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うちのギルドは前(株)です。  作者: いさき
第2部 俺こそがエンターテイメントだ。
59/75

俺を勝たせてくれ!!

「師匠…串焼き3本追加…です。」


 引き続き盛り上がりを見せる会場からは、怒号の如き注文が浴びせられる。

 俺は最後の気力を振り絞りながら、お客様からのオーダーを焼き場へと伝達する。


 すると、師匠は神妙な顔で俺に告げた。


「悪いな。カンザキ…。」


(えっ…。)


 ここまできて、一体どうしたというのだろうか。

 不測の事態が発生したとでもいのか、あるいは…ガリ勉先輩の手による妨害工作か…。


「し…師匠。何が…。」


 冷や汗をかきながら、俺は師匠に尋ねる。

 すると…師匠は表情を一変させ、満面の笑みで3本の串焼きを差し出しながら答えた。


「こいつで売り切れだ!!」

 








『完売御礼!!』


 そう書かれた札が俺達のブースへ立て掛けられたのは、日付をまたぐ直前であった。


「あー、ようやく終わったー。」


 声を上げ、堪らずその場に倒れ込む。

 冷えた地面が大変に心地良い。


「何よ。接客してた時間なんて私達の半分じゃない。だらしがないわね。」


 そんな俺を、呆れた表情で見下ろす我が陣営の紅一点…フィーネ。


「はいはい、悪かったね…俺はどうせヘタレですよ。」

「あんたのそういう根性が…!!」


「まぁまぁ。カンザキは頭を働かせてくれたんだから、体力的に多少劣っていてもいいじゃないか。」


 一方で、もう1人の同期であるところのドルグは相変わらず、微妙なフォローをしてくれていた。


「それは…まぁ、認めるけど…でもね!」

 

 そして、その後のフィーネはと言えば、俺の日頃の意識がどうとか…何故か、そんな話を続けていた。


(相変わらず意地っ張りだな。こいつは…。)


 そんなことを思いつつ…当の本人である俺は、改めて頭上に目を向けた。


(改めて星を見ることなんて…向こうではしばらく無かったっけ…。)


 天上に輝く星々が、何故だか今日はやけに綺麗に見える。

 天文学には明るく無いので、この星空が元の世界で見えるものと同様かどうかは分からない。

 だが…ある種、普遍的な存在である…この星空を見ていると、何となく世界の繋がりを感じることが出来た。


「ふあぁぁ〜。」


 しかし、そんな壮大な思考も疲労の前では形無しである。


 いかんせん…とにかく疲れたのだ。


 きっと、このまま目をつぶって眠れば、こんな石畳すら天にも昇る心地と錯覚することが出来るだろう。

 さっきまでの割と真面目な考えは、あくびをキッカケに脳のどこかへと追いやられ、短絡的な欲求が頭を満たす。


(あー…さっさと眠りたい…。)

 

 だが、そういうわけにもいかない。

 生憎とまだ…やることがあった。


「よいしょっと。」


 俺は両頬を叩き、軋む身体を起こすと…そのまま情けなく、ふらつきながら立ち上がった。


(やっぱり膝ガックガクだな…。)


 なんだか…この先が思いやられる気がしないでも無かった。

 しっかりしろと、両腿を叩く。少し痛い。


 すると…そんな様子の俺に、師匠は静かに一言だけ声を掛けた。

  

「もういいのか。」


「えぇ…このまま寝てばかりでも、いられないでしょう。」


「そうかよ。」


 それ以上…師匠は何も言わなかった。

 

 そして俺は、相も変わらず話を続ける同期たちを尻目に…今回の結果を報告すべく司会の元へと歩を進めることにした。

 仮にもリーダーなのだ。やることはやらなければならない。


 疲れた素振りは見せなかったものの、俺よりも遥かに動いていたであろう2人のことを考えると…あとのことぐらいは自分1人で片付けてもいいかと、そう思えたのだ。


 しかし…そんな思いも虚しく、俺は後方から呼び止められたのだった。


「おい、へっぽこリーダー。」

「誰がへっぽこだ!!」


 その声に振り返ると、同期2人が不満気な表情でこちらを見ていた。


「貴方よ、貴方。やることやっても…最後がこのザマじゃ、ちょっとね。」

「まぁ、僕も抜け駆けは、良くないと思うよ。」


「いや、抜け駆けというかだな…お前たちをあの変態メガネの毒牙から守るべく1人でーー。」


 そう…俺は2人のためを思って、あえて1人で行動しようとした。

 だが、それが2人には気に食わなかったらしい。


「そこよ。何かと貴方は1人で抱え込むのよ…困った時は、相談しなさいよ。仲間でしょ。」


「いや…でも…これはリーダーの責任というもので…お前達も働きっぱなしだったから休憩を…。」


「まったく…何を言ってるんだか。苦しい時だからこそ頼るんでしょ。そもそも…今回、貴方は周りにどれだけ助けられてるのよ。今更カッコ付けてどうなるのよ。」


「…。」


 鋭いフィーネの言葉に、ぐうの音も出ない。


「それに…僕達からしたって報告や発表の場には居たいんだけどな。それこそ、当事者な訳だし。」


(そうか…そうだよな。)


 どうやら…俺はまた、独善的な判断で何も見えなくなっていたらしい。

 途端に、恥ずかしさと同期達への申し訳無さとが胸にこみ上げてくる。


 気づけば、自然とその言葉は口から流れ出ていた。

 

「悪い。それじゃあ…一緒に来てくれるか、2人とも。」


「もちろん。」

「まったく、ヘタレなんだから…しょうがないわね。」


「…ありがとう。」


 笑顔で答える同期達に、俺は感謝の言葉を告げた。














「そこまで!!両者共に鶏肉が完売したため、勝負はこれまでとする。」


 有能メガネ1号は、高台からよく通るハスキーボイスで勝負の終了を告げた。


「それで良いかい。ラフきゅん。」

「あぁ。構いやしねえ。それよりお前…踵落としをするにしても、もう少し手加減を…。」


「両チームの代表、共に前へ!」


 まだ、何かを言いたげなラフきゅんの言葉を遮るかのごとく、1号は声高に宣言する。


 一方で、会場の群衆はこの勝負の行く末を見守るかの如く静まり返った。

 結果発表の時が遂に来たのだ。


 俺とガリ勉先輩は、指示に従い壇上へと登る。

 すると、最前列で固唾を呑んで見守る同期達と目が合った。


 先刻の報告までは同行が許可されたが、流石に壇上に上がるのは代表者とのことで…俺1人が高台から2人を見下ろす格好となっているのだ。


 欲を言えば、3人で壇上へと登りたかったが、仕方がない。

 なお…壇上へ登る間際、例のメガネを装着するように強くプレッシャーを掛けられたのだが…幸いにして同期達の説得によって事なきを得たのは、ここだけの話だ。


 一方で少し離れたところでは、カイルさんが麦酒片手に先輩方とこちらへ目を向けていた。

 そして、カイルさんは俺の視線を感じ取ったのか、その場で麦酒を上へと突き上げる。


 何気ない動作だが、それだけでも俺は、背中を叩かれたかのような気分だった。






「では、君達。さっそく売上の合計を発表してもらおうか。」


 1号の声にあわせ、どこからか現れた黒子達が布の被せられた大板を5枚ずつ、俺達の背後にセットする。


「今から、この布を1枚ずつ外していく。当然…諸君はお分かりかと思うが、そこには金額が記されている。そして…その金額が多かった方が今回の勝者となるのだ!」


 なんとも古典的な方法だが、エンターテイメント性は上々と言えるだろう。


(その辺は、流石に分かっているのかな…。)


 もっと破天荒な方法かと思っていたが、いい意味で期待を裏切られた。


 だが、発表の場に感心する俺の意識を遮るかよように、横から声がかかる。


「おい、カンザク。私は繋がりなどには屈しないぞ。現にあれからもだね…私1人で完売まで漕ぎ着けたたのだからね。」


 案の定、ガリ勉先輩であった。

 しかしながら…こちらとしては、ここまで来てもはや言うことも特に無いだろう。


「そうですか。あとは結果が全てですね。」

「フン。」


 どうやら、俺のリアクションが気に食わなかったらしい。

 興味を失ったかのように、ガリ勉先輩は目線を外した。


 そして、そのタイミングを知ってか知らずか…1号は黒子に指示を出す。


「では行くぞ、まずは5桁目からだ!!」


 摩擦音を上げながらも1枚目の布が外され、数字が露わになる。


「両者共に『3』だ!!」


「フン。最低限はやっているようだね。そうでなくては、面白くないんだね。」

「そうですか。」


 ガリ勉先輩はまったく動じる様子は無い。

 無論、俺としてもここは想定の範囲内である。


 自分自身の売上が3万リル以上なのは間違いなく、早々に完売をしたであろうガリ勉先輩も、3万リルを超えてくるであろうことは容易に想像出来るのだ。


 ここまでは前哨戦と言っていいだろう。

 本当の勝負は、ここからである…。


「さて、次だ。4桁目はどうなっているか…オープン!!」


 だが…。


「両者、4桁目は共に『0』だ!!」


 この時点で結果が出ることは無かった。


 ガリ勉先輩が1羽3000リルのままで10羽の丸焼きを売り切っていた場合、この数字は想定の内である。

 そうなれば、俺達の勝利は盤石だろう。


「フン。まぁ、こうなることも想定内なのだがね。」


 しかし、ガリ勉先輩の様子が気に掛かる。


(どっちみち、次がどうなるか…か。)


 そして、そんな俺の心の声に反応するかの如く、1号は次の数字を発表する。


「では、3桁目…行くぞ!!おっと、両者またしても同じ数字が出てしまった。『9』だ!!」


 その瞬間、ガリ勉先輩の表情が一変した。


「なんだと…おい!カンザク!!どういうことだ!!君達は150リルで200本の串焼きを売っていた筈だろう!!」


「いえ、違います。ガリベールン先輩にだけはサービス価格で売らせていただいただけです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…。」


「詭弁を…クソッ!!」


 どうやら、ガリ勉先輩も気付いたらしい。


 元々…値札すらまともに貼っていなかった俺達のブースにおいて、値段を知る方法は口頭での伝達のみ。

 そうなると…こちらの販売価格を知るためには、自分で串焼きを購入して値段を確認する他は無いだろう。


 そこで俺が、あたかも本来は155リルのものを1本150リルで売っているかのように振る舞えば、当然…それが売値だと錯覚する。

 5リルは売上が下がるが、それでガリ勉先輩にブラフをかますことが出来るならば安いものだ。

 そして、こちらの単価を150リルと見誤ったままであれば、たとえお互いに全数を売り切ったとしても、共に売上は3万リル…最悪でもイーブンである。

 

 そもそも…ガリ勉先輩が俺達のブースへとやって来た時には、200本中47本しか串焼きは売れておらず、売上も芳しくなかった。

 そうなれば、ただでさえプライドの塊であるガリ勉先輩はこちらのブースを見下し…まさか串焼きを完売するなどとは夢にも思わなかったことだろう。

 加えて…日頃から見下している周囲の人間に敵の単価を聞いて回るようなことはしない…いや、出来ないだろう。


 そして、カイルさんの登場により状況が一変してからではもう遅い。

 ガリ勉先輩の性格上、突然の状況変化に戸惑い、数時間前の単価のことなど改めて考える余裕も無かった筈だ…。


 だが、一方で3桁目がガリ勉先輩側も『9』となっていることが気にかかる。

 スタート時点から売り物と単価を変更していなければ、ガリ勉先輩の全体売上も3万リルとなるはずなのである。


 しかし、実際…そうはならなかった。

 そうなると、考えられることは1つ。


(ガリ勉先輩も、俺達の裏をかくべく…途中で何かしらの動きを取っていたのか。)


 すると…俺の様子に気付いたらしく、彼は下卑た笑みを浮かべていた。


「しかし…しかし、悲しいかなカンザキ。君も気付いているだろうが…私とて、10羽の丸焼きをそのまま売ったわけではない。」


「まぁ、そうなりますよね。結果を見てる限り…。」


「君は卑劣にも、私を騙したわけだが…私もまた、あえて8羽の内の1羽については半分に、もう1羽については4分の1に解体した上で販売をさせてもらったのだね。」


 ガリ勉先輩は続ける。


「そして、解体した2羽分の丸焼きについては…脳勤麦酒馬鹿…いや、君達が呼び寄せた連中に販売をさせてもらった。いやなに、()1()()でも実に簡単だったね。君達素人のオーダーの通りが悪いとボヤいている連中に、隙間から売り込みを掛ける。すると…飲酒で正常な判断能力を失った連中は簡単に金を出すのだからね。」


 なるほど…どうやら、こちらの集客を利用されたらしい。

 ガリ勉先輩から()()()を購入した先輩方には文句の1つでも付けたいところだが…宴もたけなわな状況でこちらの対応が遅れていたのもまた、事実である。


(文句は…言えないよなぁ。) 


 俺は心の中で嘆息した。

 そして、ガリ勉先輩はニヤニヤしながらこちらへ目線を向ける。


「一部では爆発寸前だったお客も居たんだね。だが、君達は苦情を呈されつつも、会場から帰るお客はほぼ居なかった。これが何故だか考えはしなかったのかね。」


「いえ、そこまでの余裕は無かったので…。」


 ニタニタと笑みを浮かべる先輩に対して、俺はそう答えるのが精一杯だった。

 だが、そんな状況を置き去りにして、結果発表は続く。


「さてさて、会場の諸君。ここまでまったくの同率で来ている今回の勝負…次の桁がきになることだろう。あぁ、分かっている…分かっているとも。有能な私には諸君の思いは痛い程に分かる…。それでは行くぞ、2桁目…オープン!!」


 何やかんやで司会業にすっかりと適応している有能メガネ1号。

 そして、彼女の指示によって明らかになる4桁目の数字…それは…。


「あーーっと、何ということだ。両者共に『9』だ!!」


「「なっ…!」」


 俺とガリ勉先輩の声が重なる。

 

「なんだ…何というしつこさだね、カンザク。」


 そして、ガリ勉先輩は俺を睨みつける。


「いえいえ、それほどでも。」

「何を!!」


 おどけてみせる俺にキレ気味のガリ勉先輩。

 だが、心の中に余裕などこれっぽっちもない。


 俺とて、ここまで同率が続くとは思っていなかったのだ。


 今発表されたのは10の位である。流石に、そこで結論は出るだろうと…この会場に居る誰もが思っていたことだろう。


 しかし、そうはならなかった。

 1の位まで勝負がもつれ込んでいるのである


 もはや…何が起きても不思議ではない。


(1桁目…か。)


 恐らく、自分と同様のことを考えているガリ勉先輩の視線が突き刺さる。

 しかし…もう出来ることは全てやった、あとは1桁目の発表を待つしか無いのだ。


 つまるところ…ここから先はもう、神頼みである。


 俺はそのことを悟り、目を閉じた。

 そして…自らの運命を天に任せ、ただ祈る。


「司会の私としても、この結果は驚きと言わざるを得ないところだ。」


 暗転した世界の中で、司会者たる有能メガネ1号は発表を進める。


「だが、だがしかし…泣いても笑ってもこれで決着だ。諸君…準備はいいか。」


 ここに来て観衆を煽る1号。

 すると、それに応じるかの如く…声が上がった。


「「「オオオオオオ!!!」」」

 

 しかし、そんなことを気にしている余裕は無い。

 俺は祈りを続ける。


(頼む。もうクソ女神でも何でもいい、俺を…。)


「本当に、本当に最後の1枚…これで決着だ。」


(俺を勝たせてくれ!!)


「ではいくぞ…1桁目オープン!!!」


 そして、1号の掛け声と共に最後の数字が露わになった――。



続きは早々に投稿します。

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