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うちのギルドは前(株)です。  作者: いさき
第2部 俺こそがエンターテイメントだ。
66/75

譲れないもの


 認印を貰ってから2週間…オープンを明日に控えた新規ダンジョン施設は、遂に完成した。


「ようやく、ここまでこられた…。」


 思えば、長いようで短いような奇妙な感覚だった。

 

 その理由はいくつか思い付いたが、恐らくはダンジョンに籠りっぱなしだったことが大きいだろう。

 今回の企画にあたっては外装の工事以上に内部の調整が必要となったのだが、その内容が内容なのである。


 それは、俺達新人3名で洞窟内を巡回し、魔物の不在を確認…と、同時にマジック・ランタンを設置。

 さらに、進行ルートを決定するというものだ。

 

 言葉で言うと簡単だが…明かりを灯しながらの行軍である。

 効率が上がる訳がない。


 だが、苦労していたのは俺達だけでは無い。


 企画部の面々は、必要資材の発注と看板・受付の作成…これらを突貫工事で進めていたのだ。


「…お疲れ様です。」


 俺は感慨深く、その看板を見上げた。


 青色をベースにした看板には洞窟をモチーフとした装飾が施されており、時間が無い中でも、確かな仕事が成された様子が窺える。


 もちろん、その出来にこれ以上の注文を付けるつもりは無い。

 しかし、その文言に一言、俺は物申したかった。


 そこには『ターナーズ伝統、地獄の新人研修〜君は生き残れるか〜』とある。


「商売とするならば…もう少しオブラートに包むべきではないだろうか。」


 これだと、毎回うちのギルドが新人を地獄へと放り込んでいるようではないか。あらぬ風評被害を招く可能性が…。


――って、あながち間違ってないんじゃ…。


 ふと、当時の光景が脳裏をよぎる。

 最奥部で待ち受けていた多数のゴブリン、もはや満身創痍の仲間達…。


(まぁ、アレは不慮の事態だし、事故だよ事故。)


 俺は、無理矢理にポジティブの捉えることにした。


 ただ、どちらにせよラフきゅんの「ネーミングなら俺に任せろ!」という鶴の一声で決まった以上、こちらから文句を言うことも出来なかったのだ。


 ならば、やることは1つだ。


 もし、売上が芳しくなかった時には全てはネーミングのせいにしよう…そう、心にそう誓った。


 ちなみに、今回の企画についてだが…利用するダンジョンについては、例の研修用の洞窟を使わせてもらっている。

 俺の希望と、これまで研修が行われてきた実績を踏まえて…とのことだ。

 

「ったく、あのヒゲを説得するの大変だったんだぞ。2回くらい意識を失ったからな、常に俺のことを思い浮かべてありがたーく使えよ。」とはラフきゅんの言葉。


 あの暑苦しい姿を毎回思い浮かべるかはさて置き、それなりに苦労をしたらしい。

 

 ありがたや、ありあがたや。


(さて、次は…。)


 俺は入り口の脇に立つ、2体の鎧の方へと向かった。


「鎧部隊の方は、どうですか。」


「カンザキ、準備出来たよ。」

「しかし、本当にこれでいいのかよ。」


「大丈夫です。2人ともバッチリですよ。」


 そこに居るのは、漆黒のフルアーマーを着込んだドルグとカイルさん。

 大柄な彼等が身につけると、やはり迫力が違う。


「いい感じに、悪役って見栄えです。」


「それは、褒められてんのか。」

「そりゃもう。」


 そんな彼等にはダンジョンの最奥で待ち受けるボス…黒衣の騎士としてこの企画に参加をしてもらうのだ。

 ヤラセと言ってしまえばその通りなのだが…まさか、お客相手に本物のゴブリンを持ち込む訳にもいかないだろう。


 だが、無抵抗で倒されるボス程に味気ない物も無い。

 そのため、2人には挑戦者の力量に応じた立ち振舞をお願いしている。


 もちろん、技量の見極めも必要になってくるが…2人とも戦闘のプロフェッショナルなのだ。特にカイルさんは単身でダンジョン攻略を果たした実績もある。


 まず、問題は無いだろう。


「しっかし、めちゃくちゃ動きにくいな…この鎧。」

「急いで手配しましたからね…それに、安物ですし。」


 俺は苦笑しながら答える。

 正直、陽の光の下で見てしまうと…安っぽさが目について仕方ない。

 だが、暗いダンジョン内ではそれっぽく見えるはずだ。


 大丈夫だろう、うん。


「まっ…そもそも、鎧なんて着けたこと無いから良し悪しなんて分かんねえけどな。ハハハ。」


 カイルさんはそう言って、笑い飛ばす。


 言葉の通り、普段からカイルさんは軽装でダンジョン攻略へ赴いている。

 そのため…鎧など装備したことが無いというのだ。


 しかし、今回の日程では他に適役が見つからなかったのも事実。

 結局のところ、装備適性を無視して無理にやってもらっているのだ。


「すみません。慣れない装備で…。」

「いやまぁ、可愛い後輩に頼まれちまったからには仕方ねえだろ。」


 だが、カイルさんはそんなことは気にするなとばかりに、俺の背中を叩く。

 そして、ドルグに向かって声を掛けた。


「さて…それじゃ、この鎧の動作ってやつを教えてくれよ。」

「はい、ええと…鎧は関節部分しか動きませんからね…とにかくそこを意識して…。」


 ドルグがカイルさんに鎧での動き方を伝授している。

 何ともレアな光景だ。


「それじゃ、とりあえずやってみましょうか。」


 頷くカイルさん。


「こんな感じ…かよ!」


 そして、言葉とともにカイルさんは剣を振り抜いた。


 その剣閃は凄まじく、俺程度が目で追えるものでは無い。

 まさに、目の前の空間が両断されているような錯覚を覚えた。


 だが…。


「うおっ…何だこれ。体が持ってかれる。」


 カイルさんはその一振りに引きずられ、そのままバランスを崩してしまう。

 普段は軽装で戦っている彼からすると、全ての状況が異なるのだろう。

 ましてや、動作の怪しい安物の鎧である。


 そして、そのまま…。


「どわあああああっ!!」


 周囲には派手に土煙が上がり、金属音が響く。

 眼前には仰向けに倒れる黒衣の騎士A。(カイルさん)


 衝撃で兜が転がり、顕になったその表情はどこか遠くを見ていた。


「なぁ、カンザキ。俺突っ立ってるだけでもいいかな…。」


 うん…大丈夫だよな、きっと。

 俺は黒衣の騎士達の健闘を祈り、その場を後にした。










「いやー、今日は働いたなぁ。」


 勤務を終えた俺は、寮に設置された浴場で極楽の一時を過ごしていた。

 改めて、社長が無理矢理にでも再現した露天風呂の有難味を感じる。


「はぁ…疲れた。」


 オープン前日ともなると…流石にやることが多い。

 看板、入り口、敵役の確認に飽き足らず…その後も受付の確認やルートの確認、当日のシフト等…改めて確認を行ったのだ。


(比喩ではなく、目が回るかと思った…。)


 しかし、色々なことがあったとしても、この場所は変わらずに暖かく迎えてくれる。

 控えめに言って、最高である。まるで実家のような安心感だ。


「はー、たまらないな。」


「えぇ、その通りよね。全裸の男達が集まる場所…たまらないわん。」


――!?


 何となく口にした独り言に…背後から答える声が1つ。

 このオカマ口調と少々ずれた主張…まさか…。


「ハーイ、カンザキ君。ターナーズに咲く可憐な一輪の花、オルカマディよ。」


 寒気を感じ、慌てて振り返る。

 すると、そこに居たのは『高速の腰振りダンス』と『イカれた口調』で有名なオカマ氏、その人であった。


 筋骨隆々とした肉体を全面に押し出し、パリコレもかくや…といったステップでこちらへと歩を進める。


「ど…どうも、こんばんは。」


 俺は直ぐに足元へと視線を戻した。


(オイ…オイオイオイ、嘘だろ!?勘弁してくれよ!!)


 そして、その瞬間に俺は全てを理解した。

 どうやら…()()()()()()()()になってしまったらしい。


「ウフン。」


 一体、どうすればこの状況を打開出来るのか…必死に頭を巡らせる。

 しかし、一方のオカマ氏は意に介する様子もなく、俺の隣へとスタイリッシュ入湯。


(これぞまさに()()()()()()…ってか、やかましいわ。)


 馬鹿なことを考える言語野にセルフツッコミを入れる。


「あら、緊張しているのかしらん。」


「ハハ…ソッスネ。」


「ふーん、カワイイ。」


 壊れたロボットのような声が漏れ出たが、それもまたツボのようだ。

 再び、悪寒が走る。


 この状況、本来であれば一目散に退散すべきだろう。

 まさに危機的な状態である…色んな意味で。


 だが、どうしてもそれは出来なかった。


「アハハ…何だか今日、眩しいっすね。」

「アラ…ワタシの魅力に気付いてしまったのかしらん。」


「ハ…ハハ。」


 その理由は明快である。

 いつかの夢の世界で、女神はこう言っていた。


『第二の呪文…全てを拒む力。それは…神崎大魔導ロード。あなたが全力で拒みたいもの、その先にあります。』


 そして今、オカマ氏の下半身は、眩いばかりの光を放っているのだ。

 ちょうどそれは…かつてフィーネの部屋で見たソレと同様の…見覚えのある光…。


(あのクソッタレ女神…次に会ったら、タダじゃおかねえ。)


 運命とは、何と残酷なのだろうか。

 毎度毎度…碌な場所に呪文を配置しない女神に激しい怒りを覚える。


 しかし、そんなことを言っていても何も変わらない。

 結局のところ…呪文のために、俺は踏み出さなければならないのだ。

 全力で拒みたいもの…その先へ。


 改めて覚悟を決めた…その時である。


「ウフ…やっと2人になれたわねん。カ・ン・ザ・キ・く・ん。」


「ヒィッ!!」


 不意に耳元で囁かれる呪詛のような言葉。

 そして、生暖かい風に、俺は全速力で後ずさった。


「何よ、ツレナイのね。そんなに逃げなくてもいいじゃない。」

「いや、あの…。」


 激しく波打った水面の向こうで、残念そうな顔を浮かべるオカマ氏。

 覚悟を決めた途端にこれか…と、内心で自らに呆れる。

 しかし、その一方では俺の生存本能が告げるのだ。


 『コイツはヤバい』と。

 

 そして、どうやらその様子が相当に堪えたらしく…オカマ氏は悲しげに告げた。


「ねぇ、ワタシのこと…そんなに嫌いなのかしら…。」

 

 その言葉に俺は心のどこかで、安堵する。


 無論、オカマ氏のことを特別に嫌悪しているわけではない。

 だが、俺にソッチの気は無いのだ。


 正直…本当、勘弁して欲しい。


(しかし、このままでは…。)


 無論、分かってはいる。

 このまま逃げていても第二の呪文は手に入らないのだということは…。


(それでも…それでも、譲れないものはあるだろう!)


 心の中では、激しい葛藤が繰り広げられる。

 その結果、俺の口から出た言葉。その選択…それは…。


「い…いえ、ソンナコト…ナイデスヨ。」


 虎穴に入らずんば虎子を得ず、というものだった。


「あらん!?アラアラアラ!?そう、そうなのね!?」


 その言葉を聞いた途端、舌舐めずりをしながら…瞬時にオカマ氏は距離を詰める。

 まさにその姿は、狩りに挑む肉食獣…あるいは某漫画の巨人を思い起こさせた。


(っていうか、怖えよ!可憐な一輪の花はどこへ行ったんだよ!!)


 これでもう後には引けなくなった。

 だが、もちろん…俺の大事な物を譲るつもりもない。

 

 出来れば永遠に記憶から消し去りたい、一世一代の大立ち回りが今…始まろうとしていた。

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