歯ァ食いしばれえええええ!!
「おいおい、何だこりゃ。あんまりにもお前らの帰りが遅いから、様子を見に来てみりゃ……どういう有様だこりゃ」
最奥部に響いた声の主……ラフきゅんこと、企画部長ラインフォールは険しい表情と共に、最奥部へと足を踏み入れた。
「はぁー……助かった」
その声を聴いた途端、カイルさんはその場に腰を降ろす。
「え……ちょっ、カイルさん!?」
俺は慌てて、カイルさんへと呼びかける。すると、カイルさんは俺の後方を指さした。
「多分、もう大丈夫だ」
目を向けると、そこには顔面蒼白となったガリベールンが佇んでいる。
「な、そんな……な、なぜここに」
どうやら奴の興味は既にこちらにはなく、目の前に現れた大男をただただ、恐れているようだった。
「だから、言ったろ。こいつらの戻りが遅えから見回りに来たって……それで、ガリベン……お前、何をしてやがる」
そして、一方のラフきゅんはと言えば……激しい怒りを携え悠然とこちらへ向かって足を運んでいた。
その姿を目に止めたリザード達が、ラフきゅんに向かって威嚇の声をあげる。
シャーシャーと警告を発する彼らの声は次第に折り重ねり、いつしか一つの大きな声と化していた。
ところが、ラフきゅんはその声に怯むどころか……苛立ちを隠さず、大仰に一歩を踏み出した。
周囲にはその足音が響く。
途端……リザード達の威嚇の大合唱が止んだ。
「うるせえな……俺は今……こいつらに話が!! あんだよ!!」
ラフきゅんは言葉と共に、剛腕を振り下ろす。
すると、その場に月面もかくやというクレーターが出現した。
リザード達はと言えば、その衝撃によって散り散りに吹き飛んでいく。
(えぇ……)
無茶苦茶だった。
俺ばかりではなく、ディーノと両親もその様子を唖然としながら見守る。
土埃の先から現れるそのシルエットは、まさに魔人を思わせた。
「ひっ……相変わらずなんて馬鹿力だね……。だが、今の私にはあの御方のご加護が……」
背後のガリベールンがブツブツと何かを呟く声が耳に入る。
やがて、次第ににその声が大きくなると、自信に満ちた様子でガリベールンは言い放った。
「そうだ! 私はもう、弱者ではない……あんな筋肉だるま、恐るるに足らないね!」
言葉と共に矢が発射される。
「ギャハハハハハ!! し、死ねええええ!!」
まるで、それが本人の意思とでも言わんばかりに……矢は一直線にラフきゅんに向かって飛んでいく。
(ダメだ…! 避けられない!)
正確に狙いすまされた一撃が、ラフきゅんの胸を貫く……そう思った瞬間、ラフきゅんの声が響いた。
「遅え!!」
「な、なんだねそれは! 無茶苦茶じゃないか!」
次いで、ガリベールンが憔悴したかのような声を出す。
「相変わらず……凄まじい人だ」
カイルさんはその様子を前に、やれやれとため息をつく。
そして、俺はと言えば……まさに信じられないものを見た思いだった。
(おいおい……嘘だろ)
「遅過ぎて蠅でも止まってんじゃねえか」
ラフきゅんは、自らの右手にある矢を見ながら、不敵な笑みを浮かべる。
何とも信じがたい話だが……今、確かにラフきゅんは放たれた矢を素手で掴みとって見せたのだ。
(あの人……一体、何者だよ!)
おおよそ人間業とは思えない……その認識は、この場の全員が共有したことだろう。
気が付けば、リザード達も圧倒的強者を前に退散を決め込んでいるようだ。
未だに動ける個体がこぞって、扉の外側へと逃げ出していくのが目に入った。
「パ、パパ! あいつらどっか行っちゃうよ! ざまーみろ!」
「おいこら、ディーノ!!」
ディーノは危機が去ったことに歓喜し、障壁の外へ出て飛び跳ねている。
夫妻もまた、そんな息子を窘めるべく……そこから出てしまう。
障壁は一方通行のため、もう中へ入ることは叶わない。
もはや、自分のためだけに障壁を展開し続ける意味も薄く、俺は魔力を遮断した。
「お、おい! お前達! 何を勝手に撤退しているんだね! この私の命令に逆らうのかね!」
そして、いそいそと退散するリザード達の姿を前に、ガリベールンは喚きたてる。
すると、そこに鋭い一声が掛けられた。
「おい、ガリベン。そこから動くんじゃねえぞ」
「ヒッ……」
堪らず、尻餅をつくガリベールン。
ややあって、ラフきゅんが助走をつけながら右手を振りかぶる。
そして、言葉とともにその手から矢が放たれた。
「まずはこの矢……返してやるから……よッ!!」
鋭く飛んだ矢はガリベールンの足元へと突き刺さる。
「な、何故だ! 私は導きに従って、強者となった! 何者にも負けないはずの強者に!」
そして、ラフきゅんはガリベールンへと向かって、一歩一歩……歩を進めていく。
「それなのに、何故、お前は私を見下ろす。何故、お前はいつもいつも……私を、支配する!!」
ガリベールンは、叫び声を上げる。
いつしか、祭壇へと辿り着いたラフきゅんは、その姿を見下ろしながら、淡々と告げた。
「おい、ガリベンよ。そいつは少し違うな」
「な、何が違うというんだね……強者が弱者を支配する。それがこの世の摂理だ! 故に、私はあの御方の支配を受け入れた。そして、強者となった。だから、次はお前達が私に支配される番なのだ!!」
ガリベールンは震えながら、ラフきゅんに向かってボウガンを構える。
「ハハハ! こ、この距離なら、あの無茶苦茶な芸当も出来るはずがないね!!」
「やってみろよ」
ラフきゅんは冷酷な声で告げる。
すると、ややあってガリベールンはボウガンをラフきゅんとは明後日の方向へと向けた。
「フン……この矢の先に居るのは……一体、誰だろうね」
「まさか、テメェ!!」
ラフきゅんの焦ったような声を前に、ガリベールンは不敵な笑みを浮かべる。
「ハハハハ!! こうなれば、客を道連れにしてやるんだね!! そうすれば、貴様らギルドの評判はガタ落ち!! 社会的な死を、私と同じ苦しみを与えてやる!!」
そのボウガンの向け先には、無邪気にはしゃぎ回るディーノの姿があった。
戦闘経験などあろうはずも無い子供に、矢を躱せるはずもない。
全身を悪寒が走った。
(カイルさんは動けない。呪文は、発動できるかどうか……クソッ!!)
さっき、クロス・レイが発動しなかったことを鑑みると、プロテクト・フィールドの二回目も怪しい。
加えて俺自身がもちそうにない。
(何の恨みも無い筈の子供まで!! そこまでするのか!! あんたは!!)
「死ねええええ! クソガキイィィィ!!」
そして、ボウガンが構えられる。
発射音が聞こえた瞬間……俺は、とっさの判断でディーノに覆いかぶさった。
来るべき痛みと衝撃に目をつむる。
ところが、ソレはいつまで経っても訪れることはなかった。
「おい、ガリベン。お前の理屈は少々間違っている」
そして、ラフきゅんの声が響いた。
俺は目を開ける。すると、そこには右手でボウガンの発射口を抑えるラフきゅんの姿があった。
放たれた筈の矢はその右手に深々と刺さり、鮮血が滴り落ちている。
ガリベールンは、その姿に涙を流し、咆哮した。
「何故だ、何故お前は弱者をそこまで庇う!! 何故、あの時……弱者たる私に声を掛けた!! 何故、お前は……あなたは、強者たるこの私を認めてくれないのですかああああ!」
「いいか、よく聞け、ガリベン!!」
ラフきゅんは、その姿を真正面に捉え言い放つ。
「強い奴が誰かを支配するんじゃねえ。誰かを守れる奴が……笑顔に出来る奴こそが強いんだ!! 自らの強さにかまけ、弱者を虐げる……それは罪だ。
だからこそ、お前はその個性を以て、誰かを守り、笑わせてやらなきゃならなかった!!
ところが、あろうことか……お前は何の罪もない子供を、その手に掛けようとした!」
「守る……笑顔……誰か……」
ガリベールンは、ただ……その言葉の前に茫然としていた。
「いいか、これは贖いの一撃だ!!」
そのまま、ラフきゅんは右手から矢を抜き、拳を構える。
そして、渾身の右ストレートが放たれた。
「歯ァ食いしばれえええええ!!」




