先輩の帰還、あるいは参上
「おい、串焼き足りねーぞ!!」
「ただいまー!」
「オラ!こっちは麦酒が足りてねーぞ!」
「た、ただいまー!」
夕日が地平線へと沈みゆく中、俺は馬車馬の如く働いていた。
先程までの状況とはうって変わって…現在、会場はお祭り騒ぎの様相を呈している。
「いやー…飲まねえとやってらんねえぜ。」
「まったくだぜ、ったく…あのバカがやらかしやがってよ…。」
「うちのカミさんがよぉ…。」
「そいつぁひでえな…。同情するぜ…。」
そこかしこで盛り上がりを見せるお客様達。
言ってしまえば、この場は大盛況といったところだろう。
それ自体は大変有り難いことではある…あるのだが…。
「おせえぞテメェ。ただでさえボッタクリ価格に協力してやってんだからよ。」
「今、行きますってばー!!」
(くそっ…人使いが荒すぎる!!)
とある事情により、この場のお客様方は俺達のことを存分にこき使ってくれていた。
(もっとも…文句も言えないんだけどな…。)
俺は内心で愚痴りながらも、注文を受けた串焼きを取りにブースへと戻ろうとする。
その道中、不意に怒鳴り声が響いた。
そちらへと目を向けると、ドルグがまさにお客様より熱い説教を頂戴しているところである。
「おい、盾持ち!動かねえのは戦いの時だけで充分だ!」
「はい、すみません!!」
「そもそもだな。オメェは何かと…。」
どうにも日頃のストレスのはけ口にされているような気がしないでもない。
ご愁傷様である。
そして、ドルグを案じる俺の耳には、更に厄介そうな声が届いた。
「あっらーん…フィーネちゃん。串焼き遅いわよん!早くしてちょうだい!!部長がお待ちよ!!ねぇ、部長!!」
「鬱陶しい!!離れろ貴様ァァァ!!」
「アラやだ!!怒った顔もス☆テ☆キ☆ …ってねぇ、ちょっと何見てんのよ!!ハッ…まさか貴女も部長のこと…早くどっか行きなさいよ!!この泥棒猫!!」
「どこかへ行くのは貴様だ!!ええい…懲戒免職にしてくれる!!」
「アラやだ…そうなったら責任を取っていただかないと…私のじ・ん・せ・い・の♡」
「あ、あの串焼き…ただいま…お持ちします…。」
オカマ氏に絡まれ、鬼の形相を浮かべるヒゲ部長。そして、昼メロよろしく理不尽に罵倒されたフィーネ。
その彼女の表情は、何かを堪えるのに精一杯の様子だった。
(おお 神よ!
この者たちに ひとときの
休息を あたえたまえ)
俺は心の中で、2人に安息の時が訪れることをを密かにお祈りした。
だが、そんな敬虔なる俺にも再びヤジが飛ぶ。
「おいカンザキ!テメェ何足止めてんだ!!」
「すみませーん!!」
どうやら…他人のことを考えている余裕は無いらしい。
俺は不格好な小走りでブースへと向かった。
一刻も早く戻らねば、後で酷いことになるのは目に見えている。
しかし、接客に回ってから然程の時間も経っていないはずだが、早くも俺の足は悲鳴を上げていた。
(くそっ、脹脛がパンパンだ。)
言ってしまえば…1ヶ月前までは、ほぼ部屋と近所のゲームショップやコンビニの往復しかしていないのだ。そんなことで、この事態に対応出来るわけが無い。
インドア極振り舐めんなコノヤロー!と言いたい。
そもそも、俺は元はと言えば師匠のサポートを行う腹積もりだったのだ。
だが、フィーネとドルグの2人から接客の応援を要請されてしまい、ノーと言えない日本人たる俺は、こうして自らの足に鞭打っているというわけである。
(もはやぶっ倒れそうだ。いや、むしろ…願わくば誰にも邪魔されずに倒れ込みたい!今すぐにでも!)
だが、その願いが叶うことはない。
俺は必死に不恰好な小走りを続けるのだった。
「おう、カンザキ!死にそうな顔してんな。」
そんな疲労困憊の俺をブースで出迎えたのは、どこか嬉しそうな師匠の声だった。
疲弊した頭で、何とか言葉を返す。
「冗談抜きにして…このまま明日には死ぬんじゃないかと思ってます…。」
「ハッハッハ!いいことじゃねえか。一時の状況からしたらありがたいことこの上ねえだろ!!」
「そりゃ…そうですが。」
(しかし、それにしたって盛り上がりすぎやしてないか…もう少しこちらを労って欲しいものだ。)
すると師匠は、こちらの内心を知ってか知らずか…労いの言葉を口にする。
「まぁ、これもお前の考えた作戦とやらのお陰なんだろ。」
「…頑張ったのは俺じゃないですから。」
改めて見渡すと、広場に設置されたテーブルと椅子はほぼ埋まっており、人によっては立ち飲み状態で宴に参加している。
師匠の言う通り、GTT作戦・改は成功した。
それも、この場に限っては完璧に近い状態で。
そして、その成功の鍵を握る人物はと言えば…。
(どうしてこうなった…。)
何故か会場の中心で伸びきっている我が陣営の助っ人…カイルさんその人であった。
障害をもろともせず突き進む強さ、そして…その人柄によって築かれた人脈。
まさに、今回はその2つに救われた形になる。
間違いなく、その力が無ければ俺達は敗北の一途を辿っていたことだろう。
そして、この状況を生み出すきっかけ…それは、1時間程前の出来事だった。
「おう、カンザキ!今、戻った…いや、参上したぜ!!」
聞き慣れた…しかし、待ち望んだ声が背後から響く。
「カイルさん!!」
振り返る俺達の目に映ったのは、全身ボロボロとなった最後の助っ人の姿であった。
その登場に、ガリ勉先輩の降伏勧告によって沈み切っていたその場の空気が確かに変わる予感がした。
「「「お疲れ様です!!」」」
俺達3人は揃って挨拶をする。
「おう、おつかれさん。しっかし、今回はヤバかった…。」
右手を上げて挨拶を返すカイルさん。
平時とは異なるその様相には、やや疲れが見えるものの…意識はしっかりとしているようだ。
「ヤバかったって…何があったんですか。」
「今回の敵はどんな感じだったんですか。」
そんなカイルさんに、ドルグとフィーネは早速質問をぶつけていた。
2人からしてみれば、1名でのダンジョン攻略…相応の腕が無ければ任せられない仕事に興味津津といったところなのだろう。
「いや…床が抜けたり、敵に包囲されたり、ジメッとした野郎とやり合ったり…色々だな。」
「どういう状況ですか。」
「想像出来ない…。」
「まっ、お前らにはまだ少々早いってこった。」
そして、カイルさんはそんな後輩達を軽くいなしていた。
攻略明けなのだから、もう少し先輩を労わってやるべき…と同期2人をたしなめたいところではある。
しかし、生憎と俺にも確認しなければならないことがあった。
ダンジョン攻略の成否。
結局…これを確認しなければ、話を先に進めることが出来ない。
俺は疲弊しているであろう先輩を気遣いつつ、その質問を口にした。
「お疲れのところ申し訳ありません…それで…あの、結果は。」
カイルさんはその言葉にハッとする。
「おっと、そうだったな…。」
そして、一呼吸置いてVサイン。
「地竜の塔…バッチリ攻略してやったぜ!!!」
「おめでとうございます!!」
「流石ですね!!」
フィーネとドルグは、カイルさんに祝福の言葉を送る。
「おう、サンキューな。」
その言葉に片手を上げ、応じるカイルさん。
俺もまた、祝いの言葉を投げかけた。
「おめでとうございます。信じてましたよ。」
「あらあら、嬉しいこと言ってくれるじゃねーの!」
そう言うと、笑顔のカイルさんは俺の頭に手を載せ、髪をグシャグシャにする。
漫画やアニメ何かでよく見る、小さい子がやられるアレである。
ただ、問題は…。
「っつ、痛い。痛い。髪がぁぁぁぁ!!!」
カイルさんの力でそれをやられると…ただでさえストレスで痛みがちな俺のキューティクル達が、たちまちに昇天していくという点である。
「ホレホレ、遠慮すんなって!!可愛い後輩にはもっとワシャワシャしてやる!!」
「いや、いやあああああ。我が毛髪の天使達があの世へ旅立ってしま…いやああああああ。」
いよいよもって、俺の頭皮も歴戦の荒野の仲間入りかと…そう覚悟したその時である。
残りHPあと僅か…そんな俺のキューティクルを救う声が、辺りに響いた。
「そろそろ辞めてやんな。そのままいくと俺みたいになっちまうぞ、そいつ。」
見れば…作業中の師匠が、見かねて止めに入ってくれたようだ。
「おっと、すまねえ。ついテンション上がっちまった。」
その声と共に開放される俺の頭部。
(手遅れにならずに良かった…本当に。)
俺は師匠の頭を見ながらそう、しみじみとそう感じた。
すると、師匠は鋭い眼光でこちらを捉え、一喝。
「おい、オメェ何をジロジロ見てやがる!」
(バレてたー!!!)
瞬間、冷や汗が背中を伝う。
「いえ、何も!!」
「フンッ!」
だが、幸いにも師匠は俺を一瞥するだけで、カイルさんへと向き直る。
俺は安堵の溜息を吐き出した。
「ったく、現金なもんだぜ…そんで、お前さんが最後の助っ人ってわけかい。俺はハルゲールってんだ。宜しく。」
そして、師匠はカイルさんへと右手を差し伸べた。
「あぁ、カイルだ。宜しく頼むぜオッサン。」
カイルさんもそれに応えつつ、師匠の手を握る。
「普段はベルディアで小さな屋台をやってる。まぁ…今やってるのと殆ど変わんねえな。」
「お!いいじゃねえか。それじゃ今度、買いに行かせてもらうわ。」
「おう、多少は安くしてやっからよ。待ってるぜ。」
…。
何か通ずるところでもあるのか、気付けば2人は意気投合していた。
ここまで初顔合わせがスムーズに進んだのは初めてでは無いだろうか…。
ただ、それはさておき…これまでの苦労を思い出すと、どこか泣けてくる思いだった。
これにて、兎にも角にも『チーム:カンザキ』は晴れてようやく全員が揃ったのだ。
(さぁ、ここから反撃開始だ。)
俺は内心で、そう息巻いていた。
「あ、そうそう。カンザキ、ちょっと一緒に来てくれよ。」
2人の邂逅から数分後、その言葉に従い俺とカイルさんはブースから少し離れた場所へと歩を進めていた。
その道中、カイルさんはポツリと、その言葉を口にした。
「わりいな。本当はもっと早く来るつもりだったんだが…。」
それは、まったく想定もしていない謝罪の言葉だった。
予想外の展開に、俺はドギマギしながらも言葉を返す。
「いえ、そんな…。攻略成功させただけでなく、日没にも間に合ったんですから…むしろ、大殊勲ですよ!」
俺の偽らざる本音である。
しかし、カイルさんはその言葉に複雑そうな表情を浮かべた。
そして…。
「そうか…だが、俺もまだまだなんだ。」
そう告げるのだった。
俺にはその言葉の意味するところは分からず「そう…なんですね。」と、ありきたりな相槌を打つことしか出来なかった。
もしかしたら…カイルさん本人にとっては今回の攻略において、どこか納得のいかない箇所があったのかもしれない。
だが、いくら本人にとっては不満の残る攻略であろうと、周囲の人間にとっては素晴らしい成果を上げていることは疑いようもない。
ましてや、今回の無茶振りである。
何故、カイルさんが謝罪の言葉を口にしたのか…俺には尚更分からなかった。
それというのも、昨日、ヒゲ部長によって唐突に行われたダンジョン担当の変更。
それにより…当初は小ダンジョンの奥地攻略のみで済むはずだったカイルさんのタスクは、新規ダンジョンの0からの攻略へと変貌していたのだ。
実地に赴いたわけでは無いが、その難易度に雲泥の差があったことは疑いようもない。
加えて、攻略後にガリ勉先輩との対決に合流する…そんなことは無茶と言って差し支えないだろう。
本来であれば「今回は間に合いそうに無い。」と、そう伝えて参加を辞退するのが普通だ。
しかし、この先輩は決定事項として、メモ書き1枚で事情を伝えたのだ。
『何故か地竜の塔の担当に回された。だが、何とかする。』
俺達はその言葉を信じ、賭けた。
そして、賭けに勝ったのだ。
どう考えたところで、頭の中には感謝の言葉しか浮かばなかった。
「っと、ここだ。」
カイルさんの言葉に、俺は我に返る。
どうやら目的地に着いたらしい。
「それでよ、カンザキ。例のアレは進めちまっていいのか。」
例のアレ…即ち作戦のことである。
勿論、一刻も早く進めるに越したことはない。
俺はすばやく頷いた。
「はい、勿論です。」
「だとよ。ホレ、もう持ってってくれ。」
そして、後ろへ向かって声を掛けるカイルさん。
そこには…いつもの酒場こと「馬骨亭」の老主人が荷車に大量の麦酒が入った酒樽を乗せ、構えていた。
「いつの間に…。」
「いや、途中で声を掛けたら、すぐにでも用意するって言うからよ。とりあえず、ここまで連れてきちまった。」
その言葉にサムズアップする主人。
60代と思しき男性なのだが、その瞳には並々ならぬ商魂を感じた。
「では、ご主人。広場隅の左手のテントの方へとお願いします。」
俺が樽の設置場所を指示すると主人は頷き、荷車を動かし始める。
これが無くては、俺達の作戦も成り立たないというものだ。
恐らく、自分が早く飲みたいだけなのだろうが…結果として作戦の遂行が早まったのだ。
ここはプラスに捉えよう。
そして、カイルさんには酷だが…もうひと頑張りしてもらわなければならないことがある。
「申し訳ありません。カイルさん…。」
「分かってるって。そんじゃ、俺は方々に声掛けてくるから。」
俺の言葉に対し、カイルさんは笑顔で応える。だが、単独でのダンジョン攻略を終えたばかり…当然、今すぐにでも休息が必要だろう。
しかし、今の俺には他に頼れる術もない。
「…お願いします。」
俺はそう、小さく告げる他なかった。
「任せとけって。これぞ、パーティの始まり…って奴だな!」
そう言って、カイルさんは気合を入れ直すかのように頬を叩いた。
そして、ふと思い出したかのように俺に告げる。
「そうだ。あの陰険野郎にあったら、一応頭下げとけよ。」
「ダルイ…ダルバイン先輩ですか?」
ダルイ先輩に一体、何かあったのだろうか。
あの人の性格上…あまり表立って何かを進めることは無さそうだが…。
もしかしたら、また陰ながらサポートしてくれて居たのかもしれない…。
怪訝に思う俺に対し、カイルさんは真剣な目で「あぁ。」と短く言い放つ。
「分かりました。」
事情は分からないが、俺はカイルさんの言葉に頷いた。
その様子を見て、カイルさんは満足気に頷きその場を後にする。
そのすれ違いざま…俺の耳に微かに呟きが聞こえてきた。
「ったく…あの野郎。何が怠いから馬鹿共には黙ってろだ。お前こそ馬鹿かっての…。」
そして、その数分後。
陽気な声と共に㈱ターナーズ・ギルド 営業部御一行と愉快な仲間達が徐々に会場入りし、現在に至る…という訳だ。
偶然にもダンジョン攻略と日程が被ってしまった今回のガリ勉先輩との料理対決。
だが、俺はそれを逆手に取った。
カイルさんの単独でのダンジョン攻略を賛称する記念の宴会をこの会場で執り行う…これこそがGTT作戦・改の最終目標であり、俺の必勝の策だったのだ。
営業部の先輩方が集まれば、間違いなく麦酒、そして串焼きは完売することだろう。
ところが、もし仮にカイルさんが攻略に失敗したとなれば、しけた宴会など開くべくもないことは明らかである。
分の悪い賭けだったかもしれない…しかし、それに俺はそれに勝ったのだ。
勿論、これは真っ当な勝ち筋ではない。
だが、ガリ勉先輩というグレーゾーンの敵を倒すためには、俺もまたグレーな手段に出る他は無かったのだ。
「これで…良かったんだよな。」
誰に告げるでもなく、俺は1人呟いた。
それは、他の誰にでもない…自分の心に対しての許しを得たかったのかもしれない。
そして、俺はふと空を見上げる。
夕日はほぼ西の地平線へと沈み、夕焼け色だった筈の空は徐々に紫紺の色へと姿を変えていた。
その様子はまるで、ルールの瀬戸際で戦いを繰り広げる自分達のように思えてならなかった。
すみません。
体調不良と所用につき、更新遅れました…。




