決着の時
「あーっと、遂に両チームの数字が割れた。」
その瞬間のことは、ハッキリとは覚えていない。
「これにて決着がついたのだ!!」
緊張と疲労により頭の中がこんがらがって、正常に言葉を認識出来なかったのかもしれない。
「チーム ガリベールン…明らかになった1桁目の数字は『4』、売上合計は。『30,994リル』だ!!」
ただ、1つだけ分かったことはあった。
「そして、一方のチーム カンザキ…彼らの残した数字…その、1桁目は!!」
俺…いや、俺達は…。
「『5』だああああ!!合計『30,995リル』!!勝者は…チームカンザキだぁぁぁあ!!」
「「うおおおおおお!!」」
辛くも…クビにはならずに済んだということだ。
「あれ?俺達は勝った…のか…。」
「あぁ、そうだ。1リル…たった1リルの差ではあるが、君達の勝ちだ!!」
正直…未だに実感が沸かない俺に、有能メガネ1号はそう告げる。
発表された1桁目の数字…それは、俺たちが『5』で、ガリ勉先輩は『4』。
本当に僅かな差だった。
(何だこれ…まったく、心臓に悪すぎんだろ。)
だが、この瞬間…確かに俺達はガリ勉先輩に勝利したのだった。
(これでなんとか、露頭に迷うのは避けられる…。)
俺はほっと胸をなでおろす。
すると…改めて全身に疲労感が満ちていくのが分かった。
きっと、緊張が解けたのだろう。
そして、何とか助かったと…これで今夜こそは安眠が出来ると、そう思った瞬間のことである。
突然、何者かが、俺の胸めがけて飛び込んできた。
「…いやったああああ!!私達、勝ったよ!!!カンザキイイ!!」
「のわっ!!なんだなんだ。」
その不意打ちに、たまらず俺は高台の上を転がる。
「ってて…って!何なんだよ!」
頭部に鈍痛を感じながらも、身を起こす。
ーーそこには、耳まで真赤にしたフィーネが俯いていた。
「え、いやあの…これはその…。」
そのまま、彼女は口をパクパクさせている。
(一体、何がしたいんだよ…。)
俺は、内心でそう愚痴りながらも…彼女を落ち着けるべく軽口を返した。
「はいはい、分かってるよ。どうせまた飲んでるんだろ。」
すると彼女は、慌てふためきながらも答えた。
「そ、そうなの。バレちゃったか!!ご…ごめんなさい。」
「この酒乱女め…。まったく…気をつけろよ。」
「ちょっと…何よその名前!納得いかないわ!」
なお、実際のところは彼女からは全くアルコールの匂いはしなかった。
しかし…そういうことにしておこうかと、俺は1人そう思うのだった。
「何故だ!!何故こうなる!!」
その一方…敗者はその結果を受け入れがたいものとして、抵抗を続けていた。
言ってしまえば、結果に納得のいかないガリ勉先輩は台上で喚き散らしていたということだ。
当然、その矛先は俺へと向かう。
「不正だ!金額の不正があったのだ!!奴らは自分達の財産をこっそりと中に紛れ込ませたに違いない!!」
「ちょっ…何を…そんな訳ないじゃないですか!」
あらぬ疑いをかけられ、必死に否定をする。
そもそも、今回の勝負で師匠に全財産を支払ったのだ…そんな余裕、あろうはずもない。
だが、その程度のことでガリ勉先輩は納得をするはずはなかった。
「証拠は、証拠はあるのかね。そもそも、君達の仲間であるカイルは宴会に加わっているじゃあないかね。これはどうなんだね!!自爆買いは流石にルールに反するはずだろうね!!」
要は、カイルさんが自費で自分達のブースの串焼きを買ったのではないかと…そう言っているのだ。
当然…そんな不正など働いていない。
何より、先輩方が今夜の宴の主役に金を使わせるようなことは、まず無いだろう。
そして、その声が聞こえたのであろうカイルさんは大声で反論を寄越した。
「俺は全部タダ飯だぞー。ゴチになりました!!」
だが、負けじとガリ勉先輩は声を張り上げる。
「だから、その証拠はあるのかと言っているんだね!!」
完全に水掛け論…言った言わないの論争に発展しつつある。
このままでは延々と不毛な言葉の応酬が飛び交うことになるだろう。
まさか…明確な勝敗が決定してなお、ガリ勉先輩が自身の敗北を認めることが出来ないとは思わなかった。
不毛な議論が一体いつまで続くのかと、想像するだけで正直面倒くさい。
早くどうにかなって欲しいとは思いつつも、自ら新たに発言することも特に無い。
俺からしてみれば…詰みと言っていいかもしれない状況だっあ。
しかし…そんな中でも一筋の光が射し込んんだ。
「それでは、私から金額の明細を申し上げさせていただきいただきましょう。」
俺達の会話に割り込むかのように背後から声を掛けられる。
「…ッ!!なんだね。君は!!」
唐突な第三者の乱入に戸惑うガリ勉先輩。
振り返ると、全く気配を感じさせることもなく…その場にはかつてと同様のローブをまとった、有能メガネ2号が立っていた。
「申し遅れました。私、有能メガネ2号ということになっています。」
(こいつ…前回といい、一体どこから…。)
だが、それ以上に彼女は1つ、気になることを言っていた。
「…なっています?」
「ーー失礼しました。お気になさらずに…さて、肝心の内容ですが、チームガリベールンについてはこちらの通りとなります。」
俺の質問を流し、彼女は1枚の用紙を取り出す。
そこには、ガリ勉先輩の売上明細が示されていた。
『鳥の丸焼き:3,000×8=24,000
鳥の丸焼きハーフ:1,699×2=3398
鳥の丸焼きクォーター:899×4=3596
合計30,994リル』
某おもちゃ屋さんか!!とでも言いたくなる値段設定だが、最後の最後まで粘ろうとした意思が見て取れる。
だが、結果としてはソレが仇となったようだ。
そして彼女は、ローブの内側からもう1枚の用紙を取り出した。
「一方、チームカンザキについてはこちらの通りとなります。」
『串焼き:155×199=30,845
串焼き 特価:150×1=150
合計30,995リル』
我ながら…何というか、シンプルな明細である。
だが、結果として1リルが勝負を分けたのだから…売価の変更を一度きりに抑えたのは正解だったようだ。
そして、彼女は淡々と報告を続けた。
「ちなみに…こちらの記録ついては改竄の余地はありませんし、明確な不正はありませんでした。報告と合わせ、売上については期間中、私達が公正に常に両チームを監視していましたので…。」
(途中で姿が見えないと思ったら、そんなことをしていたのか…。)
正直、常に見られていたと聞かされて気分の良いものではないが、そのお陰で俺達の勝利が証明されたようだ。
そして…流石にこれだけの証拠が集まったとなれば、ガリ勉先輩も負けを認めざるを得ないだろう。
ーー今こそ…今朝考えた決め台詞をぶつける好機である。
そう考えた俺は、彼の方へと振り返る。
そして、声高に宣言した。
「ガリ勉、ここに敗れたり!!」
だが…その言葉に対しての反応は無く、そこには…何かに取り憑かれたかのように呟くガリ勉先輩の姿があった。
「…め…ない…とめ…ない…認めないぞ…。」
その様子はある種の狂気をはらんでいるようにさえ見える。
堪らず、一歩後ずさる俺たちにガリ勉先輩は憎悪の篭った目線をぶつけ、声を荒げた。
「私は…カンザキ!!!お前達を!その全てを決して認めないぞ!!!」
そのまま、彼は高台から飛び降りる、そして、会場から走り去っていったのだった。
当然、会場は騒然となる。
しかし…俺はそれ以上に気にかかることがあった。
(そう言えばガリ勉先輩…最後に俺の名前を正しく言ってたな…。)
そして俺は…何故だか、その事実に不穏な空気を感じるのだった。




