ネーミングセンスはゼロだな。
「ほう、なるほど。こいつがお前の出した答えってワケだ。」
「はい。」
威圧感のある巨躯が、こちらを値踏みするかの如く見回す。
そのプレッシャーに内心ではビビリつつも、俺は真っ直ぐに書面を突きつけた。
「よろしくお願いします!!」
「んじゃ、ちょっくら…見せてもらおうか。」
ラフきゅんは、受け取った書面に目を落とす。
「そうかそうか…なるほど。」
ラフ・キューン帰りの全力疾走から一夜明けた今日…俺が徹夜で考えた新規ダンジョン利用施設の計画書『ギルドのお仕事 ~これで君も一流の企業戦士~』は、今まさに審判の時を迎えていた。
もちろん、この案がいきなり採用される自信など無い。
なにせ…今、ラフきゅんが目にしているのは全くの素人である俺が考えた…計画書と呼べるかどうかも定かではない代物なのだ。
経営はおろか、社会人経験ですらほぼゼロに等しい俺の…。
だが、その一方で自分としては、今考えうる中では最もベターな案を選択した自負もある。
一体、どういった結論を迎えるのか…それは、まさにラフきゅんのみぞ知ることだろう。
緊張感に包まれる事務所で、ただ裁定を待つ。
そして、一通り内容を把握したのだろう彼は、こちらへ視線を戻した。
「さて、そんじゃあ採点結果だが…。」
思わず、俺は生唾を飲み込む。
普段はふざけ倒したキャラクターのせいか、妙な親近感を覚えてしまうラフきゅんだが…こうして真っ向から対峙すると、やはりその迫力には並々ならぬ物がある。
一体どんなダメ出しを食らうのかと、俺は身構える。
(さぁ、どう来るラフきゅん…。)
しかし、その次に放たれた言葉は、ただただ…恐ろしいまでにシンプルな言葉だった。
「採用だ。」
「え…?」
俺は、その一言にあっけにとられる。
(今…このオッサン、何て言った!?)
「聞こえなかったのか。採用だ。面白え。」
その声と共に、ラフきゅんは意気揚々と懐から何かを取り出した。
正直、状況についていけていない俺だったが…ラフきゅんが高々と掲げたそれに目を向ける。
まさしくそれは…鞘に収められているであろう、短剣だった。
「え…ちょっ…何するんですか!?」
何故、この状況でラフきゅんが剣を取り出しているのか。
果たして、俺の考えた案はどうなっているのか。
何か、それほどまでに彼を怒らせる素敵なサムシングでもあったのだろうか。
眼の前の光景に全く理解が追いつかない。
「そりゃ…お前、簡単なことだ。」
混乱する俺を他所に、ラフきゅんは書面を机に向かって放り投げる。
そして…つばに手を掛け、逆手で書面に向けて構えた。
(あぁ、さらば…俺の思慮の結晶。)
そう思う俺を他所に、ラフきゅんは一瞬で鞘を抜きさり…短剣を突き立てた。
まさに早業としか言いようがない。対峙した者は、一瞬にして葬られることだろう。
その証拠に、まさに俺の書面が串刺しになっているはずである。
人に例えれば、さしずめ…心の臓を一突きといったところだろう。
「って…あれ…?」
だが、俺の目に飛び込んできた短剣の姿はどこかおかしかった。
紙面に突き立てられているはずの先端部分…というよりも、刃の部分が半分程度しか存在していないのだ。
一体、何がしたかったのか…ますます分からなくなる。
そんな状況の中、ラフきゅんは意気揚々と書面を掲げる。
すると、そこには『承認 by ラフきゅん』と…そう、デカデカと押印が成されていた。
「俺の秘技・電光石火承認だ!!」
「って、ハンコかよ!!」
何だか、どっと疲れた。
「そんで、お前は今回…何を思ってこの計画を立てようと思ったんだ。」
ダイナミック捺印劇から小一時間、休憩を挟んで再び俺はラフきゅんと対峙していた。
「それはまぁ、いくつか理由があります。」
「聞かせてみろよ。」
まさに興味津々といった様子でラフきゅんは問う。
その期待に答えられるかは分からないが、俺は順を追って説明を進めた。
「まず、今回の計画ですが…実際に経験したことをベースにしようと思いました。正直、このギルドに入って日にちも浅いですし、何か特別なノウハウがある訳でもない。だから、自分の経験をいかにエンターテイメントに昇華するか…それを考えました。」
「なるほど。それで、営業部でやってる『地獄の新人研修』を選んだってワケだ。」
「えぇ。色んな意味でインパクト大でしたから…。」
そう…俺が今回考えた計画は、あの『命がけの新人研修』をアトラクション化するという内容である。
もちろん、モンスターは全て排除し、敵役としては社員を配置する…安全第一の上でのダンジョン攻略だ。
現実世界で言うところの、リアル脱出ゲームといったところだろうか。
だが、その迫力も規模も段違いである。
(なんて言ったって、使うのは本物のダンジョンだからな。)
もしこれが、現実世界で実現可能であれば、全国のゲーマーが真っ先に飛びつきかねない案件である。
だが…計画に込めた意味は、これだけではない。
「それに、この計画なら…例の条件もクリア出来ると考えてます。」
――子供が!笑って!楽しく過ごせる施設!!そいつが絶対条件だ。
ラフきゅんの出したたった一つの条件。
この計画であれば、それを達成しつつ…更に家族全員でも楽しめるような施設を目指せるのではないかと思う。
その意図がラフきゅんに伝わったのだろうか。
彼は改めて計画書を見て頷いた。
「確かに…これなら子供達も楽しめるな。いや…それだけじゃなく、コースを分ければ老若男女、あるいは…1人でも複数人でも楽しめる…お前、考えたな。」
そこまで自信があったわけでも無いのだが…こうも絶賛されてしまうと、どうにもこそばゆい。
そんな内心をごまかすべく、俺は説明を続けた。
「それと最後に…。」
「まだあるのか!」
驚きと喜びの入り混じった表情のラフきゅんが割って入る。
暑苦しい。すごく、暑苦しい。
「え…えぇ。これを機に、子供達にダンジョン攻略に触れ合って貰えればと思いまして…。」
「どういうことだ。」
だが、予想に反した答えだったのか…怪訝な表情を浮かべるラフきゅん。
それもごもっともだろう。何せ、これは理想論に近い。
正直、人によっては聞かせたところで失笑される可能性もある。
しかし、何故だか…ラフきゅんには聞いて欲しいと、そう思えた。
そして、俺はその展望を口にした。
「もし将来、訓練校を卒業してギルドに入りたいと思う子が出てきた時に…うちのギルドのことを思い出してくれたらいいなと。それでもし…うちの門戸を叩いてくれたら言うこと無いじゃないですか。」
そう、これはあくまで理想…出来すぎたおとぎ話。
「それに、子供達だけじゃない…もしかしたら、うちの新人研修を体験して、ギルドに入りたいと…そう、思う大人も居るかも知れないと思ってます。即戦力です。」
それこそ…まるで、漫画の主人公のような展開だ。
見れば、流石のラフきゅんも呆れている。
「お前…そう…うまくいくかよ。ダンジョン攻略ってのは時に命を落とす可能性もある仕事なんだ。『遊び』が楽しかったから~なんて…そんな理由で人生決める奴が居るかよ。」
その通りだ。
あくまでこれは遊び。
「そう…ですよね。流石にそれは出来過ぎですよね。」
分かってはいる。異世界だろうが、人間はそう単純じゃない。
大真面目に理想を語りすぎた。途端に恥ずかしさがこみ上げてくる。
「すみません。バカなことを…。」
――言いました。と、そう言いかけた俺の言葉を、しかし遮るかのようにラフきゅんが口を開いた。
「だが、嫌いじゃねえ。ロマンがある。」
そして、ラフきゅんは続ける。
「おい!カンザキ!!直ぐにでも進めるぞ、この企画!!」
こうして、俺の立案した『ギルドのお仕事 ~これで君も一流の企業戦士~』は、めでたくも企画部で正式に進められることとなった。
まさに急転直下…安定した食肉レストランでの労働から再び、俺は激動の日々へと身を投じることとなったのである。
なお、去り際にラフきゅんの放った「しっかし…ネーミングセンスはゼロだな。お前。」という言葉に、俺は全身全霊を以て反論したいと思う。
あんた程じゃねーよ!!!




