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うちのギルドは前(株)です。  作者: いさき
第2部 俺こそがエンターテイメントだ。
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そんなあなたが嫌いです!

「まったく、君は何か行動を起こす度に問題を起こさないと気が済まないのかな」


 眼前の女は、自らのシンボルである眼鏡をクイッと持ち上げながらそう告げた。

 その眼鏡の奥からは、まるで獲物を狩る肉食獣のような鋭い眼光を覗かせている。


「エンターテイメントを追求するのも結構だが、結果としてもたらされる二次被害も考えてほしいものなんだけどね。そこら辺はどうなんだい。ラフきゅん」


 自らの名前を呼ばれて、土下座をしていた男──ラフきゅんこと、企画部長ラインフォールは顔を上げる。

 すると、彼女のその年齢を感じさせない妖艶な太腿が目に入った。


「すま……ガフッ」


 だが、謝罪の言葉を口にしようとしたその時……上から足が振り下ろされる。

 そして、再びラインフォールールの顔面は木目の床に叩きつけられた。

 眼前の女──事務部長メルガーネスは氷点下の眼差しで、彼へと告げる。

 

「誰が、顔を上げていいと言ったのかな」

「す……すまねえ」

「今回の件、社長は裁定を下すよう私に命じた。それはつまり……君の命運は私が握っているも同然ということだ。今一度、そのことを理解した方がいいよ。ラフきゅん」


 再び、メルガーネスは眼鏡を持ち上げる。

 ラインフォールは情けなくも、ただ……その怒気の前にひれ伏すしか無かった。

 ややあって、彼女はその場に佇むもう一人の人物へと目線を目を向ける。


「ヒィ……!」


 その視線を感じ取った人物──ガリベールンの口からは、思わず声が漏れ出た。

 小柄な体躯を縄によって縛られ、所々が破れた服に丸眼鏡を掛けたその様相はどこか憐れみを感じさせる。


「しかし……ガリベールン。転がされ、踊らされ……君も哀れなものだ」


 ふと、呟くメルガーネス。

 それは、彼女が抱いた率直な感想だった。



 遡ること数分……ダンジョンでの騒動から一夜が明けた今日……その実行犯であるガリベールン、そして責任者たるラインフォールは事務室へと招集された。

 名目は事情聴取、言うまでもなくそれは今回の事件についての取り調べである。

 

 恐らくはラインフォールが正直に事情を説明すれば、彼に非は無く、全てがガリベールンの反逆として処理されることだろう。

 場合によっては……裏切者を捉えたと、皆からその功績を称えられることもあるかもしれない。

 

 だが、部屋へと入るなりラインフォールは膝を付いた。

 そして、事実とは全く異なる内容の供述を行った。


「すまない! 今回のことは全て、俺の責任だ!」


 その声に、思わず目を見開くガリベールン。

 対して、聴取役のメルガーネスは静かに問い質した。


「それは……一体、どういうことだい」


「俺がこいつに命じたんだ。魔物を用意し、悪役に徹しろと。初日の最終組のお客には、何かインパクトを残したかったんだ」


「そ、そんな。それは私が」

「お前は黙ってろ!!」


 その内容に、ガリベールンは当惑したかのような声を上げる。

 しかし、それはラインフォールの一喝によって遮られた。


「ともかく、今回のことは全て、俺に責任がある。すまなかった!!」


 そして、彼は静かに頭を垂れ、額を床へと擦りつける。

 それは、社長直伝のジャパニーズ土下座に他ならなかった。


 だが、生憎と彼女にはそのような行動は通用しないようだった。







「しつこいようだが、そいつはッ──ゴフッ……」


 鋭い視線を向けられ、委縮するガリベールンの擁護を再び試みようとしたところ……再度、ラインフォールの頭上には足が右足が振り下ろされる。


「だーから、誰が顔を上げていいって言ったのかな!」


 彼の謝罪を鼻で笑い、メルガーネスは右足で頭を踏みつけたまま、話を進めていく。


「ラフきゅん。君がやらかしたのは理解した。どうせ、毎度のことだ。その手の傷も自業自得だろう。

 だが、カイル君は君達の愚かしい行動のせいで怪我を負った。本人はまるで気にしていない風だったが……それでもこの件は二部門を巻き込んだ労災になるんだ。

 しかも、その原因がダンジョン攻略では無く、内輪での不祥事と来たものだ。こんなの……赤っ恥もいいところだと思わないかな?」


「……面目ない」


 容赦のないメルガーネスの言葉に、ラインフォールは静かに告げる。

 すると、その言葉を聞いてか聞かずか……メルガーネスは大仰に声を上げた。


「そして、そうであれば……君達にはそれ相応の罰を以て、その罪を償ってもらわなければならない!」


 ゴクリと、唾を飲み込む企画部の二人。

 そんな二人に対し、メルガーネスは告げる。


「私は忙しい。故に、この場で裁定を下す。

 企画部長ラインフォール、そしてガリベールン。君達は──!」




-------------------------------------





「マジメちゃん……私は、やはり甘いのだろうか」


 嵐の後の静けさ、そんな言葉がしっくりとくる事務室の中……ふと、こちらへと問いかける声があった。

 先程まで、この部屋で尋問を受けていた二人組の気配は既にない……そのことを確かめた私──マジルメリーゼは、潜んでいたクローゼットから姿を露わにする。


「えぇ、甘いですね。激甘です。砂糖菓子よりも甘いです」


 そして、迷うことなく、私は自らの主人……腐れメガネことメルガーネス様の言葉に答えた。


 もちろん、適当に答えた訳でも、ましてや主人の言葉に付和雷同したわけでもない。


 全ての事情を把握した上での返答だ。


 昨日起きた騒動……その報告は既にカンザキから受けている。


 報告書によると、ガリベールンは魔物を率い、ボウガンを以てあのカイルに損傷を与えたという。

 それどころか、ラインフォールの手についてもガリベールンの発射した矢によって傷を負わせられたらしい。

 そして、ガリベールンのその時の様子が……まるで、常軌を逸していたとも言っていた。

 それらの情報から推測される事態は一つしかない。


「見え透いた嘘に乗せられたフリをして、処分を緩めるなんて……甘いにも程があります。あまりの激甘に胸焼けしそうです」


 即ち──裏切り。

 先日の料理対決によって姿を眩ませていたガリベールンが、何らかの力を手にしてカンザキやカイル達……ひいてはこのギルドに復讐をしようとした。

 そう考えるのが妥当だろう。


 本来ならば、騎士団にガリベールンの身柄を引き渡し、然るべき刑罰を与えなければならない程の重罪と言える。

 そして、恐らくメルガーネス様は、それらの事情を全て把握していた。

 だがしかし、把握したうえで、それでも彼女はあえてラインフォールの嘘に乗っかったのだ。


 ──甘い。甘すぎる。


「私は甘いか。激甘かー」


 メルガーネス様は、私の言葉に中空を見上げる。

 そこに彼女が何を見ているのかは分からない。

 だが、その表情には過去を思い、何かを慈しむような……そんな心情が感じられた。


「参ったね。どうしても創設期のメンバーが絡んでくると判断が鈍る……もっと、冷徹に動かなければいけない筈なのに。彼にあれだけ必死に部下を庇おうとする姿勢を見せられてしまってはね……どうしても非情になりきれない」


 そして、ややあってから自嘲気味に彼女は告げる。


「私は……ダメだな。こんなんじゃ、管理職失格だな」


 まるで、自らに失望するような声色に……私は自らの胸の内にモヤモヤとしたものが溜まっていくのを感じた。


 ──違う。

 

 私の内側から、明確に否定の声が湧いて出る。

 それは、いつしか……私にかつての日々を思い起こさせた。


 貧困、空腹、孤独……生涯忘れることの無いであろう、あの絶望の日々。

 そこから私を救い出してくれた光……それは他ならぬ──貴女。


 ──だから、そんな貴女が、下を向いていていい筈がない。

   そんな貴女が、否定されていい筈がない。


 例え、それが貴女自身の言葉だとしても……私は──。


 気が付けば、私の口からはその想いが溢れ出していた。


「でも、そんな貴女だから私……私は──!」


 突然、声を上げた私に驚きの表情を浮かべるメルガーネス様。


「なっ、なんでもありませんっ!!」


 私は思わず口にしかけた言葉を奥へと引っ込める。

 だが、ややあって彼女は頬を緩めると……私へと静かに問いかけた。


「私は……何だい? マジルメリーゼ」

「だから、何でもありません……」


 そのまま、こちらに迫るメルガーネス様。

 その声色にはいつしか活気が戻り、口元には意地の悪い笑みを浮かべている。


 私は自らの体温が上がっていくのを感じた。


 危ない──柄にもないことを口走るところだった。

 まったく、この悪女は油断も隙も無い。


「で、その続きはどうしたのかな? 私は、一体何て言おうとしたのかな?」

「し、しつこいですよ。いい加減にしてください」


 ニヤニヤとこちらを弄びかのような表情……そして、先程から顎をなぞる右手に、私は苛立ちを覚える。


「さぁさぁ、恥ずかしがらずに言ってごらんよ。可愛いマジメちゃん」


 その言葉に頭の中の何かが切れた私は、ありったけの声で叫んだ。


「私は、そんなあなたが大嫌いです! このド腐れメガネ!!」


すみません、ちょいと間が空きました。

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