕が頭を過る。
「まさか……」
「まぁ、結局……本当の意味で罪を背負っちまったんだがな。皮肉がきいてるだろ」
ラフきゅんは苦笑しながら告げた。
「まぁ、真面目な話……そのまま事実を告げれば、ガリ勉の投獄は免れないだろう。そうなれば、お前が言っていた黒幕の正体も分からず仕舞いだ。
例え、大元の原因がこいつだったとしても……その心の隙間につけ込んだ卑怯者には一発、拳をくれてやらないと俺の気がすまねえ」
その言葉に……ラフきゅんがガリ勉先輩の眼前で拳を寸止めしたことを思い出した。
きっと、あの時……俺が止めなくてもこの人は同じことをしていたのだろう。
「おっと、そう言えば一つ忘れてたな。おい、ガリ勉」
「は、はい……」
何かを思い出した様子のラフきゅんは、ガリ勉先輩へと呼びかける。
すると、ガリ勉先輩はおもむろにその小さな体で跪き、頭を垂れた。
「カンザキ、本当にすまなかったんだね!! こんな、こんな謝罪で何が変わるわけでもないかもしれない……もはや、君の溜飲が下がることもないのかもしれない。だが……だが、それでも私は謝らなければならないんだね!」
一呼吸置き、先輩は地面に頭を擦りつける。
「大変、申し訳ありませんでした!!」
神崎大魔導、人生で初めて他人からの土下座を受け取った瞬間である。
だが、そこには優越感も何も無く、ただただ俺は居心地の悪さを感じていた。
「顔を上げて下さいよ、先輩」
「だが、私は許されざる罪を──!!」
「もういいですから。結果的に俺とドルグは怪我一つ無かったわけですし、その謝罪はあなたが傷つけたカイルさん……そして、あなたを守ってくれた上司に捧げて下さい」
厳密に言えば、五回しか使えない呪文を一回分消費したので、ノーダメージとはいかないが……それは言わぬが花だろう。
「カ、カンザキ!!」
ガリ勉先輩が顔を上げる。
その顔面は涙と鼻水で酷い有様だった。
「あ、ありがとうだね!! このどうしようもない私を……私を……許してくれると言うのだね!!」
「それはもういいですから……。ただ……先輩、あなたには他にも謝らなければならない人がたくさんいる筈です。
これまで従ってくれたテフォルさん、シャイアさん、レントさん……それから、マーカスさん」
あの料理対決の日、ガリ勉陣営で何があったのか……そのことはおおよそテフォルさんから聞いていた。
「出来ますよね。彼女達にこれまでの非礼と待遇についてのお詫びをするんです」
俺の言葉に、再び俯くガリ勉先輩。
そして、ポツポツと語り出した。
「分かっているよ……私が全て、悪かったんだ。もし、彼女達と連携をとることが出来ていれば……あの勝負にも私は勝っていたのかもしれない」
「えぇ、そうですね。多分、俺達は為すすべも無く惨敗していたと思います」
「私は全力で彼女達に謝ろうと思う。この身を賭して……ね」
「ったく、気付くのが遅えんだよ……」
ラフきゅんは静かにボヤく。
その表情がどこか嬉しそうに見えたのは気のせいではないだろう。
「だから……私は……もう一度、やり直したい。部長の言う強者……誰かを守り、笑顔に出来る……私はそんな存在になりたい」
「何だ、どさくさに紛れて嬉しいこと言ってくれるじゃねえか!!」
「ぐああああ! 苦しい!! 痛いいいいい!! 死んでしまう!!」
ガリ勉先輩の言葉に、ラフきゅんは嬉々としてヘッドロックをかましていた。
俺は、それをどこか朗らかな気持ちで眺めていた。
「それで、先輩……一つお聞きしたいのですが」
数分に及ぶヘッドロックから解放されたガリ勉先輩は、静かに頷いた。
「先輩……ボウガンの心得はあるのですか?」
それは、ずっと気になっていたことだった。
もしも、あれだけの技量があるのなら……ガリ勉先輩は営業部のダンジョン攻略部隊でも主力足り得る実力者と言える
脳筋……いや、近接武器の取り扱いがメインとなっている営業部において、その存在は貴重な遠距離火力として重宝されることだろう。まさに垂涎の人材と言える。
そうなれば、企画部に対して、執拗な引き抜きが行われることは想像に難くない。
だが、そんな噂は一度たりとも聞いたことが無かった。
「いや……どうすれば発射出来るのかくらいは理解しているが……目標に向かって当てる程の技量などあるはずもない。何せ、恐らくはあの洞窟で初めて撃ったくらいだからね」
やはり、あの時のガリ勉先輩は何者かからの補助を受けていたらしい。
しかし、その言葉の中に俺は引っ掛かりを覚える。
「恐らくは……とは、どういうことですか?」
「いや、これは決して言い訳をするつもりでは無いのだが……あのダンジョンでの出来事については、記憶の一部が欠落しているのだ。
もちろん、何を仕出かしたのか位は覚えている。だが、ボウガンの扱い方や、リザード達を操った方法……それらがスッポリと抜け落ちているのだね。
もっと言うと……あのダンジョンに辿り着くまでの記憶も抜け落ちているのだね……。気が付いたら私はあの場で君達を包囲していた。そして、あの時の私は……凄まじいまでの万能感に満たされていた」
「万能感……ですか」
普段からガリ勉先輩は自信過剰のような気もするが、それとは違う感覚なのだろう。
「そうなんだね。今なら私は何でも出来る。あのカイルや、部長をも打ち負かし、私がギルドを壊滅にまで追い込めると……本気で、そう思えていた。それはまるで、心のたがが外れたような感覚だった。
自制心は全て消失し、何もかも……私が思い描くままに事を運ぶ……欲望のままに動くというのは、きっとああいった感覚なのだろう。
そして、そんな状況から私の目を覚まさせてくれたのが部長……そして、他ならぬカンザキ……君だったのだね。
改めて言わせてもらう。すまなかった……そして、ありがとう。カンザキ」
「いえ、そんな」
あのガリ勉先輩に、ここまで正面から謝意を伝えられると……何だか妙に照れくさい。
何となく視線を逸らす俺の耳に、ラフきゅんの言葉が届く。
「しかし、厄介だな。自ら手を下すことなく、誰かを攻撃出来る輩が居るってのか……」
そうだ……唐突なガリ勉先輩の言葉に調子を狂わされたが、俺達……ターナーズ・ギルドを狙う人物の正体に結び付くようなヒントが、未だ得られていないのだ。
これは由々しき事態と言えそうだ。
「おい、ガリ勉。他には何かねえのか」
「そうですね……」
考え込むガリ勉先輩。ややあって、再び言葉を発した。
「導いてやる……奴は、確かにそう言っていた気がします」
「何だそりゃ」
「詳しくは分かりませんが……まるで、私の頭の中に直接話しかけてくるような……そんな感じでした。そして、奴は私との接触の際に確かにそう言ったのです」
「導く……ねぇ」
ラフきゅんはボンヤリと呟く。
無論、俺にも思い当たる節が無い。
しばらくの間、俺の部屋は静寂で満たされる。
そんな状況を破ったのは、ラフきゅんの声だった。
「だー、わっかんねえ!! もういい、この件は保留だ。分からねえもんは分からねえ!!
おい、カンザキ!!」
「は、はい!?」
唐突に呼びかけられ、間抜けな言葉を返す。
ラフきゅんは、そんな俺の様子を気にせず、話を進めた。
「一つ、言い忘れていたことがある」
「えっと、何でしょうか……」
急に真剣な表情になるラフきゅんを前に、俺は唾を飲み込んだ。
一体、次はどんな無茶ぶりをぶつけられるのだろうと身構える。だが、予想に反してラフきゅんは頭を下げた。
「お前らには色々と迷惑を掛けた。企画部の代表として謝罪する。すまなかった」
「い、いえ……もういいですから」
確かに、迷惑の一言で片付けるには企画部での日々は色々とあり過ぎた。
だが、ラフきゅん的に言うのであれば……それもまた、エンターテイメントだ。
むしろ、普通であれば味わうことの出来ない体験と言える。
「確かに大変でした、でも……色々と貴重な体験が出来たのも事実ですから」
「そうか。ならば……俺は告げよう」
ラフきゅんは顔を上げると、真っ直ぐに俺に向けて言い放った。
「カンザキ、お前達の企画部研修は本日を以て終了とする!! 明日から、またヒゲの下でたっぷりしごかれて来い!」
「えっ……」
唐突な終了宣言に、俺は言葉を失う。
だが、何かを言わなければならない。
必死に色々と考えた末、俺は頭に浮かんだ言葉を告げる。
それは、心からの言葉だった。
唐突に始まり、これまた唐突に終わりを告げた企画部研修……それは確実に俺の一部となることだろう。
その思いを言葉にするとしたら……この言葉しかなかった。
「ありがとうございました!!」
ラフきゅんは、目を丸くした後……楽しそうに笑う。
そして、左手を差し出した。
「こちらこそ。最高に刺激的だったぜ」
俺は、その手を強く握ったのだった。
それから数分後、ラフきゅんとガリ勉先輩は部屋を後にした。
どうやら、ドルグとフィーネにも研修の終了を告げに行く……ということらしい。
そして、俺の手元には一枚の折りたたまれたメモが残されていた。
先程、ラフきゅんと握手をした際……渡されたものだ。
俺は、そのメモを開く。
「うわ……めっちゃ書いてある」
ラフきゅんのイメージに反し、そこにはビッシリと文字が敷き詰められている。
目を細め、その字を追っていく。
『まずは、研修お疲れ様。
勝手ながら、こっ恥ずかしいことを書かせてもらう。
正直、お前を手放すことになるのは惜しい。研修という名目で来てもらっている以上、これは避けられない事態なのだが、それは一番最初に言わせてもらう。
もし、本当に辛くなったらいつでも言え。俺がヒゲに直談判してやる』
どうやら、想像以上にラフきゅんは俺のことを高く買ってくれているらしい。
だが、これは想像以上にこっ恥ずかしい……。
俺は何とか、その先を読み進める。
『ただ、これから先……それでも、どうしようもない事態に陥ることもあるだろう。笑えないような状況に周囲は気が滅入っているかもしれない。
だが、そんな時だからこそ……カンザキ。お前には裏面に書いた言葉を思い出してほしい。そして、その場の空気を払拭してほしい。お前にはきっと、それが出来る』
言葉に従い、メモを裏返す……すると、そこにはこう書かれていた。
『俺こそが、エンターテイメントだ!!』
第2部 俺こそがエンターメイメントだ。 〜 完 〜
第2部、何とか完結しました。
ここまでお付き合いいただきありがとうございます。
第3部はしばらく時間が掛かるかと思いますが、再びカンザキ達のドタバタ劇にお付き合い頂ければ、嬉しい限りです。




