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うちのギルドは前(株)です。  作者: いさき
第2部 俺こそがエンターテイメントだ。
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奇跡の存在


 最低だった昨日を乗り越え、遂に俺の計画は日の目を見ることとなった。 


「地獄のおおおお!!!新人研修にいいいい!!!挑むうううう!!!!愚か者達よおおおお!!!ばっちこーーーーーい!!!!」


 総支配人ラフきゅんのその言葉と共に、新ダンジョン施設『ターナーズ伝統、地獄の新人研修〜君は生き残れるか〜』は開場した。


 伸るか反るか…まったく分からない、謂わばギャンブルのような試みである。

 この場の誰もが、その行方を固唾を呑んで見守っていた。


 願わくば、ダンジョン活用が下手と言われ続けてきた自分達、ターナーズ・ギルドにとっての起爆剤となって欲しいと。

 ところが、そんな思いとは裏腹に早くも現場には暗雲が立ち込めていた。


 何せ、このオープニングセレモニーの参加者は終始、関係者以外ゼロ。ばっちこないのである。

 せめて5組…いや、1組ぐらいのお客さんには居て欲しかったと思うのは、俺だけでは無いだろう。


 だが、結局のところ通夜のような空気の中、セレモニーは無事に閉幕することとなってしまったのである。


(一体、どうしてこうなった。)


 その理由を見つけ出すべく…俺は近くの草原にてを見上げていたラフきゅんを見つけ出し、声を掛けた。

 

「あの…お客さん、誰も居ませんけど。」

「おう、いねえな。」


 俺の言葉に飄々と答えるラフきゅん。

 その表情からは相変わらず考えが読み取れない。

 

 一体、日頃から何を考えているのかうかがい知れない、まるで宇宙人のような大男…あらためて考えてみると、まさに『近付くべからず』に該当する人間である。

 だが、ここで引くわけにはいかないのだ。


 俺の立てた、初めての施設利用計画…もしかしなくても、何か足りていなかったのだろう。

 少しでも、そのヒントが得られれば…あるいは…。


 そう思い、隣に立つラフきゅんに尋ねる。


「何故、なんでしょうね。人がここまで来ないなんて…。」

「理由、知りてえか。」


 ラフきゅんはこちらへと真剣な眼差しを向ける。

 俺は、覚悟を決めて頷いた。


「そうか…そこまで言うならしょうがねえ。言ってやるよ。」


 ラフきゅんとの間に流れる静寂…それはまるで時が止まったかのような緊張感をその場にもたらした。

 その空気に圧されないよう、俺は正面からラフきゅんを見据える。


 そして、遂にその言葉が放たれる。


「何を隠そう…俺が、告知の時間を間違えた!!」


「このおバカ!!」


 それから程なくして、お客さんを乗せた馬車が続々とやって来た。

 オープニングセレモニーなんて無かったのだ。うん。








 結局のところ、俺にはラフきゅんを責めることは出来なかった。

 

 それというのも、前日から広報活動と称して企画部の数名が街でチラシをばら撒いていたらしく…その後の客足もまた、順調だったからだ。


 もっと言うと…ラフきゅんの発案により、ベルディアのギルド本部にて受付を行い、このダンジョンへの送迎馬車を走らせていることも功を奏しているようだ。(もっとも、セレモニーには間に合わなかったが…。)

 

 その結果として、現時点で既に50組以上のお客様がダンジョンを踏破していた。

 これまでのところ…概ね、好評と言って差し支えないだろう。


 だが、そんな晴れやかな表舞台とは裏腹に、俺は施設管理という名の雑用をこなし、一日中あちこちを飛び回っていた。

 やれ、マジック・ランタンが切れただの、ダンジョンに潜っている間に幼児の面倒を見ろだの、果ては疲れたから肩を揉んでくれだの…現場やお客様の無茶振りに対応し続けていたのだ。


 思い返せば、管理としての業務など記憶など一切無い。

 名ばかりここに極まれりである。


 だが、不満に思う一方で…何故だか、西に傾く夕日を前に不思議な充足感を感じていた。


「いらっしゃいませー。大人2名と子供1名ですね。装備はあちらになりますので。」


 そんな中、声のする方へと目を向ける。

 すると…今日、恐らくは最後になるであろう、お客様が地獄の新人研修へと旅立とうとしていた。


 アナウンスに従い、剣を手に取る親子。

 両親と子供1人の計3名。恐らくは子供は10歳程だろうか。親子で休日の遊びにやって来た、といった様相である。


「一体、中はどうなってるんだろうな。」

「パパ!僕、ダンジョン入るなんて初めてだよ!」

「そうか。だが、安心しろ。こう見えてパパもバリバリの衛士なんだぞ!」


 父と子は見果てぬダンジョンに想いを馳せ、盛り上がっている。

 しかし、その一方で母親は怪訝な表情を浮かべていた。


 恐らくは、この施設に対しての不安感が拭い去れないのだろう。

 彼女はそのまま受付へと向かい、小声で問いかける。


「ねぇ…本当に大丈夫なんでしょうね…。」


「はい。昨日も巡回を行い、安全の確認を行っております。」


 自然な笑顔でそう答えるのは事務部所属、会計役のクリスこと、クリスティーナさんである。

 どうしても必要になった勘定役兼、受付を彼女にお願いすることになったのだ。


 日頃から各所の経費精算を担う彼女が協力してくれるというのは、まさに僥倖と言って差し支えないだろう。


「そう…。」


 だが、母親は不安を未だに払拭出来ないようだ。

 すると、クリスさんはその不安を拭い去るべく、言葉を付け加える。


「それに、我がターナーズ営業部の誇る精鋭が1人…ガイド役として引率を致します。危険は一切ありません。ご安心ください。」


「精鋭…ですか。それは一体どなたが…。」


 周囲を見渡す母親。

 その精鋭とやらは一体どこに居るのかと、探し回っているらしい。

 

 しかし、ガイド役を努めてきた精鋭の面々は披露困憊しているようだ。その様子は死屍累々であり、休憩所のフィーネがこちらへ向かって✕サインを出すのが目に入る。


 その意を察してか、クリスさんはにこやかに俺を指差した。


「あそこに立っている、弊社の誇る精鋭…カンザキがお客様の引率を致しますので。」

「ちょっ…!?あ、あはは…ども。」


――何てことを言ってくれるんだ!クリスさん!…などと、声に出すわけにもいかず、俺は苦笑いを浮かべる。

 

 そもそも、俺の役割はガイド役では無く、総指揮という名の雑用である。

 堪らずに再びフィーネの方へ目線を向けるが、強固な✕サイン。

 どうあっても、もう一回は無理らしい。


 すると、俺の様子から何かを察したのか…母親は語気を荒げた。


「あそこの…何とも頼り無さそうな青年!?本当に大丈夫なの!?」


 無理もない。俺の風貌から精鋭の空気など感じ取れるはずも無いだろう。

 だが…そんなことで引き下がるクリスさんでは無かった。


「ご安心下さい。彼こそは神が我らに授けし、奇跡の存在…大魔導ロードなのですから。」


 結果、更に俺の株を引き上げられてしまった。


 というか…奇跡の存在ってなんだよ。そんなこと、これまでに欠片も言われた覚えがない。


 もう、本当に勘弁して欲しい。


「ま、まぁ…あの伝承に伝えられるという、呪文を扱うあの…。」

「えぇ、その通りです。生まれながらにして類稀なる才能を持ち、言葉を話すという、伝説の存在です。」


 俺は釈迦か!というツッコミも虚しく、さらに株を上げにかかるクリスさん。

 もちろん、そんな事実は無い。むしろ真逆である。チクショウめ!!


「まさか…実在していたとは…。ねぇ、ちょっとあなた…あなた!」


 驚愕の表情を浮かべた母親は、夫に声をかける。

 その内容は…言うまでもないだろう。


「うん…なんだ。わざわざここまで来たんだ。引き返すなんてことは無しだぞ。」


「違うわよ。私達の引率役のカンザキさん、なんと…大魔導の地位を持っているらしの。」


「なに!それは凄い!!是非、強大なる力を持つ呪文を見せて下さい!!」


「パパー。ろーどってなに?」


「それはだな…後で教えてあげよう。とにかく、凄いものが見られるぞ。」


 子供のように目を輝かせる父親。


「あ…あはは、機会があれば…。」


 俺はただ、笑うしか無かった。

 一方の母親は深刻な表情で、そう告げる。


「カンザキさん…私達一家の命運、あなたにお任せします。」


 気付けば俺の株は大暴騰、まさにストップ高である。

 しかし、この期待に満ちた眼差しを前に、今更ノーと言うことは出来なかった。


「は、はい。」


 言葉だけ切り取ると中々にヘヴィな感じだが、これはあくまでアトラクションである。この先には大量のゴブリンも居なければ、トラップも無い。なんちゃって暗黒騎士が居るだけだ。


 しかし、恐らくはこの世界で初であろう試み。一家にとっては、この先に何が待っているかも分からないのだ。不安がるのも無理も無いのかもしれない。


 そう思うと、自然と言葉が口をついて出た。


「よろしく…お願いします。」


 こうして、俺はターナーズの誇る精鋭(嘘)として勝手に祭り上げられ、引率として再びダンジョンへと出向くことになってしまった。


 まぁ、大丈夫だろう…多分。

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