ざまーみろ。
「私の…可能性…やっぱりそれは…。」
あれから数年の月日が経過した。
久しぶりに故郷の町へと戻ってきた彼は、昔…大切な物を失い、一方できっかけを与えてくれた場所でゆっくりと腰を下ろす。
「ここは、何も変わらないんだね…。」
そう呟き、ふと彼は有りし日々の出来事を思い返した。
結局、その後もいじめっ子達からの暴力・迫害・嫌がらせは絶えず…幼き日の彼、少年にとっての毎日は過酷だった。
加えて、その他の生徒達の手による無視・見て見ぬ振り。
公然の如く行われたその行為もまた、少年の心を痛めつけた。
きっと、彼等は自衛の手段としてそれらを採用したのだろう。それは理解できる。
そして、そこには理屈など無い。
ただただ、彼等はより強い者達に目をつけられたく無い…その一心で、小柄な少年を空気のように扱っていたことだろう。
だが…悪意の無いその行為もまた、確実に少年の心を痛めつけていた。
その度に、彼の心は悲鳴を上げ、内心は煮えたぎっていたことだろう。
しかし、彼は二度と挫けることは無かった。それは、あの時の言葉が…決意があったからである。
そして、あの日を境に彼は机に齧りついて取り憑かれたかのように勉学に励んだ。
この世の中を知るために、自らの可能性を探るために…。
その結果として、彼は地区で一番の中等訓練校へと進み…その後、大陸随一と呼ばれたアージニス大学へと進学した。
だが、世間の彼に対しての目線は、そう簡単に変わることは無かった。
直接的な暴力こそ無かったものの…とにかく机に齧りつく彼を、人々は彼を「ガリ勉」と呼び、まるでそこに居ない者であるかのように扱ったのだ。
結局のところ…場所が変わっただけでは、何も変わらない。
彼はその行為、その事実に対して如何にして報復すべくかを、常々考えていた。
その結果…辿り着いた答えは1つだった。
「様々なことを知り、学んできた。だが、やはり私にとってはこれしか道は無い。そういうことなんだね…。」
あの日から学力という力を身に着けた彼は、再び決意する。
自分もまた、あの男のようにエンターテイナーとなるのだと。
その力を以ってして、あのいじめっ子達…いや、世間全体に知らしめてやるのだ。
自分こそは優れた存在であり、独力で最高峰の大学にまで進んでみせたのだ。
そして、今…自分は確かにここに居るのだ。ざまーみろ!!と。
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「ん…しまった!私は何をやっているんだね!!」
まず目に入ったのは夕焼けに染まる空、それはあの日を彷彿とさせた。
「まったく、散々な夢を見てしまったものだね。」
昨日の会場設営から勝負本番までぶっ続けで動き続けてきた彼…ガリベールンの心身には、確かに疲労が蓄積していた。
相手のブースを確認し勝利を確信した余裕からだろうか…ブースの椅子に座っている間に、いつの間にか眠りに落ちていたらしい。
勿論、事情を鑑みて弁明したい気持ちはあった。
しかし、だからと言って勝負の真っ只中での居眠りなど許されるはずもない。
それと同時に、彼は強く思う。
(そして、そのような状態に陥っている者が居るならば、叩き起こしてでも職務を全うさせるのが当たり前なのではないか。)
そこでまず、彼は急いでブースの人員を集めた。
そして、従業員達を叱責する。
「き、君達ィ!何で起こしてくれないんだね!」
「…。」
だが、その言葉に答える人物は皆無である。
その様はまるで「出来る限り関わらないでくれ。」と、そう言外に告げているかのようだった。
彼はそこに苛立ちを感じる。
しかし、自分がやらかしたのもまた事実であった。
強く追求するわけにもいかず、質問を変える。
「現在、状況はどうなっているんだね。」
しかし…またしても、その言葉に答える者は居ない。
4名は所在なさげに、俯いているだけだった。
「もういい。私が自ら確認してくるんだね!!」
彼は憤慨し、会場へと向かった。
時刻は夕方。
想定外の事態に、先程は驚いたが…よくよく考えてみれば数刻前の自身の圧倒的優位が揺らぐとは考えづらい。
そうなれば、閑散とした会場で圧倒的な現実に打ちひしがれる新人達の姿が見られることだろう。
あの憎たらしいハゲや、やかましい女。それから…常に巨体で威嚇してくる生意気な男と、何かと割り込んでくるカンザク。
それら全員が膝をつき自身に頭を垂れる姿は、心に思い浮かべるだけで爽快だった。
(そして、奴らは私の凄さを再認識する。私の存在を心から尊敬し、認識するのだ。)
彼は自らの圧倒的勝利を信じて疑わなかった。
「え…。」
だが、それ故に彼は飛び込んできたその光景に目を疑う。
「おい、串焼き足りねーぞ!!」
「ただいまー!」
「オラ!こっちは麦酒が足りてねーぞ!」
「た、ただいまー!」
そこに広がるのは、かつてない賑わいを見せる広場。
今朝方に彼が自ら設置したテーブルは、全てが埋まり…戦士然とした者達がそこかしこで酒を呷っている。
そこでは男女が入り乱れ、笑い声や怒号が飛び交っていた。
そのテーブルに共通して置かれているのは麦酒が注がれた鉄器。そして…。
「あれは…奴らの…串焼き。」
(何がどうなっているのか…分からない。)
自らの想像とはあまりにかけ離れた光景に、彼は言葉を失った。
「はいはい、ちょっと待ってくださーい!!」
「おせえぞテメェ。ただでさえボッタクリ価格に協力してやってんだからよ。」
「今、行きますってばー!!」
そして、響くのはあの男の声。
次いで、見えるのは新人のはずのあの男…カンザクが商品を持って、慌ただしく駆け回る姿だった。
(何故だ、何故こんなことになっている!と、とにかく何とかしなければ!!)
直感的に窮地を察した彼は、全速力でブースへと戻った。
そして、息も絶え絶えに近くにいた部下に声を掛ける。
「き、君ィ…ちょ…ちょっと、いい…かね。」
彼は…名前は何と言っただろうか、恐らく受付を担当していたはずだ。
だが、その名前もキャリアも浮かんでこない。
しかし、そんなことは今はどうでもいいのだ。
とにかく、この数刻程の間に何があったのか…それを確かめなければならなかった。
ガリベールンは呼吸を整えながら、部下を問い詰める。
「何だ。一体…なんなんだ。何が…起きているんだ!!おい!!君ィ!!!何とか…ならないのか!!!」
「えっと…それは。」
「それは…何だね。事態は一刻を争う!!このままでは私が営業部などという脳筋の巣窟に放り込まれてしまうんだね!!そうなれば…この会社、いや世界にとっての損失なのだ!!!早く答えないか!!!」
「…。」
だが、それに続く言葉は無かった。
青年は苦悶の表情を浮かべながら俯く。その表情は何かを堪えているように見てとれた。
「なにを…何をモタモタしているんだね!!!」
しかし、そんな悠長なことを気にしている場合では無い。
無言を貫く青年に対し、抑えきれない怒りからガリベールンは激昂した。
「何なんだ!!さっきから君達は!!!言葉が分からないのか!!!そんなに学がないのか!!職が無い中で拾ってやったのは誰だと思ってる!!これだから低学歴は嫌なんだ!!!いいから、とにかく何か言い給えよ!!!!バカが!!!!」
すると、青年は一言だけ「分かりました。」と答えた。
彼は頷き、後に続く言葉を待った。
ようやく何があったのかが判明する。これで、奴らの動向を掴むことが出来るのだ…と。
そして、青年の口が開いた。
「ざまーみろ。バーカ。」
「は…?」
虚を突かれたような思いだった。
眼の前の青年が、一体何を言っているのか…彼はそれを理解することが出来なかった。
しかし、否応無しにその表情から気付いてしまう。
今、自分は軽蔑されているのだと…。
その瞬間、彼の中で再び激情がこみ上げた。
「何だね!ソレは!!もういい!!!帰れ!!!君は明日から来なくていい!!!」
「うるせえ!!昨日から散々設営まで手伝わせた挙げ句に、テメェは1人で居眠りか!そのくせ、何だその言い様は!!こっちから願い下げだ、バーカ!!」
対して、青年は負けじと声を張り上げる。そして、彼はそのまま…背を向け去っていってしまった。
その瞬間、ガリベールンは青年の名前を思い出す。
(そうだ、彼はマーカスと言ったか。フン、使えない駒など必要ないんだね。1人分の給料が浮いた分、これは会社にとってプラスなことなんだね。しかも自主都合での退職だから退職金も掛からないんだね。)
自身を軽蔑する存在に気付き、排除することが出来た彼は満足気に頷く。そう…これで良かったのだと。
そして、その一方で彼は気付くことが出来なかった。
眼の前の青年…今のマーカスの表情こそが、常日頃から自分が人に対して浮かべているものだということに…。




