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うちのギルドは前(株)です。  作者: いさき
第2部 俺こそがエンターテイメントだ。
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俺こそがエンターテイメントだ。


 夕日が徐々に沈み、紫紺の空が顔を出し始める頃。

 少年は頭上の大きな温もりに縋り、俯きながらただただ…泣きじゃくっていた。


「あいつら…あいつら、バカなんだ!!気に入らないことがあると、すぐ僕を殴るんだ!!」


 まるでこれまでの怨嗟を全てぶつけるかの如く、少年は心の内をさらけ出す。


「あぁ、そうだな。バカだ。」


 男は、彼のその言葉を一つ一つ受け止めていた。

 まるで、その大きな体で少年の怨嗟を受け入れるかのように…。


「それに、今回は僕の…僕の宝物を投げ捨てたんだ!!あれは…無くしちゃいけない物だったのに!!」

「そうか…辛かったな。」


 いつからだろう…誰も信じることが出来なくなってしまったのは。

 いつからだろう…本当の気持ちを表に出すことが出来なくなってしまったのは。


 いつからだろう…。


 少年の心の中には、様々な思いが浮かぶ。

 だが、今はそれを遮るものは何も無かった。


 押し留めていた思いは留まることを知らず、少年の口をついて出る。

 そして、その目からは涙がとめどなく溢れ出た。


「あいつらと僕の何が…何が違うってんだ!!何であいつらにはお父さんもお母さんも居るのに、僕は1人きりなんだ!!」

「お前は1人じゃねえ。大丈夫だ…今、俺がここに居る。」


 これまでもいじめっ子達や同級生達の心無い行為によって、涙を流すことは多々あった。その度に、彼らを殴り返してやりたいと、そう思っていた。

 しかし、この涙はそれとはどこか違うものである…と、少年は激情の中でそう感じていた。

 そして、この男を信じていいのかもしれない、とも…。


「誰も…!誰もッ!!助けてなんてくれない!!みんな、あいつらが怖いんだ!!僕は…僕はあいつらを…いや、あの学校にいる全員を許せない!!」


 少年は、言葉と共に勢い良く顔を上げる。

 その顔面は涙と鼻水で酷い有様だった。


「それなら、許さなくていい。」

 

 すると、少年の頭上から優しく声が掛けられる。


「それで…本当にいいの…。」

「あぁ、そうだ。」


 男は自信満々に頷く。


 人は許し合う生き物だと、そう教わってきた少年に…その言葉は少なからず衝撃を与えた。

 何かあるとすぐに先生や孤児院の職員達は「お互いにすぐに謝れ。許せ。」と…詳しい話も聞かずに、そう子供達に迫る。

 それ故に、幼い少年にとってはそれがルールであり、法だった。


 ところが…この大男はそんなものはクソ食らえとでも言いたげに、吐き捨ててみせたのだ。


「誰に何と言われようと、お前の心の根っこの部分はお前が決めるんだ。それで、やっぱり奴らを許せなければ…いつか、そいつらをギャフンと言わせてやればいい。」

「ギャフンと…言わせてやればいい…。」


 少年は噛みしめるかのように男の言葉を繰り返す。

 一方で、男は言葉を続けた。


「さっきも言ったけどよ、お前にはこれから無限の可能性がある。だから、そんなもん楽勝なんだ。」

「可能性…。」


 男の言う()()()。彼はその言葉に希望を見出そうとした。

 

 だが、その想いとは裏腹に彼の脳裏に浮かぶのはどこまでもシビアな現実。


 無理もないだろう。今回のことに限ったことではない…日頃から彼は学校の中で責められ、迫害されてきたのだ。


「…でも…僕は虐められてばっかりで…宝物も取られて…だから、どうせ何やっても…。」

 

 世の中は所詮、強い者のために存在している…幼心にもそれは理解していた。

 自分は弱い。だから…いつも奪われ、蹂躙される。


「だから…きっと僕はこれからもずっと負け続けて…。」


 たとえ可能性があろうとも、その事実だけは永遠に変えられない…少年はそう思っていた。

 ところが、その心の内が最後まで語られることはなかった。

 

「なら…強くなれ!!他の誰にも負けないくらい!!俺は凄えんだぞ!!ってな!!」


 男は少年の発言を遮るかのように、叫ぶ。

 周囲に凄まじい音量の声が響いた。


「へ…?」


 突然のことに、少年は呆然とする。

 そして、彼の口からは間抜けな言葉がこぼれ出た。


 その様子を見た男は、笑顔を浮かべた。


「おっ、ようやく泣き止んだか。」

「あ、あれ…本当だ。びっくりして引っ込んじゃった。」


 やや荒療治ではあったが、結果として男は少年の涙を止めてみせたのだ。

 何て無茶苦茶な…と、そう少年は思った。


(でも…今は何か大事な話をしていたような…。)


「って…そうじゃなくて!!僕は…喧嘩も強くないし…体だって…。」


 ややあってハッとした様子で男の言葉に反論する少年。

 だが、そんなことはお見通しとでも言わんばかりに男は言葉を返す。


「いいか少年。強さってのは1つじゃねえ!腕っ節の強い奴が居れば、頭の良い奴だっている。自分自身の見た目や演技力で生きている奴もいる。もしかしたら、運だけで生き延びてる奴だっているかもしれねえ。」


 その言葉に、少年は雷に打たれたかのような思いだった。


「強さ…って。何でも…いいの。」

「あぁ。何だっていい!何か1つだけでも他人に負けない何かを身につけるんだ。それで、お前を虐めた連中を…今度はお前がバカにし返してやればいい!!」


『強さ』

 

 それは、ただただ相手を屈服させることの出来る圧倒的な力。ある種の暴力。少年にとっての『強さ』とは、それが全てだった。

 ところが、この男はそんなものは数ある『強さ』の内の1つでしかないと、そう笑っている。


 世の中には様々な強さがあると男は言っているのだ。

 そして、その言葉を今は信じてみたい。少年はそう思った。


 だが、そうだとするならば…一体何を…。


「…僕は何をすればいいんだろう…。」


 少年にはそれが分からなかった。


 そして、答えを求めるかの如く…彼は男を見る。

 しかし、男はやれやれと言った様子で少年を諭した。


「それを決めるのは…少年、お前の権利であり、義務だ。そして…考える時間は腐る程ある。もしそれでも分からなければ、勉強をしろ。」


「勉強…。」

「学問や知識は、お前の世界を広げてくれる。もしかすると、そこに本当にやりたいことが…あるかもしれねぇだろ。」


 白い歯を見せて、ニッと笑う男。

 その笑顔は、少年に微かな希望を与えた。


「僕…にも出来るのかな。」

「あぁ、出来るさ!なんてったって…お前は凄い奴だからな。誰が何と言おうと、この俺が保証してやる!!」


 そして、その言葉は少年の心に再び火を灯した。

 

 安っぽい陳腐な言葉だと、そう笑う者も居るだろう。何を綺麗事を…と呆れ返る者も居るだろう。


 だが、この時の少年にとっては学校と孤児院が世界の全てで、その世界に外から突如として割り込んできた男は、紛れも無いヒーローだった。


 そして、彼の小さな世界にとってはこのヒーローは無敵で最強だった。

 彼がどんな強さを持っているのかは分からない。だが、どんな強されあれ…それは最強のように思えたのだ。


 それ故に彼は思う。


 自分もこの男のようになりたいと。

 この男がどんな強さを持っているのかを知りたい…と。


 気付けば、彼の口からは疑問が発せられていた。


「じゃあ…おじさんはどんな強さを持っているの。」


 すると、男は満面の笑みを浮かべて答えてみせた。


「俺か?俺はな…人を楽しませることの出来る強さだ。」

「人を…楽しませる…?」


 握力の間違いでは無いのだろうか…少年がそう思ったのはここだけの話である。


「そうだ。俗に言う…エンターテイナーって奴だな。くせえ話かもしれねえが…俺はどこかの誰かさんのように、延々と泣きじゃくる奴を1人でも多く笑顔にしてえんだ。」

「う、うるさいな!」


 恥ずかしさから、少年は顔を真っ赤にして反論する。

 人が真面目な話をしている時に、なんて失礼な大人だ…と。


「ハッハッハ。そう怒るなって。」


 ところが、その様を見て男は更に笑い声を上げた。


「わーらーうーなー!!」


 少年は必至に抗議の意を示す。

 だが、男が笑いを止めることはなかった。


「アッハッハッハッハ!!面白えな、お前!!」

「だーかーらー!!」


 何とかして、この失礼な男の爆笑を止めようとする。その最中、少年はふと思った。


(こんな下らないことで怒ったのはいつ以来だろう…。)


 すると…何だかおかしくて、男につられて笑いが込み上げてきた。


「…ハハ…何でこんな事で怒ってるんだろう、僕は。ハハ…アッハッハ!!」

「な!おかしいだろ!!ハッハッハ!!」


 河川敷で腹を抱えて笑う大男と少年。

 側から見れば、それは親子のように映ったかもしれない。

 あるいは、不審に思う人も居るかもしれない。


 だが、少なくともそこには、もはや涙は存在していなかった。


「お前…笑えたじゃねえか。どうだ、俺の強さ…凄えだろ。有言実行って奴だな。」


 2人でひとしきり笑った後に…男は少年を見て、満足気に頷く。


 少年は、まるでこの男の手の平の上で転がされていたような気分だった。

 しかし…今となっては、その強さを否定する気は起きなかった。


 彼は首を縦に振る。そして、気になっていたことを訊ねた。


「おじさんは…何でそんなに強いの。」


 この男の強さ、人を楽しませることの出来る、その強さ。

 それは一体何なのだろうか、と。

 自分も、その強さを手に入れることが出来るのだろうか、と。


 すると、男は困ったような表情を浮かべながら答えた。


「俺か?うーむ…そういう風に面と向かって聞かれると悩ましいところだが…。そうだな…俺の心得を、特別にお前に教えておいてやる。」


「こころ…え…。」

「あぁ、俺が普段から何を思って行動してるか…ってことだ。」


 その反応から、男は言葉の意味を解説する。


「うん。知ってる。」


 しかし、少年は聡明だった。

 出鼻を挫かれた男は頭をボリボリと掻きながら、ボヤく。


「ったく、可愛くねえガキだ…。」


 そして男は、間を置いて少年に告げた。


「いいか、俺は常にこう思ってる。『俺こそがエンターテイメントだ。』ってな。それが矜持であり、俺の心得だ!!」



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