希望の星
「何でまた…こんな話になってるのよ…。」
「分からない。」
「どうしようか…これ。」
「分からない。」
「貴方…さっきから…。」
「もう、何も分からない…。」
「ダメだこりゃ…。」
やれやれ…といった様子で首を横に振るフィーネ。
ラフきゅんが嵐の如く難題を突きつけてから半日。
悩みに悩んだ俺は救いを求めるべく、同期を閉店後のラフ・キューン事務所へと集め、今回の無茶振りを打ち明けていた。
昔の偉い人は言った、三人寄れば文殊の知恵…と。俺はその、一縷の可能性に賭けたのだ。
しかし、そんなに都合よく妙案が浮かぶはずもなく、結局のところ途方に暮れる人数が増えただけだった。
「実際…こんなことになるなら勝たない方が良かったのかもしれないな…。」
そうともなれば、ネガティブな言葉の1つや2つ…口をついて出るものだろう。
思い返せば、数多くの人々の協力のもと、勝利した俺達が手にしたもの…それは、新たな無茶振りと先輩の失踪であった。
こんなことならばいっそ…さっさと降参でもしてしまった方が良かったのではないかとすら思う。
「でも…そうしたら僕ら3人、解雇されてたかも。」
「ぐぬぬ…。」
しかし、ドルグにそう言われてしまい…俺はぐうの音も出なかった。
実際…もし俺達が負けた場合に、ガリ勉先輩が俺達を解雇にまで追い込むかどうかは分からなかったし、今となっては知りようもない。
だが、少なくとも俺達は、あの時は本気でそう思っていた。だからこそ、全力で考えて勝負に望んだ。そして、自らの権利を勝ち取った。
それ故に俺は問いたい。何故なのかと。
「何故…勝負に勝った側の負担が増えるんだ…。」
なぜ労いの気持ちを持って、休暇を与えるとか…そういう発想にはならないのか…。
「カンザキがそれだけ期待されてるってことさ。自信を持ちなよ。」
不平を零す俺を励ますドルグ。
しかし、そんな言葉も俺の荒んだ心に響くことは無かった。
「そんなもん要らないから…休みと金をくれ!」
「貴方ねぇ…。」
フィーネの呆れたような視線が刺さる。
だが、どうにかして俺はこの局面から脱出したかった。願わくば、自室のベッドで1日を怠惰に過ごすのだ。
あるいは、街に出て師匠の串焼きを買い漁っても良い。想像するだけでよだれが出てくる。
そして、空想の果に一つの答えを導き出す。
「いっそ…この書面…焼いて捨てちまおうか。」
「「え゛っ!?」」
フィーネとドルグの声が重なる。
「そうだ、燃やしちまおう。この書面を亡き者にしてしまえばいいんだ。」
「ちょ…貴方。そんなことしたら…あの豪腕でぶん殴られるわよ。」
「それに、次の書面をまた叩きつけられるだけなんじゃないかな。」
「…ですよねー。」
最初から分かってはいた。この書面を焼き払ったところで話が無くなるわけでもない。
だが…今回のソレはそんな荒唐無稽な手段にも縋りたくなるようなレベルの案件であった。
「まぁ、兎にも角にも…あの企画部長のことだし、何とかするしか無いと思う。」
フィーネはそう言って話を締めくくった。
まったく…簡単に言ってくれる。
「何とかって言ってもなぁ…。」
だが、彼女の言葉が真実であることは疑いようも無い。
あの、理屈や常識の通じないラフきゅんが相手なのだ。こちらから何を言ったところで適当な一言で片付けられることだろう。
まるで出口の無い迷路へと放り込まれたような感覚。
それは、あの頃の感覚を彷彿とさせた。
(大して興味も持てない会社の説明会をねじ込んで、薄っぺらい動機の履歴書を量産してたなぁ…。)
「「「はぁ…。」」」
各々、思うところがあったのか…3人のため息が重なる。
それからは誰から言葉を発することもなく、時間はただ刻々と過ぎていくのだった。
そして、事務所がいい加減に煮詰まってきた頃…派手な音を立てて扉が開かれる。
俺達はその音に驚き、目を向ける。
「ちょっと、アンタ達…いい加減、店を閉めたいんだけど。」
すると、そこにはしびれを切らしたテフォルさんが、仁王の如く立ち塞がっていた。
「は、はい!すみませんでした。」
とっさに頭を下げる俺。
「何やってるか知らないけど…とにかく一度、全員外に出てくれない。」
「「「はい。」」」
そして俺達は、半ば強制的に退店させられた。
もっとも、居残りで迷惑を掛けていたのは間違い無く、その点については反論のしようも無いのだが…。
そして帰り道、何故かテフォルさんは俺と共にベルディアの街へと向かっていた。
普段であれば「じゃ、お疲れ様。」とだけ言い残し、そそくさと帰っていくショートカットの彼女。
まさに、ドラマで職場に1人は居るであろう『仕事ができるけどとっつきにくいキャリアウーマン』といった趣である。
ところが、今日はどういう風の吹き回しか「ちょっと、この子借りるわ。」と俺をご指名の上で帰路に付いているのだ。
ちなみに、同期2人はと言えば「「どうぞどうぞ、つまらないモノですが。」」などと宣い、テフォルさんに俺のことを差し出していたのは記憶に新しい。
(お土産かよ。)
心の内で愚痴を漏らしつつ、足を前に進める。
すると、テフォルさんは早速切り出した。
「まったく…どうかしたの。今日は散々な様子じゃない。」
「えっと、すみません…。」
「別に謝ってほしいわけじゃないんだけど。」
手厳しい…俺は何も言い返せずにうつむく。
「どうせまた、ラフきゅん絡みなんでしょ。アンタの様子が変になったのそれからだし。」
テフォルさんの言葉には、ぐうの音も出ない。
だが…ここまで察してくれているのならば、彼女には事情を話しても良いのかもしれない。
そう、思うと俺の口からは事情が口をついて出始めるのだった。
「実はまた、無茶ぶりをされまして…新しいダンジョン施設の利用計画を立てろと…。」
「それって…まさかとは思うけれど、アンタに1から全部やれってこと。」
「むしろ、ゼロからです。詳細は追って知らせると言われたので。」
改めて口に出すと、意味不明過ぎて笑えてくる。
それはテフォルさんも同様なのだろう。
しばらく、彼女は絶句していた。そのまま、頭を抱える。
「ハァ…。」
「あの、えっと…。」
その様子に俺が声を掛けようとするも、左手で制された。
「いい、何も言わなくていい。むしろ頭抱えるべきはアンタだし。」
そりゃそうだ。だが、悲しいかな。
俺にはもはや、どうしようもないのだ。
「はー、あのオッサンぶっ飛びすぎて駄目だ。いざって時には頼りになるけど…やっぱり駄目だ…。」
テフォルさんは、そう呟きながら顔を上げた。
「まったく…。カンザキ、あんたよっぽど買われてるみたいね。」
「喜んでいいやら、悲しんでいいやら…。」
自らの口から乾いた笑いが漏れるのが分かる。
そして、俺は自嘲気味に吐き捨てる。
「ただ、こんな…何にもない俺に何しろって言うんですかね。」
それは、願わくば、悲劇のヒーローとして同情して欲しいと、一緒になってラフきゅんを説得して欲しいと、そんな情けない思いから出た言葉だった。
「無理に決まってるじゃないですか。一体なんですか、ダンジョン施設の利用計画って。いきなり、そんなもん出来る訳無いでしょう!」
一度溢れ出した言葉は堰き止めようが無く、俺の口をついて出る。
テフォルさんは、黙ってその言葉を聞いていた。
そして、俺の言葉が途切れると、彼女は静かに話を始めた。
「まぁ、アンタがそう思うのも当然かな。私も詳しくは分からないけど…そういう計画はある程度、経験を積んだ人間に任せるものだと思う。でも…。」
そのまま、テフォルさんは真っ直ぐにこちらを見据えて口を開く。
「ラフきゅんの気持ちもちょっと分かるのよね。」
「え…。」
「正直に言うと…私は最初、アンタ達のことを可哀想だなと思ってた。あのガリ勉に捕まって、訳も分からないままに勝負に駆り出されて…そのまま、追い出されるんだろうなーって…。」
改めて言葉にしてみると、酷い。
新人に対しての洗礼というレベルではない。
「でも、そうはならなかった。アンタ達は逆境を跳ね除けて、ガリ勉を追い詰めた。そして、最終的には勝利を収めてみせた。一見、不可能にも思えた勝負に勝ってみせた。きっと、あの場に居た人は皆…アンタ達に可能性を感じたんだと思う。アンタ達なら…どんな難題でもクリアしてしまうんじゃないかって。」
テフォルさんの言葉がただ、ひたすらに面映い。
ここまで持ち上げられてしまっては、何と言葉を返せばいいのかが分からない。
一方で、彼女は話を続けた。
「でも、それだけじゃなかったんだ。私達にとっては。」
「それだけって…。」
「日頃から、私達はあのガリ勉に苦しめられてきた。あの店においては、自分が絶対。自分こそが全て。奴にとっては下の者は単なるコマでしか無い。そんな状況で、私達は苦汁を舐めさせられてきた。」
苦々しく言葉を吐き出すテフォルさん。
その様子から、かつてのレストランが酷い有様だったであろうことは、想像に難くなかった。
「泣きながら逃げ出した子も居たし、ハラスメントで体調を崩す子も居た。私は日々…そんな状況をただ見守ることしか出来なかった。」
「それは…大変でしたね。」
「ほんとね。でもあの日…アンタ達が果敢にアイツに立ち向かう姿を見て、勇気をもらったんだ。弾圧に近い状況に置かれてた私達は遂に反撃することが出来た。ガリ勉に対してノーを突きつけたんだ。あの日、あの瞬間…私達にとってアンタは対戦相手であると同時に、確かに希望の星だった。」
ガリ勉陣営で何があったかは詳しくは知らない。
だが、その言葉から察するにボイコット、あるいはストライキのような事態が発生していたようだ。
「でも、それはテフォルさんが行動を起こしたから…俺のおかげとかでは…。」
――痛ッ
無いです。と、そう言いかけた俺の額に鋭い痛みが走る。
どうやら、デコピンを食らったらしい。
「そりゃそうだ。別に空に浮かぶ星が何か私達にしてくれる訳じゃないでしょう。アンタ達がきっかけになったのは確かだけど、実際に行動を起こしたのは私達だ。だからさ、私から言えることは一つだ。」
「今、アンタは難題にぶつかっているかもしれない。でも…結局、動き出さないと何も始まらない。だから幸か不幸か…期待を背負ってしまった、希望の星たるアンタは、とにかく今…やれることをやるしか無いんだ。」
「俺に…出来ること…。」
「それで、もし駄目だったら誰かを頼ればいい。アンタにはその『誰か』が既に居るはずだよ。もちろん、私だってその1人だ。」
「はい。」
「だから…ほら、行きな!!」
そう言って、テフォルさんは俺の背中をバシっと叩く。
「あ、ありがとうございました!!」
その一撃は、想像以上に背中に効いた。
何だか、今ならきっと何でも出来るような気がするのだ。
俺はただ、この衝動を発散すべく街へ向かって一直線に走り出した。
とにかく、一刻も早く…何かをしたかったのだ。
なお、張り切りすぎて道中でバテたのはここだけの話だ。




