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うちのギルドは前(株)です。  作者: いさき
第2部 俺こそがエンターテイメントだ。
52/75

やっぱり小さいな。

「鳥串3本ですね。465リルになります。」

「申し訳ない、手持ちがこれしか無くて…。」


 そう言って、大銀貨を差し出す中年男性。


「いえ、大丈夫ですよ。はい、お釣りです。」


 その大銀貨を受け取ると、フィーネは男性に535リルを手渡した。

 大銀貨=1000リルとなるため、計算に間違いはない。


 俺はそのことを確認すると、師匠に注文内容を伝えた。


「師匠。次3本お願いします!!」

「おう、任せとけ。」


 威勢の良い掛け声と共に、師匠の手により再加熱される串焼き。それと共に、周囲には、空腹を刺激する香ばしい音と香りが漂う。


(クソッ…この時分に生姜焼きの匂いはッ!!耐えろ!!俺!!)


「ほれカンザキ、上がってんぞ。」


 内心で堪える俺に、師匠から声が掛けられる。

 拷問にも等しい状況の中…俺は焼き上がった串焼きを紙袋に入れ、タレをひとかけ。そして、紙袋をフィーネへと手渡した。

 

 彼女は無言でそれを受け取り、そのまま笑顔を浮かべて男性へと差し出す。


「どうぞ、お待たせしました。熱いのでお気をつけ下さい!」

「おお、ありがとう。待ち焦がれたよ。」


 こうして、無事に串焼は男性の手へと渡った。

 

 なお、この紙袋というのは会場へと持ち込んだ特注の紙袋である。

 通常の紙とは異なり、表面に特殊なろうが塗布されており耐油性は抜群…らしい。


(何故かこういう箇所の再現度はやけに高いな…。)


 俺は地元のスーパーで店舗を構えていた焼き鳥の販売車をふと思い出す。

 頑固そうなオヤジが注文を取り、紙袋に鳥串を放り込む。そして、袋に入れてそれを手渡していたっけ…。


(もしかしたら…日本の誰かがこの世界に持ち込んだのかもしれないな。それこそ、社長のように…。) 


 ひょんなところから、異世界と日本とのつながりを感じてしまった。

 そんな、ノスタルジーに浸っている俺の耳に男性の声が届く。


「おっ、こりゃ美味そうだな…って、本当に熱い!!」


 外側から串焼に触ったのだろう、お客様のリアクションまでそっくりだ。


(さて、そんじゃ最後の仕上げだ。)


 そう…商品をお買い上げ頂いた以上は、最後にやらなければならないことがあるのだ。


「「「「ありがとうございました!!!」」」」


 俺達は男性に向かって一礼する。


 これにて一連の流れが完了。我がブースのオペレーションは持てる最大限のポテンシャルを発揮していた。

 これならお客様をそう待たせる心配も、冷めた串焼きを渡してしまう心配も無いだろう。

 行列バッチコイである。

 

 ところが、そんな俺達を待っているのは厳しい現実だった。


「さて、次は…って誰も居ねえし!!」


 先程の中年男性の後ろに並んでいるお客様が居ない。

 時刻は正午から既に2刻ほどが経過していた。









 書き入れ時だったはずの昼時はとうに過ぎ去り、周囲を見渡しても人はまばらである。


(あれ、おかしいな…。)


 予定では昼時にももう少し串焼きを捌けるはずだった。

 はずだったのだが…現状は散々たるものであった。


「これはちょっと…厳しいかもしれないな…。」


 俺の口から独り言が溢れる。

 すると、それを聞いたであろう師匠から脇腹を小突かれた。


「おい、カンザキ…今、何本位売れたんだ…。」

「さっきので46本です。師匠。」


「って、お前。全然じゃねえか!!」


 思った以上に売れ行きが芳しくなかったのだろう、大きめの師匠の声が響く。


「いや…もう少し何とかなるとは思っていたんですが…。」

「おい、どうすんだよ。リーダー。」


「いや、ホント…どうしましょうか…。」


 俺は苦笑しながら、前方を見る。


「いかがですかー!!特製のタレを使用した鳥串ですよー!!」

「どうですかー。一本から注文出来ますよー!!」


 フィーネは受付から、ドルグはブースの周辺を回りながらそれぞれ呼び込みを続けていた。

 どこか、ぎこちなさは残るが…2人とも精一杯頑張ってくれている。

 それこそ、俺ではまともに出来なかっただろう。同期には感謝の言葉を捧げたい。


 しかし、現実は非情である。

 彼等がいくら呼び込みを行おうとも、そもそも人が居なければ…その行動は意味を成さない。


(やはり出遅れたのが痛かったのだろうか…。)


 ふと、そんなことを考える。だが、情報収集を行わなければ勝利の可能性もまた、限りなく低くなってしまうだろう。


(クソッ!!今、スタート時のこと考えてもしょうがないが…ジレンマだ…。)


 今更、過去のことを言ってもどうしようもないことは分かっている。分かってはいるが…それを考えてしまうのが人間というものだろう。

 ご多分に漏れず、俺もまた頭を悩ませていた。


「ねぇちょっと…大丈夫なの。」


 すると、そんな俺を見かねてか、前方からフィーネが声をかけてきた。


「大丈夫だ。戦いは、これからってな。」


 俺は彼女から目をそらしつつ答える。

 何とかポジティブな側面を強調しようとするが、何故か打ち切り漫画の結び文句を口走ってしまっていた。


「本当でしょうね…。」


 直感から、どこか打ち切り的な雰囲気でも感じたのだろうか…ジト目でこちらを見るフィーネ。


「だ、大丈夫だ。うん。俺達にはまだ秘策が…」

「いや。イヤイヤイヤイヤ、もはや勝敗は明白であるんだがね!!」

 

 俺はかろうじて上ずった声で答える…だが、唐突にその言葉を遮るかの如く、嫌味ったらしい声が割り込んできた。


(この声はまさか…。)


 声のした方向へと目を向けると、そこに居たのは…。


「ガ、ガリクソ…ガリベールン先輩。」

 

 まさに予想通りの人物だった。


「君…今、何を言いかけた。」

「いえ、何も!?」


 出掛かった言葉を何とか咄嗟に誤魔化す。

 ところが、フィーネは見事にソレを台無しにしてくれた。


「何か用ですか?ちんちくりんガリクソン先輩。」

「だぁからあああああ!!!」


(何故か前より悪化している!?って…まずいっ!!)

 俺は直感的に2人を止めに割って入る。


「ストーップ!!!先輩。僕らみたいな低学歴の偵察とはらしくないんじゃないですか。」

「フ…フン。よく弁えているじゃないか。カンザク。」


 その言葉に気を良くしたのか…先輩は矛を収めた。

 名前が間違っているのは、もはやご愛嬌だろうか…。

 

 そして、こちらを軽蔑するかのような視線で先輩は続けた。 


「だがしかし…なにを言ってるんだね君は。君らごとき低学歴を偵察だと?ハッ!!バカも休み休み言いたまえよ。」


 その言葉にカチンと来たのであろう、フィーネはそれに応戦する。


「じゃあ、貴方は一体何をしに来たのよ。」

「いやなに…未だに、無駄な努力を続ける君達に1つ、施しをくれてやろうかと思ってだね。」


(施し…一体何だ…何をするつもりだ。)


 先輩の言葉から不穏な空気を感じた俺は身構える。だが、先輩はそんな俺の様子など意に介さず、周囲を見渡していた。


「しかしまた…随分とこざっぱりしたブースじゃないかね。まるでそこの殺風景な禿頭のようだね。」


 見渡した末にそれかい!…とでもツッコミを入れたくなる酷い言い草である。

 そして当然、その言葉に反応する人も居るわけで…。


「うっせえ!!ちんちくりんが!!」

「ち゛っ…またしても!!」


(またしても…はこっちの台詞だ!!チクショウ!!)


 俺は再び先輩達を止めに入ろうとする。

 しかし、すんでのところで先輩は怒りを抑えた。


「…ン゛ン…まぁいいだろう。そんなことをほざいていられるのも今のうちだけなのだからね。」


 そして、俺は恐る恐る…気になっていたことを確認する。


「それで…()()とは。」


 すると、ガリ勉先輩は顔を歪めたまま、フィーネに告げた。


「あぁそうだ。まずはご自慢の串を1本貰おうかね。」

「オメェはスペシャルプライス、1本5000リルだ。」


 奥から、すかさず煽る師匠。

 流石に、二度の煽りには耐えられなかったのだろう…先輩の防波堤は決壊した。


「バカが!!このハゲ何とかならないのかね!!カンザク!!」


(二度目は無理だったか…もう関わりたくねえ…。)


 しかし、このままではやはりまずかろう…そう思い直し、何とか2人を宥めに入る。


「冗談ですって!!1本1()5()0()()()です!!師匠も勘弁してください!!」

「わーったよ。」

「フン…仕方ないね。」


(何だか今日はこんなことばかりしている気がする…。)


 疲労感を感じつつも、俺は何とかその場を収めた。

 まったく、ガリ勉手当でも支給して欲しいくらいである。


 そして、当の本人はと言えば…当初の言葉通り、串焼きを購入していた。


()()1()5()0()()()()()()()()()()()()()()()()()


「えっ?カンザキ…」

「いや、大丈夫だ。」


 違和感を覚えたであろうフィーネの言葉を遮る。

 彼女は小さく「そう…。」とだけ言い、先輩から代金を受け取った。


「はい。1本なら紙袋もいらないでしょう。」


 そして、師匠が温めた串がガリ勉先輩へと手渡される。

 先輩はそれを一口頬張り、ブツブツと呟く。


「ほほう…そう来たか。しょっぱさの中に微かな甘味…そして、その後にジンジャーが押し寄せる…いいじゃないか…。あのハゲ…悔しいが実力だけは確かなようだね。だが、この味…どこかで…。」


 孤◯のグルメか!!とでも言いたくなった。


 そして、串焼きを食べ終えると…俺達全員に聞こえるように告げる。

(無論…周囲で売り込みを行っている持っているドルグには届かないが…。)


「あぁ、それでもう1つの施しなんだがね。君達が時間を有効活用出来るようにしてあげよう思って、情報を1つくれてやろうかというわけだね。泣いて感謝するんだね。」

「情報…ですか。」


「あぁ、そうだ。心して聞き給え。」


 そう言って、ガリ勉先輩は下卑た笑みを浮かべる。


 一体何の情報だろうか…。


 いずれにせよ、碌でも無い話なのは間違いないだろう。

 俺達は固唾を呑んで、その先の言葉を待った。


「さて…私のブースの売上だがね…現時点において8羽分の丸焼きを捌いているのだ。」

「なっ…。」


 絶句する一同。

 まさかここまでの差が開いているとは思わなかった。


「まぁ、低学歴の君達にも分かるだろうが…これはかなりのペースなんだね。流石はこの私!!」


「ちょっと!!それのどこが時間を有効活用出来るのよ!!」


 先輩の言葉の意味が分からず、食って掛かるフィーネ。

 だか、恐らくその意味するところは…。


「いやなに、君達が早々に次の職場を探せるよう、降伏勧告に来てやったのだね。」


 やはり、碌でも無いことだった。


(なるほど…これが目的か…。)


 施し…などという言葉を使っていながら、その実…引導を渡しに来たというわけだ。

 らしいと言えば、実に先輩らしい。

 さらに、ついでとばかりに先輩は俺達に問いかける。


「ちなみに…君達はどれほどの串焼きを仕入れて売っているのかね?」

「そんなの!!貴方に教えるわけ!!」


 その問いに、フィーネは反抗する。

 だが、俺は彼女の言葉を遮り、先輩に内情を告げた。


「200本仕込んで…さっきので47本です。」

「ちょっ!!カンザキ!!」


「ブハッ!!ハハハハッ!!」


 俺達の内情を知り、吹き出す先輩。


「ハハハハハッ!!き、君…ブホァッ!!ハハハハハッ!!」


 どうやら…笑いが止まらないらしい。

 先輩は苦しみながら、言葉を絞り出した。


「キキキ君達…アハハハ!!!じょ、冗談も程々にぃ…ッハハ…したまえよ!!」

「いや、マジなんですけどね。」


「ハハハハ!!き…君は、私を笑い死にさせる気か。や…やはり、結果は見えている…ね。今からでも降伏を…お勧めしたいんだが…ね。その前に…ハァハァ…呼吸困難で死んでしまいそうだね!!アッハハハ!!」


 腹部を抑えながら、先輩は会話を続ける。

 いっそ笑い死にしてくれたらいいのだが…世の中、そううまくはいかず、先輩は何とか息を整える。


「ヒィ…苦しい…。まったく、デカい態度を取るものだから…どんなものかと思えば…47本…とはね…絶望…的だね。君達…のためにも、降伏…するのが…いいんじゃない…かね。」


 先輩の言うとおり、俺達の状況はかなり悪い。

 このまま、あっさりと降伏勧告を受け入れる方が利口と言えるかもしれない。


 ところが、それであっさりと引くほど、俺も人間が出来てはいなかった。


それ(降伏)は無いです。俺達はこれからが本番なんで。」


 すると、ようやく、呼吸の整ってきたガリ勉先輩から質問を受けた。


「ふむ…夜に仕事帰りの男性を狙う…ということかね?だが、お生憎様。今日は祝日なんだね。」


 そう、平日であれば仕事帰りの男性諸君がこぞって串焼きを買っていくことだろう。ところが今日は建国祭…祝日である。


 その需要を見込むのは少々厳しいと言わざるを得ない。

 ガリ勉先輩は更に、追い打ちをかけてきた。


「そして、そのような状況下、このハゲたブースで一夜で残りの150本強の串焼きを本当に捌けると…本当にそう、思っているのかね?」


「さぁ、どうでしょうかね。やってみないと分かりませんよ。」


 俺はその質問をはぐらかした。

 ハッキリ言って、苦しい。半分は苦し紛れである。


(まだだ、まだ白旗には早すぎる。)

 

 しかし、もう半分は本心だった。

 まだ、勝負は決まったわけじゃない。


「いや…いやいやいや、もうコレ以上君達に何が出来るというんだね。哀れだね。」


 そう言って、こちらをまじまじと見るガリ勉先輩。


「まだ、時間はありますから。」


 俺は、先輩の視線を真正面から受け止めた。

 そのまま、数秒間睨み合う。


 やがて…。


「フン、君はことごとく期待を外してくれるね。」


 そう言って、先輩はつまらなそうに背を向けた。


「私は興が削がれたので帰ることにするんだね。」

「そうですか。まぁ、お互いがんばりましょう。」


 俺はその背に、言葉を掛ける。


 こうして、突然の来訪者はまた、唐突に去っていった。







「ったく、ようやくどっか行きやがったか。二度と来るんじゃねえぞ。」

「そうだそうだ。もう来るな。ガリ勉クソヤロー!!」


 去っていくガリ勉先輩の背中に罵声を浴びせるフィーネと師匠。

 だが、俺は何故だかそんな気分にはなれなかった。


 気のせいかもしれないが、さっき先輩は…一瞬、寂しそうな表情を浮かべていたような気がしたのだ。


 そして、その背中も…。


(こうしてみると…先輩、やっぱり小さいな。)


 俺はふと、そんなことを思うのだった。

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