最奥部、再び
「お父さん、怖いよ」
「ハッハッハ、そこにマジックランタンが灯っているではないか。怖がりだな、ディーノは」
そう言って、ご主人は息子──ディーノの頭に手をやる。
入口の仰々しい鉄格子をくぐり、俺と一家は『ギルドのお仕事 ~これで君も一流の企業戦士~』を奥へ、奥へと進んでいた。
何となく、微笑ましさを感じながら先導する俺の肩に、後方から声が掛けられる。
「あ、あの……本当に大丈夫なんですよね」
「えぇ、奥さん。このダンジョンは完璧に我々の手によって管理されております」
「それなら……いいけと」
そう言って、奥さんは引き下がった。
(もう、その質問……合計8回は聞いたんだよなぁ……)
口には出さず、俺は一人……心の中で愚痴る。
どうにも奥さんは息子──ディーノのことが心配で仕方がないらしい。10歳ともなれば、ある程度は放任してもいいような気もするのだが、そこはご愛敬なのだろう。
「あ、あの……カンザキさん?」
「……なんでしょうか」
「こ、このダンジョンは本当に……」
……とは言え、流石に9度目の質問に、俺は辟易とする他無かった。
何とか奥さんを宥めつつ、俺達はマジックランタンの明かりを頼りに奥地へと進んでいく。
そして、俺と一家はどうにか最奥部の扉の前へと辿り着いた。
(しかし、こうして改めて目の当たりにすると……どうにも複雑なものがあるな……)
俺は、以前……絶体絶命の危機に陥った扉を前に、かつての出来事を思い起こす。
大量のゴブリンに満身創痍の仲間達、そして死に物狂いで放った第一の魔法……。
もう、あんなピンチは二度と御免だ。
「パパ―! 見てみて、でっかい扉!」
「あぁ、そうだな」
親子の言葉に、ふと我に返る。
そして、俺は与えられた仕事を全うすべく、やや芝居掛かった口調でアナウンスを行った。
「ついに辿り着きましたね。ここがこのダンジョンの最奥部、まさに心臓とも言える場所です」
「わー、凄い!」
年相応に飛び跳ねるディーノを前に、俺は口元が緩むのを感じる。
まさにこのアトラクションはクライマックスと言ってもいいだろう。
「さぁ、選ばれし御三方、この扉を開け放ち、先へと進みましょう」
俺は一家へ向かって、そう言い放つ。
しばし無言になる3人。ディーノがゴクリと唾を飲み込む音が、周囲に響く。
やがて、静寂を破ったのは、奥さんの言葉だった。
「それは……カンザキさんにやっていただけないでしょうか」
「へ?」
まさに目が点になるような思いだった。
「おr……私ですか?」
「はい……」
思わず聞き返す。すると、申し訳なさそうに奥さんが頷いた。
未知の洞窟を進み、この扉を開くこと──まさにそれこそが、この施設の醍醐味と言っても過言では無い筈なのだが、一体どうしたことだろうか。
虚を突かれた俺に、奥さんは家族の現状を語って見せた。
「主人と私は、先日ぎっくり腰に掛かりまして……腰へ負担がありそうなことは出来ればご遠慮させていただけないかな……と」
「いやぁ、面目ない」とはご主人の言葉。
なるほど。歩く位であれば問題ないものの……重たい扉を開けるとなると、少々心配だと……そういうことのようだ。
おいおい……衛士がぎっくり腰でこの国大丈夫かよ、とも思ったが……その言葉を飲み込む。
そして、それならば、と俺は提案した。
「では、せめて息子さん……ディーノだけでも如何でしょうか」
「あの、息子にはあまり危ないことは……」
だが、その提案もやんわりと回避されてしまう。
なるほど。言われてみれば、散々この施設の安全性を俺に問うた奥さんからすれば……それは、当然の判断だろう。
しかし……しかしだ。
この話の流れで行くと、この大扉を俺一人で開けることとなるのではなかろうか。
研修当時、一切のトレーニングを行っていなかったとは言えど……この扉はフィーネ・ドルグと3人で開けたものだ。
(それを、俺一人で……開けるの? マジで?)
背中を冷や汗が伝う。
「あの、申し訳ありませんが……この扉は一人では少々、荷が重くて──」
「ですが、奇跡の存在──大魔導たるカンザキさんであれば、この程度の扉……簡単に開けることが出来るものかと思っているのですが……」
正直に現状を伝えようとした、俺の言葉を遮る奥さん。
その背後からは、ディーノが期待に満ちた眼差しを浮かべている。
そして、なぜかご主人は白い歯を見せびらかしながらガッツポーズ。
えっ!? いや、なにそれ。大魔導のこと、えらく誤解してない? 大げさな名前に反して、中身はたまに呪文が発動できるかもしれない、ただのもやしっ子なんだが。筋肉だるまか何かと勘違いしているとしか思えないんだが──なんて……そんな心の内を晒すわけにもいかない。
「ちくしょおおおおおおお!」
結果として……俺は、かの大扉を1人で開けることとなった。
あるいは、もしこれでぎっくり腰になったら、労災認定とかされるんだろうか──そんなことを考えながら……。
「こ、こちらが……さ、最奥部に……なります」
何とか扉を開けた俺は、呼吸を整えながら一家へと伝えた。
「わー、凄いやー」
「なるほど、思ったよりは明るいんだな」
「ここに、危険は~~」
ディーノを皮切りに、彼らは最奥部に足を一歩踏み入れ、思い思いの感想を口にする。
忘れもしない。ここはかつて大量のゴブリン達からの襲撃を受けた部屋である。
それも、先輩方の仕込みによってゴブリン共が配置されているというのだから……うちのギルドの新人研修の理不尽さが知れるというものだ。
だが、今回の趣旨はあくまで一般家庭向けのレジャー施設である。
よって、そんな危なっかしい物を用意する訳にもいかない。
そこで、彼らの出番となるわけだ。
一般の方々に魔物の相手をさせず、何とか達成感を持ってもらうための都合の良い敵役──黒衣の騎士達である。
そして、今回……その役目はドルグとカイルさんに任せている。
あの2人であれば、間違っても一家に危害を及ぼすことはないだろう。
「ま…待ってください!」
俺は言葉と共に回り込み、一家の前に立ち塞がる。
「この先には、この……迷宮を守護する……恐ろしい魔物達が待ち受けているのです」
再び、芝居掛かった口調で俺は頭の中の台本を読み上げる。
我ながら、やや不気味がかかった口調で、ナイスな演出に思えた。
「か、カンザキさん! あなた、このダンジョンに危険は無いって!」
そして、説明を受け、狼狽える奥さん。
その様子は、まさに演出としてうってつけだった。
俺は静かに首を横に振る。
すると、奥さんからありがたいお叱りの言葉を頂戴することとなった。
「この嘘吐き! 詐欺師! 私達にもしものことがあったら、ただじゃおきませんよ!」
少々、心に傷を負いながらも、俺は話を進めることにする。
「で、ですが、ご安心ください、奥さん。ご主人がお持ちの剣には、その魔を払いのける力があるのです」
ご主人の腰に下げられた剣を指さし、俺は告げる。
「あら……そうなの」
「へぇ……すごいや」
入口で受け取ったまま、一度も使われることの無かった剣を見て、ディーノと奥さんは感嘆の声を上げる。
何故だか、ご主人はどこか誇らしげだった。
もちろん嘘だが、それは言わないお約束である。
(街の鍛冶屋に無茶を言って作らせた、大特価の剣である)
「それでは、この先に待っている魔物に向かって、剣をかざして下さい!」
「あぁ、分かった」
ご主人は頷き、少々……腰を気にしながらも両手で剣を構える。
すると、心配症の奥さんはご主人へと呼びかけた。
「あなた、腰に負担を掛けちゃダメだからね!」
「分かっている。最後位は、かっこつけさせてくれ」
何だか、少し締まらない気がしないでも無かったが、俺は翻り……用意された台詞をなぞった。
「さぁ、悪に身を染めた黒衣の騎士達よ、この聖剣の前に……ひれ……ふ……せ」
ところが、ここ大一番でこのレジャーを盛り上げる筈の、声が次第に萎んでいく。
きっと、この場にラフきゅんが居たら、渾身のラリアットをお見舞いされていたことだろう。
でも、それも仕方のないことだと思う。
「って、なんじゃこりゃああああああ」
何故なら……そこに待ち構えているはずの2人の黒衣の騎士……ドルグとカイルさんが、何とも情けなく、折り重なるようにして倒れていたのだから。
大変遅くなりました。
約半年ぶり位の更新になるかと思います。
不定期になりそうですが、ちょこちょこ進めていきます。
よろしくお願いいたします。




