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うちのギルドは前(株)です。  作者: いさき
第2部 俺こそがエンターテイメントだ。
53/75

どこかで間違えちまったらしい。

「やーい、やーい。チビ助!!」

「くやしかったらここまでおいでー!!」


 子供達の無邪気な声が響き渡る、放課後の初頭訓練校。

 その一角で、どこまでも純粋で残酷なその行為は行われていた。


「か、返しておくれよぉ!!」


 加害者にとってはただのじゃれ合い、しかし被害者の心には深い傷を残す行為。世に虐めと謳われるその行為が、今まさに行われていた。


 話としてはありふれた物である。

 ガキ大将格の大柄の少年と、その取り巻き達が身の丈の低い少年の宝物を奪い取ったのだ。

 

 それは、一見すると何の変哲もない白い石…だが、彼にとってのソレは幼少期より大切にしてきた特別なものだった。


 少年は天涯孤独である。

 

 父は彼が生まれる前に戦死した…らしい。その言葉の真偽は分からなかったが、彼にとってこれまでで唯一の肉親は母親だけだった。


 ところが、彼が8歳の頃に母親もまた、流行病で天へと旅立ってしまう。

 その母が元気だった頃、最後に出かけたピクニック…そこで拾った1つの白い石。


 その石を彼は肩身と思い、大切にしてきた。


 石と共に思い出される温かな思い出が、学校、そして孤児院での彼の孤独を紛らわせてくれていたのだ。


 そんな彼にとっての宝物が、今はあの汚い手の内にある。


(何としても取り返さなくては。)

 その一心で、少年は体格で劣る相手へと立ち向かう。


「うっせえ!!近寄るんじゃねえ!!」


 だが、現実は非情だった。一対多数、そして力でも劣っている彼に勝てる道理は無かったのだ。

 袋叩きにされた彼は、四方八方から暴力の雨に晒される。


 そして、終いとばかりに、ガキ大将は威勢良く小柄な少年に蹴りを浴びせた。


「…ぐはっ…。」


 その一撃は、見事に腹部に命中。

 少年は派手に吹き飛ばされ、小柄な体躯は地面を転がった。


 苦しい。呼吸が出来ない。なぜ僕ばかりが。アイツを今すぐ殴り返してやりたい。でも、怖いからやっぱりそんなことは出来ない。いつまでもこのままなのだろうか…。


 様々な思いが瞬時にその小さな胸の内に溢れる。

 そして、遅れてやってくる鈍痛。

 

「…っつう…。」


 悔しさ、悲しさ、そして怒り…。

 様々な感情に起因し、その目から溢れ落ちた雫は地面を濡らした。


 今すぐ立ち上がらなければ…そうは思うものの、体が動かない。

 うつ伏せ状態の彼の腹部は、相も変わらず鈍痛を訴え続けた。


 だが、無情にもいじめっ子達にその手を緩める気配はない。


「おい、この石どうするよ。」

「そうだなぁ。別にこんなものいらないんだよなー。」


(うるさい。)

 その相談が耳につく。


「じゃあさ…。」

「お、それいいな。」


(黙れ。黙れ。黙れ。)


 しかし、その思いに反して、声が止むことは無く…喜々としていじめっ子達ははしゃぎ続けている。

 

 彼は祈った。


 願わくば、彼等が一秒でも早くその場から去ってくれますように。

 石が…返ってきますように…と。


 だが、その願いは粉々に打ち砕かれる。


「おい、チビガリ野郎。飽きたから返してやるよ、この石。」


 彼等の内のガキ大将格の少年から声を掛けられた。それはどこまでも耳障りの良い、都合の良い言葉。


 しかし、同年代の中でも聡明な彼は分かっていた。いや、分かってしまっていたのだ。

 その言葉が、全ての終わりを示すことを…。


 少年は何とか顔を上げ、いじめっ子達に嘆願する。


「や…め、や…めて…。」


 ところが、そんな彼を待っていたのは嘲笑。涙と土にまみれた彼の顔を見て、いじめっ子達が大笑いをする光景だった。

 無論、絞り出した彼の言葉に耳を貸すものなど居ない。


 そして、彼はハッキリと見た。

 ガキ大将の口が醜く歪む様を…。




「オラ!!探してこい!!」


 そう言って振りかぶったガキ大将の手から、それは放たれた。

 母の肩身と信じて疑わなかった白い石…彼の宝物は勢い良く中空へと放り出される。


「やめろおおおおおおおおおお!!!」

 少年は痛みを忘れ、絶叫する。


 しかし、その言葉も虚しく…それは校舎の柵を超え、訓練校の裏手を流れる川へと放物線を描きながら飛んでいく。


 その瞬間はきっと、時間にしてみれば一瞬だったことだろう。


 だが、少年にとっては、その一瞬はまるで永遠のように感じられた。


 水面に反射する夕日が眩しい。その輝きは、まるでこの世ではない世界を暗示しているように思わせた。

 石はまるで何かに引き寄せられるかのように、水面へと近付いていく。

 

 そして…。


 小さな水しぶきを上げて、石は沈んでいった。

 彼は呆然と、その様子を見つめていた。


 肩身が…沈んでしまった。

 それも、何の事はない。ただのいじめっ子達の退屈しのぎのためだけに。


「そんじゃ、行こうぜ。母ちゃんに怒られちまう。」

「うわ、やっべぇ。すっかり暗くなってやがる。」

「オラ、行くぞ!!」


 そして、いじめっ子達は何も無かったかのように去っていく。

 各々の帰りを待ちわびている、その温かい場所(家庭)へと。


 しかし、孤児院に暮らす彼にとっては、何気ないその言葉すらまるで呪詛のように聞こえてきた。


(うるさい。分からない。うるさい…何でこんなことに…分からない。分かりたくない。)


 だが、賢い彼は否応なく…その全ての状況を理解してしまう。


「うあああああああああ!!!ああああああああああああ!!!!」

 

 少年の慟哭が周囲に響く。


(バカが!!バカ共が!!あの石にどんな意味があるかも知らないで!!その普通が普通じゃないことも知らないで!!)


 そんな彼の慟哭を聞く者も…内心に気が付く者も、誰一人としてその場には居なかった。








 その後、どこをどう彷徨ったかは覚えていない。

 気付けば彼は、孤児院へと戻らずに川べりに座り、夕焼けを反射する川面をただただ見つめていた。


(なぜ、僕ばかりが虐められるのだろう。なぜ、いじめっ子達は酷い行いを、簡単に行うのだろう。なぜ…。)


 少年は頭の中でなぜ、を繰り返した。


 しかし、考えても考えてもその答えは分からない。

 だが、それでも彼は考えずに居られなかった。


(なぜ、僕には両親が居ないのだろう。なぜ、僕は孤独なのだろう。なぜ、僕は生きているんだろう。)


 そして…ふと思う。


 石が沈んでいった川面、その下には何があるのだろうか。

 そこに行けば…もしかしたら。


「あの川の中へ行けば、お母さんに会えるのだろうか…。」

 

 そう、口にした少年は徐に腰を上げ、川へと向かってゆっくり進んでいく。

 その姿は、まるで死神に取り憑かれたかのようであった。


「もうすぐ…もうすぐだ。」


 足に水が触れる。

 その冷たさがどこか心地よかった。


 少年は思う。きっと、この先には救いがあるのだと。

 何よりも…もう疲れたのだ。


 明日もきっと、あのいじめっ子達に囲まれて、蹴る殴るの暴行を加えられる。

 孤児院に帰ってもそこに彼の帰りを待ち望んでいる人も…温かい食事もない。

 待っているのはただ、配られる硬いパンを食べ、互いに触れず触れられず…まるで幽霊のように過ごす毎日。


 かつての思い出に縋り、辛うじて繋ぎ止めていた日々だった。しかし、その石を喪失した今…10歳の少年は、もはやこの世界に価値を見出だせなかった。


(きっと、これで僕は自由になれる。)


 ゆっくりと歩を進め、気付けば胸元までが水に浸かっていた。

 

(これでもう、殴られることも蹴られることも、大事な物を奪われることもない。)


 少年は何気なく…しかし、決定的な一歩を踏み出そうとした。その時である。


 ふと、彼の頭の中で幼い日々の出来事が頭を過ぎった。決して裕福では無いが、たくさんの笑顔が溢れていた毎日。

 まるでその回想が…在りし日の笑顔が今の自分の行為を咎めているような…そんな気がして、彼は目をつぶる。


「何で今…こんなことを思い出すんだ!!躊躇ったら…ダメだ!!」


 少年はその思いを断ち切るかの如く、声を出す。

 そして遂に一歩を踏み出した…はずだった。


 だが、その瞬間は訪れなかった。


 彼のその小さな右肩が何者かの手によって、掴まれていたのだ。

 それも…凄まじいまでの力で。


 違和感の正体を探るべく、視線を向けるとそこにあるのはゴツゴツとした大きな手…加えて、激しく波打つ水面が目に入る。


「だああああ!!待ちやがれ!!そこの少年!!」


 そして、背後から大気を震わせるかのような大声が響く。

 いつの間に誰か後ろに居たのだろうか…掴まれた肩が痛んだ。


 だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 彼はその手を振り払い、前に進もうとした。


「だから、待てって言ってんだろ!!この野郎!!」


 ところが、その言葉と共に彼は後ろから羽交い締めにされてしまう。

 少年は何とか抗おうとするが…抵抗虚しく、無理矢理に後方へと引きずられていく。


「はな…せ!」

「いーや、ダメだね。子供は笑ってねえとダメなんだ!」

「何を…わけの分からないことを…。」

「兎にも角にも離さねえ!何故なら、お前には可能性があるからだ!!」


 そして、川べりまで引き戻された少年は、その場で地面に投げ出される。


「痛…何するんだよ…。」


 文句の1つでも言ってやろうと、相手の姿を見る。

 すると…筋骨隆々の大柄な男がこちらを覗き込んでいた。

 見た目は40歳手前といったところだろうか…生きていれば彼の父親位の年頃であるように思える。


 しかし、その様はまるで自分とは正反対の存在であった。


「そりゃ、こっちの台詞だ。オメェこそ何やってやがる。」


 男は咎めるかのような口調で話しかけてきた。


「何って…そりゃ…。」


 少年は思わず口ごもる。

 流石に死のうとした…とは言えなかった。


 男はその様子を見てやれやれと首を振る。


「まぁ、聞かなくても…あの様を見りゃ大体は分かるけどよ。」


(じゃあ、聞くなよ。)


 少年は内心でそう思った。無論、口には出さなかったが…。

 だが、男はそんなことを気にする素振りも見せずに話を続ける。


「お前、今何歳だ。」

「10歳…。」


 この質問にどんな意味があるのかは分からない。

 しかし、嘘をつく気にもなれず…少年は正直に答える。


 すると、大男は苦虫を噛み潰したような顔をした。


「若いな…。いいか、俺なんかな…って…あれ?今何歳だっけ。」


 意気揚々答えようとしたところで考え込んでしまう大男。その真面目に考え込んでいる様子がおかしくて…少年は思わず吹き出してしまった。


(何なんだ、このおじさん。)


 不審に思う気持ちもある。だが、この大男には到底、人を騙すことなど出来そうにも無かった。


「ン゛ン゛…まぁ、とにかくだ。若さってのは武器になる。その若さに対しては、俺達みてえなおっさんは有無を言わさずねじ伏せられる。」


「一体、何を言ってるんだよ…。」


 彼は言葉の意味が分からず、男に問う。

 すると…男は黄昏に染まる空を見上げながら、彼の問いに答えた。


「簡単な話だ。お前にはまだ未来という無限の可能性がある。お前次第でこれから何にだってなれるし、何だって出来る。だが、俺達のようなおっさんにとっちゃ…これから先の未来は有限なんだ。勿論、俺にも無限の可能性はあった…はずなんだけどな。どうやら、どこかで間違えちまったらしい。」


 ますます意味が分からなくなってくる。

 一体、どこが簡単な話なんだ…と少年はそう思った。


 すると、少年の内心を察してか…男は改めて少年へと向き直り、後頭部を掻きながら言葉を重ねる。


「ええとだな、つまり何が言いたいかっていうとだな…少年、死ぬな。死ぬんじゃねえ!そしたら、全てが終わっちまう!まだお前の人生…始まったばっかりじゃねえか!!」


 どうやら、それが言いたかったらしい。

 少年は余りにも回りくどいその言い草に苦笑した。


「何だ、笑えるじゃねえか。」

「おじさんが余りにも説明下手だったから…つい…。」

「…うるせえよ。」


 バツの悪い表情を浮かべる男。


 何処の誰かも分からない、おじさん。

 だが、その様子を見て…この人なら信じていいのかもしれないと、少年は確かにそう感じた。


 そして、うちに秘めていた彼の想いが口をついて出る。


「ねぇ…僕…本当に生きてても…いいのかな。」


 その言葉に、男は大きく頷いてみせた。


「あぁ、誰であろうとお前の生を否定することは許されねえし、お前の人生を否定することは許されねえ。お前が()()()()()()()…な。」


 その言葉の温かさ、久々に触れた人の温もりに少年の目の前がボヤける。


「う…うわああああああああああ!!」


 気付けば、少年の瞳からは涙が堰を切ったように溢れ出した。


「ったく、笑えって言ってんのに泣くやつがあるかよ…。」


 男は苦笑しつつ、その頭に手を乗せる。


 そこには確かに、温もりがあった。


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