信じ難い光景
「おいカンザキ。すまないが……起こしてくれないか」
カイルさんは、気まずそうに告げる。
どうやら……上に覆いかぶさっているドルグが気を失っているようで、彼の体躯と鎧の重量からカイルさんは身動きがとれないらしい。
「パパ、騎士が既に死んでるよ」
「これは……何とも斬新だな」
折り重なる二体の黒衣の騎士を前に、親子は感想を述べた。
一方で奥さんはホッと胸を撫でおろしている。
いや、死んでねーよ……と心の奥でツッコミを入れながら、俺はカイルさんに覆いかぶさるドルグを、何とか引き剥がした。
そして、俺は一家に悟られないよう、カイルさんに耳打ちをする。
「一体、何でこんなことに……」
「俺にも、何が何だかな……。鈍い音がしたかと思ったら、ドルグの野郎が気を失って……それであの有様だ」
顔を顰めながら、カイルさんは答える。
「それって……ひょっとして、誰かに襲撃されたってことじゃ……」
「まだ、何とも言えん。だが、あの親子連れをこの場所に留めておくのは得策じゃないな」
「えぇ、それはそうですね……」
俺とカイルさんは頷きあい、一家へと中止の旨を告げようとした……その時である。
「きゃあああああああ」
奥さんの悲鳴が周囲に響き渡った。
「パパ……」
「は……ハハッ、現役の衛士が付いているいるんだ。大丈夫だ、安心しろディーノ」
俺達は慌てて、声のする方向へと目を向ける。
すると、そこには腰を抜かしたディーノと奥さん、二人を庇うように剣を構えるご主人の姿があった。
そして、その剣の切っ先を向けた先には信じ難い光景が広がっていた。
「オイオイ、マジかよ……」
堪らず、カイルさんの口から言葉が漏れ出る。
だが、それも致し方ないとだろう。
何故なら、俺の目線の先……ザっと三〇匹近くの蜥蜴の魔物……リザード達が一家の前へと立ち塞がっていたのだから……。
「オイ、カンザキ。重大な発表がある」
「何でしょうか。カイルさん」
「リザードなんてのは、普段であれば大した敵じゃない。ただ、今日の俺は……御覧の有様だ」
カイルさんは、一歩を踏み出す。
それは、まるでロボットダンスを彷彿とさせるような、ぎこちない歩みだった。
「つまり、俺は戦力にならない」
この場における、最大戦力の白旗に……俺は言葉を失う。
そんな俺に、カイルさんは言い放った。
「だから、お前がやるんだ!」
そのまま、静止するリザード達と一家の間に、カイルさんは割って入る。
そして、兜を放り投げると……カイルさんはリザード達に向かって名乗りを上げた。
「オウコラ、トカゲ共。この前……地竜の塔を奪われた復讐ってんなら、この俺……ターナーズのカイルこそが犯人だ!」
瞬間、リザード達の表情が一変した。
言葉が通じたか否かは定かでは無かったが、唸り声が低くなる。
リザード達のヘイトは、明らかにカイルさんへと向けられていた。
そして、数匹がカイルさんへと向かって飛びかかった瞬間……彼は声を上げた。
「やれ、カンザキ!」
残り四回の呪文の使いどころ、それは今に他ならなかった。
「いっけえええ! クロス・レイ!」
俺は、全力で呪文を唱える。
…………。
静寂が最奥部を埋め尽くした。
「って、おい! 何も起きないじゃねえか!!」
カイルさんの鋭いツッコミが響き渡る。
しかし、杖の先からは光の槍どころか、何も出はしない。
「おい! なんだよこれ! どういうことだよ!」
俺は改めて杖を見渡す。
一見すると、特に異常は無いように思える。
だが、よく見ると杖の先に付いていた筈の五つの宝石の内の一つが抜け落ちていた。
(これは一体……!?)
それが何を意味するかは分からない。
しかし、呪文とは何かしらの関係があるように思えてならなかった。
「グッ……」
そして、俺が思い悩む間、時間が止まる……なんて、そんなことは無く、無情にもリザード達はカイルさんへと襲い掛かっていく。
尻尾による殴打、鋭爪により引っ掻き……カイルさんの鎧はみるみるうちに拉げていった。
「クソッ……」
カイルさんは堪らず、膝を付く。
するとその時、後方から聞き覚えのある声が響いた。
「どうだね。住処を奪われたリザード達の怒りは!」
途端にリザード達はカイルさんから離れ、元の位置に収まる。
そして、俺が振り向いた先に居たのは……。
(ガ、ガリベールン!? なぜ、ここに!?)
かつて、俺達に勝負で敗れ……その場から失踪したガリ勉先輩こと、ガリベールンその人に他ならなかった。
彼は最奥部の祭壇……すなわち、高台から俺達を見下ろしていた。
ところが、その様子は明らかに以前とは異なっている。
目は赤く血走り、口元が醜く歪んでいる……その上、ボロボロの布切れを身に着けている姿は、まるで小型の魔物のようであった。
「あん? この程度……ヒゲのしごきに比べりゃ、大したことねーよ!」
カイルさんは、汗を垂らしながら……ガリベールンへと告げる。
その様子に、ガリベールンは吐き捨てるように呟いた。
「弱者を庇って……毎度毎度毎度、強がってみせる。お前のような輩には虫唾が走るね」
そして、ガリベールンは右手にボウガンを構えると、そのまま躊躇いもなく矢を発射する。
「クッ……!」
その矢は、カイルさんの耳を掠めていった。
「次は、当てるからね」
ガリベールンはそう言いながら、次弾の矢を番える。
そして、邪悪な笑みと共に、その矢を俺へと向けた。
「だが、その前に……カンザキ! 私はお前を殺さなければならない」
「一体……何が目的なんだ! なぜ、こんなことをする!!」
俺は、その矢を真っすぐに見据えながら……ガリベールンへと言い放つ。
すると、ガリベールンは静かに目を伏せながら呟く。
「何故? それをお前が、私に聞くのかね?」
そして、顔を上げると勢いのままにまくし立てた。
「お前お前お前が! や、八百長で私を下した! そんなことはあってはならない! 間違っている! だから私は、導きに従って……そそそ、それを正さなければならない!!」
「なっ……」
俺はその様子に愕然とした。
その目線は、ここでは無いどこかへと向けられ、周囲には唾液がまき散らかされる。
「カカカカカ、カンザキ! 私は、間違った存在たるお前をを滅ぼさなければならない! そして、その傍に控える者共も全員、同罪だ! お前ら、全員地獄へと送ってやる!」
まともではない──。
明らかに、ガリベールンは正気を失っていると……そう考えるほかなかった。
そして、狂ったガリベールンは俺とカイルさんばかりか、本来は無関係である筈の一家ですら……その手に掛けようとしている。
その事実に、俺の奥底には沸々と怒りが沸き上がった。
「さぁ、リザード達よ! その連中を食い殺せ!」
その一方で、ガリベールンはボウガンを構える。
前方には魔物、後方には矢。
状況はまさしく挟み撃ち、逃げ場はない。
「死ねえええええええええ!!!!」
ガリベールンは絶叫と共に、矢を打ち出した。
その瞬間を目の当たりにした時……俺の中に、一つの想いが生じた。
こんな展開は、許してはならない。絶対に……。
──絶対に、拒まなければならない!
その想いと共に、浮かび上がった言葉を俺は詠唱する。
「拒め!! プロテクト・フィールド!!!」
瞬間、ドーム状の障壁が形成された。
放たれた矢……そして飛び上がったリザード達が障壁によって弾かれる。
「なっ、なんだそれは!!」
ガリベールンは、眼前の出来事に驚愕の表情を浮かべる。
そして、一家は、何が起こったのかも分からず、ただ茫然としていた。
(出来た……のか……?)
リザード達へと目を向けると、次々と障壁によって弾かれている。
とりあえずは、重傷者もおらず……どうにか攻撃は防げているらしい。
俺はホッと胸を撫でおろす。
(危なかった……今回は、マジでヤバかった……)
すると、カイルさんにバシバシと肩を叩かれる。
「おい! よくやったじゃねーか! カンザキ!」
「ハ……ハハ……」
俺は、乾いた笑いを浮かべるので精一杯だった。




