どこかで間違えちまったらしい。 ②
「さて、君達に悲しいお知らせがある。」
ガリベールンは再び従業員を集め、深刻な面持ちで話を始めた。
「拾ってやった恩を忘れ、従業員が1人逃走した。マーカスという青年だね。」
先程起きたマーカスという元従業員による反逆…その顛末を彼等に知らしめ、より一層労働に勤しんでもらおうと、そう考えた故の行動であった。
「…。」
そして現在、抜け出したマーカスを除く3名が、静かにその言葉に耳を傾けている。
オドオドとした様子のショートカットの似合う小柄な少女に、寡黙な雰囲気の細身の男性…この2人は確か調理担当だった。
一方で、髪を後ろへと結び、長身でキリッとした印象を与える女性…彼女は受付担当だったはずだ。
彼は様子を窺いつつ、3人についての情報を思い出そうとする。
しかし、改めて彼等と向き合ったところで…やはり、その名前もキャリアも思い出すことが出来なかった。
だが、それも当然のことである。
彼、或いは彼女らはガリベールンという人間からしてみれば…自身の崇高なる目的を達成するための武器、もしくは道具という認識にしか過ぎなかったのだ。
そして、『弱者は強者に従う他ない』それがこの世界の理だと信じて疑わない彼にとって、そんなことは当たり前のことだった。
そんな彼が、従業員達の表情から内心など窺い知ることなど出来るはずもない。
ガリベールンは早々に無駄な努力と諦め、話を続けることにした。
「彼はあろうことか、私の質問に答えるどころか逆ギレし、そのまま去っていったのだ。だが、ある種…こんな輩は居なくなって当然だろうとも言えるんだがね。結局、彼は遅かれ早かれクビになっていただろうね。」
場のリーダーを起こすことが出来ないという点から現場での状況判断能力は並以下、加えて報告もまともに出来ないと来たものだ。
使えない道具を置いておく余裕など無い…この判断に間違いは無いと、彼は確信を持って言葉にすることが出来た。
「しかし…明日にはまた従業員の補充をしなければならないね、これは…。」
「あの…すみません。」
そんな中で、おずおずとショートカットの小柄な女性従業員が手を挙げる。
「何だね、君。ええと…名前は何だったか…。」
先程、名前を思い出せなかった彼女だが、やはり何度思い返しても名前が出てこない。
いつも、『君』と呼べば基本敵に誰かが動いていたし、伝わらなければ身体的な特徴から指示を出せばいい。
今まで、それで特段の問題は無かったのだ。必要に迫られなければ、あえて道具の名前など覚えようか。
「シャ、シャイ…アです…。」
たどたどしく自らの名前を告げる小柄な少女。
シャイア…そんな従業員も居た気がする…と彼は納得する。
そして、その続きを促した。
「そう、そんな名前だったね。それで何かね。」
「て…店長は誰も起こしてくれないって怒ってましたけど…マーカスさんは…。」
だが、再びマーカスの名前が出たことで、シャイアは逆鱗に触れてしまう。
語気を強めて、彼はシャイアを詰問した。
「あいつが何だというんだね!」
「ヒッ…!」
シャイアはその様子にたじろぐ。
だが、彼女は怯えながらも、その内心を口にした。
「マーカスさん…て、店長…疲れてるようだし…もう少し寝かせてあげようって…。」
「そんなこと!一体!いつ!誰が頼んだ!!」
「それは…。」
「現に、その間に敵にはいいように出し抜かれているじゃあないかね!!馬鹿なのかね!君は!!」
「…。」
気弱な彼女にとっては、精一杯の主張だったことだろう。
しかし、ガリベールンの勢いに押され、彼女は口を噤んでしまう。
確かに、一般的に見ればマーカスのその言葉は思いやりと取ることが出来るのかもしれない。
だが、ガリベールンからしてみればそんなことは頼んではいない…もっと言ってしまえば有難迷惑でしかなかった。
そして、いかにも気弱な彼女が反論してきたことで、ガリベールンの怒りが爆発した。
「大体なんだね!君達は!!私が話せと言った時には喋らずに、どうでも良い時に口を挟む!!まず、その心意気がダメなんだね!!これからは勝つために、全て…この天才たる私の指示に従って動くんだ!!いいかね!」
しかし、その言葉に同意を示す者は居なかった。
そして…。
「お断りします。」
シャイアではない、もう1人の長身の女性従業員は躊躇うこと無くそう口にした。
「は…?」
だが、ガリベールンは咄嗟に彼女の言葉が理解出来なかった。
「すまない、もう1回言ってもらえるかね。」
「えぇ、店長。聞こえなかったようなので、もう一度言葉にしますね。」
彼女は良く通る声で再び告げる。
「その命令、お断りします。」
眼前の女…名前は何だったか思い出せないが、彼女もまたマーカス同様に拒絶の意を示していた。
その事実に、彼の中で何かが切れた。
「なんだ…何だねそれは!!」
「もう、貴方の考えには追いていけません。という意味です。」
「何を言ってるんだね。あのカスに飽き足らず、また、逆らうのかね。職もなく、彷徨うばかりだった君達を拾ってやったこの私に!!」
失業し、社会的に価値の無かった彼らを受け入れてやったのは自分なのだ。そして、教育を施し使える状態にまで仕上げたのもまた、自分なのだ。
彼にとっては、その恩義を忘れて自分の言葉に反抗するなど…あるまじきことだった。
すると彼女は、その言葉に一度頷いてみせる。
「確かに…明日の暮らしも分からない私達を受け入れてくれたことには、感謝しています。」
「フン…分かっているなら最初から…」
「でも!!」
だが、そんな彼の言葉を遮るかのように、この女性従業員…『テフォル』は一歩も引かずに、どこまでも冷静な声でガリベールンに要求を突きつけた。
「貴方は部下を人と思っていない。ただの道具としか見ていない。もし、その考えを改めて、マーカスに謝罪するのであれば…私達は今後も貴方の下で働きます。」
一呼吸置いて、その先の言葉を続ける。
「しかし、もしもそれを断るというのであれば…。」
そう言って、彼女は書状をガリベールンの足元に向けて投げつける。
そこにはマーカスを除く3人、シャイア・テフォル・寡黙な男ことレントの名前…そして退職の意が記されていた。
「私達は、今日限りで退職させていただきます。」
その書面を拾いつつ、ガリベールンは静かに言葉を紡ぐ。
「君達…後悔することになるぞ。それでもいいんだね。」
「えぇ、構いません。」
そして、一転。
怨嗟を込めて、彼は紙を粉々に破り捨てる。
「こんなもの、私は一切認めない!!こんな下らない要求になど一切応じるものか!!決めたぞ!!我がラフ・キューンの従業員は連帯責任で減給…そして君達は、私に泣いて許しを乞うまで無給での強制労働にしてくれる!!!!!」
その言葉は…しかし、誰の心にも届いていなかった。
3人は哀れみの目線をガリベールンに向けている。
「なんだ。なんなんだ!!!そんな目で私を見るんじゃない!!!!私は強者だ!!!知的強者なのだ!!!!君達のような低学歴がそんな目を向けていい人間ではないのだ!!!何故、それが分からないんだね!!!!」
肩で息をするガリベールン。
その場で声を上げる者はおらず、会場の外の盛り上がりだけが耳へと入る。
敵対するブースの盛り上がりは、より一層…彼の心を刺激していた。
そんな状況の中…テフォルは静かに一言、後方に向かって言葉を投げかける。
「…聞きましたか。」
「フン!一体誰に向かって!!!」
ガリベールンがその様を笑い飛ばそうとした…その時である。
彼女の言葉に確かに反応する声があった。
「あぁ…確かに聞いた。」
その声と共に、物陰から大柄な体躯が露になる。
ガリベールンにとっては、予期せぬ人物がそこに立っていた。
「な、何故…貴方がここに。気絶していた筈では…。」
「あれから何時間経ったと思ってんだ。俺の回復力舐めんなよ。しっかし、あのクソメガネ…何が監視だ。容赦なくいきやがって…まだ後頭部がジンジンしやがる。」
「い、一体…どうしたのですか。」
直感的にマズい、とそう感じたガリベールンは一歩後ろに引く。
「いやなに、簡単な話だ。部下が、いや…あの日の少年がどこかで間違えちまったらしいからな。そいつを一発正してやろうと思ってな。」
そして、その場に現れたラフきゅんことラインフォールは口元に笑みを浮かべつつ、そう告げるのだった。
遅れてしまい、申し訳ありません。
更新自体は何とか続けていきたいと思いますので、よろしくお願いします…。