《お前を導いてやる。》
「ハァ…ハァ…。」
日が沈み、辺りには静寂が広まる中…青年は森の中を彷徨っていた。
「アイツら…絶対に…絶対に許さないんだね。」
行先など無い。
ただ、大勢の前で自らに『敗者』の烙印を押し、屈辱を与えた奴等に対しての憎悪、そして…復讐心のために、彼は生きていた。
憎っくき奴らに対して、必ず…同じ目に遭わせてやるのだと。
大衆の前で、これ以上ない屈辱を味わわせてやるのだと。
しかし、彼は重大なミスを犯してしまった。
怒りに身を任せ、この身一つで街を飛び出してしまったのだ。
当然、森の中の地形・状況など知る術もない。
あれから数日…森の中で食用の木の実を探し、何とか飢えを凌いできたものの、それも限界を迎えつつあった。
服は擦り切れ、水も満足に手に入れることが出来ず、木の実と樹液から水分を啜る日々。
肉体・精神共に摩耗したその様相は、さながら脱獄囚のようだと言って差し支えないだろう。
いつの間にか彼は自らが最も忌み嫌う、哀れみ…或いは蔑むような対象へと成り下がっていた。
「おや…。」
だが、天は更に追い打ちをかける。
夜の闇に中、彼の鼻先に水滴が落ちた。
次第にそれは1滴、2滴と数を増やしていく。
気づけば、周囲には冷たい大量の雫が降り注いでいた。
「雨じゃないかね…。」
何とか、この状態を凌がなければならない。
その一心で彼は、体を動かす。
「うおっ…。」
ところが…足が思うように進まず、泥濘んだ地面でバランスを崩した彼は前方へと倒れ込む。
「これは…これはマズいんじゃないかね。…ッ痛。」
何とか立ち上がろうとするものの、足に痛みが走る。
雨は相も変わらず全身を打ち付け、彼の体力を奪っていく。
全身から力が抜け…気力も失われていった。
思えば、ここ数日…少々の木の実と樹液だけで生き長らえることが出来た…それ自体が奇跡だったのかもしれない。
いよいよ、ここまでかと…そう彼は悟った。
努力も虚しく、ただここで死を待つのみか…と。
すると、頭の中に様々な情景が浮かんでは消えていった。
幼少の頃、大切な物を奪ったガキ大将。
自らが強くあれと力説した、大男。
大学の中…まるで腫れ物を扱うかのごとく、距離を取る学友達。
そして、自らを屈辱へと叩き落とした新人とアル中男。
奴らに負かされ、森の中で人知れず野垂れ死ぬ…なんて惨めな死に様だろう。
そんなことは認めない。断じて、認めてなるものか。
(奴らの言う、繋がり…それを否定する。完膚なきまでに。そして、示すのだ。私こそが強者であると。)
そして、彼は自らの意思を口にした。
「まだ…まだ、死にたくない。こんなところで、こんなみじめに私は終わりたくない!!」
だが、無論…それで何が起こるわけでもなく…雨は降り続ける。
「は…ハハ…。まぁ、そりゃあそうだろうね。」
やはり、自分はここで…。
──本当にそれでいいのか。
「えっ…。」
諦めかけたその時…不意に、声が響いた。
「い…一体、誰なんだね。」
周囲を見渡しても、人影などない。
当たり前だ、こんな時間に自分以外に森を彷徨っている人間が居ようものなら…それこそ、常人ではない。
「す、姿を見せるんだね。」
だが、その言葉に答える者は居ない。
いよいよ、幻聴まで聞こえるようになったかと…彼は嘆息する。
しかし、声は再び…彼に問いかけた。
──お前は、ここで終わるのか。
「い…一体、何を言っているんだね。」
──お前は負け犬という烙印を押されたまま…奴らに嘲笑われたまま…惨めに終わるのか。
「違う…。」
──自らの全てを否定されたまま…終わるのか。
「違う!」
──ならば、私がお前を導いてやる。
「みちび…く。お前…は…一体。」
不意に意識が遠のく。
(ダメ…だ、この声を…聞いていては…!)
何とか、耳を塞ごうとする…。
何故かは分からないが、本能がそう告げるのだ。
この声は危険だと、決して耳を傾けてはならないと。
──我が名は@$!!#&#%、全てを導く者。
だが、その抵抗も虚しく、声は脳へと直接流れ込んでくる。
すると、彼の中の何かが決壊した。
(あぁ…何故だろうね。とても心地よい…。)
その声は、不思議なまでに甘美な響きを持っていたのだ。
聞いてはいけないと分かっていながらも、その誘惑に抗うことが出来ないのだ。
声の主は一体、今なんと言ったのか…それすらも分からない。
しかし、そんなことはもう…どうでもよかった。
今はただ…。
──強き者、ガリベールン。我が導きを受け入れよ。
(ただ…この声に身を委ねていたい。)
その願望に従い、彼は小さく答える。
「は…い…。」
その瞬間…彼の意識は闇へ飲み込まれていった。




