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うちのギルドは前(株)です。  作者: いさき
第2部 俺こそがエンターテイメントだ。
73/75

人に歴史あり

 ──歯ァ食いしばれえええええ!!


 言葉とともに放たれる、ラフきゅんの一撃……その勢いはまさに必殺という他に無かった。

 空間は唸り、その拳はまるで砲弾のように思える。


「ヒィイイイイイ!!」


 ガリベールンが堪らず、叫び声を上げるのが聞こえた。

 顔面に命中すれば、即死は免れないだろう。


(いいのか? 本当にそれで!?)


 目の前の男は、私怨でかつての仲間を裏切るばかりか……何の関係も無い一般人をも、その手に掛けようとした。これだけの罰が与えられるのは当然だろう。


(でも、それでも!!)

 

 ──待ってください!!


 気が付けば、俺は声を上げていた。

 もう、間に合わないかもしれない。あるいは……ただ、綺麗ごとを口にしようとしているのかもしれない。

 だが、それでも声を上げずにはいられなかった。


 凄まじいまでの衝撃が、ガリベールンの顔面を蹂躙する──その直前……ラフきゅんは拳を寸前で止めると、こちらへと一言だけ問いかけた。


「何故だ」


 その気迫に気圧されながらも、咄嗟に浮かんだ答えを口にする。


「今、ガリベールンを殺すのは簡単かもしれません。でも、それでは黒幕を確かめることが出来なくなります!」


「黒幕だと?」

「えぇ! 先程までここに居たリザード達は、明らかにガリベールンと連携を取っていました。それに、尋常ではないボウガンの命中精度……恐らく、ガリベールン……いえ、ガリ勉先輩は何者かの影響下にあるはずです!」


「ほう……それはごもっともだ」


 関心したように、ラフきゅんは呟く。

 だが、ややあって首を横に振った。


「しかし、まだ足りねえな……こいつを救うには!!」

「ヒィイイイイイ!!」


 再び拳を振り上げるラフきゅんと、泣き叫ぶガリベールン。

 俺は二人に向かって叫び声を上げた。


「強い奴が誰かを支配するんじゃねえ!! 誰かを守れる奴が、笑顔に出来る奴こそが強いんだ!!

 自らの強さにかまけ、弱者を虐げる……それは罪だ!!」


 それは、ラフきゅんの言葉……彼の奥底にある信条。


「さっき、そう言ったじゃないですか!! だから……だから、俺はラフきゅんに罪を背負ってほしくない!!」


 その言葉を耳にしたラフきゅんは、ニヤリと笑う。


「なるほどな。だがカンザキよ、世の中にはケジメってモンも必要なんだ」

「それでも──」


 俺の静止の言葉など意にも介さず……ラフきゅんは、そのままガリ勉先輩に向かって拳を振り下ろした──かに見えた。

 だが、その拳は再び寸前で止められていた。


「精々、カンザキに……強者に感謝するんだな」


 そして、言葉と共に極小の一撃が放たれた。


「あ……う……」


 そのまま、白目をむくガリ勉先輩。


(デ、デコ……ピン……)


 恐ろしや……中指だけの一撃で、ガリ勉先輩は意識を消失したらしい。

 この人にだけは逆らわないでおこう……そう固く誓った今日この頃だった。







「何とか、誤魔化せたな」

「うん……」


 俺とドルグは、ダンジョンの入り口に座り込み、二人でため息をつく。

 前方へと目を向けると、今まさに一家を乗せた馬車が発車するところだった。


 ディーノが横から顔を出し、こちらへと手を振っている。


「ハハ……」


 俺もそれに応じる。

 やがて、馬車は小さくなっていく。

 紫紺の空の下、マジックランタンの小さな明かりだけが小さく輝いていた。


「死ぬほど疲れた……」

「僕もだよ」


 先程の出来事を思い返す。


 あれから、気を失ったガリベン先輩を抱えながら、俺達は一家を出口へと案内した。

 身内の、みっともない戦いを見せてしまったわけだが、夫妻とディーノ……誰一人としてかすり傷一つ無かったことが幸いした。


 すごい迫力だった!! 僕も大きくなったらダンジョンに挑戦したい──とは、ディーノの言葉だ。

 齢10歳にして、激しいトラウマが植え付けられかねないとも思っていたが、どうやら心配はご無用といったところのようだ。


 強い、子供強い。


 そして、ご主人はと言えば……まさしく親子とでも言いたくなるようなコメントを残していった。


「いやぁ、貴重な体験をさせてもらいました。まさかダンジョンの疑似体験だけでなく、迫真の演劇まであるとは。ディーノも喜んでおります!」


 結果オーライというやつだろうか。楽しんでいただけたのであれば幸いだ。

 正直、奥さんだけは何かに気付いていたようだが……あえて、そのことを口にせず……ただ「ありがとうございました」とだけ言い残し、やがて三人は馬車へと乗り込んでいったのだった。


「それにしてもさ」

「なんだよ」


 不意に呟いたドルグの言葉に答える。


「ラフきゅんって、一体何者なんだろうね」


 ボウガンから放たれた矢を素手で掴み、挙句は投げ返す。

 地面を叩けばリザード達が吹き飛び、更にはデコピンで人の意識を消失させる。


「分からん……が、只者ではないことだけは確かだな」


 なぜ企画部に居るのかが分からないレベルの戦闘力……思い起こすだけで、俺は背筋がピンと張るような心地だった。


「何だお前ら、そんなことも知らねえのか」

 

 すると、そこに背後から声が掛けられる。


「「カイルさん!?」」


 俺とドルグは、二人して飛び上がる思いだった。


「おいおい、何だよ。まるで幽霊でも見るような顔して」


 やれやれと、カイルさんは首を横に振る。


「いや、だって足が……」


「あん? あの程度……矢さえ抜いちまえば、後は包帯で止血しておけば問題ねぇよ」

「さいですか……」


 言われてみれば、洞窟から脱出する時……少々足を引きずりながらも、自分の足で歩いていた。

 先程のラフきゅんほどではないが、相変わらず無茶苦茶な人だ。


「っと、俺のことはいいんだよ。それよか、ラフきゅんについてだろ」

「ま、まぁ……カイルさんがそれで大丈夫なら」


 ドルグが苦笑しながら告げる。

 すると、カイルさんは意気揚々と語り始めた。


「ラフきゅんこと、企画部長ラインフォール。その正体は……俺の師匠にして、先代の騎士団長だ!」


「「ええぇぇぇぇぇ!!」」


 俺とドルグは共に驚きの声を上げる。


「で、騎士団長ってなに? 偉いの?」


 だが、続く俺の言葉に二人はずっこけそうになる。


「カンザキ、お前なぁ……」


 カイルさんは頭を抱える。


「あの、いいです。僕から説明しますから」


 そして、ドルグは改めてこの国についての説明をしてくれた。


 どうやら、俺達……ターナーズ・ギルドが居を構えるベルディアの街の他にも、大陸には無数の街……そして、ギルドが存在しているらしい。

 だが、武力を保有する組織を野放しにする訳にもいかず、それらを統括しているのが王と貴族達……即ち、王国ということのようだ。


「その王国全土の治安を維持し、時には武力を行使して……街やギルドが起こした反乱の鎮圧にあたる存在。それが騎士団だよ」

「なるほど、要は警察と軍隊を合わせたようなもんか」

「ケイサツ? グンタイ? 何を言っての?」

「あー、すまん。気にしないで続けてくれ」


 思わず飛び出してしまった現代ワードを飲み込み、先を促す。

 やや怪訝そうな顔をしながらも、ドルグは説明を続けた。


「そして、その騎士団は五つに分かれているんだ。東方騎士団、西方騎士団、南方騎士団、北方騎士団……そして、中央騎士団だ。名前の通り、この大陸の東西南北……それから王国を守っている」


「何だか、面白み分け方だな」

「そこに面白みを求めるのは、カンザキくらいだと思うよ……」


 苦笑するドルグ。

 そして、カイルさんはその先を続けた。


「そんでまぁ……ラフきゅんは、その中の北方騎士団長だったってわけだ」

「要は、めっちゃ凄い人だと」

「まぁ、そういうこった。騎士団長ってのは、先代が引退ないし戦死した際に……騎士団の中で一番強い奴が就く役職だからな。つまりは北方騎士団で最強の男だったってことだ。

 それから、入社当時にひよっこだった俺を鍛え上げてくれたのもラフきゅんだったってわけだな」


 カイルさんは、うんうんと頷く。

 だが、そこで俺は気が付いた。


 ラフきゅんが鍛えてくれたと、カイルさんはそう言ったが……それならば、我が営業部が誇る部長殿の教えはどうなっているのだろう。


「あれ、そうなるとヒゲ部長は……」

「そ、その話は今はいいじゃねえか」


 ふと、その名前を口にした俺に対し、露骨に焦るカイルさん。

 どうやら、触れてほしくないことがあるらしい。


「あー痛てぇ! 足が痛てぇ! 急に痛てぇ! それじゃあな。お前ら」


 そう言い残すと……カイルさんはけが人とは思えない速度で去っていった。


「人に歴史あり……だね」


 ドルグの口にしたその一言に、妙に納得してしまう俺だった。

 だが、ラフきゅんは一体なぜ……騎士団長という立場を捨ててまで、このギルドに入ったのだろう。


(絶対、そっちの方が……給料とか福利厚生とかしっかりしてるよなぁ)


 結局、謎は深まるばかりであった。

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