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うちのギルドは前(株)です。  作者: いさき
第2部 俺こそがエンターテイメントだ。
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繋がり


「おい、おいおいおい!カンザク!!これはどういうことなんだね!!」


 地平線へと太陽が沈み、夜の帳が下りる会場で俺に声を掛けたのはガリ勉先輩、その人だった。

 このクソ忙しい中、『最も出会いたくない人ランキング 不動のNo.1』堂々のご登場である。そうなれば、不平の1つでも口から漏れ出るのも当然だろう。


「げっ…。」

「げっ…だと…君!!この慈悲深い私を前にして、何だ、その嫌そうな顔は。」


 俺は、つい咄嗟に出てしまった言葉を隠し切れなかった。


「フン…まぁいい…改めて聞こう。これは一体、どういうことなんだね。」


 しかし、意外にもガリ勉先輩はそのことを追求せず、再び先程と同じことを問い正す。


 正直、これ以上の面倒ごとはゴメンだ。


「これって…一体何のことですかね。」


 俺は何とかしらを切り、この場をやり過ごそうと試みる。

 だが、その結果はと言えば…。


「とぼけるな!今、この会場で起きていること、その全てだ!!」

 

 ガリ勉先輩の、これまでにない位の鋭い視線が突き刺さることとなった。

 どうやら、誤魔化しは無駄なようだ。


「何故、今この広場は満席となっている!何故、全員君達のブースの串焼きを口にしている!!何故、状況がここまで変化している!!!君は!!何をした!!!」


 烈火の如くこちらを攻め立てるガリ勉先輩。

 正直、この人に構っている余裕など無い。


 現に今も、そこら中のテーブルから俺を呼びつける声が聞こえてくるのだ。まったく恐ろしい。


 しかし、ガリ勉先輩のこの様子では一から説明しないと解放してくれそうに無いのもまた事実である。


 いわば…前門の虎、後門の狼といった有様である。


「それはですね…。」


 観念した俺は、順を追って説明しようとした…その時、後方から1つの声が割って入った。


「おっと。カンザキ、待った!そいつには俺から話をさせてくれ。」


「カイルさん!もう大丈夫なんですか。」


「あぁ、ヒゲの強烈な一撃で強制的に休息を取らされたからな。この通りすっかり元気一杯ってな。」


 振り返った先に現れた声の主…カイルさんは、豪快に笑いながら凄いことを言ってのけた。


 ちなみに、後から聞いた話だが…どうやらカイルさんは竜人の塔の3Fフロアを潰した罰に、強烈な一撃を貰っていた…らしい。


 そして、彼は確かな歩調で一歩一歩進み、俺の前に立ち塞がると…そのまま、ガリ勉先輩と向かい合った。


「おう、ガリ勉。うちの新人達が、だいぶお世話になってるらしいな。」


 初っ端から喧嘩腰のカイルさん。


 向かい合う2人の身長差30cm以上、絵面だけを見ると大人と子供のようであった。

 だが…そんな身体的な差など諸共せずに、ガリ勉先輩はカイルさんの登場を鼻で笑ってみせる。


「おや、誰かと思えば脳筋麦酒馬鹿じゃあないか。どうしたというんだね。君の様な低学歴の出る幕じゃあないんだね。」


「ったく、相変わらずだな…お前は。」


「それとも何かね。君が1人でこの状況を作り上げたとでもいうのかね。単細胞の君が!えぇ、どうなんだね!!麦酒馬鹿が!!」


 カイルさんの言葉など耳に入っていないであろうガリ勉先輩は、一方的にまくし立てた。


 それは、常人であれば気圧される程の勢いであったことだろう。

 しかし、その言葉にカイルさんは一歩も動じること無く、答えてみせる。


「そいつは半分正解で、半分不正解ってところだな。」


 だが、抽象的過ぎる答えは火に油を注ぐ結果となってしまった。


「は?何を分けのわからないことを言っているんだね!!君は!!やはり低学歴はダメだな!!奴らしかり、言葉もまともに使えていない!!!」

 

「いや、今ここで学歴だなんだってのは関係無いだろ。むしろ…何だか、お前の方が馬鹿っぽくね。」


「な…な…この私を馬鹿と…今、そう言ったな!!この麦酒馬鹿風情が!!いいだろう…そこまで言うなら…全て聞かせてもらおうじゃないか!!この場のネタバラシを!!!」


 『奴ら』が誰のことを指すのかは分からなかったが、どうやらガリ勉先輩の琴線に触れてしまったらしい。


 そんなガリ勉先輩を憐れむように、カイルさんは告げた。


「まず言っておく。今回のこの場を作り上げたのはそこに居るカンザキであり、俺であり、そして、この場の全てにいる人間なんだ。」


 一呼吸置いて、カイルさんは続ける。


「皆が集まり、宴を開く…キッカケは何にしても、そのための場所をカンザキは用意してくれた。後はただ、全員で楽しめばいい。お前が言っていた『この会場の全て』ってのはな…ただ、それだけのことだ。」


 俺からしてみれば、今回の作戦は必要に迫られた末の苦肉の策だった。

 正直、周囲…特にカイルさんには、どれだけの面倒を掛けたのか分かったものではない。

 だが、カイルさんはそれを『用意してくれた。』と、そう言ってくれた。


 俺は、そのことに感謝の念を抱かずにはいられなかった。


(ありがとう…ございます…!)


 その一方で、ガリ勉先輩はまるで理解出来ないといった、表情を浮かべている。

 そして、ややあってから軽蔑するかのようにその言葉を小馬鹿にした。


「何を言うかと思えば…全員?楽しむ?ハッ!ワケの分からないことを!やはり脳筋はダメだ。カンザク!まだマシな君から説明したまえ。」


 ここで、唐突に話を振られる。


 正直、この面倒な追及からはさっさと抜け出したいのが本心である。

 だが…ここまで、俺のことを助けてくれたカイルさんに報いたい。

 そう思うと、自然と言葉が口を付いて出てくるのだった。


「では…。ガリベールン先輩。今のこの場は、今日のカイルさんの功績を称えるための祝勝会なんです。」

「フン!そこの男が何をしたと言うんだね。」


「営業部の本分たる、ダンジョン攻略です。それも単独での。」

「まぁ………そうだな。」


 何か引っ掛かったような様子のカイルさんだが、構わず続けろとジェスチャーで示す。俺はその言葉に従う。


「そして…祝勝会と言うからには、人を集めなければならない。そのためには強固な人脈を持つ人が必要です。」


「まさか…。」


「そうです。この場に居るほぼ全員が、カイルさん自身の関係者です。中には便乗で騒いでいる人も居るでしょうが…。要するに、俺達はカイルさんの祝勝会にこの場を利用させてもらったってわけです。これが俺達の作戦です。」


 その瞬間、ガリ勉先輩は驚愕の表情を浮かべた。


「なんだって…少なくとも30人以上は居るぞ…。オイ!麦酒馬鹿。それは、本当なのか!!」


「まっ、そうなるな。」


 そして、一方のカイルさんは余裕の表情で答えてみせる。


「各人のスケジュールがあるはず…何より、この勝負が告知されてからまだ3日と経っていない…そんな状況で人が集まる筈など…。何故だ!何故、そんなことが出来る…何だこれは…。」


 一体、何だこれは…何だ…何なんだ…。

 恐らく、理解出来ないであろう現象を前に俯き、ブツブツと呟くガリ勉先輩。


「ったく、ガリ勉よ。お前…本当に何も見えちゃいないんだな。」


 その様子を目の当たりにして、溜息混じりにカイルさんは告げた。


「今、この場にあるのはな…繋がりだよ。」


「つな…がり…。」


 ガリ勉先輩はその単語を口にして、顔を上げた。


「簡単な話だ。カンザキは俺を頼った。そして、俺は同僚や知り合いを頼った。結果として、これだけの人数がこの場に集まり、お前を圧倒している。」


「…。」


「そして、これからお前は負ける。俺にでも、カンザキにでもねえ。俺達全員にだ!」

 

「この、私が…負ける…のか。」


 その呟きに対して、カイルさんははっきりと宣言した。


「あぁ、1人ぼっちのお前は俺達の繋がりには勝てない。」


 ガリ勉先輩は、まっすぐにカイルさんを見ている。

 しかし、その表情からは内心をうかがい知ることは出来なかった。


 そんなガリ勉先輩に、一転してカイルさんは優しく声を掛ける。


「ただ、今からでも遅くはねえ。もう辞めちまえよ、こんな勝負。部署は違えど、これまで同じ会社(ギルド)でやってきた仲間なんだ。これ以上、こんなことで揉めてる意味ねえだろ。」


 そして、その右手を差し伸べた。


「遅く…は…ない…。まだ…遅くは…ないのか。」


「あぁ。だから…もういいだろ。俺からもラフきゅんに掛け合ってやるよ。そんで、今日のところは一緒に一杯やろうじゃねえか。」


 ガリ勉先輩はその手を見ながら、呟く。


「なるほど…そうか…これが、つながり…か。」


 そして、彼もまた、カイルさんの大きな掌へと手を向けて手を伸ばし…。









「フン、下らない…実に下らないね!」


 笑止とばかりに、その手を払い除けた。


「なっ…こいつ!!」


 予想外の出来事に俺は、声を上げる。

 カイルさんはただ、拒絶された右手を黙って見ていた。


 その一方…ガリ勉先輩は弾かれたかのように後ろに飛び退くと、そのまま、何かに取り憑かれたかのように弁舌をふるい始めた。


「人は孤高であるべきなのだ!そして、世界はただ強い者が勝つ。それだけのシンプルな構造なのだ!」


 そして、先程まで自分が居た場所へとツバを吐きかける。


「フン、繋がり…だと。如何にも弱者の考えそうなことだね。そんなもの、私は認めない!!認めてなるものかね!!この世界は強者が弱者を支配する世界なのだから!!」


「お前は、本当にそれでいいんだな。」


 カイルさんは静かにそう呟く。


「あぁ、勿論だとも!私は1人でもやってみせる!!勝負はまだ、終わっちゃいないんだね!!その時にどっちが正しかったか、明らかになる!!楽しみだね!!」


 ガリ勉先輩は、そう吐き捨てるように告げて去っていった。

 

 まるで嵐のような瞬間だった。

 ただただ、あの人(ガリ勉先輩)はどこまでも孤独なのだと、そう思い知らされた。


 そして、そんな人物に手を差し伸べたカイルさん。

 俺はその理由を聞かずには居られなかった。


「カイルさん、一体どうして…。」


 すると、カイルさんは俯きながら答える。


「いや、似た……奴が……今度………。」


「おい!カンザキ!!テメェ!!どれだけ待たせたら気が済むんだ!!」

「いーつまでやってんだ、このダボが!!」


 しかし、その答えは野次によって掻き消されて俺の耳に届くことはなかった。





-------------------------------------


(何が繋がりだ、何が俺達全員だ。下らない。実に下らない。)


 ガリベールンは1人、自らのブースへと向かう最中で先程の出来事を思い返していた。

 かつて、寄ってたかって自分を迫害した学校の人間達。奴らは1人では何も出来ないからこそ、徒党を組んで自分に牙を剥いてきた。

 

 だからこそ、彼はあの日から強くあろうとしてきた。

 

 しかし、カイルはそれを真っ向から否定してみせた。


 では、自分の人生は全て間違っていたというのか。

 彼は自らの胸に問う。だが、その答えは初めから決まっていた。


(違う。私は……間違ってなどいない。)


 だとするならば…この胸に残るモヤモヤは何だというのだろうか。


(分からん…何なのだ、この感覚は。何故、私は…。)


 その正体を探ろうとした時…ふと先程のラインフォールの言葉が脳裏に蘇った。








「ところで…お前…あの時、俺のこと探そうともしなかったよな!?おい!どういうこった!」


 部下の過ちを正すと…そう言ったラインフォールは、呆れるようにそう告げた。

 ガリベールンはただ、その言葉に「申し訳ありません。」と謝ることしか出来なかった。


 忙しかったとは言え…自らの上司が、怪しい眼鏡を掛けた謎の二人組に襲撃されたのだ。

 当然、その行方を探さなければならないだろう。


 その点は自分のミスだったと、ガリベールンは痛感していた。


「まぁ、いい。そんなつまらないことは脇に置いて…だ。」


 だが、ラインフォールは些事とばかりに、話題を変える。

 一瞬ホッとするものの、部下からのボイコットを受けた現状…何を言われるか分かったものではない。


 彼は再び、気を引き締めてその言葉に耳を傾ける。

 だが、待っていたのは殴打でも叱責でも無かった。


「今回の勝負…新人教育の意味も勿論あるが、ソレに加えて、お前に大事なことを思い出して欲しくて進めて来た。」


 ただ、ラインフォールは静かに淡々と告げる。


「最初はただの偶然だった。あの日、俺は社屋でクソメガネの追撃から逃れるため、事務所のコンテナに身を隠していた。流石に憶えているだろう。」


「え…えぇ。」


 流石にそんな理由だったとは思いもよらなかったが、彼は頷いた。


「そこに、お前と新人達がやって来た。俺は何か面白いことが起きるんじゃないかと思い、聞き耳を立てていた。すると…お前達はまるで測ったかのようにエンターテイメントな動きをしてくれた。」


 ツッコミどころ満載である。だが、黙って聞く他ないだろう。


「その時にふと思った。こいつは使える…と。」


「使える…。ですか。」


「あぁ。初めに言ったろ、お前に大事なことを思い出して欲しくて進めて来た…ってな。カンザキにも事前にそのためのヒントを渡した。」


「どういう…ことですか。」


「俺はアイツにこう言った。『お前らにあってアイツに無いもの。』それが勝利のためのアドバイスだと……何だか分かるか、ガリ勉。」


 自分にあって、彼等に無いものならばいくらでも思いつく。

 しかし、その逆などあり得るのだろうか…。


「いえ…。」


 やはり、どれだけ考えても自分があの新人達に劣るところなど浮かぶはずもなく、彼は首を横に振る。


 すると、ラインフォールは外を指差し、彼に告げる。


「じゃあ、その答えを探しに行け。全てはそこからだ!」


 その言葉に従った結果として、彼はカンザキの元へと向かうこととなったのだ。






 そして今…彼はそれを見つけるに至った。


(部長の言っていた答え…それが、繋がりだというのか。奴らの強さがそこにあるというのか。)


 確かに、自分には繋がりなど無い。見方によっては彼等に劣っていると捉えることも出来るだろう。

 

(そうか、そういうことか…。)


 そう考えた瞬間に彼は得心した。


 元来、自分が劣っているはずのない連中。それが束になっていることで…自らには無い物を持っているように見えた。


 その際に抱いた感情…劣等感…。

 それこそが先程のモヤモヤの正体だったのだ。


 しかし、それが何だと言うのか。


 彼にはあの場の誰よりも勉学に時間を費やした、努力をしてきた…その自負(強さ)がある。そして、その()()は孤独の中でこそ身に着けることができたのだ。


 それ故に、彼は思う。


 孤高の存在が群れを成す弱者などに負けることなど…あってはならないのだと。


 そして、繋がりなどという不確かな弱者の理屈に屈してはならないと…ガリベールンはそう、心に誓うのだった。

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